桑名での食事とトラブル
桑名は現在は自治都市扱いとなっている。この地は三つの一族が支配していていて彼らが商人達と手を組んで自治権を幕府から貰ったのであう。桑名は戦争による被害を免れたこともあり、繁栄しており、活気があった。
織田信長に連れていかれた桑名の料亭は城のすぐ近くにあった、中々立派な城を見ながら一杯やるのは良いものだと…妄想するが…今だにお酒を飲んではいけません!と傍で言ってくる数正殿がいるので…飲めないのである。(絶望)
「美味しい食事が食べれるぞ!最高だな!!」
「うんうん♪」
「そうですねー」
「…」
俺の言葉に成重が強く頷いてくれた。富正も同意してくれる…しかし、忠勝は普段の無邪気さは消えていて気難しい顔して憮然としているのである。その影響を受けてなのか正信達も委縮してしまっていた。数正殿は織田家との会食をすることになったことを今川家臣達に伝えて同意を得るために話にいっていた。
忠勝に後ろから睨まれている信長は全く気にした素振りを見せないどころか周りにいる家臣達と談笑までしていた。ただし、信長の後ろには森可成、前田利家、河尻秀隆の三人が忠勝を警戒しながら信長の後を付いて歩いていた。
料亭の女将達に迎えられた。女将と聞くと歳とった人を思い浮かべるかもしれないが…実際は若い人主体だった。美人だが料亭に努めている人間だけに気品のある人達だった。
料亭に入り、皆靴を脱いで宴席へと向かった。テーブルを挟んで俺は信長殿と対面する形となった。
「ここの料理は中々美味しいぞ!」
「そうなのですか!それは楽しみです。」
舌が肥えてそうな信長殿が美味しい!と言うのだから美味しいに違いないと秀康は胸をトキめかせる。この会話は忠勝にも聞こえていた。この美味しい!発言は忠勝の顔に若干だが喜びが浮かんだように見えた。
「秀康殿も良い家臣を持っている!特に本多平八郎は織田家でも有名だぞ!」
信長が場の雰囲気を良くしようと思ったのか忠勝を褒めた。これが通じたのか忠勝は憮然としながらも姿勢を崩してくれた。お陰で場の緊張が少し和らいだ気がした。
「織田家の家臣達も聞いております。」(言葉を濁す)
「おお、そうかそうか、それは良かった!だが、松平の家臣の方が優秀だろう!」
「「ハッハハ!」」
俺が織田家の家臣を褒めても信長殿が松平の方が優秀と返答したのは三河者対策を心得ていたからであろう。本当に信長殿という人は恐ろしい人だなと思ってしまった。
この信長の発言で『忠勝だけが褒められた!』『主君が織田家の家臣を褒めた!』と言う松平家の家臣達の嫉妬を回避出来たし、全体的に松平家の家臣達が和やかになってくれた。
織田家の家臣達は『悔しくないのか?』と疑問に思ったりもしたが…見る限りでは表立って苛立ちを見せる家臣がいないところを見ると…『織田家の家臣は優秀だな!』と感心してしまう。とは言え、これを口にすると嫉妬深い三河者が怒り出すので言う訳にはいかなかった。
信長殿と会話をしている内に料理が運ばれてきた。並べられた料理はみな豪華で美味しそうなモノばかりであった。思っていたよりも美味しそうだったからか忠勝が並べられた料理を凝視し始めた。憮然な態度を崩さなないように努めているが…どう見ても料理に意識が持っていかれているのが手に取るように分かる状態になっていた。
「忠勝!良かったね、伊勢の海老がいるよ!!」
正信が少し恥ずかしそうにしながらも伊勢海老があることを忠勝に伝える。
「う、うむ…」
正信の渾身のアタックを食らって忠勝は苦しそうにしながらも…それでも必死に憮然とした態度は崩さなかったが…伊勢海老を凝視して目が離れなくなっていた。
こうなると逆に応援したくなるな…頑張れ忠勝!憮然とした態度を守り通せ!!
