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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第二章 ~勇者ロボ「タムリン」登場~
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「アラタ」

 メガデスとハンゲツが戦闘を行った翌日、富士満は一人、壁も床も天井も真っ白に塗り込められた通路の中を歩いていた。彼女の服装はいつものラフな格好ではなく、白い花の刺繍が施された朱色の着物を身につけていた。そしてその足取りに迷いはなく、自分の意志で目的地へと進んでいた。

 ふと、歩きながら視線を左手側にやる。そこには規則的に配置された大窓の一つがあり、そこからは大小さまざまな穴ぼこの開いた白い荒野と真っ黒な空、そしてその黒い空間の中にぽっかりと浮かぶ青い星が見えた。

 地球。太陽系第三番惑星。昨日まで自分がいた星だ。


「フジ・ミチル殿、到着を確認しました!」

「確認しました!」


 そしてそれから暫し地球に思いを馳せていた満は、やがて目的地である巨大な扉の前に到達した事を知って歩みを止め、意識を目の前の光景に引き戻した。それは通路と同じく真っ白に塗られた扉であり、その大きさは自身の身長の二倍はあろうかというほどの物だった。


「開門!」

「開門せよ!」


 そしてその扉の両側に槍と盾を携えながら控えていた門番二人が続けざまに叫び、その声に呼応するように白い扉が鈍い音を立てて、ゆっくりと観音開きの形に開かれていく。


「……」


 扉の先には数十メートルもの奥行きを持った大広間があった。そこもまた真っ白だったが、しかしそこにはそれまで歩いてきた通路と違ってハッキリと白以外の色があった。

 入り口から広間の最奥部に至る部分には扉と同じ幅を持った赤い絨毯が敷かれ、その両側には藍色の着物を身につけた数十人もの月人が控えていた。そして大広間の一番奥、絨毯の終着点には周囲よりも数段上にあげられた部分があり、その上には白塗りの玉座が置かれていた。

 そこには月の女王ヨミが腰掛けていた。


「ミチル、おかえりなさい」


 ヨミが口を開く。柔らかな声だった。満はその場で軽く一礼してから、微動だにしない月人達に挟まれるような格好の中で絨毯の上を歩き、やがて玉座を置いた段差の前で片膝をついてかしづいた。そこに緊張した様子はなく、一挙手一投足が堂々としていた。

 当然だ。今回のケースは満が彼らに呼ばれたのではない。満が彼らを呼んだのだ。


「満、ただいま帰りました」

「はい。久しぶりですね。地球ではしっかり休めましたか?」

「おかげさまで。とても楽しい休養を取ることが出来ました」


 しかし月に帰ってきたと同時に「話があります」と自分を呼び出した満に対し、ヨミは嫌な顔一つ見せずに優しく微笑んだ。それに対して満はまたも緊張の色を見せない調子でそう明るく答えてからゆっくりと顔を上げ、目に力を込めてじっとヨミの顔を見つめた。ヨミもまたその顔を優しく見つめ返し、そして満の真剣な目を見て何事かを悟ったヨミが口を開いた。


「どうしましたか? なにか問題でもあったのですか?」

「いえ、少しお願いしたい事がございまして」

「お願い?」


 ヨミが小首を傾げる。目つきは真剣なまま、口調にも真剣さを漂わせて満が言った。


「私自身、食客の身分でありながらこうして女王様に直談判をする事はおこがましいと重々承知しています。ですが次の地球人との試合、最後の戦い、アラタにやらせてほしいのです」


