ねねと藤吉郎
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ねねの生活は秀吉の財力で豊かになるとねねは期待していたと言っても罰は当たらないだろう…
「どうして!?長屋暮らしなの…」
武士の生活は資産で決まらない!というか一般庶民もそうだが…基本的に格式とか身分とか家柄で生活様式が決定されるのが常である。ねねの家は一応は侍大将(佐官級)の家で国人衆(知行地持ち)の家である。上流階級は言い過ぎでも…中流階級の中でも高い方だった。
「藤吉郎に騙された!!」
※知行地とは領地には劣るが一定の権限が与えられた土地のことである。騙されたは言い過ぎで…単にねねが世間知らずだった。ねねの実家は、それなりの身分だったということである。
藤吉郎とねねの結婚はねねが思っていた以上に身分差を越えた結婚と周囲に認識されていた。ちなみに、この時点での藤吉郎は足軽頭(下士官級)である。奉行衆ではあるので事務屋としては出世していたが…武勲が足りないために長屋暮らしである。
「騙してなどいないぞ!ねねが贅沢過ぎるだけだ!!」
「こんなの馬小屋レベルじゃない!!」
「世間知らずだ!お嬢様め!!」
「なんですってええええ」(怒)
もっとも長屋と聞いて馬鹿にするかも知れないが実際は3LDKくらいの広さがあった。庶民にとっては十分に大きい家である。というか…見た目は、ともかく、内部の設備は整っていたし、調度品や電化製品は高級な物が多かったことを考えるとねねの方が悪いといえるだろう。
ともかく、これが藤吉郎とねねの最初の夫婦喧嘩となった。
こう書くとねねがお嬢様生活を送っていたように勘違いされる方もいると思うが…掃除洗濯料理は全て一通り出来たし、武士の子供だけに護身術程度は身に着けていた。畑仕事も出来るし、なにより花や鶏の世話は大好きだった。
ただ、ねねが来た時は畑も鶏も花も無かった。これでは詰まらない!とねねは藤吉郎に愚痴るばかりである。
「本を読んだり、ゲームをして遊べるから良いではないか!」
「武士の子供が!そのようでは許されないのです!!」
「そ、そうだな…」
という訳で、早速、ねねは花と鶏を買ってきて育て始めた。畑も貸してくれる人を見つけてきてレンタルしてしまった。
※畑を耕すにも人手が必要であり、意外と人手不足で荒れ地があった。もしくは貸すにも信用が必要だった。その点、ねねは侍大将の家の子だけに信用については困らなかった。
「ウジ虫みたいに低い地位とは言え、足軽頭なのですから!家臣を育てなさい!!」
実際のところは藤吉郎には非公式だが部下がいるのだが…家臣はいなかった。ねねは早速とばかりに、どこからか人を連れて来て藤吉郎に雇うように進言したり、身寄りのない親戚の子供や扱いに困る子供などを引きとって育て始めた。
「「「わああああああ!」」」
たちまち、家は煩くなった。引き取ったのは身寄りのない虎之助、問題児こと市松、新たに雇った部下の子供の孫六の三人である。
「家が狭いなぁ…」
「頑張って出世してください」
「…」
ちなみに夫婦の営みは喧嘩する割に多かった。問題児市松が密かに覗いていたりしてたのは秘密である。
家来が増えて支出が増えた分、畑を耕す人員としての妻子が増えたことで畑経営は副収入をもたらした。信長もねねの力量に関心するようになった。
「ねね殿の作る飯は上手いな!」
などと信長が藤吉郎の家に訪れるようになった。
「そろそろ、サルも武功の一つでも挙げてくれないかと思っているのだが…」
最近、奉行衆として優秀な働きをする藤吉郎に信長は次のステップに藤吉郎を上げようと考え始めていたが…きっかけが無いために出来ずにいた。特に武功が低いことは武士にとっては致命的な面があり、家柄の低さと相まって世間の風当たりを考えると難しかった。
「なんとかしましょう!」
「おっ!サルよ、威勢が良いな!!」
「頑張ります!」
「期待してるぞ!」
そう言って信長は満足したのか帰っていった。
チャンスは到来し始めた。美濃攻めのために軍備を準備するように言われて藤吉郎は各地で武器と兵糧を買い集めるなど調達を行った。
「信行様が謀反を起こしました!」
