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信行と赤鶴の身の振り方

 織田信行と斯波義銀は今後の信長打倒計画として具体的な計画を話し合いをすることにした。その中で特に重要な決定事項として二つのことが決められた。


「信長の打倒には多額の資金が必要になる。そこで信行殿には堺に行って貰って堺の商人達と交渉をして欲しい。」


 堺とは大阪の堺である。この時代になると大阪の中心地は戦争の被害で壊滅してしまい、避難先として堺が発展していた。また、大阪の中心地には京都山科を本拠地としていた山科本願寺が法華一揆の襲撃を受けて壊滅すると代替地として壊滅した中心地に自らの本拠地を移転して大阪本願寺を作り占拠するようになっていた。


「確かに資金は必要ですが…私などが堺に行っても相手にされますかね?」


「信行殿は教養もあるし、茶の湯も出来るから大丈夫だろう!それに…尾張の商人や斯波家と仲良くしたい堺の商人も多い」


 尾張の商人達は尾張は東西の中間にあるのを利用して繁栄しており、尾張の経済力を支えていた。この商人達は信長を支援するグループもいるが…大部分は信長の急進的な改革の動きについてこれていないものも多く、付いてこれないものは斯波義銀殿と通じているものも多かった。義銀はこれを利用して尾張の商人達と堺の商人達を結びつける役割をすることで堺の商人達を味方につけようとしていた。


 もちろん、義銀は結び付ける前から尾張の商人と堺の商人は結びついていなかったのか?という疑問も生まれるが…実は結びついてはいなかった。というのも尾張と堺との間には桑名などの有力な商人が存在していて彼らが仲介となっていたので尾張と堺は意外と疎遠だったのである。


「私の代理として行けば斯波家の名声と資金を管理できるし、良い話だと思うぞ」


「確かにそうですね。」


 斯波家は守護大名としては没落したが、それでも名声は絶大であった。その名声を示すのが京都二条にある武衛屋敷と言われる巨大な城といっていい拠点の存在である。通称:二条城とも言われる、京都の最重要区画にある拠点を斯波家が支配していることは斯波家の権力と財産の象徴となっていた。


 現在、武衛屋敷は将軍足利義輝が滞在して斯波家から借りている状態である。このことも斯波家が今だに将軍の政治に大きな影響を与えていることを証明していた。この名声は堺の商人達にも有効であった。


 斯波家の財産の方も信長によって奪われたりして失った物も多いが…それでも多額であり、これを元手にして堺の商人達に近づいて彼らを味方に付けたいという思惑を義銀は働かせていた。


「織田信行として行くのが辛いなら…我が家の分家筋にあたる津田家を名乗ると良いぞ、丁度良いことに津田宗達という男が堺にいるので彼の息子だと名乗れば良い。」


 義銀殿の提案を聞いていて信行も義銀殿の真意に気付き始めた。どうやら義銀殿は信行を厄介払いしたいと考えているようである。そのための席と名前を用意しようと言っているのである。


「私の家族はどうしますか?」


「とりあえず連れていけば良いと思うぞ、堺の観光を楽しませてやればよい、尾張を取り戻したあかつきには信行殿には織田家を継がせるし、その時に一緒に帰ってくればよい。」

「帰ってきても構わないのですか?」

「ムッ!?何か勘違いしてないか…資金調達はしてくれよ!」


 厄介払いしたいのは事実だが…義銀殿としては信行を大事な家臣だと思ってもいたので形はどうであれ(意味深)織田家を相続させるという発言は本気であった。それに資金は必要であり、切実な状況にもなりつつあったので…優秀な信行の腕を見込んでの頼みでもあった。


「分かりました。」

「頼むぞ!」


 これで今後の信行の動きは決まった。次に、もう一つの重要なことが話し合われた。


「それとな、足利将軍家に誰か人を送ろうと思うのだが…誰か教養が有って気立ての良い奴を一人紹介してくれないか?」


「私から紹介されなくても誰か適任者がいないのですか?」


「いや…出来れば飛び切り良い人材が良いのでな…」


「もしかして間諜ですか?」


「間諜とは恐れおいぞ、あくまで将軍家の状況が知りたいのだ!」


「何か心配事でもあるのですか?」


「何を言っておるのだ…将軍家は織田家と仲が良いだろ!それを心配しているのだ!!まったく、お主も織田家の人間だから…分からぬと見える。」


「…」


 確かに義銀殿の言う通りであった。織田家と将軍家の仲は良い、それは信秀時代からであるので信行も特に意識する必要の無いほどに当然のことであった。


 織田家は信秀時代から尾張の経済力を背景に将軍家への資金援助、御所や神社仏閣の修理をしていた。特に有名なのが伊勢神宮の建て替え費用の捻出である。将軍家への資金援助は直接的なので分かる人が多いと思うが…伊勢神宮などは将軍家のご機嫌とりになるのか?と思う人もいるだろう。


