2. 決断
敵の攻撃から5分後、各部署の最上級階級者が、戦闘指揮所の隣の会議室に集められた。
と言っても本来の指揮官は、破壊された艦橋にいた訳で、集まったのは少尉から中尉、部署によっては下士官が出てきた部署すらあった。
会議室は中央に細長いテーブルと10人分の椅子があるだけの、シンプルな作りで非常に殺風景な部屋だったが、集まったメンバーの階級は非常に変化に富んでいる。
そんな中で各部署の状況報告が行われていた。
「艦橋にいた上級士官で生存者は、補給部のジョンソン少佐のみですが、負傷してかなりの重症です、現在失血が激しいため輸血中、このまま医療カプセルでの処置になります」
「指揮は無理ですね」
軍医の報告に、アルメイダ少尉はあまり抑揚の無い声でつぶやいた。
「各部署の責任者は現在の本艦の状況を報告してください」
「機関、異常なし」
「兵装、異常なし」
「コントロールシステムは艦橋から戦闘指揮所への移行を完了しています」
「通信機器の異常は認められませんが、敵の強力な妨害のため現在使用不能です、恐らく電子戦専用の艦艇が付近にいると思われます」
「索敵、敵の妨害が激しく探知に支障が出ています」
各部署からの報告を、黙って聞いていたアルメイダ少尉は、立ち上がると
収集した情報を元に意見を述べた。
「敵の砲撃の射線から、光学観測したところ、5隻ほどの敵集団を発見しました、恐らく本艦はこの艦隊に砲撃されたものと思われます」
テーブル中央の立体スクリーンに、敵艦の位置と距離が表示される。
「本艦の艦橋と、随伴の駆逐艦を正確に狙撃されたこと、それ以降の攻撃が無いこと、以上の状況から判断すると、敵は恐らく小惑星連合、そして目的は本艦の奪取にあると思われます」
各部署の責任者から驚きの声が上がった、火星との戦争が終結した現在、小惑星連合は、地球連邦と敵対している最大の勢力であるが、その勢力圏は自国の小惑星の周辺に限られ、こんな軌道の反対側に近い宙域にまで、艦隊を送った前例は無い。
「艦の戦闘能力自体には特に問題が無いので、本宙域からの撤退を提案いたします」
他の部署の指揮官も同意見だったので、全員が賛成する。
逃げるだけなら何とかなりそうだからだ、キシカワ大尉もうんうんと頷いていた、
さらにアルメイダ少尉が続ける。
「それで私は臨時の艦長としてエリ キシカワ大尉を指名したいと思います」
「!?」
何だか自分の名前が呼ばれたような気がしたキシカワ大尉は思わず周辺を見回した。
「え?誰?」
右に座っている古参の機関室曹長に振り向くと、自分を指差した。
「私?」
左に座っている兵装担当の少尉に振り向くと、自分を指差す。
考えること数秒...事態を把握して思わず立ち上がる。
「えぇっ!!わ、わたしですか!?な、何で...」
全く予想していなかった事態に驚くキシカワ大尉に、何をいまさらといった表情でアルメイダ少尉が説明する。
「現在、無事な士官の中であなたの階級が一番上だからです」
「で、でも私が大尉なのは、昔の制度のなごりでなっただけで、別に士官学校も出たわけじゃないし、艦長なんて、その...」
必死に言い訳するキシカワ大尉にアルメイダ少尉は表情を変えずに言い放つ。
「それでもあなたは大尉です」
そして臨時の艦長は、特に反対意見も無く、キシカワ大尉に決定した。
かつて宇宙戦闘艦の建造は、莫大な費用のかかる国家間プロジェクトで、
一隻建造するのに、10年以上かかることも珍しくなかった。
保有数も少なく、政治的判断を求められる事態もあったので、その指揮を取る艦長は中将以上の将官が務めていた。
当然、他の乗組員の階級も高く、初期の宇宙戦艦の乗組員の、一番下の階級は少尉からであった。
しかし、戦闘艦の建造技術が進歩し、建造コストの低下と量産化が進むと、艦隊単位で運用が出来るようになり、階級は引き下げられることになったのだが。