料理を食べる段階になったら正信と康政が忠勝が好きそうなものを吟味して皿に盛っていって忠勝の前に置いてあげるという心配りまでしてあげていた。これには織田家の家臣まで協力していたほどであった。
「ムムッ!」
忠勝のライフは既にゼロに近くなっていた。そこに最後の一撃が加えられた。
「はい、伊勢海老!!」
正信が渾身の笑顔で伊勢海老を忠勝の目の前に置いたのである。
もう完全にオーバーキルだった…忠勝は憮然とした態度を捨てて食べ始めようとしたが…途中で気を取り直したのか憮然とした態度を装って食べ始めた。
「チッ!」
正信の奴、主旨を間違えていないか?と思わせる言葉を発していた。
その後も正信による接待攻めを忠勝は受けることになった。
食事を食べる前には必ず毒見役が食べることになる。それで今回も毒見役が食べるのだが…ここで小さな争いが起きた。
普段、毒見役の人と一緒に富正が食べたりするのが半端習慣化していた。これは、かつて毒見役だったことがあった富正が『毒見役は自分の役割だ!』という謎のプライドを持っているためである。
とはいえ、富正も大事な重臣故に死なれたら困るので…毒見役などやらせる訳にはいかないこともあり、毒見役が食べた後に富正が形式的に食べることになっている。完全に無駄という訳では無く、二重チェックという意味では重要な行為といえる。(料理は運ばれる前にも台所でチェックされるので三重ともいえる厳重なものとなっている。)
いつも通りに毒見役が食べることになるのだが…ここで信長殿が冗談を言ってきた。
「毒など入ってなどいないぞ!俺が食べて証明してやる!!」
これには織田家の家臣達がギョ!となって信長を見る事態になった。毒が入っている訳は無いと思うのだが…それでも万が一という場合がある。それに信長自身も毒見役が必要な立場である。現に織田家の毒見役が後ろに控えている。
それなのに信長は「自分が毒見役をやるぞ!」などと言うから織田家の家臣達が慌てたのだ。
「何を、お前ら驚いているんだ!秀康殿に失礼だろ!!」
信長が慌ててしまった家臣達を叱りつけた。それでも家臣達は皆、信長が本当に毒見が終わる前に食べるのではないかと心配なために表情は硬いままとなった。
「ムムムッ!」
このやり取りに一番反応したのは俺の横に座っていた富正だった。それまでの笑顔は消えて信長に嫉妬の眼差しを向けていた。
以外に思う方もいるだろうが…富正は嫉妬深かったりする。俺に仕えている家臣で自分が一番の忠臣だ!!という意識が強いのである。これは三河者特有の考えでもあり、いろいろ面倒くさい面がある。正直に言うと皆思っていることなので標準装備と言えなくも無いが…富正の場合は俺との繋がりが深いだけに…この点に関しては何人たりにも譲らない。
特に習慣化している行為を邪魔されるのを非常に嫌う傾向がある。もし邪魔されると普段大人しい反動なのか…非常にめんどくさいことになるので俺としては常に気を遣う案件だったりするのである。
この地雷を信長殿は踏んでしまっていた。
「信長殿!貴方にやらせる訳にはいきません!ここは富政にやらせます!!」
「さようか…」
俺が止めに入ると信長殿は簡単に引き下がってくれた。俺が富正にやらせると言うと…富正が目を輝かせて毒見役をやってくれた。(もちろん、通常の毒見役が食べた後にである。←これに関しては富政が何と反論しようが譲る気は無い!)
さてアクシデントもあったが…
その後、食事をしながら信長殿と会話を楽しんだ、そして話は本題に移ってきた。
「秀康殿、頼みがある!」
「なんでしょうか?」
「京都に滞在中及び帰るまで我々と行動を共にして欲しい。」
「それは…お答えかねますな…」
信長殿が言うには…京都では争いが起きるかも知れないから織田と今川で協力して万が一の時に備えようという話である。
「どうすれば承諾する?」
「斯波義銀殿が承諾してくれるのなら!」
「であるか…」
すっかり存在感を失っていた義銀殿の名前が出て信長の表情が強張った。しかし、ここで引くわけにはいかない信長は秀康の申し入れを承諾して義銀殿と会談することになった。




