流れ viii
ダグラスは街の中でも比較的安値の宿を選んだ。
夕食は出るが、朝食は出ない。 その夕食とて、あまり期待のできる物ではないだろう。
ハンナを残して朝食兼物足りなくなるだろ夕食に備えた買い出しと言う名目で二人は出て来た。
ハンナには話せない事だと先に言っていたので、理由などは今更必要ないのだろうが、ダグラスの気遣いなのかもしれない。
二人は名目通り食べ物、特に腹に溜まりそうな物を選んでいるが、その手の店だけでも
ここには溢れるほどある。
いや、特にこれと言った特産品の無いシグナールは代わりに観光地として有名なのだから、必然的にその手の店が増えるのは仕方がない。
そのおかげでシグナールは食の街としても認識が高く。 多種多様な『食』がこの街には集まっている。
ジグは露店から出る香ばしいに釣られそうになりながらも、ダグラスについて行く。
ダグラスの足取りははっきりした物ではなく、何かを思い出しながら歩くような、そんな雰囲気があった。
時折僅かに首を傾げ、十字路では左右をチラチラと確認する。
珍しい、ジグは素直にそう思う。
ジグの知っているダグラスという人間は、どこか超然としており、その判断には一切の迷いも間違いも無いもののように思っていた。
だから、珍しい、というよりは、新鮮なのだろう。
人間である以上、記憶は風化し曖昧になるのは当たり前だ。
しかし、ダグラスはそのようなこともあるまいとジグは勝手に思い込んでいたのだ。
ダグラスを人以上の何かのように思っていた。 それが村人と彼の垣根になっていたのだろう。
そしてだからこそ、この僅かに見せた人間らしさというものが新鮮で、なおかつ親しみを持てるのかもしれない。
そんなことを考えていれば急にダグラスが足を止めた。
「ここだったか?」
その店はやけに小ぢんまりとしており、看板すらも上がっていない。 一見なんの店かもわからない代物だ。
店内には明かりがなく、シグナールの黄昏に照らされる範囲には商品らしきものは置いていない。
もはやそれが店であることすら疑わしい。 もしかするとジグが店だと思い込んでいるだけなのかもしれない。
しかし、随分裏道に入ったとはいえ、二枚扉を全開にしている家などあろうか。
それに、よくよく見てみれば扉の柱にはノミで掘ったのか『彫り物細工 ルーウィン』
という文字がある。
どうやら細工屋らしい。
普通彫り物にしろ細工品を売るような店は大通りにきらびやかに飾るものだがこの店はそういう意味でも変わっている。
あるいは店ではなく細工師の自宅なのかもしれないが……
ジグがおかしそうに首を傾げているうちに、ダグラスはなんの遠慮も無いように堂々と踏み込んで行った。
その後を追うようにジグも早足でついて行く。
暗い店内で何かにつまづいた。 なんとか体制を立て直そうとするが、手は空を切るばかりで何もない。
すんでのところでダグラスの大きな手がジグを掴み、引き戻した。
「ルーウィン! いるのだろ!」
「今行くから待ってくれ」
ダグラスの呼び声に反応するように、店の奥、暗闇の中から弱々しい声が返ってくる。
少し経ってドスドスと重く歩くが聞こえた後、赤ら顔の体格のいい男が闇からぬっと顔を出した。
「全く誰だね、こんな時間に……」
眠そうに目をこする大男はダグラスを見つけた瞬間にはっとなって目を大きく見開く。
「ダグラス! ダグラスじゃないか!」
「もう昼過ぎだぞルーウィン、いつもどんな生活をしているんだ」
呆れるダグラスにルーウィンは喜色満面の笑みで返す。
「忘れたわけじゃないだろうが、この街には時間なんてないんでね。 みんな寝たい時に寝て起きたい時に起きるのさ」
不思議そうに目を瞬かせるジグを見つけたルーウィンは面白そうに口を開いた。
「その子はあんたの息子かい?」
「久しぶりの再会を喜んでくれているところ悪いが、生憎今日は昔話のために来たわけじゃない。 それとこの子は友人の息子だ」
「あぁ」
ルーウィンは変わらねぇな、と苦笑いを浮かべると、明かりをつけてくると一旦下がった。
「あの人は、父さんのこと……」
ダグラスは無言だった。
店のランプに一斉に火が付いた。
ルーウィンはカウンターらしき奥から出てくる。
店の内装はあまり凝っているわけではなく、どちらかと言うとシグナールの中でも落ち着いた雰囲気を出している。
明かりが付いたというのに、やはり商品の姿は見えない。 キョロキョロするジグに、ルーウィンはそのことを察したのか、
「うちは修理専門なんだよ。 いや、ちょっとした物は作れるんだがセンスがねぇんだよな」
ルーウィンは恥ずかしそうに禿頭を撫でる。
「それで、昔話はしないってんなら一体何の用かね?」
「あぁ。 預けていた物を取りに来た。 それと」
ダグラスはちらりとジグを見る。
「こいつにも一つ見繕って欲しい」
ルーウィンは急に真面目くさった顔をし訳知り顔で頷くとまたも店の奥に引っ込んだ。
しばしの沈黙の後、ルーウィンが帰ってくる。その手には何か長い、それでいて湾曲した棒のような物を握っていた。
「本当に持ってくのかい」
やや躊躇いがちに差し出されたそれを、ダグラスは無言で受け取る。
「その子の分は今日中に見繕っとく、好みは何かあるか?」
「今はまだない。 これからと言ったところだな。 だから扱いやすい物を頼む」
ルーウィンは神妙に頷き、ジグに目をやる。
居住まいを正すジグに微笑みかけた。
「安心しな、俺はこの辺りでは一番の目利きなんだ」
いまいち要領つかめないジグはそれを口にする。
「目利きって、なんのですか?」
ルーウィンはニヤリと笑みを作ると腰に下げていたらしい棒を取り上げる。
「これさ」
ガラスを割ったような音と共に、白銀の刃が滑りでた。
「ルーウィンは今でこそ細工師だが、元は腕のいい鍛冶屋だったのだ」
ルーウィンはダグラスの言葉に自慢げに頷く。
その手には黄昏の光に染まりながら、尚も鋭く光る剣がジグを見返していた。




