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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第八章 ~モノ「鬼」登場~
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「家庭訪問」

 その翌々日、芹沢優は何事もなかったかのように教室に姿を現した。生徒達は朝のホームルーム開始ギリギリにやってきた彼女に雲霞のごとく群がり、純粋にその身を案じたり前々から抱いていた疑問を一気にぶつけたりした。


「ほらお前ら、ホームルーム始めるぞ。聞きたいことがあるなら帰りの時に聞きなさい」


 だが亮のその一言で、群がっていた面々は渋々と言った感じで元の席に戻っていった。そして未だ立ったままの優にも亮が「早く席に着きなさい」と促し、優は無言で一度小さく頷いてから自分の席に着いた。

 それからはなんの問題もなく順調に進んだ。亮以外の教師は優に目を合わせようとしなかったが、優はいつも通りのマイペースさを崩さなかった。そしてその様子のまま、時間は帰りのホームルームとなった。


「で、どうやってあんな短い間に復活したんだ?」


 案の定、ホームルームが終わると同時に生徒達が再び優の元に群がった。亮は何も言わずに教卓の前に座りながらその様子を見守っていた。

 そしてまず最初に、生徒の一人が優に向かってそう質問した。


「普通あり得ないだろ。なんか魔法でも使ったのか?」

「特別な術か何かなのか?」

「もしかして、不死身か何かなのか?」


 それに便乗する形でさらに数人の生徒が声を上げる。だがその質問に対して、優は苦笑混じりに短く答えた。


「魂を使ったのよ」

「魂?」

「ええ、そうよ。私が封印し捕まえた獣の魂。その魂の持ってる生命エネルギーを全部使って、私のダメージを回復したの」


 優の説明を聞いた生徒達は、その殆どがいまいちわかったようなわからなかったような、ちんぷんかんぷんな顔をしていた。だがその中にあって、雁田勉吉はトレードマークの眼鏡を押し上げ、全て理解したかのごとく平然とした口調で言った。


「それはつまり、その魂を消費したってことでいいんですか? もうその回復に使った魂は二度と他の用途には使えないと?」

「まあそういうことね。魂の使い方は大きく分けて二つあるの。自分の強化に使うか、蘇生に使うかよ。強化の場合は何度でも出来る分リスクも高い。自分の魂と獣の魂を同化させるんだから」

「その、獣とやらに自分を乗っ取られるかもしれないと?」

「そういうこと。で、蘇生のほうはノーリスクで行える。回復量はその獣の魂の強さに比例する。でもこっちは一度きりしか使えない。なにせ相手のエネルギーを全部いただくんだからね」

「なるほど」


 優の説明を聞いた勉吉が納得したように頷く。生徒達の半分も、この段階になって彼女の言葉を理解したかのように晴れ晴れとした表情を浮かべていた。


「さすがベンキチ! あなたはそのことを最初から理解していたのデスか! 学年主席は伊達ではありませんネー!」


 そして他のクラスの生徒なのにちゃっかりここにいた転校生のアスカ・フリードリヒが心からの賛辞の声を上げる。純粋な彼女の目は羨望に輝いており、その視線はまっすぐ勉吉を見据えていた。

 そのアスカの声を受けて背中にくすぐったい感覚を覚えながら、勉吉が優に質問した。


「ところで芹沢さん。あなたはあの時、なんの獣の魂を使ったんですか?」

「ああそれはあれよ。あれ、シユウ」

「えっ」


 誰よりも早く、亮が思わず声を上げた。生徒達が一斉に亮の方を見る。だが亮はそんなことお構いなしに優に言った。


「そうなのか?」

「ええ、そうですよ」

「じゃああの時、クレーターの中にお前しか居なかったのは」

「最後の力を振り絞ってあいつを封印したんです。あっちもあっちで虫の息でしたから」

「そうだったのか」


 さらりと返ってきた優の言葉を聞いて、亮は半ば呆然としながら納得した声を出した。それから優は顔を生徒達の方に戻して、彼らの顔を見渡しながら「次の質問は?」と問いかけた。生徒達はそれを受けて、入れ替わり立ち替わり次々と質問を浴びせてきた。


