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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第八章 ~モノ「鬼」登場~
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「モノ」

 亮とエコーはその後、自ら麻里弥の母と言い張る少女の十轟院多摩に連れられ、屋敷内にある広間の一つに通された。そこは床一面に畳が敷かれ、四方を襖で囲まれただだっ広い空間だった。


「けっこう広いわね。宴会場みたい」


 襖を開け、その広間の中に足を踏み入れたエコーが自身の跳ねっ返りの強い赤髪をいじりながら素直な感想を述べる。するとそのあまりに俗っぽい、無遠慮とも取れる言葉を聞いた亮はすぐさまエコーに近づき「そういう言い方は失礼だろう」とたしなめた。

 もっとも、亮も口に出さなかっただけで室内に入った時にはエコーと同じ感想を抱いていたのだった。彼の場合は「そんなこと言ったら失礼か」と自制の心が働いたのであった。


「そう見えるか? 実はそうなのだ。ここは我が屋敷の中でも一番広い場所でな、宴会場としても使われることが多いのだ。もちろん大人数の会議の時にもここは使われるぞ。ここはハレにもケにも適応できる柔軟な場所なのだ」


 だがそんなエコーの言葉を聞いた多摩は特別怒ったりせず、それどころか笑顔を浮かべて愉快そうに答えた。まるで今の状況を心から楽しんでいるような、邪心のない、太陽のように明るい笑顔だった。


「さて、少し待っておれよ。居間準備をするからの」


 そして多摩は満面の笑みのままでそう言った後、一人ですたすたと居間の中央まで歩いてそこで腰を下ろし、足下に敷かれた周りの物よりも一回り大きな畳の上に手を置いた。


「なにを?」


 気になった亮が問いかける。多摩はそれに対して「まあ見ておれ」とだけ言った後、その置いた手で畳を押し込み、そのまま左にずらした。

 直後、押し込まれずらされた畳が多摩の手を離れて勝手に動き出した。その畳はさらに下へと降下して周囲の畳よりも一段下の位置に移動し、それから左側にスライドしていった。ちょうど自身の左隣にある畳の真下に隠れるような形である。

 そうして隠れた畳に変わって、そこに開いた穴の底からまた別の畳がせり上がってきた。しかし今度の場合、その畳は自身の上にある物を載せていた。

 それは木製で全体にニスを塗られて独特の濃い色合いを持った、下部に四本の細い柱をつけた丸い家具であった。

 ちゃぶ台である。


「今日は人が少ないから、これくらいでいいかの」


 底から上がってきた大きめのちゃぶ台を見て多摩が立ち上がり満足げに頷く。一方でその無駄にハイテクな一部始終を目の当たりにしたエコーは新しい玩具を手に入れた子供のように目を輝かせて口笛を吹き、亮はどうリアクションすればいいかわからず苦笑混じりに頭をかいた。

 その格好のまま亮が言った。


「いつもそうやって用意しているんですか?」

「うむ。そうである」

「宴会とかで使う長テーブルとかも?」

「もちろんそうであるぞ。それにここだけではない。ほかの部屋でもこれと同じ収納法を使っておる。衣装箪笥も布団もだ」

「布団はさすがにマズいんじゃないかしら。埃とか平気なの?」

「その辺も抜かりない。布団は専用のカバーで覆ってある。ちなみにカバーをつけるのは使用人の面々だ。休みの日にはそれぞれ使った者にやらせるがな」


 亮とエコーからの問いかけにそう答えた後、多摩はまた一人ですたすたと歩き始めた。それから彼女はまだそこに立っていた二人を通り越して自分達が入ってきた時に使ったのと同じ襖を開け、廊下に片足を踏み出した。そこで多摩は肩越しに振り返り、こちらに顔を向けていた二人に向かって言った。