 それを聞いた背後の月人達が軽くざわめき出す。気にする事無く満が続ける。


「それと地球側の対戦相手も、私が指定したいのです」


 さらにざわめきが大きくなる。彼女は何を言っているのか、いくら彼女の頼みでも無茶だ、そんな声が方々から聞こえてきた。

 しかしその喧噪の中にあって、満とヨミは無言のまま、共に真剣な表情で互いの顔を見つめ合っていた。やがてヨミが口を開く。


「……地球で、何かあったのですね」


 満が黙って大きく頷く。


「とても素晴らしい人に会いました。強く、立派な人です」

「まあ」


 その後そう断言した満を見て、ヨミが目を丸くする。それから興味津々と言ったように表情を崩してヨミが言った。


「その者とアラタを戦わせたいのですね?」

「はい」

「その者の名前はなんと言うのですか?」

「新城亮と言います」

「シンジョウ・リョウ」


 満の言った人間の名前をヨミが反芻する。そうして何度か亮の名前を呟いたあと、ヨミが満に尋ねた。


「アラタはもうその者と会ったのですか?」

「まだ直接会ってはいません。これから顔合わせをする予定です」

「そのリョウという者は、あなたの申し出を受けてくれるでしょうか?」

「受けてくれると思います。きっとです」


 その満の答えを受けて、ヨミが一度顔を上げてその細い顎に白魚のごとき滑らかな指を当て、両目を閉じて思案にふける。それまで騒いでいた周囲の月人達もまた、いつのまにか黙りこくってその様子をうかがっていた。


「……わかりました」


 やがてヨミが口を開く。そして再び満の方へ顔を向け、穏やかな口調で言った。


「まずはアラタを会わせてみましょう。それからそのシンジョウさんにこちらの頼みを聞いてみて、向こうが同意してくれたら、その通りにしましょう」

「ありがとうございます」


 ヨミの言葉に、満はひざまずいたまま深く頭を下げた。





「なあ、リョウって先生ここにいねえか?」


 その翌日、朝のホームルーム前の二年D組の教室に、明らかに生徒では無い女性が一人紛れ込んでいた。その女性はまるで自分がここの生徒であるかのように自然な素振りで扉を開け、そして周囲から浴びせられる奇異の視線を気にする事無く教室のど真ん中まで歩き、そこにいた生徒達にそ質問をぶつけていたのだ。

 生徒達の方はもう困惑するしか無かった。その女性の放つ質問に答えることも出来ずにいた。


「あの、すいません」

「あん?」


 そんな中、その女性に一人の女生徒が勇気を振り絞って近づき、恐る恐る話しかけた。


「あなた、どちら様ですか?」

「俺?」

「は、はい」


 きょとんとする闖入者にそう答えてから、女生徒は目の前の女の足先から頭のてっぺんへと、その視線をまじまじと這わせていった。そして全身を見終えるなり、その女生徒は額から冷や汗を流しつつ生唾を飲み込んだ。

 なぜならそこにいた女の外見は、非常に物々しく恐ろしかったからだ。額が丸見えになるように後ろに撫でつけた銀色のショートヘア。鋭く研ぎ澄まされた切れ長の瞳。至る所にベルトをつけた黒い革製のロングコートで全身を包み込み、拳には指を露出させたグローブを、足には厚手のブーツを履いていた。背丈はこのクラスの女子学生と同じくらいだったが、身に纏う雰囲気はこちらの方がずっと鋭利で刺す刺すしかった。

 そんな抜き身の刃物のような隙のない出で立ちは、この教室の中で異様なまでの存在感を放っていた。ちなみにそれが女性であるとわかるのは、コート越しに胸がわずかに膨らんでいるのがわかったからだ。


「その格好、どう見てもここの制服じゃなさそうですし……」

「そりゃそうだろ。俺ここに来るの初めてだし……ああ、そういや名前言ってなかったな」


 と、そこで今思い出したかのように女が声を上げ、勇気を出して自分に声をかけた女生徒にまっすぐ目を向ける。それから続けて周囲を見渡しながら、良く通る声でさらりと言った。


「俺はアラタ。ミチルの紹介でリョウって奴に会いに月から来た。まあよろしくな」


 その言葉を聞いた瞬間、クラスの中がにわかにざわつき始める。目の前の女性がアラタだとはとうてい信じられず、いったいどういうことかと常日頃からつるんでいた友人達と話し込み始めたのだった。

 そんな自分の名前を名乗っただけで一気に騒がしくなった周りの風景を見て、アラタと名乗った女は少しうるさそうに眉根を寄せた。しかしその直後、突如巻き起こった騒ぎの理由を代弁するように、一人の男子生徒がアラタに話しかけた。