「悪いけど、答えられる質問だけ答えていくからね。あんまり無茶な質問はしないでよ」


 そんな生徒達に向かって優は一応釘を差したが、結局彼女は自分に向けられてきた質問の殆どに答えていった。自分の家族については話さなかったが、彼女が答えなかったのはそれくらいだった。それによって他の生徒達は優の素性や彼女の生業としている「獣使い」についてより一層見識を深めることが出来た。


「そういえば、お前が自分から話をするなんて珍しいな。どうかしたのか」

「ま、そろそろ潮時かと思ってね」


 そんな優の返答を聞いた後、彼女の取り巻きの中に紛れていた益田浩一が驚き混じりに言った。優はそれに対してすっかりいつもの口調に戻ってそう言った。亮はその光景を頬を緩めて、どこか嬉しげに穏やかな表情で見つめていたが、同時にその優と取り巻きを見つめながら、ある一つの懸念も抱えていた。


「麻里弥、今日も来なかったな」


 昨日も、そして今日も、十轟院麻里弥はかつてした宣言通り学園に姿を現さなかった。





 その週末、新城亮は学園から離れた位置にあるとある大きな和風屋敷に繋がる、一つの門の前に来ていた。それは左右から塀の伸びた、歴史を感じさせる門であり、塀はその中にある件の屋敷を守るように周囲をぐるりと取り囲んでいた。故にその屋敷に到達するには、今亮が立っている門を潜り抜ける必要があった。

 門に提げられた木製の表札には、厳めしい文字で「十轟院」と書かれていた。


「ほう、麻里弥のクラスの担任とな?」


 表札の反対側にあるインターホンのスイッチを押すと、そこのマイクから女性の声がしてきた。その声はまだ幼さの残る、変声期を迎える前の子供が出すハスキーな物だったが、同時にそこにはどこか芯の通った威厳のような物も混じっており、インターホン越しだというのに亮は思わず背筋を伸ばしてしまっていた。


「もしや、麻里弥がこのごろ学園に来ないのを案じて、わざわざここまで来たと言うのか? 休みの日だというのに?」


 そんな例の幼い声が、インターホンの向こうから続けて聞こえてきた。そこにはどこか訝しむような、相手の出方をうかがう慎重な響きがあった。

 それに対して亮が「そうです」と短く答える。返答はない。暫しの沈黙が門前を包む。

 すると突然インターホンからマイクを接続するノイズが響き、直後に三度幼い声が、今度は驚きと喜びの入り交じった明るい調子を伴って聞こえてきた。


「おお、そうかそうか、そうであったか。麻里弥は今いろいろと忙しいんだが、あなたにならば会っても構わない、いや是非とも会いたいと言っておってな。というわけで、今門の鍵を外す。しばし待っておれ」


 そう言い終えるなり、ガチャリと何かの鍵が外れる音が亮の耳に届く。門のロックが解除されたようだ。

 どうやらそのことは先方も認識していたようであり、鍵が外れた直後に「さあお入りあれ」とインターホンから幼い声が聞こえてきた。だが亮は言われた通りに門に手をかけようとはせず、一度自分の真横に目をやってから再度インターホンに目を向けて言った。


「ありがとうございます。それとその、今ここに自分の他にもう一人いるんですが、連れの方も一緒にお屋敷に上がらせてはもらえないでしょうか?」

「なに、もう一人とな? ちなみにそれはいったい何者かね?」


 幼い声が問いかけてくる。亮は再び自分の横に立つ赤髪の女性に目を向けてから、思い切った声でインターホンに向かって言った。

「家内です」


 再びの沈黙。それから暫くしてまたノイズが走り、幼い声が聞こえてきた。


「そうかそうか。例の奥様もここに来ておられるのか。そちらの話も麻里弥からよく聞いている。二人ともお入りなさい」


 それっきり、インターホンはうんともすんとも言わなくなった。完全に許しが出たと考えた亮は改めて木製の門扉に手をかけた。

 観音開きの扉は苦もなく開いた。そして半開きの状態で止めた門の隙間から恐る恐る中に入る。


「ワオ」


 そこでまず亮が目にしたのは、瓦の敷き詰められた切り妻屋根を持つ木造の屋敷であった。このご時世に木造家屋というのは非常に珍しかったが、一方でそこからはただ珍しいというだけでは説明のつかない、息が詰まるような妙な存在感も感じられた。

 そして左側に目をやれば、そこには屋敷の縁側と隣接して存在する中庭があった。そこは小さな池を中心にして白い砂利と盆栽で作られており、池の中には鯉も住んでいた。その庭は小振りながらもよく手入れがされており、とても上品で清らかな一つの世界に仕上がっていた。

