「恐竜男の馴れ初め」
セイジがその空間を見つけたのは全くの偶然だった。地球に降り立ってから特にすることもなく、怪獣態になって気ままに地底を掘り進んでいた彼は、日本の真下に来たところで一種の空間の歪みを発見したのだった。怪獣態の彼はかなりの巨体であったが、地球の地殻は何百キロ以上も及び、彼自身もかなり深いところを潜行していたので、見つかる心配は皆無だった。
「ああ? なんだこれ、懐かしいな」
とにかくそれを見つけたセイジは、即座にそれがワープ装置の一種であると理解した。なぜ彼はそれをワープ装置と理解することが出来たのか。仲間の一人に独力でワープを行える者がいたからだった。
彼はその仲間が実際にワープを行う所の一部始終を目の当たりにしており、その際に自分が感じた空気の歪み、首を真綿で締められるような息の詰まる感覚と同じ物を目の前で感じたのだ。そこから彼は、自分の目の前に巧妙に周囲の景色にとけ込んだワープ装置があるということを確信したのだ。セイジが件の地下空間を発見することが出来たのも、元はといえば彼が過去の経験則からその空間を覆うワープスクリーンの存在を察知できたからであった。
「へえ、面白い所があるんだな」
件のワープスクリーンのすぐ近くまで近寄ってそこに腕を突っ込みながら、セイジが感心したように呟く。腕はスクリーンを貫通してその延長線上にある別の面から飛び出していたが、無論セイジは全て理解していた事であった。そしてこのままでは中に侵入出来ない事も理解していたが、セイジはそれでもその遊びを止めなかった。暇だったのだ。
そうしてスクリーンに腕だけでなく足や顔を突っ込んだりして一頻り遊んだ後、セイジは満足感と共に新たな欲求を覚えた。このスクリーンで覆われた中には何があるのだろうという、純粋な好奇心であった。
「ちょっと開けてみるか」
セイジはそう言った後、スクリーンの表面に沿って「出入口」がないかどうか探して回った。目的の部分はすぐに見つかった。これも巧妙に隠してあったが、数千キロ先に埋められた地雷の位置さえも割り当ててしまうほどのセイジの戦闘狂獣としての超感覚の前にはそれらは無力であった。
ちなみに彼の見つけた「出入口」とは、D組がアルファに飲み込まれた状態で脱出した際にアスカがアルファに指定した座標の地点にあった物であった。形は円形で表面には装飾の類は無く、愚直なまでに「蓋」としての役割を守り続けてきた。
ただ、その「出入口」自体も秒刻みでスクリーンの上を移動しており、当てずっぽうで侵入するのはほぼ不可能であったが。
「おじゃましまーす」
セイジにはそれが出来た。そして「出入口」の縁に両手をかけ、自分の体が通れるくらいのサイズにまで「出入口」を力任せに広げていく。強引に広げていったために縁がかなり歪んだが気にしないことにした。
そうして全身が通れるほどの大きさになったところでセイジは頭から「出入口」の中へと突っ込んでいき、そのスクリーンに覆われた先に広がる広大な地下空間に姿を現したのだった。
「ほう、客人かね」
更にここでセイジの身に幸運が訪れた。彼が姿を現したのは地下空間内の中で比較的垂直に壁のそびえる所であり、そのセイジが姿を見せたポイントに近いところでここの管理者であるザイオンが溶接機と鉄板を手にして作業に勤しんでいたのだった。
「恐竜? 恐竜がこの中に入ってくるとは珍しい」
溶接機を地面に置き、フルフェイスタイプの溶接面を脱ぎながらザイオンが言った。その時姿を見せたザイオンの顔、ニヤニヤと笑う貧血患者のように血色の薄い彼の顔を見てセイジは軽く戦慄した。
その時、彼の横に立っていた少女がセイジの姿を見て、無邪気な笑顔を見せながら言った。
「ワタシ、アレ知ってるネ! ティラノサウルスとかいう恐竜デス。間違いないデス!」
