胎動
4月18日(水)
今までに何度も往復した通学路を、僕は駆ける。全力疾走や、限りなくそれに近いペースで足を動かすことなんて、いつ以来だろう?
春眠暁を覚えず、だなんて使い古された言葉がしっくりくるような寝覚めの悪さは、携帯の時計を見て吹っ飛んだ。一瞬にして頭が覚めるような時刻は、普段なら通学路の中腹に達するであろう数字を表していたからだ。
歯ブラシを咥えこみながら顔を洗い、寝癖を申し訳程度に落とし、自分でも驚くような早さで制服に着替えた後は朝飯をかっ食らう時間も惜しくて家を出た。空きっ腹の中を、絶え間なく流れ込んでいく朝の澄んだ空気が循環していく。
今までの僕ならば、学校なんて行っても行かなくても同じだ、と早々に諦めて二度寝を決め込んでいたはずだ。それが今は死ぬ思いで校門を潜ろうとしている。バナナの一本も取り込んでいない、明らかにエネルギーの不足している身体を突き動かす原動力の正体は、一体何なのだろう。
――もしかしたら。
あいつに会いたいからかもしれない。隣の席で、いつも柔らかく笑っているあいつに、会いたいから。
そんなことを、全速力で走りながらいちいち考えられるはずがない。うまくイメージできず、濡れた水彩画のように崩れていったイメージの復元を後回しにして、校門まで伸びる推定五百メートルの歩道に意識を持っていく。去年の末頃から愛用しているバックパック――アークテリクスの定番モデルのアロー22――が、背中で狂ったように跳ねているけれど、走りながらでは胸元のバックルを留めるのもままならない。
汗が身体を回る。横っ腹が引きつって痛い。身体はよっぽど酸素を求めていたけれど、そんなメーデーに気付かぬふりをする。立ち止まるのは、負けを認めるのと同義だと言い聞かせて、足をがむしゃらに前へ、前へ。
『てがみくん』
流れ込んでくる耳障りな風切り音を抑え込んで、脳内でその声はあまりに鮮明に再生される。僕の風変わりな名前を呼ぶ、綺麗なソプラノ。
彼女の声は、腑抜けた僕の足に鞭を打つ役目を果たしてくれる。