 ここで忘れてはいけないのは…一応は日本の支配者は現在、足利将軍家ということになっていることである。神社や仏閣、もしくは京都御所などが荒廃すれば、実権が無いとはいえ、日本の支配者である足利将軍家の権威は落ちてしまうのである。それを回避する為にも将軍家は資金を集って無理してでも修理しようとするが…資金は応仁の乱以降は集まらなくなっていった。そこに救世主として織田家が現れたのである。当然として織田家は将軍家に多大な恩を売っていた。


 ※この事実を見ると織田家はポッと出の一族ではなく、最低でも親子二代以上で将軍家や朝廷に恩を売っていたことになる。だからこそ、後に将軍を追放しても朝廷は信長の死まで常に織田家の味方だったのである。


 とにかく、そのような事情から斯波家と言えども将軍家が打倒信長に協力してくれるとは言えないという斯波家にとって恥ずかしい状況になっていた。故に義銀殿は誰か優秀な人を将軍家に送り込んで将軍家の動向を探ると共にご機嫌を取りたいという思惑があった。


「それならば、家に赤鶴と言う者がおります、彼女であれば将軍の傍仕えをしても問題ありません。」


「ほう、赤鶴という者がおるのか…家柄良いのか?」


「はい、明智家の出と聞いております。」


「明智家とは良い家柄だな!それなら問題無く推薦出来るな!」


 さて、ここで明智家と聞いて義銀が疑いを持たないのを可笑しいとと感じる人もいるだろう…だが実は感じないのが自然であった。何故ならば織田信行の母である土田御前が六角高頼の娘説を取るのであれば…六角家は土岐家と親戚であり、将軍家とも親戚である。つまり、織田信行の傍に土岐氏の支流の明智家の人間がいるのは当然であった。


 ※土田御前が六角高頼の娘であれば後に信長の次男である信雄が北畠に養子になれたのも六角氏との縁で北畠と血縁だったからと言えるからである。(武力で脅されたとはいえ、北畠ほどの名門に、すんなり養子になれた理由と言える。)他にも信長の傍に滝川一益などの六角家臣と思われる人材がいるのも説明出来るし、何よりも信長が楽市楽座など六角氏の行いを模倣するのも実は母方の実家の影響と言えるのでは無いだろうか?


 こうして義銀殿と話した内容は信行から赤鶴へと伝えられた。


「少し、考えさせてください…」


 信行から新たな仕事を伝えられて赤鶴は少し考えたいと言って直ぐには回答をするのを控えた。これを遠慮と考えた信行は赤鶴に時間を与えた。


 赤鶴は悩んだが…将軍家の傍仕えになれるチャンスを逃す手は無いと考えた。というのも前述の通り、すでに赤鶴は軍議から追い出されていて義銀殿と信行の行動を把握するのが難しくなっていた。これでは赤鶴の願いを実現するのが困難になっていた。


 将軍の傍仕えになれれば、義銀殿の動きや信行の動きだけではなく、周辺大名の動きまで把握できるチャンスが増える可能性が高くなるというメリットがあった。


 実のところ、赤鶴は信長に仕えているというよりは濃姫に仕えている立場だった。濃姫のために信長に協力しているだけというのが赤鶴なのである。


 その場、その場の決断にいちいち間者を使って信長と連絡していては以前のようになるだけということもあり、悩んだ末に赤鶴は自分の考えで判断し決断を下した。


「分かりました。お受けします!」


「おお!そうか、助かるぞ!」


 こうして赤鶴は明智十兵衛と名乗り足利将軍家に奉公することが決まった。


 ※男女問わず、武士の家柄であれば、特別な事情が無い限りは、いつでも武士になることが出来た。

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