 足下に目線をおろすとそこには件の中庭と門を繋ぐ黒い石畳が敷かれており、同時にその石畳は門と屋敷も繋いでいた。石畳の間には中庭に使われている物と同じ色合いの砂利が敷き詰められていた。

 右側は屋敷が建っている所以外は丸ごと空き地になっていた。砂利が敷かれていたが、それ以外には何も無かった。塀の周りにはどんな物かもわからない植物が鬱蒼と生い茂り、色とりどりの花が無秩序に咲き誇っていた。


「へえ、すごい。まさにお金持ちって感じね」


 亮に続いて門の中に入り、そしてこの光景を見た赤毛の女性、新城亮のフィアンセ兼月光学園新任教師のエコー・ル・ゴルト・フォックストロットが、愉快そうに口笛を吹きながら言った。それからエコーはすぐさま亮の隣につき、二人連れだって屋敷の玄関口を目指した。


「なんで君まで来たんだ」


 自分のすぐ傍まで来たところで亮が前を向いたままエコーに言った。悪びれる素振りも見せずにエコーが答える。


「ダーリンのお仕事風景が気になってね」

「嘘をつくな。本音は?」

「ダーリンにくっついて行ったら面白いことが起きそうだと思ったから」

「やれやれ」


 正直なエコーの物言いに亮がため息をつく。そうする内に二人は屋敷の玄関口の前にたどり着き、そして二人がそこに到着した瞬間、それを待っていたかのように彼らの眼前で戸口が開いた。


「ようこそ参られた。歓迎するぞ」


 そこにいたのは一人の少女だった。前髪は眉毛がギリギリ見える位置で切り揃え、両側で短いツインテールにして纏めていた。

 背丈は亮の腰ほどしかなく、胸も年相応にぺったんこだった。身にまとった桜色の和服はサイズが合わないのか、袖が余りすぎて手がその中に隠れてしまっていた。足の方はしっかり足首から先が露出しており、裾を踏んづけて転ぶ心配はなさそうだった。

 背丈だけでなく、顔立ちもまた年相応に幼いものだった。だがその眉尻を持ち上げ口の端を吊り上げた表情には溢れんばかりの自信が満ちており、両手を腰に当て背を反らした立ち姿と相まって怖い物知らずな雰囲気を全身から放っていた。


「ガキ大将?」


 エコーがそんな少女の特徴を端的に言葉に表す。だがその言葉は亮には届かなかった。この時、彼の意識は何よりも、目の前の少女の放った声に傾いていた。


「まさか、先ほどまで自分と応対していたのは」


 亮が困惑した声で問いかける。少女は一度大きく頷き、それから無い胸を目一杯前に張って自信たっぷりに答えた。


「左様。今まであなた達の相手をしていたのは私だ。ようこそ十轟院家へ」

「へえ。十轟院さんに妹さんがいたんだ」


 少女の言葉を聞いたエコーが興味深げに呟く。だがそれを聞いた少女は小首を傾げ、エコーの方を見ながら言った。


「妹? それはひょっとして、私のことを言っているのか?」

「ええそうよ。違うの?」

「ちがーう!」


 少女が大きく口を開け、声を大にして否定する。突然放たれた大声に亮とエコーは反射的に耳を塞いだが、少女はお構いなしに背を曲げ、こちらに顔を突き出して言葉を続けた。


「いいか! 私は麻里弥の妹ではない! 身長で人を判断するでない! ちっこいからって馬鹿にするでないわ!」

「じゃ、じゃあなんなんですか」


 恐る恐る耳から手を離しながら亮が問いかける。それを聞いた少女は「待ってました」とばかりに再び胸を反らし、自信満々に言った。


「ふふん、知りたいのなら聞かせてやろう。私は十轟院多摩。麻里弥の母であるぞ!」


 直後、二人の頭の中が真っ白になった。目の前の幼女が何を言っているのか理解できず、真顔でそれを見つめていた。

 そんな二人の態度が気にくわなかったのか、多摩と名乗った少女が再度声を大きくして言った。


「わ・た・し・が! 麻里弥の母親なのだぞ! なんだその顔は! 私の言葉が信じられんと言うのか!」


 信じろと言うのが無理な話だった。

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