義元の思惑と誤算
西国大名の個性を考えるのが面倒なのも理由ですが…第二次尾張侵攻を先にすることにしました。その方が話を速く出来るし、より信長と秀康の対立と両者の性格の違いや戦国大名の狡猾さを描けると思ったからです。
ということで既存の話を少し変えたのを投稿し、次回から第二次尾張侵攻の話をしていきます。
秀康と斯波義銀の娘こと銀姫との結婚が岡崎で行われた。立会人兼親として義元公が大いに二人の結婚を祝福した。銀姫は秀康より年下だが子供は産めそうな年頃だったので秀康は心惹かれた。
結婚が皆に祝福される中で岡崎城二の丸ではヒメと松平長親が二人揃って欠席して仲良く縁側でお祝いの花火を鑑賞していた。
「今川の奴らが岡崎城に入ってくるとは…悲しいことだ。」
「ええ、全くです。追い出したいですね!」
「ハッハハ!ヒメ殿は面白いことを言う。」
「そうですか?」
「そうなることを期待したいなぁ…」
ヒメの二の丸占拠事件後、ヒメは二の丸にいた長親と何故か仲良くなっていた。そして、二人で打倒!今川の話をして楽しんでいた。
さらに、その後、結婚式が終わって熱気が冷めた頃合いを見謀って銀姫を半端拉致して二の丸に連れていってしまう。これを聴いて秀康と義元公は肝が潰れるほど焦ったが…これまた何故かヒメは銀姫と仲良くなってしまっていた。結果、銀姫はヒメと同居することになってしまった。
こうすると秀康は銀姫と仲良く出来ないと思い悲しくなった…それは杞憂であった。ヒメの方も秀康と仲良くするのは危険と思ったのか…銀姫を逆に秀康に近づけさせるという策を積極的に行ってきた。
※秀康とヒメに先に子供が出来ると義元が怒ると予想したためだと思われる。もしくは本当に秀康が嫌いという可能性もある。
「これで今川家と斎藤家も親戚になり、婚姻同盟が成立したわけだな!」
「そうですね、美濃勢の力を借りられるのは大きいです!!」
「美濃だけではない、伊勢の北畠家も味方すると言っている。」
「それは大きいですね!」
「うむ、秀康殿には遠江国での話し合いが終わるまでの間の織田家の攻勢を凌いでもらうことになる。」
「お任せください!!」
今川義元の要望を快く快諾する秀康であった。そんな風に二人が話をしているところに一人の人物が殴り込みに来た。今川氏真である、彼女は兵を従えてやってきて岡崎城に入ると義元のところにズカズカと足音立てながら義元のところに乗り込んできた。
「父上!父上が秀康殿に継室を取らせたというのは本当ですか!!」
刀も持ちながら威圧するように氏真殿が義元公に言葉を荒げながら叫ぶと義元も怒ったように立ち上がり言い放つ。
「そうだが!何か問題でもあるのか?」
「大ありです!私の妹をイジメるのはお辞めください!!」
「…」
「だいたい、父上は真面にヒメと話をしないで勝手に結婚させた酷い父親なのですぞ!」
「だからなんだと言うのだ…」
「今からでも遅くありません!ヒメと正式な面会をして和解してください!!」
氏真殿は今にでも刀を抜きそうな勢いで義元に迫った。その威圧は凄まじく周囲の家臣達は皆慌てるばかりで何も出来ずにいた。義元自身も氏真殿の勢いに押されて会談を許可せざるおえなくなった。
凄いことになったと秀康も怯える羽目になった。というか氏真殿はヒメ殿と似て美しい!!と秀康は思い、改めてヒメ殿とのイチャイチャを想像してしまうのであった。
氏真殿の仲介の元で急遽用意された会談だが…義元が渋々という感じなのは当然としてヒメの方も腹が立っているらしくご立腹で会談に参加するのでさえ拒否する勢いだった。しかし、「姉の顔を立ててくれ!」とい氏真殿の言葉に促されてヒメも会談に参加することになった。
「義元様、この度は御目通りさせて頂いて、ありがとうございます…」
「そうか…それはよかった…」
「何が良いんだ!ハッキリ言え!!」
二人のぎこちない挨拶と義元公の不満な態度に対して氏真殿が横から文句を言ってきた。これに対して今にでも怒り出しそうな義元だが…さすが怒る訳にはいかないと思ったのか気を取り直したようである。
「今まですまなかったと思う…これからは仲良くしていこう…」
「そうですね…これからは父上と呼ばせて貰います。」
