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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第八章 ~モノ「鬼」登場~
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「ヒーローと死霊」

「破ァァァァッ!」


 全身を黒い装甲服に包んだ男が身の丈ほどもある大剣を真一文字に振り下ろし、眼前の人間を縦に真っ二つにする。体の中心線から左右に切り裂かれた人影はそのまま全身を黒い粒子へと変え、空気に溶けるように雲散霧消する。町の大通り、駅前に面したスクランブル交差点のド真ん中でのことだった。

 彼らの周囲には乗り捨てられた車がちらほら存在し、それまでこの辺りにいた一般人達は皆既に方々へ逃げていた。そんな静寂に包まれた戦場の中、自ら斬り捨てた人影が黒い霧となって消滅していく様を見た男は背中のマントをなびかせて手にした大剣を肩に担ぎ、前方に控える先ほど自分が斬ったのと同じ格好をした者達を冷ややかに見つめながらそれらに向けて言った。


「さあ、次はどいつだ?」

「キ、キキッ!」


 エコーのかかった、低くくぐもった声だった。そんな声を発する男に睨まれた面々が奇声を発しつつ一斉にたじろぐ。その全部で八人ほどいた者達は人間の形をとってはいたが、その格好は人間の常識からはかけ離れた異様なものであった。

 それらは皆同じ格好をしていた。全身真っ黒なタイツ姿で、足の先から頭のてっぺんに至るまでまでタイツで覆われていた。顔の正面には目や鼻と言ったパーツは無く、代わりに黄色い渦巻きが描き込まれ、同じくタイツで包まれた胴体部分にも黄色い渦巻きが描かれていた。要は特撮ヒーローに出てくるザコ戦闘員みたいな出で立ちだったのである。


「さあ、者共始めるぞ! ここにある物資を根こそぎいただくのだ!」

「食べ物! 服! 宝石! 全部我らレッドドラゴンのものだ!」


 だがそんなザコ同然な彼らがワープでもするかのように突如として出現したおかげでこの交差点の周囲は大混乱となり、その混乱に乗じて大通り付近の百貨店やデパートを狙っての略奪行為を始めようとした矢先に件の装甲服姿の男が颯爽と登場、今に至る訳であった。

 ちなみにこれは蚩尤の支配下に置かれた際にも平然と見られた光景であった。それどころか蚩尤が社会システムを変えたのと並行して彼らも略奪活動を開始しており、倒しても倒しても湧いて出くるこの雑魚達には監視役も辟易していた。蚩尤の雷でまとめて倒すのが一番手っ取り早いのだが、どっちにしろ彼らの略奪行為が終わることはなかった。


「お、おのれ、アーサバインめ! 異世界に来てまでも我らの邪魔をするか!」


 そのザコ戦闘員の一人が恨みに満ちた声を放つ。その言葉は恨み辛みの籠もった憎しみに満ちたものだったが、迫力は全く無く、いかんせん小物じみていた。

 そんな負け惜しみとも取れる台詞を吐いた戦闘員の目線の先、フルフェイスタイプのマスクの上部に備わったV字のアンテナと胸に赤く鋭く斜めに刻まれた「E」の字が特徴的な装甲服の男は、大剣を担いだまま静かな声で答えた。


「当たり前だ。お前達を一人残らず送り返すのが私の仕事だからな。さあ、そこに立ってないでどんどん来るがいい」

「え、ええい! 偉そうにしやがって! 全員でかかるぞ!」


 アーサバインと呼ばれた男の挑発にまんまと乗せられた戦闘員の一人が拳を振り上げて叫び、ほかの戦闘員もそれに乗っかって「キーッ!」と甲高い同意の叫びを上げる。

 単純な奴らは相手をするのも簡単でいい。そんな戦闘員達を前にして、アーサバイン、もといそれに変身していた益田浩一はそう考えていた。だが戦闘員の叫びを聞いた彼が表情をマスクの奥で引き締め大剣を両手で持ち構えを取った直後、不意に単調な電子音が戦闘員の側から聞こえてきた。


「……キッ?」


 それは携帯電話の着信音だった。自分の電話が鳴っていることに気づいた戦闘員の一人が腰の脇に装着していたホルスターに手をかけ、そこから電話を取り出して着信ボタンを押す。それからアーサバインに向けて空いた方の手の平を見せて「ちょっと待ってて」とハンドサインをした後、彼から顔を背けるように体を動かし電話を耳に当てて話し始めた。


