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17.再び宇宙へ

空の雲も高くなり、空は秋になりつつあるものの、まだ日差しはきつい南国の正午、エリたちが帰省するときに降り立った鹿屋基地の前に、一ヶ月の休暇を終え、宇宙に戻るエリたちを見送りに、岸川家の面々が集まっていた。

当初、エリ達は鹿児島空港から、太平洋上の島に作られた軌道エレベーターに向かうはずだったが、誘拐未遂事件などが起こったため、軍が軌道エレベーターでのテロを警戒して鹿屋基地から、シャトルで戻るよう指示が出たため、再び同じルートでの帰還ということになった。

「エリねーちゃんがんばれよ」

「うん、ありがとう、じいちゃんも体に気をつけてよ、あんまりお酒飲んじゃだめだよ」

「おいたちのことは隼人たちもおっとじゃけん、てげでよかっちゃが、わいがこつだけかんげんか、そげんやけん怪我すっちゃっど」

一応、怪我して入院した事は、転んで頭を打ったということにしている。

「そうですよエリさん、こんなにしっかりした弟さん達がいるんですから、自分の事も考えて下さい」

「え?サラちゃん意味わかるの?」

すかさずお爺さんに賛同するサラを見る、すっかり方言を理解してしまっていた。

(サラちゃん順応早すぎ)

サラの学習能力の高さにあらためて驚くというよりあきれてしまった。


家族に見送られながら基地の中に入って、IDカードと生体認証を受け手続きを済ますと、シャトルに乗りこんだ、奥の座席には数名の将校達がもう座っている。

エリは自分の席に着いてシートベルトを締めると、シャトルの小さな窓から外を見た、基地のフェンスの向こうでは、家族たちが手を振っている。

「何だかあっという間の一ヶ月だったね」

「そうですね、私も貴重な体験でした、ありがとうございました」

シャトルはリニアカタパルトで離陸速度まで加速されるとロケットエンジンに点火して真直ぐに東の空へ上昇して行った、無邪気に手を振ってそれを見送る岸川家一同の中で、美咲は複雑な気持ちで、いつまでもシャトルを見つめていた。


高度1万5000メートルでマッハ5を超えるとシャトルはスクラムジェットに点火して一気にマッハ15付近まで加速する、その後再びロケットエンジンに点火して高度120kmの低軌道に到達すると、タグボートと呼ばれる連絡宇宙船とドッキングした、あとはこのタグボートが、約360000kmの高さにある軌道リングまで、シャトルをはこぶことになる。

「うあ、この感覚久しぶり」

船内ではタグボートが静止軌道に上がるための最後の加速を終了すると、無重力状態になった、実はエリはこの感覚が苦手だった、地上の重力の中で血液を体内におくっていた心臓は、無重力になってもしばらくは地上と同じように血液をおくり続けるためすこし酔った状態になるのだ。

「顔膨らんでますよ」

エリの顔を見たサラがクスッと笑う

「え?あ、本当だ」

窓にうつった自分の顔を見ると、血が頭に上ったせいで顔が丸くなっている。

「あのIDカードの写真、この時撮ったんだよね、撮りなおしてほしいなあ」

毎回のこととはいえ、この現象は嫌になる、何でサラは何ともないんだろう?地上となんら変わらないサラを見て、エリはうらやましく思った。

「あんな事さえなければ、本当は軌道エレベーターで、今頃はのんびりしてたはずなのに」

軌道エレベーターは、エレベーターと言っても、その昇降するかごの部分の大きさはかなり巨大なもので、ちょっとした船ほどの大きさがある、軌道エレベーターが、36000キロ上空の軌道リングに到着するまでは3日ほどかかるので、旅客専用のかごは内装もそこそこ豪華に作られていて、簡単な娯楽施設まで備えているため、感覚的には船旅に近い、一方、今回使ったシャトルでの軌道リング行きは、ほぼ1日で到着するので、感覚としては地球で国際線の旅客機に乗る感覚だ。

エリは軌道エレベーターの船旅みたいな雰囲気が好きで、休暇の時の交通手段は軌道エレベーターを使うのが彼女の数少ない楽しみの一つだった。

「私たちが乗っててもテロの危険性は変わらないと思うんだけど…」

赤道上の6箇所から延びる軌道エレベーターと、静止軌道上で地球を一周する軌道リングは、地球と宇宙との物資輸送の要だ、同時にこの途方も無い巨大構造物は、敵の攻撃に対して非常に脆弱であり、それ自体が地球連邦最大の弱点でもある、しかし、そんな事は昔からわかっていることだし、テロの標的としては元々狙われる可能性が高い施設なのだから、何を今更という感じがする。

