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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第一章 ~二足月兵器「ハンゲツ」、専用退魔ロボ「メガデス」登場~
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「クイーン」

「皆様! わたくしやりましたわ!」


 ハンゲツが戦闘不能な状態である事が確認され勝利宣言を受けた後、麻里弥はメガデスに乗ったまま遙か遠方にある観戦用の特設会場まで駆け出し、そこに到達するなりメガデスの片手を大きく振りながらそこにいた観客達に向けてさも嬉しそうに言葉を放った。

 武器の日本刀は捨てられたままで、校舎も瓦礫に変わったばかりであった。だが今の麻里弥の脳裏からは、それらの存在は綺麗さっぱり消え去っていた。


「皆様の応援あっての勝利です! 本当にありがとうございます!」


 そしていくつか大事な事を棚の上に置いたまま、メガデスが礼儀正しく頭を下げる。ちょっと前まで敵をマウントポジションから一方的に撲殺していた奴とは思えないほどの礼儀正しさであり、それを見たギャラリー達もまた万雷の拍手や歓声でもってそれを迎え入れた。


「しっかりしてる。いい子じゃないか」

「当たり前クマ。マリヤは血の気が多いだけで本当はいい子だクマ」


 そして拍手をしながら頼もしそうに呟いた亮に、手を叩けない代わりに小型のトランペットを吹きながら冬美が答える。そんな亮の隣では、満も彼らと同様に表情をはじけさせながら思い切り拍手をしていた。


「あ、先生!」


 そんな亮達の姿を認めたのか、メガデスの頭部がまっすぐ亮のいる所へ向けられ、直後に嬉しそうな声が続けて聞こえてきた。


「先生、わたくしやりましたわ! 今の試合内容はいかがでしたか?」


 何かを期待するかのような麻里弥の声。それを聞いた満と冬美は真っ先に亮の方を見た。同様に周囲の面々も騒ぐのを止め、亮へ向けて一斉に視線を注ぐ。

 三百六十度から視線を浴び、恐る恐る亮が口を開く。


「添削してほしいってこと?」

「はい!」

「……ここで?」

「お願い致しますわ!」


 迷いのない麻里弥の声が返ってくる。


「先生、よろしく頼むクマ」

「新城さん、がんばって!」


 ご丁寧に冬美と満も逃げ場を塞いでくる。もうやるしかなかった。亮は恥ずかしげに頭をかいてから、正面からメガデスの目を見てはっきり答えた。


「全体的に見てとてもよかった。肉弾戦に入ってからが特に良い。あの容赦ない攻めは満点だ。でも馬乗りからのパンチはちょっと大振りすぎたかな。拳を振るテンポを早くして、相手に隙を与えないようにした方がもっと確実性が増すと思うぞ」

「武器についての指摘が少ない気がするクマ」

「そっちはよくわからないんだよ。俺素手とナイフでしか戦った事無いから……というわけだ。これでいいかな?」


 そこまで言って亮が口を閉じる。そして一瞬の沈黙の後、メガデス再び頭を下げた。


「ありがとうございます!」


 そしてその直後、周囲から再び拍手が沸き上がる。ただしそれは以前のように熱狂に満ちた物ではなく、今行われた教師と教え子のやり取りに対する賞賛の念の込められた暖かい拍手であった。当然ながら満と冬美もそれと同じ拍手を送り、そこにいた二年D組の生徒達も同じく拍手を送った。特に彼らD組のそれは賞賛であると同時に、自分達のクラスの新しい担任に対する期待と信頼の度合いが更に大きくなった事の証でもあった。

 だが亮と、まだ機体の中にいた麻里弥はそれに気づく事も無く、ただただ気恥ずかしさのあまり二人して顔を赤くした。


「え? 話がしたい? 今からですか?」


 会場の大型スピーカーからそんな気の抜けた豚の声が聞こえてきたのは、まさにそのときであった。その場にいた全員がそれまでのアクションを止めて一斉にモニターの方へ視線を向ける。


「いえ、いや大丈夫です。問題ありません。どうぞどうぞ、モニターの準備はできてますので、はい。ではよろしくおねがいします」


 全員が視線を向ける中で、豚と何者かの会話はそれっきり途切れて聞こえなくなった。代わりに戦闘が終わって既に何も映さず真っ黒になっていたモニターに突如として砂嵐が起こり、スピーカーからも激しいノイズが響き始めた。

 やがてスピーカーから発生するノイズがぱたりと収まる。それと同時にモニターの砂嵐も消え、そこには一人の女性の姿が映されていた。

 頭の後ろに扇のような大きな髪飾りを載せた、和服姿の見目麗しい妙齢の女性であった。目は細く見開かれ、鼻は低く、唇は薄いながらもしっかりと形をもっていた。顔にはいくつか皺が刻まれていたが、それはその身から溢れる気品の高さ、美しさを損なうような物では決してなかった。