「そうしてくれ!」
さて!これで終わりだ!!とばかりに二人が話を止めてしまうのを見た氏真殿が追撃に移ってきた。
「すまないと思うなら脇に差している左文字をヒメに渡しなされ!」
「なんだとぉ?!意味が分からんぞ!!」
左文字とは武田信虎が使っていた刀で後に友好の証として春信が義元に差し出した刀である。これを気に入った義元は以降、ずっと自らの刀として常に帯刀していた。それを差し出せと言われて驚く義元公に対してヒメの方は氏真殿の言葉を聞いて驚きながらも義元の腰の刀を見て凝視したまま時が止まったようになっていた。
「友好の証です!何も渡さないで済ますなど、あり得ませんぞ!!」
「グヌヌッ!では私は!これから何の刀を持てば良いのだ!!」
「ヒメの差している刀を代わりに貰いなさい!」
義元公は悩みながらも逃げ切れないと考えたのか…ヒメとの刀の交換に応じた。ヒメの方も足利義輝か貰った刀だけに迷ったが…悔しそうにしている義元公を見て嬉しくなったのか、そそくさと差していた刀を抜くと義元公の気が変わらぬうちにとサッサと交換してしまった。
「銘は義元左文字と刻んで終生大事にします!」
「そ、そうか…それは良かった…」
今だにヒメに刀をあげたことに後悔しつつもヒメの嬉しそうな満面の笑顔を見て義元公も納得することにした。
以後、義元公はヒメから貰った刀を『ヒメ左文字』として腰に差して大事にすることにした。
一部始終を傍で目撃した秀康であったが終始空気のように蚊帳の外であった。
織田信行と斯波義銀は今後の信長打倒計画として具体的な計画を話し合いをすることにした。その中で特に重要な決定事項として二つのことが決められた。
「信長の打倒には多額の資金が必要になる。そこで信行殿には堺に行って貰って堺の商人達と交渉をして欲しい。」
堺とは大阪の堺である。この時代になると大阪の中心地は戦争の被害で壊滅してしまい、避難先として堺が発展していた。また、大阪の中心地には京都山科を本拠地としていた山科本願寺が法華一揆の襲撃を受けて壊滅すると代替地として壊滅した中心地に自らの本拠地を移転して大阪本願寺を作り占拠するようになっていた。
「確かに資金は必要ですが…私などが堺に行っても相手にされますかね?」
「信行殿は教養もあるし、茶の湯も出来るから大丈夫だろう!それに…尾張の商人や斯波家と仲良くしたい堺の商人も多い」
尾張の商人達は尾張は東西の中間にあるのを利用して繁栄しており、尾張の経済力を支えていた。この商人達は信長を支援するグループもいるが…大部分は信長の急進的な改革の動きについてこれていないものも多く、付いてこれないものは斯波義銀殿と通じているものも多かった。義銀はこれを利用して尾張の商人達と堺の商人達を結びつける役割をすることで堺の商人達を味方につけようとしていた。
もちろん、義銀は結び付ける前から尾張の商人と堺の商人は結びついていなかったのか?という疑問も生まれるが…実は結びついてはいなかった。というのも尾張と堺との間には桑名などの有力な商人が存在していて彼らが仲介となっていたので尾張と堺は意外と疎遠だったのである。
「私の代理として行けば斯波家の名声と資金を管理できるし、良い話だと思うぞ」
「確かにそうですね。」
斯波家は守護大名としては没落したが、それでも名声は絶大であった。その名声を示すのが京都二条にある武衛屋敷と言われる巨大な城といっていい拠点の存在である。通称:二条城とも言われる、京都の最重要区画にある拠点を斯波家が支配していることは斯波家の権力と財産の象徴となっていた。
現在、武衛屋敷は将軍足利義輝が滞在して斯波家から借りている状態である。このことも斯波家が今だに将軍の政治に大きな影響を与えていることを証明していた。この名声は堺の商人達にも有効であった。
斯波家の財産の方も信長によって奪われたりして失った物も多いが…それでも多額であり、これを元手にして堺の商人達に近づいて彼らを味方に付けたいという思惑を義銀は働かせていた。
「織田信行として行くのが辛いなら…我が家の分家筋にあたる津田家を名乗ると良いぞ、丁度良いことに津田宗達という男が堺にいるので彼の息子だと名乗れば良い。」
