結婚式とネット上の大名の交流話
後半…どうしてこうなった?と言いたくなる(笑)
マイページの活動報告に主要な登場人物を紹介しています。
浅間神社での婚姻は今川家の総力を挙げた絢爛豪華な式典として行われることが決定していた。結婚式において甲冑を着て行うなど無粋だとして多くの武将が甲冑を脱ぐことに同意したが…
ある人物が同意をしないと宣言した。
「私は甲冑を脱いで婚姻などせぬ!」
それは今回の主役であるはずの今川姫その人であった。彼女は武将では無いので黒髪だが美しく、可憐であった。しかし、実父譲りか…それとも養父譲りか…豪傑のような性格をしていた。
彼女の性格と技量を語る逸話として養父の武田信虎と共に京都に上洛したさいに幕府主催の剣術大会に出場して優勝したという実績がある、そのさいに将軍だった足利義輝から刀を授かる栄誉を手に入れている。
彼女が武将にならないのは姉の氏真がいるからであって彼女は武将然とした存在であった。
※ちなみに氏真公も剣術の達人として知られている。軟派なイメージが強いが(笑)実際は武闘派に属す性格をしていたことを伝えるエピソードも多い人だったりする。
とにかく、彼女は結婚が気に食わない、今まで彼女の存在をガン無視してきた父上(義元)が政略結婚のために彼女を今川一門と認めて今川籍に強制的に戻したからである。
養父の信虎も義元に押し切られる形で結婚を認めてしまったので彼女に逃げ場は無くなってしまった。それでも結婚に対しての反対の意を示さんと彼女は甲冑を着て結婚式に出向くという奇行に出て来た。
「なんだ!その恰好!?」
「義理父様(信虎)が結婚衣装を着てこい!と言うので着てきました!!」
「ガハハハハ!面白いぞ!しかし、義元の奴が見たら驚いて怒り心頭だろうな(笑)」
「望むところです!!」
周囲はドン引きだが…信虎は上機嫌だったりした。
※信虎は髪が赤ピンクで黒の袴と大刀を持っていた。体格はでかく、まさに恐れられし暴君の姿に相応しい姿をしている。ちなみにヒメとの関係は良好で信虎はヒメを目に入れても痛く無いほど溺愛していた。
「それは、いくらなんでも酷くない?」
二人の近くに来た赤ピンク髪の不良の服を着た娘が気怠そうに聞いてきた。
「いいのです!問題ありません!」
「いや、大ありだから!」
「ガハハハハ!良いでは無いか、おまえも結婚式に着る服じゃないぞ!!」
「私は別にいいじゃないですか!主役じゃないし!!」
バカ親子三人が神聖な神社で揉めていると…一人の使者(酒井忠次)が来た。
「秀康様が甲冑でも構わないと言っております!」
「へっ!?」(ヒメ)
「はぁい!?」(晴信)
「これは面白いな!」(信虎)
白い陣馬羽織を着させて上品に仕上げさせた上で武者甲冑での結婚式が行われた。
ちなみに秀康はヒメの顔と性格を気に入ったらしく、結婚式を成立させようとハッスルしていた。秀康も赤い剣大と書かれた陣馬羽織を羽織って甲冑で結婚式を行った。
終始不機嫌を崩さないヒメと終始上機嫌の秀康の絢爛豪華でシュールな結婚式が行われた。
ちなみに義元はヒメの不機嫌さと奇行など気にしておらず、自らの三河での支配体制の強化が成就したことで上機嫌であった。
披露宴も滞りなく終わりだす頃になると次第に殺気が漂い始めた。武田晴信も甲冑に着替えて会合が行われる部屋へと向かった。途中で武田信虎と出会うことになった。
「これは父上様、自ら出迎えて頂けるとは光栄です。」
「春ちゃんに追い出されてから貧乏で困っていてな!!」
「どこが貧乏なんだ!月に幾ら、父上様に送金していると思っているんだ!!」
「送金を良く止めるクセによく言うもんだな!!」
「それは、あんたが言うこと聞かないからだろ!!」
「親に向かってお前とはなんだ!!失礼だろ!!」
「ヒモ親父のクセに偉そうだ!」
「なんだとぉ、やるのか!!」
お互いに直接会うと直ぐ喧嘩を始めるのは有名だが…今回は少し演技かかっていた。とは言っても何時、洒落にならない状態になるか分からない以上は武田の家臣達はヒヤヒヤしながら状況を見守った。
「邪魔なので、どいてください!」
後ろから来た北条氏康が爆発しそうな武田親子を邪魔だと言って追い払おうとする。
「邪魔とは何だ!邪魔とは!貴様らの方が邪魔だろ!」
「ハァ?邪魔なものを邪魔と言って何が悪いんですか?!」