「うそ……」


 その女性を見た満が信じられないと言いたげに両目を見開いて呟く。それを聞き何事かと彼女の方へ視線を移す亮の耳に、満の言葉が続けて届いた。


「女王様」


 驚いて顔をモニターに向ける。そこに映っていた女性は小さく礼をした後、鈴が鳴るような透き通った声で言った。


「地球の皆様、はじめまして。私はヨミ。月の国の女王をしております」





 その言葉に、ギャラリー達の間に一気に緊張が走る。亮も、冬美も満も麻里弥も、メガデスでさえも背筋を伸ばし、体を強張らせてモニターの前にいる女性を見つめていた。

 そんな地球の状況など知る由もなく、ヨミと名乗った女性は最初と変わらぬ穏やかな声で言葉を続けた。


「先ほどの戦い、拝見させていただきました。勝った方も負けた方も全力を尽くした、とても良い試合でした」


 静かで、たおやかであるが、同時に芯の通った力強い言葉だった。

 そこに嘘偽りはない。お世辞の色も感じられない。亮はその台詞の中にまっすぐで力強い物を感じ、そう直感した。この人は良い人だ、彼は同時にヨミをそう評した。

 と、そこまで言ってヨミが目線を上げ、メガデスの顔をじっと見つめた。


「ッ!」


 ただ見つめられただけなのに、それだけで麻里弥は息が詰まるような感覚を味わった。この人の前で無礼を働いてはいけない、もしやってしまえば大変な事になる。本能がそう警告し、全身で鳥肌がたった。

 そんなガチガチに緊張した麻里弥に向けて、しかしヨミは表情を柔和なものに崩し、優しい声で語りかけた。


「あなたがメガデス、その中にいるのが十轟院麻里弥さんですね?」

「は、ひゃいっ」


 緊張のあまり噛んでしまった。その瞬間、麻里弥の脳裏で自分の首が刎ね飛ばされるビジョンが映し出された。

 だが実際のところ、そんな彼女の心配は杞憂であった。ヨミは微笑みながらそんな麻里弥に言った。


「とても素晴らしい戦いぶりでした。あの勝ちへの執念、闘士として誠にふさわしいものでした」

「は、はい……っ」

「あなたの勝利を求める戦い方は、見ていてとても爽快な気分になります。これからも良く励み、精進なさってくださいね」

「は、はい!」


 背中を押され、麻里弥が力強い返事を返すと、それを聞いたヨミも満足そうな笑みを彼女に見せる。その直後、どこからともなく三度拍手がわき起こり、それは瞬く間に周りへと広がっていった。


「あれって、マリヤ褒められたクマ?」

「ああ。そうでなきゃ、あの人もあんな事しないだろ」


 モニターの向こうではヨミもまた満面の笑みを浮かべて大きく手を叩いていた。同じように拍手をしながらその姿を見ていた亮に続いて、冬美もモニターに映るそれへと目をやる。


「うん。今の女王様、すっごい喜んでる」


 そんなヨミの姿を見て、月人の満もまた嬉しそうに答える。そして視線をモニターから離して顔を横の二人に向け、拍手は止めずに声を低めて二人に言った。


「実はここだけの話なんですけど、この前のウサギが勝った試合あるじゃないですか。あれが終わった後、ヨミ様すっごい機嫌悪そうにしてたんですよ。ニュースでやってました」

「どうしてクマ?」

「たぶん、地球の代表が手を抜いてたのがわかったんだろうな」

「ええそうです。ヨミ様は月側が勝つところが見たいんじゃなくて、真剣勝負が見たいんですよ。だから今日ここでいい勝負が見られたから、嬉しくなって出てきたんでしょうね」


 満の説明に冬美が納得したようにうなずき、亮も拍手を送りながら小さくため息をつく。学園の策略は完全に裏目に出ていたと言うわけだ。

 その一方で、周囲から浴びせられる賞賛の嵐を前に麻里弥はどうしていいかわからず、メガデスを棒立ちさせたままその中で縮こまっていた。


「せ、先生、わたくしはこの場合、どうすればよいのでしょうか・・?」


 しかし肝心の教師は、このとき彼女に適切なアドバイスを送る事はしなかった。結局、ヨミの姿がモニターから消えその興奮の波が完全に引くまで、麻里弥はずっとその中で萎縮し続けていた。


「は、はずかしいですわ……ッ」


 恥ずかしさのあまり、観衆をぶっ飛ばしてしまおうと本気で考えたりもした麻里弥であった。





 その一方で、完全勝利を収めた麻里弥に惜しみない拍手を送る人々の中で、彼女に憎悪の視線を向ける面々がいた。


「勝ってしまった……」

「馬鹿な、十轟院にもあの教師にも、あれほど釘を刺しておいたのに」

「あの教師も結局は奴らと同じ存在、という事か」


 彼らは同じ制服に身を包んだ学生であった。そしてそう失望や怒りの声を吐き出す彼らの腕には、「執行部」と書かれた腕章が留められていた。


「これはもはや悠長に事を構えている場合ではない」


 その中の一人、長身の男が指で眼鏡を持ち上げながら言った。


「奴らは学園の秩序を乱す存在だ。一刻も早く取り除く必要がある」





「排除だ」

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