「……ええ、はい、そうです。はい、今戦闘中でして・・」


 しばらくの間は戦闘員の淡々とした言葉だけがその場に響いていた。背中を丸めて応対するそれはまるで電話越しに報告を行うサラリーマンのようであり、アーサバインも他の戦闘員もその様子をじっと見つめていた。

 だがそんな彼らの前で通話をしていた戦闘員が、不意に素っ頓狂な叫び声を上げた。


「ええっ!? そうでありますか!?」


 その声には驚きと共に焦りも含まれていた。何事かと思い視線を強める彼らの眼前で、その戦闘員は「はい、はい、わかりました!」と大急ぎで通話を終わらせ、それから周囲にいる戦闘員達に向かって声を張り上げた。


「おいお前達! 逃げるぞ! 暫く地球からは、いやこの国からは手を引けとのお達しだ!」

「この国から?」

「それはどういう意味だ?」

「詳しいことは俺も知らん! だが将軍たちがそう言っているのだ、ここは危険な領域と化すと! 将軍の命令は絶対だ! さあ早く逃げるぞ!」


 他の戦闘員達は何がどうしてこうなったのか理解できていないようだった。だが将軍の命令は絶対であり、またその戦闘員も嘘を言っているようでは無かったので、結局彼らは件の戦闘員の言っていた「将軍の命令」に従うことにした。


「お、おい、待て!」


 それまでの敵愾心が嘘のようにこちらに背中を向け、尻尾を巻いて逃げ出した戦闘員達を見てアーサバインが引き留めようと声を発する。だがそんな彼の言葉も無視して戦闘員達は脱兎の如く駆け出し、後には彼だけが残った。


「……なんなんだ?」


 構えを解いて大剣を再び肩に担ぎ、脱力した調子でアーサバインが愚痴をこぼす。そんなアーサバインの元へ背中から四枚二対の羽をはやした妖精「ソレアリィ」が羽を動かして空を飛びながらどこからともなく近づいていき、そして彼の顔のすぐ傍で立ち止まって滞空しながら彼に問いかけた。


「ねえ、もう終わったの?」

「いや、向こうから逃げていった」

「逃げた? あいつらが?」


 アーサバインからの報告を受けたソレアリィがその場で眉間に皺を寄せる。


「それって自分の意志で? それとも命令を受けて?」

「見た感じだと命令を受けてって感じだったな。将軍がどうのこうのと言っていた」

「将軍が?」

「ああ。それからここは危険な場所になるんだと」

「危険ねえ」


 アーサバインからの報告を受けたソレアリィが考え込むように唸る。アーサバインが彼女に尋ねた。


「何か心当たりは無いのか?」

「危険がうんぬんってやつのこと?」

「ああ」

「いえ、全然。何がなんだかさっぱりわからないわ。コーイチはどうなの?」

「俺も知らないよ。何が起きようとしてるのかも全然わからない」


 アーサバインの変身者である浩一が諦めた声で返す。ソレアリィもその言葉に同意するように「私も全然わからないわ」と返し、それから二人は暫くの間なにをするでもなくそこに立ち尽くしていた。