義銀殿の提案を聞いていて信行も義銀殿の真意に気付き始めた。どうやら義銀殿は信行を厄介払いしたいと考えているようである。そのための席と名前を用意しようと言っているのである。
「私の家族はどうしますか?」
「とりあえず連れていけば良いと思うぞ、堺の観光を楽しませてやればよい、尾張を取り戻したあかつきには信行殿には織田家を継がせるし、その時に一緒に帰ってくればよい。」
「帰ってきても構わないのですか?」
「ムッ!?何か勘違いしてないか…資金調達はしてくれよ!」
厄介払いしたいのは事実だが…義銀殿としては信行を大事な家臣だと思ってもいたので形はどうであれ(意味深)織田家を相続させるという発言は本気であった。それに資金は必要であり、切実な状況にもなりつつあったので…優秀な信行の腕を見込んでの頼みでもあった。
「分かりました。」
「頼むぞ!」
これで今後の信行の動きは決まった。次に、もう一つの重要なことが話し合われた。
「それとな、足利将軍家に誰か人を送ろうと思うのだが…誰か教養が有って気立ての良い奴を一人紹介してくれないか?」
「私から紹介されなくても誰か適任者がいないのですか?」
「いや…出来れば飛び切り良い人材が良いのでな…」
「もしかして間諜ですか?」
「間諜とは恐れおいぞ、あくまで将軍家の状況が知りたいのだ!」
「何か心配事でもあるのですか?」
「何を言っておるのだ…将軍家は織田家と仲が良いだろ!それを心配しているのだ!!まったく、お主も織田家の人間だから…分からぬと見える。」
「…」
確かに義銀殿の言う通りであった。織田家と将軍家の仲は良い、それは信秀時代からであるので信行も特に意識する必要の無いほどに当然のことであった。
織田家は信秀時代から尾張の経済力を背景に将軍家への資金援助、御所や神社仏閣の修理をしていた。特に有名なのが伊勢神宮の建て替え費用の捻出である。将軍家への資金援助は直接的なので分かる人が多いと思うが…伊勢神宮などは将軍家のご機嫌とりになるのか?と思う人もいるだろう。
ここで忘れてはいけないのは…一応は日本の支配者は現在、足利将軍家ということになっていることである。神社や仏閣、もしくは京都御所などが荒廃すれば、実権が無いとはいえ、日本の支配者である足利将軍家の権威は落ちてしまうのである。それを回避する為にも将軍家は資金を集って無理してでも修理しようとするが…資金は応仁の乱以降は集まらなくなっていった。そこに救世主として織田家が現れたのである。当然として織田家は将軍家に多大な恩を売っていた。
※この事実を見ると織田家はポッと出の一族ではなく、最低でも親子二代以上で将軍家や朝廷に恩を売っていたことになる。だからこそ、後に将軍を追放しても朝廷は信長の死まで常に織田家の味方だったのである。
とにかく、そのような事情から斯波家と言えども将軍家が打倒信長に協力してくれるとは言えないという斯波家にとって恥ずかしい状況になっていた。故に義銀殿は誰か優秀な人を将軍家に送り込んで将軍家の動向を探ると共にご機嫌を取りたいという思惑があった。
「それならば、家に赤鶴と言う者がおります、彼女であれば将軍の傍仕えをしても問題ありません。」
「ほう、赤鶴という者がおるのか…家柄良いのか?」
「はい、明智家の出と聞いております。」
「明智家とは良い家柄だな!それなら問題無く推薦出来るな!」
さて、ここで明智家と聞いて義銀が疑いを持たないのを可笑しいとと感じる人もいるだろう…だが実は感じないのが自然であった。何故ならば織田信行の母である土田御前が六角高頼の娘説を取るのであれば…六角家は土岐家と親戚であり、将軍家とも親戚である。つまり、織田信行の傍に土岐氏の支流の明智家の人間がいるのは当然であった。
※土田御前が六角高頼の娘であれば後に信長の次男である信雄が北畠に養子になれたのも六角氏との縁で北畠と血縁だったからと言えるからである。(武力で脅されたとはいえ、北畠ほどの名門に、すんなり養子になれた理由と言える。)他にも信長の傍に滝川一益などの六角家臣と思われる人材がいるのも説明出来るし、何よりも信長が楽市楽座など六角氏の行いを模倣するのも実は母方の実家の影響と言えるのでは無いだろうか?