「あ、あの、ちょっと質問してもいいですか?」

「俺に? 別にいいぜ。なんだよ?」

「あ、はい。ええと、その……ひょっとして、あなたはあの時のアラタなんですか?」

「あの時? どの時だよ」

「あ、あれですよ。この前戦ってた、ロボットを素手で引きちぎったでっかいウサギ」

「ああ、あれか」


 男子生徒の言葉を受けてアラタが納得したように頷き、そして迷う素振りも見せずに即答する。


「あれは確かに俺だぜ。俺がやったんだ」

「えっ? でも今の格好は」

「これはカモフラージュだよ。あの格好のまま町中歩くわけにもいかねえだろ」

「つまりその格好って」

「擬態ですわね」


 と、そう声がすると同時に扉が開き、そこから鞄を担いだ一人の女生徒が姿を現した。十轟院麻里弥である。


「怪獣や宇宙人の中には、人間の姿に化けて地球で生活している者も多くいると聞いていますわ。おそらく、この方もその一人なのでしょう」

「そういうことだ。今の俺は人間態。で、あん時見せたのが怪獣態。俺の本当の姿ってやつだな」


 麻里弥の言葉にアラタが合わせる。そして目線を麻里弥に向けながらアラタが尋ねる。


「で、あんたはシンジョウ先生がどこにいるかわかるか? ちょっと用があるんだけど」

「いえ、わたくしも今どこにいるのかは存じませんわ。まだ朝のホールドチョークスリーパーの時間でもありませんし」

「なに言ってんだこいつ」

「ほ、ホームルームのこと言いたいんだと思う」

「ああ、ホームルームか。ミチルの言ってたあれか……あれ」


 呆気にとられるアラタに女生徒の一人が恐る恐る補足を加える。それを聞いたアラタは納得した直後にすぐさま片眉をつり上げ、誰に言うでもなく呟いた。


「じゃあなにか? ホームルーム始まるまで、先生来ねえのか?」

「そういうことになりますわ。正確にはスローフォックストロットの始まる五分前くらいには来るはずですが。それでもまだ時間がありますわね」

「さっきからなんなんだよこいつは」

「あ、あの、麻里弥ちゃんは横文字に弱いんです。勘弁してくれませんか?」


 見当違いな言葉を平然と吐き出す麻里弥を前にして目に見えて辟易するアラタに、彼女のクラスメイトの一人がフォローを入れる。アラタは憮然とした表情のまま、しかしそれを素直に聞き入れ、頭をかきながら言った。


「じゃあそれまで待つしかねえか。悪いけど、ここで待たせてもらうぜ」

「え? でも」

「用件話したらすぐ消えるよ。授業妨害とかする気はねえから、安心しな。それに先生もうすぐ来るんだろ?」

「はい。あと二分ほどで来るかと」

「そっか」


 麻里弥の言葉を聞いてアラタが億劫そうに返し、腰に両手を押し当てながら首を軽く回す。そんなアラタに、不意に男子生徒の一人が遠くから質問を投げた。


「で、でも、なんで先生探してるんだ? 先生何かしたの?」

「違う違う。ちょっと興味があるだけだよ」


 そんな男子生徒に軽い口調で返してからアラタが続ける。


「ミチルがそいつは面白い奴だって言うから、ちょっと直接会ってみたいって思っただけだよ。俺としても、そいつと戦ってみたいって気持ちもあるしな」

「みちる……ああ、冬美さんの言っていた方ですわね」


 アラタの言葉を聞いて、麻里弥が納得したような声を出す。ちなみにこのとき、冬美はまだ学園には来ていなかった。

 そんな中で麻里弥がアラタに声をかける。


「ミチルさんとはお知り合いなのですか?」

「そんな感じだな。昔からの腐れ縁ってやつだ」


 アラタが麻里弥に返す。麻里弥もそれを聞いて納得したように頷き、アラタも今度は肩を回しながら言葉を吐いた。


「ああ、早く直接会ってみてえなあ。あいつがベタ褒めするのなんて珍しいからなあ。どんな感じなのかな」


 彼女が興味津々な様子であったのは、その時の口調から容易に想像がついた。そんな、まるでやがて手元に届くであろうオモチャを待つ子供のように期待に胸を膨らませる彼女の姿にD組の面々は親近感を抱き、彼女への警戒を次第に解いていった。





 しかし結局、ホームルームの時間を過ぎても亮は現れなかった。

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