京ケ峰の戦いの始まり
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馬で長沢城に向かう途中で馬で向かうのは諦めた。だって早すぎるだもん、馬速すぎぃ、扱うのが難しいので慣れなければな、ということで車に途中で乗らせてもらいました。
「カッコわるいですよ……」
数正殿に言われてしまった。
車内で富正に抱き着いて慰めて貰った後に数正殿と打ち合わせした。その忠次殿とも打ち合わせして作戦を決定後、三手に分かれた。酒井殿の左翼は宝樹院の周辺に陣取った。戦車隊は丘を登って東名高速道路に布陣した。数正殿の部隊は一部のモブ戦車隊が音羽工場の道を通って行ったが主力は番場に向かった。
本戦
敵視点
先に動いたのは松平勢であった。富永隊を見つけると中央と左翼が動いて敵に砲撃を仕掛けた。
「敵は戦車で突撃してきません」
「自慢の戦車で攻撃してこないのか?」
考える富永である、数は自軍が有利なのは確定であり、敵が小佐町を越えたので好機と考えた富永は全軍に突撃命令を下す
「全軍予定通りに行動せよ!とつげきー」
ソミュア戦車とB1戦車が敵陣へ突撃する、それを迎え撃つ三突の砲撃が始まった。両軍は激しく撃ち合うも、勢いは明らかに吉良軍にあり、勢いに押されて松平軍が後退する。
「押せ、押せ、一気に押しまくれい」
だが松平勢は関屋信号まで後退すると頑強に抵抗し始めてきた、武力80以上のモブ三河武士と武力90以上のモブ本多兵が強すぎて吉良軍は中々前に進めない。さらに吉良軍右翼は先陣で戦う酒井忠次が強すぎて敵を後退させられずに中央に後れを取る事態になった。
秀康視点
俺の率いている中央が東海道と線路上及び周囲の建物の近くに三突を前面に出して布陣していると敵が現れた。ちなみに俺自身は関屋の線路上に陣取っていた。
三突が突撃してくる敵戦車を撃破するものの敵の勢いは衰えない。戦車=騎馬だと思えば良い、というか戦車と一緒に騎兵と足軽も突撃してきている。彼らには戦車砲の一発程度では効かないらしく弾きながら突撃してきた。
「予定通りに兵を引け」
「「兵を引けええええ」」(富正と成重の声)
「敵を引き付けながらだぞ」
俺の的確な指示のお陰で予定通りに部隊は敵を引き付けつつ後退した。
後退している間、思ったのは大砲の音の大きさだろう。戦国時代でも砲兵はいたし、数十門の一斉射撃も珍しくないとはいえ、技術の進歩が激しすぎて驚くものがあった。
忠次殿の部隊も立信寺までは後退したものの立信寺の前にある丘で止まり、突撃してきた敵と激しく斬り合いになったようである。そこで忠次殿が鬼のように奮戦していた。
小佐町という場所には小川が流れていて、そこの過ぎた所で後退は止めて乱戦となる。
「すごいなー近くまで敵に攻め込まれてしまった」
そんな素直な歓声を上げる。敵は百メートルくらいまで迫っていた。
そして乱戦となる中で敵の左翼が小川を越えて番場方面から俺らの中央部隊を側面から攻撃してきた。
「そろそろ来て欲しいのだが……」
数正殿の部隊が来るのに絶好の状態だが来ないので焦りだした。
京ケ峰の戦いは、これで終わります!
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