京ケ峰の戦い 軍議
バーチャル空間で会議をすることになった。
「まず我が軍の兵力ですが約4000ほどしかいません、対して敵は10000はいると思われます。」
「おおいなぁ……」
「しかし、戦車の数では、我が方は敵に劣らず、質も練度も士気も我が方が上だとハッキリと断言致します。」
数正殿が自信満々に胸を張って主張してきた。
「確かに数正の言う通り我が軍の強みは戦車になるでしょう。それで数正は、どのような作戦を考えているのか? 」
忠次殿が数正殿意見に同意しつつ数正殿に今後の作戦を尋ねる。
「まず、我が軍を三手に分け、敵を両側から戦車の機動力で挟撃を仕掛け突き崩すのです。」
「ふむ、確かにそれは良い案だが……俺が考えるに正面戦力を先にぶつけて囮にし、敵が突撃してきたところを挟撃する方が良いと思うのだ。」
戦車と言うのは要するに騎兵のことだと俺は理解した。ならば徳川家伝統の戦い方で敵を倒すのが最も良いと踏んだので数正殿に意見を言ってみた。
「それは良い案ですな! 」
忠次殿が同意する。
「確かに、その方が良いですね、しかし、それを行うのであれば正面戦力を両翼が攻める前に一旦引かせた方が良いのではないでしょうか? 」
「ほう、確かに、さすが数正殿だ! 」
「お褒めいただきありがとうございます。」
数正殿が嬉しそうで何よりである。
「ならば配置はどうしますか? 」
忠次殿が聞くと
「私が精鋭戦車隊と歩兵を率いて右翼を担当します。」
目の前に出ていた地図に部隊の駒を置き、右翼部隊の駒を使って自らの部隊の進軍経路を示しながら数正殿が言ってきた。
「なら、この忠次が左翼を担当したいと思います。」
「よかろう、なら俺が中央を担当するということで良いな? 」
「「はい!」」
こうして秀康陣営は兵力を三手に分けることにした、中央に秀康本体、左翼に酒井忠次、右翼に石川数正である。
以下、主な各隊の所属武将
秀康本体(兵力約1500人)
吉良義安、本多重次、本多正信、本多正重、榊原清政、本多忠真、本多忠勝、服部正成、鳥居元忠、平岩親吉など
左翼(兵力約1500人)
酒井忠次、大久保兄弟
右翼(兵力約1000人)
石川数正、榊原康政、大須賀康高など
作戦
中央は敵を引き付けて誘い込み、敵が前進してきたら後退する、その後、右翼の石川隊は全ての四号戦車を含む戦車180両で中央に隠れて後ろから敵に見えないように移動後、番場付近の小高い丘と林を突破して敵側面を奇襲する。
それらと同時並行で左翼の酒井忠次が敵左翼を抑えている間に大久保兄弟が残りの戦車隊を率いて石川隊と共に敵を挟撃するという作戦である。
運用状況
兵士の大半が武士と戦車と戦闘車両の乗員及び砲兵になる。非戦闘要員として車両の運転士と手伝いが臨時雇用で来ている。敵から見ると実際の兵力より、多く見えた。武士の数が多く、兵力の半分ほどが武士であった。
戦車の乗員は三人である。車長、砲手、操縦手となる。砲弾の装填は自動装填となるが装填には数秒かかる。石川隊は戦車の上に兵士が乗る格好になっており、防御力は戦車のシールド+兵士分ということになっている。
中央隊には三突及び砲兵の全てが配置されている。これらは突進してくる敵戦車を迎撃する為に配置されていた。
松平家側はパンツァーファウストを装備していて戦い慣れていた、魔装甲冑も装備率が高く、簡易的なモノを着ている歩兵も多かった。非戦闘員は戦う要員では無い契約だが住んでいる場所が最前線付近のために手慣れていた。