「あれ、こんなところで何してるんですか?」


 彼らの背後から不意に声がかかったのはまさにその時だった。驚いた二人が後ろを振り返ると、そこには彼らのよく知る人物が立っていた。


「あ、勉吉」

「雁田君じゃない。おひさし……」


 だがその自分達のよく知る人物、雁田勉吉を見て明るい声を出した二人は、彼の背後に立つ「それ」の姿を見て言葉を失った。


「ああ、これですか? 大丈夫。敵じゃないですよ」


 二人の気配を察した勉吉が、自分の背後に立つ「それ」を肩越しに見てから言った。


「これ、ザイオンから送られてきたんです」

「ザイオン? 地下の世界のあいつか?」

「そうです」

「え、地下? なにそれ、どういうこと?」


 一人蚊帳の外にいたソレアリィがわめき立てるが、それを無視して浩一が「それ」を見たまま勉吉に言った。


「なんでお前がそんなの従えてるんだよ」

「なんか、僕あの人に気に入られちゃったみたいでして。それでD組の置かれてる立場とかも自分で調べて知ったみたいで、D組の防衛用に役立ててほしいと言ってきたんです」

「防衛ねえ」


 勉吉の言葉を聞いた浩一がその場で変身を解き、元の姿に戻ってから再び勉吉の背後で直立するそれに目をやった。

 そこに立っていたのは、一言で言えば重装歩兵だった。モヒカンヘアーのような飾りをつけた兜を被り、鉄製の仮面で顔面を隠し、胸筋や割れた腹筋を強調するかのような意匠が施された鉄の鎧を身に纏い、四肢にはそれぞれ手甲と足甲をはめていた。左手には丸盾を、右手には身の丈以上もある長槍を持ち、勉吉の背後で微動だにせず直立していた。


「ずいぶん物々しいというか、古臭いというか。今時槍だけで戦えるのか?」

「ザイオンに言わせればそこら辺は全く問題ないとのことらしいです。防御も攻撃も完璧だとのことで」

「……中身は人間なのか?」

「霊魂を召還して憑依させてるそうです」

「やっぱり」


 何かを諦めたように冷めた目線を送る浩一に、勉吉が片手を上げ指を鳴らしながら言った。


「それに、これ一人だけじゃないんですよ」


 次の瞬間、上空から地上の重装歩兵と同じ格好をした物体が次々と落下していき、直立姿勢のまま勉吉の背後に降り立っていった。一体着地するごとに周囲の地面がわずかに揺れるが、そんなことお構いなしに勉吉が話し始めた。


「それからこれ、警察にも送ったそうです」

「警察に? どうして?」

「ザイオンが言うには、警察の監視用だそうで」

「監視ね」

「なんでも、これからは再び警察がここを守っていくことになるのだから、彼らの気を引き締める必要があるとかなんとからしいです」

「そういう理屈か」


 勉吉の後ろに落着した全部で十体、最初から勉吉のそばにいたのも含めて十一体もの歩兵を見やりながら浩一が呟く。それから彼は視線を勉吉に戻して彼に言った。


「じゃああいつ、あの噂も知ってるのか?」

「蚩尤が消えたことですか?」

「そうそれ」

「どうでしょう。詳しくは知りませんけど、多分気づいてるんじゃないでしょうか」

「そうか」


 そう答えた浩一が顎に手を当てて考え込む。蚩尤が消滅したことについては、浩一はそれが事実であることを優から直接聞いていたのだが、世間一般ではそのことはまだ噂の域を出ていなかった。ザイオンが地上の調査ついでにその噂を聞いていたとしても不思議ではなかった。もしかしたらアスカ辺りから事の真相を聞き出していて、すでに真実に気づいているのかもしれない。

 そう考えていた浩一に向けて、勉吉が思い出したように言った。


「そう言えば、アスカさんがそれまで蚩尤の住んでた所に向かってるらしいですよ。これ連れて」

「これって、その槍兵をか」

「はい」

「何しに行ったとかは聞いてないのか」

「そこまでは聞いてないです。何しにいったんだろうなあ」

「じゃあ直接会って聞いてみればいいんじゃない?」


 そこで、それまで蚊帳の外にいたソレアリィが唐突に言葉を発した。それを聞いた二人は「その手があったか」と閃いたような表情を浮かべ、それから勉吉が「今から行ってみましょうか」と提案した。


「今からか」

「ええ。善は急げと言うでしょ?」

「確かにそうだな」


 浩一はあっさりと了承した。彼も彼で、気になった謎をそのまま放置するのが嫌だったのだ。


「じゃ、行くか」

「はい。道案内は僕に任せてください」


 そうして勉吉が先頭に立って、一行は蚩尤の居城へと歩を進めていった。この時勉吉の後ろについていた歩兵達はその内の二名が勉吉の左右に、八名が浩一とソレアリィの両脇を固め、最後の一名が最後尾についた。ガチガチな護衛の陣容であったが、おかげで彼らは何の問題もなく目的地につくことが出来た。

 蚩尤の住んでいた場所、「統括府」と呼ばれているその建物には、それから十分足らずのことであった。そしてそこに到達した彼らは、着いてまず口を半開きにした。


「え」

「なにこれ」


 彼らの眼前で、統括府はそれ全体が真っ赤な炎の中に飲み込まれていた。

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