基礎教育を軍ではなく、運輸通信省で行なっていた通信士官だけは、軍に任官後そのまま大尉になると言う制度が、変更されず数年残ってしまった、そのため士官学校に行っていない士官が一部出ることになる。
エリ キシカワ大尉もその一人で、その制度で通信士官になった最後の組である。
「やっぱり私がやるの?無理、絶対無理...」
狭い室内に、メカをぎっしり詰め込んだ、薄暗い戦闘指揮所の指揮官席に座らされたキシカワ大尉は、頭を抱えブツブツとつぶやいていた。
当時、いきなり大尉で任官できてラッキー、と無邪気に喜んでいた自分を
彼女はひっぱたいてやりたい心境だった。
「いいかげん諦めて下さい、他の乗員も各部署の責任者を、臨時でやっているんですよ」
それはそうなのだが、各部署の責任者と、艦長では責任の重さが違う。
「私はサラ アルメイダ少尉です、あらためてよろしく、私が副官としてあなたをサポートします」
まったく一人で指揮をすると考えていた、キシカワ大尉は少しほっとした、
やはり士官教育を受けた人間は心強く思えるからだ。
「艦長、それでは現在まで確認できた、敵の状況を、説明します」
アルメイダ少尉がコンソールを操作すると、立体スクリーンに敵艦を現す赤い表示が映し出された。
「現在本艦は、戦艦2隻、巡洋艦4隻をふくむ艦艇26隻にほぼ完全に包囲されています、さらに敵の強襲艦と思われる艦艇が接近中で、約6分後に本艦へ突入する進路を取っています、敵強襲艦の目的は本艦へ強制接舷し奪取することにあると思われます」
一通り説明を終えると、アルメイダ少尉はキシカワ大尉の顔を覗きこむ、真っ青になっていた...さっきより敵が増えている。
「では艦長、指示をお願いします」
「なにも思いつきません!!絶体絶命じゃないですか!」
あまりの理不尽な状況に思わず声が出てしまう。
それはそうだ、子供でも圧倒的な不利な状況と解る、実際は、戦力は実力の自乗に比例するので、事態はさらに深刻なのだが、アルメイダ少尉は全く表情も変えず、代案を出す。
「それではこういった作戦はどうでしょう?主砲の斉射で前方のこの部分の集団を叩けば、比較的大きな範囲で包囲を崩せます、この部分から最大戦速で脱出するというのは?」
「敵の反撃とか大丈夫でしょうか」
「敵は本艦の機能が喪失していると考えているはずです、それにもう少し敵の強襲艦が近づけば、敵艦は同士討ちを恐れて、迂闊に発砲できなくなります」
「.....」
「何でしょうか?」
黙って自分の顔を見つめるキシカワ大尉にたずねる
「あなたが艦長やったほうがいいのでは?」
「お断りします」
即答だった
「それでは艦長、この作戦で宜しければ許可をいただきたいのですが」
「許可します」
何も思いつかない以上、許可するしかなかった。
「主砲発射準備完了!」
「機関出力112パーセントまで上昇中」
「敵強襲艦、突入体制に入りました!」
「艦長、準備完了です」
少尉の静かな声が、まるで悪魔のささやきのように聞こえる。
エリは唇をかみ締めていた、圧倒的多数の敵、今降伏すれば全員助かるかもしれない、
しかし一度発砲してしまえば、もう後には引き返せない、敵は全力で襲い掛かってくる、逃げ切れるのか?
「艦長、発砲の許可を」
(何でこの人は、こんな恐ろしい決断を私にさせるのだろう)
だが決断を迷う彼女を次の言葉が振り切らせた
「敵強襲艦、突入まで後20秒!」
「発砲を許可します!」
迷いはあった、しかし追いつめられた彼女はとっさに進むほうを選んだ。
一瞬で高出力のビームに焼かれ爆発する敵艦
(あの敵艦に何人乗っていたんだろう)
一瞬そんな考えが頭に浮かぶ...しかし次々に上がってくる報告や警報が、彼女のそういった思考を徐々に消していく。
長い戦いは始まったばかりだった。