「私は麻里弥と茶菓子を用意してくる。それまでお前達は適当にくつろいでいてくれ。ちゃぶ台の前に座ってじっと待つも良し、どの畳がどんなスイッチになっているのか探すのも面白いかもしれんのう。是非挑戦してみてくれ。ちなみに畳のスイッチは一部分に手を当てないと反応せんようになっておるでな。それは忘れんように」


 そしてそれだけ言った後、多摩は愉快そうに大きく笑い声をあげながら居間から去っていった。一方で家人から言外に好きにしろと言われた二人は、これからどうしようかと途方に暮れていた。


「えっと、これ、普通に休んでていいんだよな」

「多分、そうなんじゃないかしら。さっきやたらとスイッチについて詳しく説明してきてたけど」

「探してほしいのか?」

「前振りってやつ?」


 考え込みながら二人が顔を合わせる。宝探しをするべきなのか、むしろ積極的にやった方がいいのか、二人は考えあぐねていた。


「とりあえず、座ろうか」

「え、ええ、そうね。ちゃぶ台の所でいいわよね」


 思考に詰まった亮がエコーに提案する。エコーもそれを受けて二人は揃ってちゃぶ台の前に腰を下ろした。

 しかし結局、二人はそのままくつろいで時間を潰した。





「なんだ、何もしておらんのか」


 それから数分もしないうちに急須と湯飲みを置いたお盆を両手に持ちながら居間に姿を現した多摩は、何もせずにちゃぶ台の前に隣り合って座っていた客人二人を見て落胆した声を出した。明らかに期待外れな展開を嘆く声であった。


「やっぱりやった方が良かったんだ」

「今更言っても遅いだろ」


 エコーと亮が小声で話し合う。だが多摩はそれに気づかずに彼らの元まで進み、ちゃぶ台の上に盆を置いて自分も腰を下ろしながら言った。


「さっき麻里弥も呼んできたんだがの、あの子、ちょっと前まで儀式の最中だったみたいなのだ。だから着替えやら何やらで色々手間取っておるみたいでの。もうちょっとだけ待ってもらえんかね」

「わかりました」


 亮が素直に頷く。エコーもそれに続いて首を縦に振る。多摩は「申し訳ないね」と再び謝ってから急須を持って湯飲みに茶を注ぎ、それを亮とエコーの手元にそれぞれ置いた。


「すみません、遅くなってしまいました」


 十轟院麻里弥が開けっ放しの襖の向こうに姿を見せたのは、まさにその時だった。この時の彼女は袖や裾に白い花の刺繍をあしらった群青色の和服を身に纏っており、その落ち着いた仕上がりの服が彼女の清楚さをより一層際だたせていた。

 そんな上品な立ち姿の麻里弥は居間の中にいる亮とエコーの姿を認めると、胸元で手を合わせて嬉しそうに声を弾ませた。


「まあ、先生。わざわざ来てくださったのですね」

「ちょっと気になってね。よけいなお世話だったかもしれんが」

「とんでもありません。先生にこうして気にしてもらえて、わたくしはとても嬉しゅうございますわ」


 自分を気にして来てくれた亮を前に、麻里弥が心から嬉しそうな声を上げる。それを見た多摩はエコーの方に顔を近づけ、小声で彼女に言った。


「中々いい教師じゃないか。あの麻里弥がここまで嬉しそうにするなんて、滅多にないよ」

「ダーリンは何よりも相手のことを気にかける人ですから。お節介焼きとも言われますが、そこがダーリンのいいところなんです」

「よく見てるね」

「妻ですから」

「どうしたんだ?」


 そこで亮が二人の会話に気づいてエコーに問いかける。エコーは何もなかったかのように自然な微笑みを浮かべて「なんでもない」と返す。それを聞いた亮もそれ以上追求することはせずに「そうか」と返した後、エコーの肩に手を置いて言った。