「遂に来たか…」
藤吉郎は信行の謀反が起きることを予想していた。しかし、斯波義銀と服部友貞の二人が上手いこと連携してくるとは予想外であった。
「皆の衆、よいか!」
藤吉郎の傍に集まっていた部下達が藤吉郎の言葉を聞く
「決して斎藤義龍の軍に木曽川を渡らせるな!」
藤吉郎はすぐさま斎藤義龍が木曽川を下ろうとすると予想した。つまり、木曽川を船で下る作戦を取ると考えたのである。そのためには船の調達が必要だったが…藤吉郎は義龍に十分な船を調達させないように謀った。これが、当たった結果、義龍軍は木曽川を陸路で下るしか無くなった。これによって滝川一益率いる蟹江城包囲軍は義龍軍より早く蟹江城に到着した。義龍軍は遅れて来た挙句に木曽川を渡れずに対岸で布陣するだけという惨めな状態に陥ってしまった。
「それにしても…義銀は良く耐える」
蟹江城よりも問題となったのは清州城に立てこもる斯波勢だった。これが藤吉郎や信長の予想よりも遥かに頑強に抵抗してきた。義銀の兄弟の毛利秀頼、津川義冬の二人が義銀を支えていたことも大きかった。
「こうなると、信行様を誘き出すしか無いか…」
藤吉郎は何とか信行の奴をおびき出したいと考えた。あわよくば武功を戦で挙げるチャンスを作りたいと画策する。
その頃、今川方の動きは、どうなっていたかというと…
「織田信行では名古屋を手に入れるのは難しいだろう。」
「はい、そうなると思います。」
義元と秀康の会話である。
今川勢は関東決戦の跡ということもあって厭戦感情が高かった。特に遠江国の国人衆は特に自分達にメリットの無い戦に参加させ続けられたせいで不満が高まっていたために動員するのが難しい状態となっていた。
それでも義元公は直参の駿河勢を率いて岡崎城に進軍してきた。それを秀康が快く受け入れて岡崎城を義元公に提供していた。
問題は織田信行が名古屋城近くの末森城を本拠地にしていたことである。これでは義元の狙う名古屋城を信行が引き渡す可能性は低いと言わざるおえなかった。そのため義元が信行を積極的に支援する必要性は見出されなかった。
「斎藤家との交渉をしたいのだが…義龍の奴め!偉そうな態度ばかり取って気に食わぬ!!」
義元は斎藤義龍と交渉しようとしていた。理由は尾張の分割を交渉しようとしてのことである。しかし、義龍は生意気にも義元公に様々な要求を突き付けてきており、到底義元公が受け入れるレベルの話にはならなかった。
義龍は自分が現状有利で自らの血筋は名門土岐氏の流れを汲んでいると奢れていた。逆に義元からすれば…たかが美濃の支配者風情だし、土岐氏などという格下如きに天下の今川義元が気を使うはずも無かった。
※そもそも、義龍は土岐氏の流れを汲んでいるのかも義元公からすれば怪しいレベルである。それで無くても斎藤家は、しょせんは分家筋程度だろうと馬鹿にしていた。何よりも今川家は足利将軍家の御一門であり、義元公は三国同盟の盟主である。この状態で義元が義龍を対等な存在と考えることの方が難しかった。さらに言えば義龍の武勇など義元公の耳に入るレベルには至ってなどいなかったのも大きい。(道三クラスなら違う意味で変わったかも知れないが…)
「これは一度、晴信の奴に突かせて脅しをかけるしかあるまい!」
「それはまた…」
天下の義元公からすれば武田晴信は自由自在に操れる手駒としか思っていなかったようである…こうして義元は冬が近づいて上杉が大人しくなり始めて暇を持て余し始めた武田勢に東美濃に軍勢を進軍するように要請した。
当然、タダでは無い、金銭を支払って行う。実のところ東美濃への武力介入の口実を今川側から用意してくれるのは渡りに船の状態であり、しかも金銭まで貰えるとあっては飢えた虎にとって好都合すぎる条件となっていた。ただし、ヒモ付きである。あくまで義元公にとっては脅しの手段でしか無いので武田勢には実際の戦闘は避けるように厳命した上で行わせるのである。
「調子に乗った奴にお灸を据えるには丁度良かろう。」
義元公の冷淡な声を聴いて秀康は「これが!今川義元公か…」と純粋に感心し、見習おうと決めたのである。
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