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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第七章 〜灼熱怪獣「バニグモン」、戦闘戦車「ピースフル」登場〜
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「もう一つの遭遇」

 今より遡ること数分前。勉吉がザイオンを相手に自分の理論を展開していたのと同じ頃、それ以外の面々はアスカに連れられて地下に出来た町に繰り出していた。


「よう、ミチルじゃねえか!」


 そして観光も兼ねて彼らが町をぶらついていた時、彼らの進んでいる歩道の反対方向からそんな声が聞こえてきた。快活な青年の声であり、その声の主は一目散に満を目指して近づいてきた。

 自分を呼ぶ声に気づいた満はそちらに向き、そして声の主を認めた瞬間、彼女は目を見開いてその顔を懐かしさに輝かせた。


「セイジ、うそ! なんで!?」

「久しぶりだなミチル!」


 満が集団から飛び出して青年の方に向かって駆け出し、セイジと呼ばれた青年もまた足を速めて満の元へ走り出した。


「セイジ!」

「ミチル!」


 セイジが喜色満面の笑みを浮かべながら両手を広げ、満めがけて飛びかかる。満もまたその場で立ち止まり、両手を広げて跳んできたセイジを待ち受ける。その顔には長年会えずにいた恋人にようやく会えたような、心からの喜びに満ちていた。


「ハッハー! ミチルーッ!」


 空中に舞うセイジが喜びの声を上げる。それはまさに愛する二人の抱擁の瞬間。そしてついに二人の体が重なり合わんとする。

 次の瞬間、満の拳がセイジの下顎に突き刺さった。


「がぁっ!?」


 セイジが苦悶の声をあげる。満が無言で腕を振り上げ、その体をさらに高く宙に打ち上げる。セイジはすぐ近くにあった信号機よりも高い地点にまで到達し、そのまま受け身も取れずに背中から地面に墜落した。

 それを見下ろす満の目は冷ややかだった。まるで殺したいほど憎い敵を目の前にしたかのような冷たい視線であり、そこにそれまでの嬉しさや喜びはまるで無かった。


「……え?」


 その満の突然の豹変に、それを遠くから見ていた面々が全員驚きの顔を見せる。全員目と口を大きく開き、あり得ない物を見るかのように呆然と突っ立っていた。

 その髪の毛は黒から銀色に変わっていた。


「クソ野郎が」


 満だったそれが言葉を吐き捨てる。そしてそれはなおも動かないセイジを見下ろしながら尻のポケットからカチューシャを取り出して後ろになで上げた前髪をそれで固定する。


「よくもまあ俺の目の前に出てこれたなァ、ああ?」


 その変わり果てた満の姿に、しかしD組の面々は見覚えがあった。それは二重人格者である満の中に潜むもう一人の人格。


「アラタ、知り合いか?」


 亮がそこに立つ少女に呼びかける。二人目の人格「アラタ」はその声を受けてゆっくりと亮の方に振り返り、それから腐った顔を浮かべてそれに答えた。


「ああ。女の敵だよ」





 それから数分後、目を覚ましたセイジと人格の入れ替わったアラタを加えた面々は町外れの公園に向かい、そこでアスカの持ってきたブルーシートの上に座って話を始めた。アスカが錠剤サイズのカプセルを懐から取り出してそれを空中に放り投げると、カプセルが小さく音を立てながら破裂し、後に全員分座れる広さを持ったブルーシートがヒラヒラと舞い降りてきたのだった。

 そして地面に落ちたブルーシートに全員腰を下ろした後、まず話題になったのはいきなり出てきたセイジという青年についてだった。


「戦闘狂獣だよ」


 正体についてはアラタがあっさりとばらした。それを聞いたD組の生徒と担任はそれがどういう存在なのかをすぐに理解し、知らない面々に対しては亮が中心になって簡潔に説明した。


「宇宙から来た怪獣、デースか?」


 それを聞いたアスカは眉をひそめる。自分にはいまいち理解できないという感じであった。


「へえ、まだいたんだ」


 カミューラは説明を聞いた後、興味深げにセイジロウを見つめた。セイジロウは一見して軽薄そうな、どこにでもいそうな青年であり、これがあの凶悪な怪獣になるのかと不思議そうな眼差しを向けていた。


