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徳川劇場:教えてクソ親父!大河ドラマで鎌倉時代をやってるけど!鎌倉時代とは何なのか?


徳川家康「大河ドラマというのは脚色が酷くてどうかと思うな!」


信康「脚色と言えば神君家康も大分酷いと思うぞ!」


秀康「徳川家康を描く時に兄上や私などは存在しなかったような扱いですからね」


秀忠「そういう面はありますね……」


家康「日本ドラマというのは家族感というのが希薄なところがある。しかも現代人の感覚が優先されがちな面があるのは間違い無い


しかし、現代的な感覚が大切な場合もある。例えば地域間なんて分かりやすい」


信康「地域感とは?」


秀康「関東とか関西とか?」


秀忠「そんなに違いますかね?」


家康「関東に住んでると日本は統一されているように感じるかも知れないけど


実際は全く違う、例えば関東の人が関西圏の食べ物を食べると違和感がある。味が違う……


関西圏の食べ物は関東圏に比べると甘い、ダシの味というのか?甘味があるのだ。」


信康「食べ物の差は大きいかもな、うどん、蕎麦だけでも味付けは全国で全く違うからな……」


秀康「関東と関西て比較対象として分かり易いから良く言われるけど、実際は東海地方や北陸東北に九州から沖縄北海道なども全然違うよな」


秀忠「日本は意外と地域差が激しい?」


家康「それは間違い無い、日本史は地域戦争が常に念頭にあり、戦乱の時代も地域ごとに全く違う形で起きている。


戦国時代は『応仁の乱』で始まったと言われがちだが!


そもそも室町時代は歴代足利将軍で『安定して将軍に就いてから争いが一度も無かった将軍』は存在しないと断言出来るくらい酷かった。


江戸時代と同じような感覚で考えるのがそもそも間違っているのである。」


三人「……」


家康「室町時代が何時始まったのかも定かでは無い、忘れられがちだが!足利将軍の本拠地は鎌倉だった。


室町時代の首都は鎌倉なのである!!


天皇がいるという意味での皇都は京都だったかも知れないけども


初代足利尊氏の時に足利将軍は鎌倉が本拠地であって南北朝の争いが終わるまでの間の臨時拠点として将軍は京都に居住しているという設定だった。


だから鎌倉には将軍不在の間の臨時総督として『鎌倉公方』という役職が存在していた。」


信康「鎌倉公方!鎌倉公方というけど!!将軍不在時の臨時総督のことなのか」


秀康「関東管領というのも意味不明ですよね(笑)」


秀忠「鎌倉公方とか関東管領とかマトモに機能していた時代があったのか怪しい役職が多いよな(笑)」


家康「鎌倉公方の存在理由が実は鎌倉が室町時代も引き続き将軍の所在地(首都)という意味だったのである。


しかしながら……


皆もご存じの通り、初代足利尊氏からして


『鎌倉で将軍に就任してから実際に政治を行った将軍は存在しなかった。』


これは笑い物だった。」


信康「なんという悲しいこのなのか……」


秀康「酷い物だな……」


秀忠「争いが多かったのですね」


家康「しかも京都にすら将軍が不在という状態が多かったのだから!


笑いごとでは済まないと言える。


さて話がズレまくったが(笑)


鎌倉時代も室町時代と同じ面があった。」


信康「首都はずっと鎌倉なのでは?」


秀康「鎌倉時代は政治も鎌倉で行われていたのでは?」


秀忠「何が同じなんだ?」


家康「確かに首都は鎌倉で政治も鎌倉で行われていたが!


将軍は不在だった時代が長かった。初代将軍は源頼朝だが……三代目の時に頼朝の直系は断絶してしまっており


以降は源氏ですら無い人が将軍を歴任している状態が続いたという特徴がある。」


信康「征夷大将軍は源氏の人しかなれない!とか言っといて実際は征夷大将軍て単なる地方司令官だからなぁ……」


秀康「確かにそうだよな、征夷大将軍は中国で言うところの征東大将軍と同格くらいだったと言われてるしなぁ……」


秀忠「三国志の何進は大将軍だったし、安史の乱の安禄山も将軍だったから中国も似たところあったとは思いますけど……」


家康「鎌倉時代の本質というのは……『統治の正当性』が無い時代とも言えるのである。『統治の正当性が無い時代』だったから鎌倉時代も混乱を極めた時代でもあった。


鎌倉幕府は全国支配をすることを前提とした政府では無く、あくまで鎌倉を中心とした関東勢力の連合政府というのが実態だった。」


信康「関東勢力の連合体というのは不思議な表現に聞こえるけど真実なんだろうと思う」


秀康「地方政府だったといことか……」


秀忠「全国支配をしていたのでは無くて『武士という名の人々』を統率していただけだすね」


家康「武士という階級自体曖昧なモノだった。武士と言うのは以前に『そもそも武士とは何なのか?ハッキリしない存在を考える。』でも語ったように実は確かな定義があるハッキリした存在では無かった。


