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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第七章 〜灼熱怪獣「バニグモン」、戦闘戦車「ピースフル」登場〜
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「タンク」

 全てが狂っていた。

 D組のいる所から遠く離れた高層ビルの屋上に立ち彼らの集まっている地点とその周辺を見ながら、牧原忍はそう思わずにはいられなかった。そこにある景色は自分の計画からも常識からも逸脱した、まったく狂っているとしか言いようのないものであった。


「なんだ、なんだこれは」


 ここに住む人間を片っ端から洗脳していき、逃げ込んだ連中を一網打尽にする。それが忍の本来の計画であった。たとえあいつらがどれだけ強い力を持っていようともここに住む人間全てを相手取れるだけの体力は持っていないだろうし、学園の生徒はともかく生身の人間相手にロボットを使うわけも無いだろう。そう推測した上での計画であった。彼は高をくくっていた。そこまで非道にはなりきれないであろうと思いこんでいたのだ。

 だが実際は違った。彼の予想を遙かに超えた展開を迎えていた。突如として出現した巨大な恐竜が、足下に群がる群衆を躊躇い無く蹴散らして行っていたのだ。


「バカな。なんであんな事が出来る?」


 恐竜が脚を振り回す度に、洗脳した人間達が突風に巻き上げられる枯れ葉のように吹き飛ばされていく。中には手足がちぎれたり胴体からまっぷたつに折れたりする者も現れたが、恐竜はそんな事お構いなしに暴れまくっていた。挙げ句の果てにはその場で脚を振り回すだけでなく、まだ五体満足で残っていた群衆の方に向かって走り出す始末であった。

 当然人間達は逃げようとするが、恐竜の方がずっと速かった。おかげでそこではビルに挟まれた中で逃げ惑う人間を恐竜が背後から蹴散らしていくという、パニック映画さながらの光景が広がっていた。


「くそ、くそ、どうしてだ。なんでそこまでやれるんだ」


 忍は混乱していた。自分の予測を悉く裏切っていく展開の連続を前に、彼は正常な判断力を保てなくなっていた。これは彼の観察眼や戦術眼がまだまだ未熟だからというだけではなく、彼のこれまでの人生がおおよそ失敗や挫折とは無縁な物だった事も影響していた。ただ単にリスクを伴う事象を前にしたときは事前にそれを察知し、逃げるように避けてきたのだ。危ない橋は渡らない。これが忍の信条だった。

 そんな彼の人生は、同時に他人の意見や説教とも無縁な物であった。これは彼が同年代の人間に比べてたぐいまれな頭脳と体力の持ち主であり、その高い実力と将来性を見た欲深な連中が、老若男女問わず彼に取り入ろうと寄ってたかって彼を持ち上げ続けたからであった。

 何かあればすぐ彼をほめそやし、失敗をしたら他の誰かに責任を押しつけた。教師や両親さえもそれを当たり前のように行っていた。中学時代はまだ忠告をする者もいたが、彼が月光学園に入る頃にはその周りには彼の力を賛美し「おこぼれ」に預かろうとする者達しか集まらなかった。

 彼の力は本物で生徒会副会長の座に就けるほどの高いものであったが、その精神は幼いままであった。そして精神に反比例して彼の意識は増長を続けていったが、それを止める者はいなかった。なお、その自意識の増長は彼が月光学園に入ってからより顕著な物となった。月光学園に入るというのは、それだけで相当なステータスを持つのである。

 それらのおかげで、今の牧原忍という人物が完成した。今の彼にとっては自分の考えこそがこの世のルールであり、絶対の常識であった。全てが自分の思い通りに動くと思っていた。

 それがこの様である。


「畜生!」


 思い通りにいかない事への怒りを爆発させた忍が屋上の端に据えられたフェンスを蹴りつける。屈辱だった。生まれて初めて味わう屈辱だった。しかもその屈辱は、学園の時に感じた物も含めると二度目であった。

 その屈辱は彼の平静を崩し冷静な思考を乱すには十分な効果を発揮した。


「馬鹿共が! どいつもこいつも馬鹿共が!」


 何度もフェンスを蹴りつけながら忍が叫ぶ。その目は血走り、顔は怒りで真っ赤になっていた。彼の洗脳した群衆と同じ顔をしていた。

 だが何度かそこを蹴りつけた所で、忍は激しく肩を上下させて気持ちを落ち着かせつつ、フェンスに当てたままの脚をゆっくりと元の位置に戻した。それから彼は何とか気持ちを落ち着かせ、ついに周辺のビルを巻き込みながらなおも暴れ回る恐竜をフェンス越しに見ながら言った。