「マスコミの取材陣や群衆の中ににテロリストが潜んでいたりする可能性を極力排除したいのだと思います」

「自分たちで私を宣伝に使って、その結果こんな事になったのに、勝手だなー」

エリはシャトルの窓から見える、軌道エレベーターを見ながらつぶやいた、数少ない楽しみを奪われたので不満そうだった。

ダイヤの首飾りと称されることもある軌道リングはとても美しい、だがそれは遠くから見る場合だ、シャトルの高度が軌道リングに近づくと、遠くから見るとキラキラとしていた輝きの正体がはっきりしてくる。

作られてからすでに100年近くになる軌道リングは、増築を繰り返した不規則な構造物に、レーダーや観測機器、居住区、発電用パネル、実験施設、通信や放送用のアンテナなど無数の機器が無秩序に設置されている。

これらの構造物が、太陽の光をありとあらゆる方向に反射しているのが、ダイヤモンドの光の正体だ。

「しかしいつ見ても、遠くで見たときと、近づいたときのギャップに驚くよね」

エリは軌道リングの醜い正体が確認できる距離まで近づいたシャトルの窓に映る光景を見てつぶやいた。


第一艦隊司令部は、軌道リングの太平洋上のブロックにある、ここでエリ達は連絡艇に乗り換え、月軌道のラグランジュ点にある第一艦隊泊地に向かう。

エリは艦隊泊地に近づくにつれて憂鬱になってきた、記者会見が待っているからだ、すでに報道関係者は現地に集まって待機しているはずだ、わざわざ月軌道上の艦隊泊地で記者会見の場を設けたのは、艦隊の只中でテロは起こらないだろうという軍の判断らしい。

「どうせなら記者会見もやめちゃえばいいのに、何でこんなのだけ何とかしようとするんだろ」

「それは元々宣伝に使う気だったんですから当然でしょう」

「でもテロの危険が無くなる訳じゃないんだし」

エリは不満そうに答える、実際に過去に艦隊泊地で行われた式典の出席者にテロリストがまぎれていて、多数の死傷者が出た例がある。

「その時は、英雄の非業の死とか言って宣伝すると思います」

「もう、他人ごとだと思って…」

エリはサラが冗談を言っていると思って、不満そうに振りむいた、だがサラの表情は真剣だった。

「大丈夫です、そうならないように私が護ります」

考えようによっては、テロリストにエリが殺されても宣伝にはなるのだ、ただ宣伝の内容が戦意高揚から敵の非道さを訴えるものに変わるだけだ、艦隊泊地で記者会見をするのも、エリの安全のためではなく、軌道リングでのテロを軍が恐れたからに過ぎない、エリは急に恐ろしくなってきた。

「脅かさないでよ」

「可能性は低くても、常に警戒を怠ってはいけないと、私の祖父は常々言っていました、エリさんも気をつけてください」

エリが入院中にサラから聞いた話によると、彼女の家は昔から諜報関係に従事してきた家系だそうで、彼女の祖父は宇宙軍情報局の幹部だったそうだ、サラと彼女の父親はそういった陰謀術策の世界を嫌い、通常の軍人の道を選んだそうだが、それでも祖父の影響を強く受けているようだった。


艦隊泊地の補給ステーションに到着すると、まず広報担当士官が出迎えた。

エリに記者会見での注意事項を説明する、言っていい事と言ってはいけない事、細かい所では、仕草や目線に至るまで、注意しなければいけない事は多かった。

最後に広報士官はエリの耳に、超小型レシーバーを取り付けて髪の毛で隠した。

「記者から受けた質問に対する、細かい返答内容の指示はこれでしますので、少佐はその通りに答えて下さい、それでは記者会見会場にご案内します」

そう言うと情報士官はエリをドアの外に案内した。

補給ステーションの人口重力区画の中で最も大きな部屋が、記者会見場になっていた、ほぼ正方形の部屋で天井が低いため、そこまで広くは感じないが、学校の体育館ほどの広さがある、そこはすでに報道関係者でいっぱいだった。

「…ど、どうしよう」

ドアの隙間から中を見たエリは怖気づく、

「身元調査がしっかりされている記者ばかりだそうですから、テロの可能性は低いはずです」

「いやそうじゃなくて…」

サラは励ましたつもりだろうが、エリが怖気づいているのは、単純に記者の多さの方だった。

「大丈夫です私も横についています」

記者会見席では、先に入っていた広報担当官と第一艦隊の幹部将校が、今回の戦闘の経緯を説明していた。

「それでは、今回この戦闘を指揮した英雄、エリ キシカワ少佐が到着したのでご紹介します」

エリの到着を記者に知らせるのを合図に、広報担当士官が2人に中に入るように指示する、エリたちは記者会見場に入っていった、一斉に記者たちの視線が2人に向けられる、エリは緊張で頭が真っ白になりそうだった。

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