武士というのは江戸時代に今の現代的なイメージに近い存在にはなったけども……


戦国時代つまりワシら生きていた時代ですら……江戸時代の武士とはかけ離れていた部分があった。」


信康「戦国時代と言えば鎌倉・室町の二つの武士の時代を経験した後なのだから!武士は物凄い力を持っているようで……実際は商人・僧侶・国人層とかに劣っていたからなぁ……」


秀康「養父(豊臣秀吉)ですら足軽以下だったから武士ですら無かった説があるくらいですからねぇ」


秀忠「戦国時代ですら武士は圧倒的な存在では無くて都市部つまり都会から離れた僻地を拠点としていたくらいだかなぁ……」


家康「武士が何時から登場したのか?どんな層(階級)の人がなって生まれた階級なのか?


という問題は武士を語る上で重要で……


天皇に仕えた北面武士説や武蔵七党説、在地領主説、豪族説などなど


非常に多いのが特徴である。


前に述べた通り、有名な武士ですら僧兵の武蔵坊弁慶や楠木正成から北条時政まで


果ては我が松平家まで……


出自が議論になる家は多い、しかも織田家は元は神主だったとか伊達家は藤原氏だったなど


考えて見れば武士の出自は謎だらけである。


そもそも源氏は元皇族設定だったりと(笑)


武士の定義というか設定は常に矛盾が多い」


信康「設定と言うと小説や漫画やアニメぽく聞こえるけど(笑)まさに設定と表現する意外に何があるのか?という感じだよなぁ……」


秀康「ヨーロッパの王族・貴族・騎士が一つの階級として、ある程度出自というかルーツや垣根がハッキリしているのに対して日本の武士というのは複合的要素が多すぎるな!」


秀忠「ヨーロッパも実は曖昧でツッコミどころ多いと思うけど(笑)日本の武士は世界的に有名で『日本独特』のオリジナルだと言われる割に定義は不明確で謎だらけの集団な気がしますね」


家康「こうやって鎌倉時代前後の状況を見ながら考えていくと鎌倉時代というのがハッキリしたモノでは無いことが分かる。


武士というのは何なのか?というのがハッキリしておらず


武士というのが国を支配していたと言うけども……


各国の『中心地や豊かな土地』は寺や神社それから公家が支配している場所であって武士は支配していなかった。武士が都市部と言われるような『中心地で豊かな土地』を支配するようになるのは戦国時代どころか豊臣政権時代どころか江戸時代までかかっており


武士が日本全国を支配していたという幻想で鎌倉時代を見ること自体が間違っているとすら言える。」


信康「完成された武士社会というのは江戸時代だという風に色眼鏡で見ると事実誤認するということだなぁ……」


秀康「武士はそもそも『田舎を支配する人々』だった訳ですね」


秀忠「なんというか……情けない存在だなぁ……」


家康「逆に言うと『田舎を支配する人々』の割には日本史に与えた影響が大きい訳だけども……


こうした曖昧でハッキリしないのは鎌倉時代の一つの特徴である。


話は戻るが!


『将軍不在』でも執権という世襲の職を支配した得宗家という名の北条家が『将軍に代わって武士を支配していた』訳であり


この辺も鎌倉時代の特出するべき部分である。


平安時代というのは藤原氏や菅原道真や平氏みたいな人達が支配していても……


君主である天皇が中心だった訳であり


天皇が直接統治していた親政時代や院政時代というのがあった訳で丁度大河ドラマでやってる時代は一応は院政時代末期ということになる。」


信康「平氏も奢れ高ぶっていたものの天皇を中心とした朝廷そのものを利用して日本統治をしていたからな」


秀康「そういう意味では平家は藤原氏と変わらない存在だっただけと言えるな」


秀忠「平家は凄い存在ではあったが……既存の『やり方』を重視していた面は拭えないなぁ」


家康「鎌倉時代というのは『鎌倉が日本を支配していた』というものの


鎌倉幕府という組織?は『日本全国を統治することを目的とした組織』では無かった。


あくまでも関東の地方政権なのである。」


信康「地方政権と言われるとショックだよなぁ……」


秀康「自分達のルーツが曖昧なのは草」


秀忠「曖昧な設定が多いですね」


家康「『日本全国を統治することを目的とした組織』というのは鎌倉幕府最大の弱点でもあった。


結局のところ『統治の正当性』が無いという事実は……


隠しようが無い部分であった。


しかも上位機関として朝廷や天皇や貴族が存在していて幕府を支配していたのは将軍では無く執権だった上に源氏ですら無く


実は平家の北条氏(笑)というのだから笑えない時代であった。」

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