こうして義銀殿と話した内容は信行から赤鶴へと伝えられた。
「少し、考えさせてください…」
信行から新たな仕事を伝えられて赤鶴は少し考えたいと言って直ぐには回答をするのを控えた。これを遠慮と考えた信行は赤鶴に時間を与えた。
赤鶴は悩んだが…将軍家の傍仕えになれるチャンスを逃す手は無いと考えた。というのも前述の通り、すでに赤鶴は軍議から追い出されていて義銀殿と信行の行動を把握するのが難しくなっていた。これでは赤鶴の願いを実現するのが困難になっていた。
将軍の傍仕えになれれば、義銀殿の動きや信行の動きだけではなく、周辺大名の動きまで把握できるチャンスが増える可能性が高くなるというメリットがあった。
実のところ、赤鶴は信長に仕えているというよりは濃姫に仕えている立場だった。濃姫のために信長に協力しているだけというのが赤鶴なのである。
その場、その場の決断にいちいち間者を使って信長と連絡していては以前のようになるだけということもあり、悩んだ末に赤鶴は自分の考えで判断し決断を下した。
「分かりました。お受けします!」
「おお!そうか、助かるぞ!」
こうして赤鶴は明智十兵衛と名乗り足利将軍家に奉公することが決まった。
※男女問わず、武士の家柄であれば、特別な事情が無い限りは、いつでも武士になることが出来た。
さてここで唐突だが三河者の性格を大枠でタイプ別にまとめてみてみようと秀康は考えた。
大きく四つに分けるとツンツン系、クーデレ系、ツンデレ系、デレデレ系に分けられる。これはヤバい順でもある。
ツンツン系とは主に石川数正や本多重次タイプを言う、このタイプは主君にツンツンしたいという欲求があるタイプでツンツンさえ受け入れていれば問題ないタイプである。なお、キングオブめんどくさいと言われる重次が入っている時点で分かる通り…この問題ない!!という表現は『主君にとって…』という意味であって…周りに迷惑をかけたりするなどの二次被害は含まれていない。(要注意事項)
クーデレ系の主な人物は本多忠勝や榊原康政タイプである。このタイプのクーの部分は様々だが一様に言えるのは公私を分けていて物事をクール(冷静)に分別しているタイプである。なおデレを受け入れないとタダのクール(冷たい)だけになってしまうという意味で危険な一面がある。ただし、三河者の中では二次被害は一番少ないタイプでもある。
ツンデレ系の主な人物は本多正重や酒井忠次だろう。特徴的なのはツンツンとデレデレの両方が含まれているタイプと言える。時と場合によって変わるため面倒くささは一級といえる。変わり時の読みを間違えると問題が大きくなる。なお、家康ですら生涯に渡って読み間違え続けたという意味では最強に面倒臭いタイプである。
デレデレ系、主に本多富正、本多正信タイプである。このタイプは一見すると非常に扱いやすく、話の分かるタイプに分類される人が属している。そういうこともあって危険性が低く見えるところが大きな落とし穴となるタイプである。普段デレデレだけにプッツン(怒)した時の反動が非常に大きくなる可能性があり、如何に普段から上手く付き合うかを考えないといけないという意味で危険性が高いタイプである。(何かしらの周りとは違う優遇処置を取らないとヤンデレ化する可能性が非常に高い存在である。)
まぁ、この四タイプといったところだろうか…因みに二次被害大きい順に直すとツンツン系、ツンデレ系、デレデレ系、クーデレ系になる。周りに迷惑をかけにくいという意味ではデレデレ系が一番低いという特徴がある。(怒りは最終的に主君に向かうため…)
ツンツン系の数正殿は口では不満を言いながらも主君の役に立つのが嬉しいのか様々な雑事をこなしてくれていた。富正は相変わらず日課になっていることを甲斐甲斐しくこなしてくれている。
三河者は、めんどくさいが全体としては主君に尽くすという意味で忠実で扱い易い?存在である。
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