「何か困ったことがあったら俺にも相談してくれよ。相手になるからさ」


 それは決して計算ずくの行動ではなかった。どこか堅いエコーの態度を見た亮が無意識のうちに行った行為であり、エコーにとってもそれは全くの不意打ちであった。

 愛しの夫からの不意の優しさを受けたエコーが、顔を赤くし頬を緩めて小さく頷く。それを見た多摩はため息混じりに呟いた。


「あれは墜ちるわね」

「なんの話ですの?」

「いや、なんでもない」


 そして横から飛んできた麻里弥の言葉をさらりと流し、多摩は続けて既婚者二人に向かって言った。


「さて、そろそろ本題に入ろうかの。お二人はこの麻里弥のことが気になってここまで来なすった。それで間違いないかね?」


 多摩からの言葉に亮とエコーが同時に頷く。それから麻里弥を、次いで多摩を見てから亮が言った。


「十轟院さんが学校を休むことは大分前にご本人から直接聞いていました。ですから本当ならただの病欠として片づけていたのですが、ただその時、彼女から聞いた言葉がどうしても頭の中で引っかかってまして」

「ただの病欠で片づけられなくなった、と。麻里弥から聞いた言葉の意味を、直接本人に聞きにきたと」


 多摩の言葉に亮が頷く。空の湯飲みを手元に引き寄せ、そこに自分で急須を取って茶を注いでから多摩が言った。


「何をお聞きになった?」

「戦争の準備を始めると」


 エコーの顔が強張る。それは「私そんなの聞いてない」と言いたげな、仲間外れにされたのを不満に思う表情だった。

 多摩と麻里弥は黙って亮を見つめていた。亮が言った。


「そのとき、この子は何か危ないことを始めるつもりなんじゃないかと不安になりました。もしそうなら生徒一人に危険なことをさせるわけにはいかないと思い、事情を確認するためにこうしてやって来た次第です」


 亮の言葉を聞いた多摩が自分の湯飲みに口をつける。中の茶を一口すすってから亮に言った。


「それを知ってどうなさるおつもりか。止めるおつもりかね」

「もしそれが彼女にとって大事なこと、使命として絶対に成し遂げなければならないことなのだとしたら、自分はそれを止めようとは考えておりません」

「それが命に関わることだとしても?」

「そうです」

「しかし、あなたは先ほど、生徒に危険なことをさせるわけにはいかないと仰られたではないか」

「もちろん生徒一人に危険なことはさせません。ですから」


 そこで亮も手元の湯飲みを取って茶を少し口に含む。無音の居間の中にどこからか蝉の鳴く音が聞こえてきた。季節は梅雨が明けて本格的に夏に入り始めたと言うのに、室内はやけに冷え切っていた。

 湯飲みを静かに置いて亮が言った。


「困ったことがあったら、いつでも相談にのるつもりです。俺も協力します。今日はそのことも伝えに来ました」


 ほう、と多摩が感心したような声をあげた。だがそれから多摩が何か言おうとするよりも前に、麻里弥がちゃぶ台の上に身を乗り出して口を開いた。


「駄目です。先生いけませんわ。いくらなんでも先生にご迷惑をかける訳には」

「麻里弥、こういう場合の相手の好意は素直に受け取っておくものだよ」


 だが先手を取られたにも関わらず、多摩は腰を下ろしたまま泰然自若として麻里弥にそう言った。その後で多摩は立ち上がり、自分の右手側にあった襖の一枚に手を押いて軽く押し込んだ。


「それにまずは、今麻里弥が何をしているのかを理解してもらうのが先だね。先生方もそれが知りたくてここに来たんだろうしね」


 押し込まれた畳が一段下に降下して隣の畳の下にスライドする姿を見ながら多摩が言った。その次の瞬間にはそこに出来た穴の底から一棹の古ぼけた桧箪笥が台に乗せられた格好でせり上がって地上に出現し、多摩はそうして姿を現した箪笥の側面に規則的につけられた取っ手の一つに手をかけて引き出しを開き、中にあるものを物色し始めた。


