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僕が彼女に惹かれる理由

 泉とは、二年に進級した時に席が隣同士になった。去年はお互い違うクラスで面識はなかったけれど、僕の方は彼女の名前を何度かに耳にしていた。隣のクラスにめちゃくちゃかわいい子がいると、今は名前も忘れてしまった去年のクラスメートが話していたのだ。もっとも、当時の僕にとって、それは眉に唾を付けたくなるような話だった。


 高校に進学してからの女の子の垢抜けようというのは、はっきり言ってすさまじいものがある。中学校が同じだったあまり目立つタイプではない子が、化粧を覚えて髪の毛にパーマをかけ、ほとんど別人のようになっていた。そして、廊下などですれ違うたびに隣には違う男が並んでいた。かつての彼女を知る僕からすれば、その光景はまるっきり考えられないものだった。正直に言ってその劇的な変化に僕は、根源が判然としない言い知れぬショックを覚えていた。


 そして、女の子が試行錯誤して施す化粧にもテンプレートというか、マニュアルのようなものが存在しているらしく、そういった現実を踏まえて周囲を見渡してみれば、良くも悪くも甲乙つけがたい見た目の女の子というのはわりに多く存在していた。あるいは僕たちの通う学校が、良質的に中庸な容姿に変身することの出来る女の子に恵まれているのかもしれない。いずれにしろ、僕はそんなある種特異な状況に気付いた時点で、当初こそいくらか心を躍らせた(だってそれは、言い換えれば見た目はそこそこの女の子が多いということだからだ)けれど、時間の経過とともに彼女たちの容姿は日常に溶け込んでいき、また彼女たちの存在は嫌でも例の中学校の同級生を想起させた。そんなわけで、他校に通う友達からは『お前んとこの高校、女子のレベル高いよなあ』と羨ましがられるような環境に身を置いていながら、僕は周囲の女の子に対して今一つ積極的になることが出来ずにいた。当然、そんな男と親密に関わろうとする物好きな女の子というのは存在しなかった。


 話が前後したけれど、泉の噂を耳にしたのは、僕の女の子に対する関心がかくのごとき変遷を経た後のことだった。だから、可愛いと言ってもせいぜい十人並みに毛の生えた程度だろうと勝手に決めつけていた。


 けれど、いざ彼女を近くにしてみるとなるほど、教室を越えて男たちの話題に上がるわけだ。確かに、泉瑚春はとても可愛らしい女の子だった。こんな物言いが彼女以外のほとんどの女性に対して失礼に当たるということは重々承知している上で言わせてもらうと、泉は()()の美人だった。


 ぱっちりと開いた吸い込まれそうな瞳に、笑うと控えめに現れるえくぼがとても愛らしい。一年の夏にはボブカットだった髪の毛は、細かなアレンジが加えられながら時の流れとともに緩やかに伸びていき、やがて今年の春を迎えて僕の隣に座るときには、彼女の髪は肩甲骨の辺りまであった。そのことに気付いたとき、僕は何となく感慨深い気持ちになった。


 そんな泉は、男共に大変な人気があった。野郎が集まって誰それと付き合いたいだのヤりたいだのと話すときには、ほとんど真っ先に彼女の名前が挙がるほどだった。実際に告白をしたという話もこれまでに数えきれないくらい耳にした。しかし、一度の例外もなく彼女がOKを出すことはなかった。バスケ部のエース、野球部の四番、モデル事務所に所属していて女の子たちから絶大な人気を誇るイケメン。そんな先輩たちを以てしても、泉を口説き落とすことはできなかった。嫉妬に狂ったある女の子が、彼女は言い寄る男すべてに無理難題を押し付けて告白を袖にする性悪女だ、という噂を流布したこともあったが、そのような身も蓋もない中途半端なエピソードは、彼女をまさしくかぐや姫のような高嶺の花的存在に押し上げるプラスの要素となるだけだった。


 二年に進級し、僥倖が働き僕は泉と物理的に近しくなった。僕はこんなことがあっていいのか、と舞い上がったけれど、しかし彼女には間違っても恋心は抱かないでおこうと決めていた。言うまでもないことだけれど、校内の華やかな男たちに見向きもしないような女の子が、僕のような取り立てて述べる点のないような存在に特別な感情を持つはずがないからだ。だから、自分の中で抱く感想というのは、『こんなに可愛い女の子と隣同士になってラッキーだったな。耀一の奴に自慢できるぞ』、というものに留めておこうと決めていたのに……。


 ――結果的に、僕はあっさりと己の定めた境界線を越えてしまい、泉瑚春という存在に惹かれていった。


『てがみくん』


 泉は、僕のことを名前で呼んだ。物心ついた時からずっと好きになれずにいた僕の名前を、綺麗なソプラノで。

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