「こうなったら、こっちにも考えがある」


 それから忍はその光景に背を向け、反対側の方へと歩き出した。それからフェンスのすぐそばまで近づいてそれに手をかけて乗り越え、屋上の縁に立つ。

 この時彼の脳内には新たなプランが浮かんでいた。それは彼がここで洗脳を始めてから数分で構築した新たな計画。洗脳した住人から情報収集をした際にその一人から聞いた、この地下空間の最底部に潜む「守護神」と呼ばれる存在を利用しようというものであった。それの元に赴いて自分の制御下に置き、あの連中を直接叩く。それが忍のプランであった。

 「守護神」が眠っている所も既に聞いていた。というよりも、ここの住民の間ではそれの存在は非常にメジャーなものであったようだ。居場所を聞けば誰もが同じ場所を口にした。しかもそこへはこの町の中にある専用エレベーターでまっすぐ行けるとの事であった。ここの住民にとって、「守護神」は非常に身近な存在であるようだった。

 忍にとってはそんな事どうでも良かった。


「使えればそれでいい。使えなければ別の手を使うまでだ」


 そう言いながら、忍は脳内で別のいくつかのプランを構築していた。爆弾を使う、発電所のジェネレーターをオーバーヒートさせる、いっそ全ての住民をけしかけて強引に消耗させる。成功するかはともかく、やり方はいくらでもあった。

 だが今はそれよりも優先すべき作戦があった。


「まずは最下層。眠りの間だ」


 住民から教えられた場所の名前を呟き、忍がほくそ笑む。それがどのような存在であるのかわからなかったが、自分に出来ない事はない。そう思いながら忍は屋上から飛び降りた。

 「眠りの間」へ通じる専用エレベーターは、それまで彼がいたビルの中にあったのだった。これは忍なりのショートカットであった。





 同じ頃、ザイオンと勉吉、麻里弥と優の四人は、ザイオンに連れられる形で食堂の真下にある格納庫に来ていた。そこは食堂と違って薄暗く、四方を鉄とコンクリートで固められた無骨な空間だった。部屋自体は広く窮屈さは感じなかったが、替わりに妙な息苦しさを覚えた。


「見たまえ。彼が正体を表したようだぞ」


 その一角に据え付けられた大型モニターに映る映像を指さしてザイオンが言った。そこにはたった今怪獣態へと変貌したセイジの姿が遠巻きに映されており、そしてそれを指さすザイオンの声は興奮に満ちていた。


「戦闘狂獣。彼があの姿を見せるのは非常に珍しい。君達もしっかり見ておきたまえ」


 ザイオンがそう言うまでもなく、他の彼らはモニターの映像に釘付けになっていた。声も出さずにただ口を半開きにして、そこに映る巨大な恐竜の姿を瞳に焼き付けていた。

 この時ザイオンはそんなモニターを注視する三人を見て、彼らが「戦闘狂獣」と呼ばれる存在を初めて目の当たりにしたためにこのようなリアクションを見せているのだろうと思っていた。実際は違った。


「三人目……」

「こんな所にいたんだ」

「ここで見れるなんて、驚きですね」


 彼らの態度は、前に会った事のある者と同じ存在にここで遭遇した事への驚きから来ていた。そしてここで彼らの漏らした言葉から、その彼らの実際に驚いた理由と自分の認識との間に隔たりがあることを察したザイオンは、怪訝な顔を浮かべながら三人に尋ねた。


「もしかして君達は、あれと同じ者に会った事があるのかね?」

「そっすよ」


 モニターから目を離さずに優が答える。ザイオンは一瞬呆気にとられたが、すぐに顔を輝かせて粘っこい声で言った。


「おお、なんという! 運命を感じる!」

「そんなに驚くことなんですかね」

「当然だ! 私と君達の出会いは、もはや奇跡といっても過言ではない! ところで、君達が会った戦闘狂獣とはどのような者だったのかね?」

「ウサギですわ」


 再びのザイオンの質問に今度は麻里弥が答える。それを聞いたザイオンは再び顔に喜びの色を満たしていった。


「そうか、ウサギか。それはいい。一度でいいから拝見してみたいものだ」

「ていうかあの恐竜、ビルとか壊し始めてるけどいいの?」

「調子に乗ってる感じがしますわね」

「構わん構わん。後で作ればいい」


 モニターを見ながら言った優と麻里弥の言葉にザイオンが適当に返す。彼はクリップボードを持ってそこに挟んだ紙の上で絶えずペンを走らせており、モニターの方にはちらりとも視線をよこさなかった。

 その紙にはいくつものウサギの絵が描かれていた。麻里弥から聞いた新しい戦闘狂獣の姿を想像し、その次から次に沸いてくるイメージを手の動くままに片っ端から形にしていっていたのである。今の彼にはそれしか眼中に無かった。