アスカ・フリードリヒである。死した彼女の魂はこの時既にザイオンの手によって召還されていたのだった。そしてアスカはザイオンとは対照的に太陽のように明るい笑みを見せており、その笑みはまるで人を疑うことを知らないかのような天真爛漫なものであった。
「さすがに近くで見るとおっかないデス。噛みついたりはしないデスよね?」
「えっ? あ、まあ、うん」
アスカからの問いかけにセイジが曖昧に答える。この時セイジは心ここにあらずと言ったような面持ちであった。
セイジはこの今の状況がいまいちわからなかったのだ。この空間の中には人がいて、自分が不法侵入をしている事は理解できた。だが目の前にいる第一村人達がそんな軽犯罪を平気で犯している自分を前にしてなぜああも泰然自若としていられるのかがわからなかった。
「しかし君、あの出入口を見つけてくるとはね。大したものだ」
そんな軽い混乱状態にあったセイジに向かってザイオンが感心したように言った。敵意は感じられなかったが、わずかばかり嫌悪を感じてしまうような粘つく声だった。
その声にどう答えていいかわからずセイジが目を泳がせていると、ザイオンが続けて口を開いた。その声に怒りの色は無く、ただ単純に驚きや興味の響きが混ざっていた。
「どうやってここに来たんだね。一人で来たのか? いや、そもそも君は何者だ? もしよければ教えてくれないかね」
「せっかくだからこっち来るデス。その体勢のままじゃゆっくり話も出来ないデスよ」
「え? いいのか?」
「いいデス」
驚くセイジにアスカがあっさり答える。ザイオンも横でうんうんと頷いていたので、セイジは結局そお言葉に甘えることにした。まず二本の足で縁の上に立ち、そこを蹴って前方の地面に着地する。着地の際に強い衝撃が発生しそれは強い震動となってザイオンとアスカを襲ったが、二人は大きくよろめきながらも姿勢を維持することに成功した。一方で巨大恐竜によって広げられ足蹴にされた「出入口」は大きく歪み、自力で閉じることも出来ない状態になっていた。
「いやあ、間近で見ると大きいなあ」
ザイオンは怒ることも恐れることもせずに眼前のティラノサウルスを見上げた。ザイオンの横に立っていたアスカもまた興味津々と言った体でセイジを見上げ、セイジもまたこの時には腹を括っていた。
「さて、それじゃ何から話す?」
彼らの目線の位置に自分の顔が来るよう姿勢を低くして、ティラノサウルスが口を開く。その人一人を丸飲みにしてしまえるほどの大きな口が開かれるのを前にしながら、ザイオンはなおもニヤニヤ笑いを止めずにそれに答えた。
「まずはお互いの名前を確認しあうのがいいんじゃないか? 自己紹介という奴だ。お互い知っておいて損はないだろう」
「それがいいデス。まずは自己紹介からデス」
アスカもザイオンの言葉に同意する。セイジは目の前の人間二人の意見に従う事にした。
その後はトントン拍子に事が進んでいった。互いの名前を伝え合った後で、最初はザイオンとアスカがこの地下空間の事を、続いてセイジが自分の正体とここに来た理由を告げた。
お互いの事情を知り合った彼らは同じくらい驚いた。だが非常識なのはお互い様だったので必要以上に驚いたりはしなかった。同時に互いに敵意がない事も知ったので、険悪なムードにもならずその会談は終始穏やかに進んだ。
「せっかくだから君、ここに住まないかね」
そしてその会談の最中、ザイオンが唐突にそう口を開いた。未だ恐竜の姿をしていたセイジは面食らったが、アスカはにこやかにそれに同意した。
「それは良い案デース! セイジも根無し草卒業出来るから文句はないはずデース!」
「それは確かにありがたいんだが、いいのか? ここに厄介になっても」
「ここがどういう仕組みになっているのかは君もさっき聞いただろう。横のアスカを除いて、ここの住人は私を神か何かだと思いこんでいる。だから話をしようにも向こうから一歩身を引いて、まともな会話が出来ないんだ。対等な存在がどれだけありがたい物か、ここに来て痛感したよ」
