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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第八章 ~モノ「鬼」登場~
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「百鬼」

「百鬼夜行?」


 二体の怪獣がぶつかったその翌日、異世界「ディアランド」から来た妖精ソレアリィは帰りのホームルームが終わったばかりのD組の教室の中で机の一つに腰掛け、その初めて聞く言葉を前に首を傾げた。


「何それ、なんかのイベントなの?」

「まあ、イベントって言ったらイベントかな」


 ソレアリィにその言葉を教えた女生徒が答える。妖精であるソレアリィはスクールバッグに入る水筒と同じ背丈しか無い上に背中から羽を生やしていたが、この生徒はそんな彼女の姿を見ても全く驚かなかった。そこにいるのが当たり前とばかりに平然と接していた。

 ソレアリィは当然ながらここの生徒ではない。ここの生徒である益田浩一の相棒的な存在であった。ソレアリィはその「浩一の相棒」という立場を盾に、平然とクラスの中に入り浸っていたのだ。ソレアリィは全く悪びれる様子はなく、亮も特に注意したりはしなかった。他の教師はそれを見て当たり前のように驚愕したが、ソレアリィは歯牙にもかけなかった。

 おかげでソレアリィは何の問題もなくクラスに入り浸り続け、最初は見慣れない妖精の姿に驚いていた生徒たちも、今ではすっかりそれがいる光景に慣れてしまっていた。それだけでなく生徒の方からソレアリィに話しかけるほど親密になっていた。

 閑話休題。女生徒からそれを聞いたソレアリィが眉をひそめる。


「随分曖昧なのね。あなたもそんなに知らないの?」

「まあ、そんな感じ。言葉は知ってるし大体の意味も知ってるんだけど、詳しい内容までは知らないのよ」

「そうなんだ。でもなんでいきなりその話を?」

「昨日テレビでそのことが特集されてたからさ。ソレアリィちゃんも見てたんじゃないかなって思って」

「あー、ごめん。私テレビ全然見ないんだ」


 ソレアリィが申し訳なさそうに答える。その女生徒がテレビを見ていた時、ソレアリィは浩一のパソコンを借りてネット将棋をやっていた。浩一もテレビを見る方では無かったので、ソレアリィはそれを知ることが無かった。

 なのでソレアリィは、その初めて聞く言葉に強い興味を持っていた。目を輝かせて女生徒に尋ねる。


「で、その百鬼夜行ってのはどういう事するのよ」

「ええっとね。確か……」

「様々な妖怪や鬼が列をなして町中を練り歩く事ですわ。特定の何かを指す言葉ではなく、妖怪や幽霊の類が大勢で列を作って行進している事などを総称して百鬼夜行と呼ぶのです」


 だが女生徒がそれに答えるより前に、十轟院麻里弥が彼女達の近くに立って答えた。麻里弥に言葉を取られた女生徒は、しかし嫌な顔はせずむしろ感心した顔で彼女に言った。


「さすが十轟院さん。そっち方向の話には詳しいね」

「これはお爺様からの受け売りですわ。わたくしが直接見つけた知識ではございません。あくまで他の方から聞いた話を披露しただけ、特別凄い

事ではありませんわ」


 だが麻里弥は謙虚な態度を崩さずに、柔和な笑みを浮かべて女生徒に返した。それはまさに高嶺の花とも言うべき柔らかく位の高い、気品に満ちた笑みであった。ソレアリィはそんな麻里弥の姿を見て感心したように声を上げた。


「普通に凄いよ。立ち振る舞いとか他の人には出来ないって。それになんかお姫様っぽいっていうか、そんな雰囲気も出てるし」

「そうなのでしょうか? 誰に対しても丁寧に、一歩引いた立場で接しろと子供の頃からしつけられてきたものですから。これがわたくしには普通と申しましょうか、意識してそういった雰囲気を出している訳ではないのですが」

「いや、十分貫禄出てるって。お嬢様オーラみたいな物かな? とにかくそんな感じのがこう、全身からぶわーって」


 女生徒が両手を勢いよく外に広げてアピールしてみせる。ソレアリィもまたうんうんと腕を組んで頷き、女生徒の言葉に同意してから羨ましげな声で麻里弥に言った。


「でもさ、マリヤの言葉遣いとか動きとか、本当に憧れちゃうんだよなー。あーあ、アタシもお淑やかなレディーになってみたいなー」

「ソレアリィがお淑やか? ちょっとそれは無理あるでしょ。いつもの態度とか益田君の扱いとか見てるとさ」


 己の願望を吐露したソレアリィにすかさず女生徒がつっこむ。ちなみにこの時、この女生徒が脳内で思い出していたのは、ソレアリィが自分の姿を見て驚きつつ露骨に嫌悪の表情を浮かべて「そいつを外につまみだせ」と言った生物の教師の首筋を蹴り飛ばした時の一部始終だった。

 首への衝撃は相当な物だったらしく、蹴られた教師はそのまま床に崩れ落ち、自力で立ち上がれるほどに回復するまでたっぷり三十分はかかった。その間ソレアリィは崩れ落ちた教師の背中に乗り、自分がこの中で一番偉いんだぞと言わんばかりにドヤ顔を浮かべていた。生徒たちにとっては復活するまで自習となったのは言うまでもない。