 彼は一度興味を持った物に対してはどこまでも、それこそ周りが見えなくなるまで没頭しとことんまでのめり込むタイプであった。


「なんか別の怪獣が出てきたんですけど」

「ああ構わん。放っておきなさい」

「地面がせり上がってその中から出てきたんですけど」

「大丈夫、大丈夫。ほっといて平気だから」


 なので前の二人と同じくモニターを見ていた勉吉がそう言った際にも、ザイオンは紙とペンに神経を集中させていた。その一方でモニターの中では勉吉の言うとおり、箱型にせり上がってきた地面の一部の前面が左右にスライドしそこから外に現れた、セイジと同じ背丈を持った巨大生物が、今まさにセイジを睨みつけながら相対していた。

 その生物は一目見て「怪獣」とわかる外見をしていた。体色は木炭のように黒く、二本の脚で立って背筋を伸ばし、長い尻尾を地面に接地させてバランスをとり、両腕は短く指は五本あった。前に出っ張った口は鰐を思わせる造形でそこから鋭く生え揃った歯が顔を覗かせ、目は外側が大きく吊り上がってみる者に凶悪な印象を抱かせた。頭頂部からは前向きにしなりを見せる一本の角があり、角は銀色に光り輝きほぼ黒一色で統一された中にあってその存在感を際だたせていた。

 その「怪獣」はセイジと相対したまま、やがて威嚇するように雄叫びをあげた。その叫びを聞いたザイオンはそこで初めて手を止めてモニターに目を向け、そしてそこに映る光景を見て呆然と呟いた。


「守護神じゃないか。非常事態だと思って、誰かが起こしたのか」

「守護神?」

「文字通りの意味だ。ここの守り神だよ」


 そう言いながらザイオンはモニター下のコンソールに近づき、脇にクリップボードとペンを置いてコンソールのボタンやらツマミやらをいじり始めた。


「なにしてるんですか?」

「準備さ」


 優からの問いかけにザイオンが短く答え、それと同時にザイオンが赤いボタンを押す。直後、彼らの背後で警告を伝える甲高いアラーム音と腹の底に溜まる重苦しい駆動音が鳴り響き、さらに彼らの足下を強い震動が襲った。


「何を!?」


 転びそうになりながらも何とか姿勢を維持した優がそう言いながらザイオンに驚きと非難の目を向ける。だが当のザイオンは事情を知らない客人三人に視線を向け、それから一歩前にでて彼らに言った。


「さあ君達、出発の準備だ」

「出発?」

「どこへ?」


 麻里弥と勉吉が尋ねる。ザイオンがニヤリと笑って言った。


「戦場にだ」

「なんで戦場に?」

「行き遅れないためだよ。アスカも準備を始めているだろう。さ、君達も来なさい。早くしないとショーを見はぐってしまう」


 勉吉からの言葉には答えずにザイオンが告げる。さらにザイオンはそう言った後、相手の反応も待たずにモニターとは反対側の方向へ歩き始めた。事情を知らない三人はすぐに目でザイオンの背中を追ったが、そこで彼らは初めてザイオンの歩く先にある物、あの怪獣と同じく地面からせり上がってきた、先ほどの騒音と震動の正体を視界に納めた。

 それは彼らの抱いていた不満や非難を一瞬で雲散霧消させてしまうほどの代物であった。


「それは……」

「なにそれ」


 勉吉と優が唖然としながらも声を漏らす。それの側面についていた梯子に手をかけていたザイオンその言葉を聞き、梯子から手を離さずに彼らの方を向いて言った。


「戦車だよ」

「戦車って、え?」

「これが?」

「どこからどう見ても戦車だろう」


 確かにその外見は戦車だった。ぱっと見では確かに戦車であった。だがすぐ傍に立つザイオンの二倍の高さを持つキャタピラを備え、砲塔の側面からキャタピラと同じ大きさを持つ二本の巨大な腕を生やした物体を果たして戦車と呼べるのだろうか?


「ほら、乗りなさい。中は飛行機のファーストクラス並に快適だぞ」


 だがザイオンはそんな事お構いなしに搭乗を催促してくる。三人はどうしたものかと顔を見合わせたが、そのとき彼らの背後で再び件の「怪獣」が叫び声をあげ、それに答えるようにセイジもまた雄叫びをあげる。それが彼らの尻に火をつけた。


「ほら、何をしている! 早く来ないか!」


 更に既に上まで昇り終えたザイオンも声をあげて催促してくる。それが決め手となり、結局三人は戸惑いながらもその戦車に乗るために梯子に近づき、それに手をかけて昇り始めた。

 彼らの背後ではまだモニターの電源が入っており、そこから二匹の怪獣の吼え声が轟きあっていた。

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