セイジの問いかけにザイオンがそう答える。そして気持ちはわかる、と同意するセイジに向けてザイオンが続けた。
「だから、君の存在は非常に貴重なんだよ。対等な友人という意味でも、用心棒という意味でも」
「用心棒? 俺を雇おうっていうのか?」
「イエース! こちらはアナタの言っていた、セントーキョージューとしての腕を見込んでの頼みデース!」
「戦闘狂獣な。俺が嘘を言っているとは思わないのか」
「アナタは嘘つきではありまセーン! 目を見ればわかりマース!」
アスカがにこやかに言ってくる。邪念のない純真無垢な笑みだった。
その笑みを見たセイジは「良い子だ」とアスカを評する一方で、「騙されたりしないんだろうか」と不安にも思った。
「で、どうだね。ここで暮らさないかね」
そんな事を考えていたセイジに向けてザイオンが駄目押しとばかりに催促してくる。アスカも期待に満ちた目で見つめてくる。
もとより答えは決まっていた。こんなおいしすぎる話は滅多になかった。バカの手によって生み出されてからこの方ロクな目に遭ってこなかったが、ようやく自分にもツキが回ってきた。そう思ったセイジは一つ小さくため息をついた後、覚悟を決めて二人に言葉を放った。
「わかった。じゃあここに住まわせてもらうよ」
「本当デスか!」
「でも何もしないってのもあれだしな。用心棒も一緒にやらせてもらうよ」
「そっちはついでのつもりで言ったんだがね」
ザイオンが薄く笑みを浮かべながら言った。アスカもそれに同調して「気にしなくてもオッケーデース!」と言ってきた。
しかしセイジは納得しなかった。二人の意見に対して首を横に振りながら言った。
「いや、そっちもやらせてもらうよ。受けた恩は返さないと」
「君は真面目だな」
「そういう性格だからね」
ザイオンの言葉にセイジが答える。アスカが横から「それも魅力の一つデース」と言ってくる。
「じゃ、その通りに」
この件については結局ザイオンの方が折れた。彼としてはセイジがここにいてくれれば良かったのでどっちでも良かったのだ。
そうしてセイジはこの地下空間に厄介になる事になった。同時に彼はここの用心棒も務める事になったのだが、いかんせん侵入者や侵略者の類が現れず住人も全く諍いを起こさなかったので、そちらの方は全く出番が無かった。
平和なのはとても良いことだったのだが、彼の戦闘狂獣としての部分はその状況に少なからず不満を抱いてもいた。爆発する事は無かったが、それでも「派手に暴れたい」と思う気持ちは日を追うごとに少しずつ、塵が積もっていくように確実に高まっていった。
満が月光学園に転入してくる一年前の事である。
そして今、彼はその感情を爆発させていた。積もりに積もった一年分のストレスを発散させるかの如く、顔を上げて力強い雄叫びをあげる。
「さあ、最初は誰からだ!」
狂喜の雄叫びをあげたティラノサウルスが顔を下げ、足下の群衆に向かって勢いよく叫ぶ。その目にはやる気の炎が爛々と燃え盛り、士気は十二分に高まっていた。
「……うわあ」
だがその光景は、まさに大の大人が蟻の群を挑発しているかの如き有様であった。ハッキリ言って大人げなかった。
「あれ、止めなくていいのか?」
「むしろ止めない方がいいと思う」
「用心棒としての仕事がなくてフラストレーション溜まってたみたいデス。しばらくそっとしておいた方がいいかもデスよ」
D組の面々はあえてそれに触れないことにした。下手に突っついてこちらにまで火の粉が飛んでくる事は避けたかったからだ。
「来ないんならこっちから行くぞ!」
そんな冷静な会話を交わすD組達を後目に、セイジはそう自信満々に言ってのけた。この時の彼の頭からは自分が戦おうとしている相手は何者なのかとか、ここで暴れればどれだけの被害がでるのだろうとか言った懸念はいっさい吹き飛んでいた。
暴れる事が出来るのならなんでも良かったのだ。