「何を探してるの?」

「なに、ちょっとね。ところであなた方は、百鬼夜行ってものをご存じかね?」


 エコーからの問いかけに曖昧に答えてから、多摩は逆に自分から二人に質問を投げかけた。


「さあ、聞いたこと無いわ」

「名前くらいなら」


 地球に来たばかりのエコーは首を傾げ、亮はどこか控えめに答えた。それを聞いた多摩は「そうか、そうか」と言いながら引き出しの中に突っ込んでいた手を引っこ抜いた。

 その手の中には小さなガラス瓶が一つ握られていた。瓶の上部にはコルクで蓋がされており、瓶の中にはまるで生きているかのようにその形を絶えず変えて蠢く、黒い雲のような物体が閉じこめられていた。鳴き声のような物は一言も発せず、ただ瓶の中でゆっくりと蠢動を続けていた。

 それを初めて見た亮とエコーは二人揃って息をのんだ。予備知識の無い二人にとって、その物体の無音の動きは生理的嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

 そんな気持ち悪いとしか言えない動きをする物体を前にして一度生唾を飲み込んでから亮が問いかける。


「これは?」

「モノさ」


 謎の物体が納められた瓶をちゃぶ台の上に置きながら多摩が言った。エコーが方眉をつり上げて尋ねる。


「モノ?」

「ああ、モノだよ」

「モノって何よ」

「モノはモノですわ」


 なおも要領を得ないエコーに麻里弥が解説を加える。それにしたところで、二人には何を言っているのか理解不能であった。


「十轟院はこれが何かわかるのか?」

「はい。モノはモノです」

「いったいなんなんだこれは」

「モノはモノだよ」

「わかるように説明してちょうだい」


 ついにエコーが白旗を振った。そのうんざりした調子の声を聞いた多摩はそれまで我慢してきたのを止めるように大声で笑い出し、それから「すまんすまん」と謝ってから説明を始めた。


「いや、別に悪気があった訳じゃないんだ。これについては後でちゃんと説明するよ。でもその前に、まずは百鬼夜行について教えておこうかね」

「その百鬼夜行というのとその瓶と、関係があるのですか?」

「もちろん。関係おおありさ」


 多摩が答える。それから多摩は瓶に視線を移しながら言った。


「そもそも百鬼夜行っていうのは、大量の妖怪やら幽霊やらが一同に介して、道中を練り歩くというような物のことを指すんだ。これに出くわした人間は死んでしまうとか、お経を唱えていれば出くわしても死なずに済むとか、そういう話が残ってる」

「それで、十轟院がやろうとしているのは?」

「簡単に言えば、百鬼夜行のルート変更だ。さっき人間がこれに会うと死ぬって言ったけど、そもそもこれと会わなければ死ぬことはない。だから人通りの少ない、もしくは全く人の通らない道に誘導して、被害を最小限にくい止める。それが麻里弥の仕事だ。町の人全員にお経を教えて回るより、こっちの方がずっと楽だからね」

「なるほど」


 亮が納得した声を出す。すると横でそれを聞いていたエコーが瓶に目をやって言った。


「ひょっとして、それが百鬼夜行に出てくる妖怪なの?」


 多摩がニヤリと笑う。どこかから子供達の笑い声が聞こえてきた。それは自分のすぐ耳元で聞こえてきた大勢の声だった。

 室内に自分達以外の人の気配はどこにも無いのに。


「ああそうさ。これが百鬼夜行のゲストだよ」


 子供達の笑い声がなくなったところで、多摩が愉快そうに答えた。だが亮とエコーは笑い声が聞こえなくなった後も「これが妖怪?」と思うより前に、自分の背筋が寒くなったままであったことに意識を向かせていた。

 これは話を聞いてはいけない類のものではないか? そう思わずにはいられなかった。


「妖怪、モノさ」


 だが多摩の目は愉悦に輝いていた。友達にとっておきの秘密を明かす子供が浮かべるような、興奮と背徳に満ちた不敵な笑みを見せていた。

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