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ネバーエンディングストーリー  作者: 我見芥
マリオネット・ワールド
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出会いと旅立ち iv



 スズの鳥が盛大な音をたてたおかげでジグは飛び起きた。 見ると玄関に扉を勢いよく開けた体勢で固まっている母が立っている。

 目鼻立ちはジグに似ており、すっとした顎とキリっとした眉が精悍なイメージを与える。 ジグと違う明るい茶髪を肩のあたりで切りそろえてあり、余計に凛々しく見え、引き絞った弓のような印象だ。


 ベッド脇で眠っているジグを見つけるときっと眉を寄せずんずんと歩み寄る。

 板張りの床を踏み抜かんばかりの勢いで止まると、右手を頭の上まであげ勢いをつけて振り下ろす。

 ジグの予想に反して高い音は出ず、鈍い衝撃とともに立ち上がりかけていたジグの体を地面へと叩き返した。


「あなたは人様にどんだけ迷惑をかけたか分かってるの?」


 低く、歯と歯の隙間から漏れるような声でイルアナは告げる。 しかし、そこで自分のベッドで毛布を被った何かに気がついた。


「また狼の子供でも拾ってきたの?」


 呆れ半分驚き半分といった様子で毛布を剥ごうとする母に、ジグは前に拾ってきたのはクマだったなどとは言わずに頭を押さえている。

 布団といっても薄っぺらな布が一枚あるだけで、それはあっさりとはがされた。


「あ、の、あ……その、お邪魔してます」


 薄茶色のベッドの上にちょこんと座り直したハンナは、まるで荒野に咲く一輪の花のようにイルアナを見つめる。


 イルアナは説明を求めるようにジグを見たが、ジグ自身今の状況をうまく説明できる自信はない。


「いや、その、彼女はハンナって言って俺の従姉妹で」


「あなたは一回落ち着きなさい」


 自身の親に対して従姉妹がいたなどと冗談にしか聞こえない嘘を真面目にしようとしたジグを制して、自身は落ち着いたのかハンナを振り返る。

 やや睨み気味に見られたハンナはそれに動じることもなく見つめ返す。


「あなたが誰かは知らないけど、この辺では見たことない顔ね、どこから来たの? 最近ここら辺に行商隊が来たって話もないし。 なによりその格好で旅をしている風には見えない。 私にはさっぱり分からないわ」


 口に出しながら自分でも確認しているような口ぶりであった。


「あなたはそれを私に説明する気はあるの?」


 ハンナはイルアナの問いに、ガラス玉のような瞳で答える。 ジグには二人がただ見つめあっているようにしか見えない。


 やがてイルアナはハンナから目を離すと、


「ジグ、あなたは村の方達に謝って来なさい。 みんなあなたのことを心配してくれたのよ」


 そう言って早く行くよう手で促す。 

ハンナは心配そうにジグを見つめたが、あえて引き止めるようなことはしなかった。


「それと、ダグラスの所にもちゃんと行きなさい。 彼と何か約束をしてたんでしょう?」


 ジグは頷いて、少し歪んでしまったドアからそっと出ると、重い足取りで歩きはじめる。


(母さんはハンナのことをどうするつもりだろうか)


 ふとした疑問であった。


(まさか、衛兵に引き渡したりしないよな……)


 仮にそうなったとしても、ハンナが何か罪を犯したわけではないだろうし、そのまま牢屋に入れられるなんて事にはならないはずだ。

 村の中で親戚あるいは保護者を探し、現れなかった場合は王都に連れて行かれる。 そこでも同じように親戚などを探し、そこで見つからなかった場合は17歳以上ならば新たな姓を与えられた上でいくつかの仕事を斡旋してもらえる。

 それ以下ならば保護施設にいれられる。 保護施設といえば聞こえは悪いが全寮制の学院のようなものだ。

 これは他の大陸に比べて飛び抜けて恵まれている。

 それを考えると必ずしも悪い事ばかりではない。 それに、ハンナの身なりから彼女は上流貴族階級ではないかとジグは考えている。 そうなるとなぜあの様な場所にいたのかが気にはなるが、そうであったとすると両親、保護者はたやすく見つかるだろう。

 彼女のことを考えるならそうするべきだ。

 それを悩んでいる自分がいるのは、詰まるところ自分の思いを優先させているからだ。

 それがなんなのか理解できないからこそ、そしてその理解できないものを優先させるべきではないと分かっている故に、自分は今、苦しい。



 考え事をしているうちに村へと着いてしまった。


 乱立する家々の間に人がまばらにいる。

 その中の一人がジグに気づいて指をさした。


「おい! ジグ!」


 指をさした男とその周りにいた二人の若者がこちらに向かって走ってくる。


「お前どこ行ってたんだよ! みんな心配してたんだぞ?」


 駆け寄ってきた男はジグよりも二周りほど大きな体を縮めるように屈むと、ジグの頭を軽く小突いた。


「ごめん、サンス兄さん。 ちょっと森を歩いてたら昼寝にもってこいの所を見つけちゃって」


「よくもまぁそんな所で寝れるよな。 俺は森ってなんだか怖くて嫌なんだけど」


 サンスは雑貨屋のスウィンのところの息子で隣にいるアインとシウィナの兄だ。

 今年で23になるが、今だにどこか子供っぽさが残っている。 村自体が小規模なのとその面倒見の良さとで、村の子供達全員にとっての兄のような存在だ。


「まぁ、ともかく、無事でなによりだよ。 俺も仕事そっちのけで探したんだぜ?」


「サンス兄は仕事サボりたかっただけだろ? ジグがいないとなったら森に決まってんのに、川なんか探しに行ってさ」


 アインの指摘にサンスはポリポリ頭をかくと苦笑いを浮かべた。


「なんにせよ、見つかってよかったじゃねぇか。 お前がいなくなったらダグラスのおっさんが悲しむだろうよ」


 言い終わるとすかさず、


「そういえば」


 と、まるであらかじめ考えていたような速さで続ける。


「昨日川でさ魚がいっぱいいる岩陰見つけたんだよ。 今日はそこで釣り勝負ってのはどうだ?」


 言い終わるかどうかという内に、脇の二人から盛大なため息が漏れた。


「流石に今日もサボると母さんに叱られるよ」


「ジグは見つかったんだし、それもちゃんと母さんに報告しなきゃ」


 弟達に指摘され呻くサンスは、あまり頼り甲斐のある人には見えない。 が、やはりその隙のあるところもまた家族のようでいいと思える。


「俺もダグラスさんのとこに行かなきゃいけないし……せっかくだけどサンス兄さん、また今度みんなで行こうよ。 リリ達も連れてさ」


 そうだな、と明るい笑顔で答えるサンスは、すかさず両脇を弟達に掴まれ衛兵に連行される罪人のように村の中へと消えて行った。

 後にはジグだけが取り残されたが不思議と先程に比べ前向きになっている自分に気づいた。

 思わず笑みをこぼすとダグラスの家がある村の西側に歩みを向けた。

 



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