武田家臣の一人である、山県昌景が北条氏康に戦いを挑むように口論をし始めた。北条家の家臣と武田家の家臣が今にでも刀を抜きかねない状況に陥っている間も晴信と信虎は喧嘩をしていた。
「なにをしているんだ…お前たちは…」
奥から騒ぎを聞きつけた今川義元が現れて止めに入ったことで血を見る争いは阻止された。
会合には今川義元、武田晴信、北条氏康、武田信虎、松平秀康などの大名クラス、それと各勢力の重臣たちが参加したものとなった。
会合では以下のことが決まった。
一、北条家は伊豆の興福寺城周辺の領地を今川家に割譲する。及び七千億を今川家に支払う。
二、武田家に前金四千億、遠征終了後に八千億を支払う、及び租借地として提供している八王子城を始めとした地域の租借権を三年に延長する。
三、上野国の支配地域を武田家と協議して話し合う。
四、北条領での通行権及び通商権を今川及び武田に認める。
という内容が三者で話し合われた。北条氏康は派手な扇子を膝にぶつけながら渋々という感じで承諾した。
※既に武田家は六千人と航空兵力を提供している、今川は二千人と航空兵力と海上戦力を提供していた。
三者が会合を終えて帰ることになった。武田晴信は帰る途中でスマホを取り出してメールを打ち始めた。
「パパぁー今日の私はどうだった?」
「春ちゃんの可愛さに胸キュンだったよ!」
「ありがとう(感動)」
周りが見てドン引きの親子メールをしている。この武田親子、面と向かって会うと喧嘩する癖がある。(血を見かねないレベル)しかし、メールなど直接会わないモノになると何故かバカ親子化することは今川義元も知っているほどに有名な話となっている。
※仲良いようで直接会うと確実に喧嘩する。メール上でも良く喧嘩するらしく、たびたび信虎の生活資金(追い出した後に追放の代わりとして支払うことになった活動費)の支払いを中止したりしている。信虎も今川側に立って武田家領への塩の価格交渉で活躍したり、今川軍の育成にも軍事教官として活躍したりしている。
直接会いに行くタイプの信虎はメール魔とはいえない面が強いが、武田晴信の方はメール魔ぶりが知られており、周囲の重臣は当然として…今川義元や北条氏康にも頻繁に、くだらない(世間話)メールを送っている。時には自撮り写真も送って来たりするほどである。そのこともあって義元や氏康ともメール上で喧嘩になることが多い、居場所のツイートも頻繁に行うために位置バレしている時がある。
※武田家と今川家が揉めている時もお構いなしでフレンドリーメールを送ってくることもあり、義元としては返信に困ることも多い、特に重要な駆け引きをしている時に送られると興ざめする。義元は晴信がワザと送ってきているのでは?と疑ったことがあるが…どうも彼女の性癖のようなモノだと分かり…困惑している。
※逆に晴信のメールやツイートが減るということは要注意信号になる。間違いなく、なにか良からぬことを企んでいるという証明そのものとなる。なのでフォロワーに長尾景虎ご本人がいる。しかも意外と両者はツイートし合ったり、メールのやり取りをしている事実が発覚している。
以下例文
武田晴信「これから、川中島に向かうね!」
長尾景虎「わかった!陣形整えて待っているわ!」
少し時間が空く
長尾景虎「おい!なんで先にいるんだ!!(怒)」
武田晴信「てへぺろ(・ω<)」(写真付き)
長尾景虎「ムカつく!殺すからな!!」
というやり取りをした時があった。当然リツイートは凄まじいものとなった。
※もっとも意外と戦国大名ご本人のツイートは多く、辞世の句をツイートして死ぬ大名も多い、事実、武田晴信のフォロワーは全国の戦国大名と家臣と兵士など多数である。隠すことが卑怯者と言われる独特の武士世界ではツイートなどのネットの掲示板での投稿は自然と多く、ネットを見れば合戦などの戦のリアルタイム動画が投降されていることも多かったりと意外と一般市民がネットを介して観戦している。
信長も中々のメール魔という噂がある、ツイート上でも武田晴信に積極的に絡みに行っており、義元の神経を刺激している。
実際に戦国時代にネットやスマホがあったら間違いなく武田晴信はメール魔だよ(確信)
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