プロローグ
そこには上も下も前も後ろも右も左も存在しない。 過去も未来も現在すらも存在しない。
あるのかないのか、それすらもあやふやなそこにはただ一つだけ、はっきりと存在するものがあった。 いや、ただ一つと表現するのは間違いか。 一つではなく、一種類。
色も大きさも違うがここには不可思議に漂う《球》があった。 それも無数に。 果てが無い世界のあちこちにあるのだ、それは正しく無限。 七色に色を変え輝きを放つ物、透き通るガラス細工のように向こう側を映すもの、錆びついた機械のように異音を響かせるもの。 そのすべてに個性があり、似たような物はあれど同じ輝きを持つものは一つたりともない。 それが一定の間隔をもって並んでいるのである。
そこで私は不思議な物を見た。
それ自体が輝きを放つようにはっきりとは捉えられなかったが、人間の形をしていたかもしれない。 そのうち球の一つに近づくと、光の影から手がさしだされたように見えた。 光が球に飲まれる、しかし次の瞬間にはそれは元の位置にいた。 それが数度、私の前で行われると影はすっと滑らかな動作で視界の外へと消えていく。 私はそれを目で追う事しかできず、その後影がどうなったのかを知るすべは持っていなかった。