 ついでに言うと、これによってソレアリィも月光学園のブラックリストに追加されたのだが、ソレアリィ本人は全く気にしていなかった。それどころか知ることも無かった。

 そもそもD組にこういった影の情報が送られることは殆ど無かったので、D組の生徒たちに至ってはソレアリィが周囲から悪者認定を受けた事など知る由も無かった。


「ソレアリィは猪系じゃん。後先考えずに突っ込んでいくタイプ。だからお嬢様とかは似合わないって」


 とにかくそんな事を考えながら、女生徒がソレアリィの方を見てそう断言する。あまりにも無情なその物言いにソレアリィは当然ながら憤慨し、頬を膨らませて顔全体で怒りを表現した。


「ちょっとなにそれ! いくらなんでも酷くない!? アタシだってやればできるんだよ!?」

「えっ、そうなの?」

「そうだよ! そうに決まってんじゃん! ねえマリヤ、マリヤもそう思うよね!?」

「えっ?」


 いきなり話を振られた麻里弥が目を見開く。だが彼女がそうして驚きの表情を見せたのはほんの一瞬であり、すぐに柔和な笑みを浮かべてそれに答えた。


「そ、それは、そうですわね。確かにソレアリィ様にも可能かと思われますが・・」

「でしょ? でしょでしょ? さっすがマリヤ、話がわかる!」

「えー? 絶対あり得ないってー。十轟院さん空気を呼んだだけだから。ないない、マジないから」

「ふん、負け犬の遠吠えは虚しいわね」

「なんですって? 誰が負け犬だって?」

「は、ははは……」


 なぜか剣呑な雰囲気になっていった二人を前にして、麻里弥が笑みを浮かべたままその口の端を軽くひきつらせた。この穏やかならざる状態をどうやって「穏便に」収めるべきか、麻里弥には皆目見当もつかなかったのだ。

 ここで彼女が「穏便さ」にこだわっていたのは、単にここが教室だったからである。穏便でなければ、あるいはここが教室でなければ、やり方はそれこそ掃いて捨てるほど存在していた。だがこの条件が加わっただけで、麻里弥にとっては解決のハードルが一気に上がったのである。

 十轟院麻里弥は一見繊細に見えて、その実かなり大雑把な性格をしていた。少なくとも彼女の脳内において、「相手と話し合いで解決する」という選択肢は初めから存在していなかった。

 ムカついたらぶちのめせ。これが麻里弥の持論である。その軸がブレた事は一度もない。だが、だからこそ、この時のような柔軟かつ繊細さが要求される場面には全くと言っていいほど役立たずだったのだ。


「おいお前達、いつまで教室にいるんだ?」


 だがそんな彼女への救いの手は、非常に早くもたらされた。教壇の前に座って軽い書類整理をしていた担任の新城亮が、この時まだ教室に残っていた生徒に向けてそう言ったのである。


「早く帰りなさい。いつまでもここに残っていても良いことなんか一個も無いぞ」

「はーい」


 亮の言葉を受けた生徒達がのんびりとした足取りながら教室から出ていく。その指示に素直に従うあたり、なんだかんだで亮は生徒達から一定の信頼は得られていた。

 そして件の女生徒もまた、思い出したように立ち上がってバッグを手に取り、「じゃあ今日はこの辺で」と二人に言って教室から出て行った。それからソレアリィも思いっきり両手を上げて背筋を伸ばしてから、「アタシも帰るね」と麻里弥に言った後で羽を動かして浮き上がり、そのままふよふよと浩一の元へ飛んでいった。


「はい。また明日もお会いしましょう」


 麻里弥はそのソレアリィの背中にそう言った後、教室からは出ずにまっすぐに亮の所へ向かった。


「どうした十轟院、まだ帰らないのか?」

「いえ、その前に少しだけ質問がありまして」


 そう前置きをしてから麻里弥が亮に尋ねた。


「今日は芹沢様が一日中いらっしゃらなかったのですが、先生は何かご存じでしょうか?」

「芹沢? あいつなら風邪で休みって連絡受けてるけど」


 名簿を開いて中に目を通しながら亮が答える。それから名簿を閉じ、麻里弥に目を向けて亮が言った。


「なにか気になる事でもあるのか」

「そうですわね。気になると言えば、気になるのですが」

「この前言ってた戦争うんぬんと関係するのか?」


 さりげなく亮が聞いてみる。麻里弥はすぐに反応した。


「その通りですわ」

「そうなのか。じゃあ芹沢が休んだのも、その戦争って奴にに関係する事なのか。この前お前が暫く休むって言ったのと同じで」

「いえ、確かに芹沢様はこの件に関わってはおりますが、あの方が関わるのはむしろ本番の方なのです。前に出て戦うのがあの方の役割なのですわ」

「なるほど、そうなのか」

「はい。わたくしのように学園を休んで一日準備に費やすような事は、本来はあの方の役目ではないのです」

「なのに休んだ。だから気になると?」


 麻里弥が無言で頷く。亮はそれを見て腕を組み、小さく唸ってから言った。


「考え過ぎじゃないのか」

「そうでしょうか……。そうであれば良いのですが、本番までに不安要素は少しでも取り除いておきたいのです」

「そんなに入念な準備が必要な事なのか。ちょっとだけ不安材料があってもヤバいって思うくらい危険なのか」

「危険と言えば、危険ですわね」


 亮の言葉に麻里弥が答える。それはどういう意味なのか。視線で催促する亮に麻里弥が口を開く。


「今はまだ詳しいことは申せないのですが、少なくとも本番はやり直しのきかない一発勝負。失敗は許されないことですわ」

「そ」


 そんなに重大な事なのか。

 そう亮が言おうとした瞬間、教室が大きく揺さぶられ、全ての窓ガラスがひび割れ室内に向かって吹き飛んだ。

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