「戦闘狂獣って本当にいたんですね」

「わ、わたし怖いですぅ~」

「お前だって似たようなものだろ」

「特に害のある訳でもないし、変に騒がなくてもいいだろ」


 エコーとその部下三人はそれぞれ異なる反応を見せていた。地味男なチャーリーはカミューラと同じくセイジに向けて興味深げな眼差しを向け、おっとりした女クルーのアルファはそのセイジを前にして怯えた表情を浮かべ、筋肉達磨のブラボーはそんなアルファに横やりを入れた。エコーは達観した態度を崩さず、部下三人に諭すように言った。


「なんでそんな人がここにいるクマ?」

「偶然だよ偶然。俺地球に降りてからは地底で過ごしてたんだけどさ、そこで偶然ここを見つけちゃったんだよね。で、ここそれまでいた所に比べてずっと便利だったからさ、この場所の事を誰にも言わないって条件付きで、ここに厄介になってるってわけ」


 続けて出された冬美からの問いかけに対して、セイジはそう答えた。その答えに対し「地下で過ごしてた?」と小首を傾げる者が現れたが、それらに対してはアラタがフォローを入れた。


「こいつ地底怪獣なんだよ」

「うん、わかった」

「言葉のニュアンスだけで意味が通じる。日本語は奥の深い言語デース」


 アスカが感慨深げに言葉を放つ。彼女の発言はスルーされた。


「それで、さっきお前の言ってた女の敵ってどういう意味なんだよ?」


 今度は益田浩一そう問いかけた。だが問われたアラタは素直に答えようとはしなかった。腕を組んでぶすっとした顔を浮かべ、暫くしてから口を尖らせて言った。


「言った通りだよ」


 そう言ったアラタの雰囲気はいつも以上に剣呑な物となっていた。それはまるで触れる物全てを切り刻む抜き身の刃物のようであり、それが気安く触れていいような話題ではないという事を言外に示していた。


「……はあ」


 だが流石にいつまでもそのままではいけないと思ったのか、刃物を鞘に納めるようにアラタが自身の雰囲気を和らげる。それから彼女はまず初めにセイジロウを、それから次に周りの面々を見てからアラタが重々しく口を開いた。


「俺の初恋の相手だよ」

「えっ?」

「マジで?」


 それを聞いた面々が途端にざわつき始める。これ以上騒ぎが大きくならないうちにアラタが口を開く。


「俺の方から告白した。まあ振られたけどな」

「なんだ、残念」


 周囲の熱が一気に引いていく。それを肌で感じたアラタは「現金な奴らだ」と内心でため息をつきながら、その一方でこの話題が終息するのを察知してほっと安堵の息をもらした。


「まあそれだけだ。本当それだけの奴だからな。変に詮索するんじゃねえぞ」

「本当にそれだけなのか?」


 だがそこでエコーが食いついてくる。アラタは不機嫌そうに目を細めて「ああそうだよ」とエコーを睨みつけるが、エコーはそれをまっすぐ受け止め、さらにその顔に不敵な笑みを浮かべてアラタに言った。


「いいや違うな。もしそれだけの相手なのだとしたら、なんで君は出会い頭にそいつを殴ったんだ? 私は君と会って日は浅いが、それでも私には、君は振られた程度で相手に暴力を振るうような人とは思えない。君はぶっきらぼうだが心根は優しいからな」

「なんでもいいだろうが」


 アラタがぶすっとふてくされたように言い返す。だが誉められて嬉しいのか、その耳の端はうっすらと赤らんでいた。

 周囲の面々はそんな二人に注目し、一方でセイジの顔はどこか気まずそうで、彼だけは二人から視線を外していた。頬の筋肉がひくひくと小刻みに動き、周囲は春のように過ごしやすい気候であるにも関わらすその額には汗が滲んでいた。

 そんなどこか様子のおかしいセイジをちらと横目で見た後、エコーが口を開いた。


「告白して振られた。その後で何かあったはずだ。君と彼の間で」

「だから、俺とこいつには何にも」

「アラタさんを振って、その後ミチルさんと付き合い始めたとかデスか?」


 アラタが声を荒げた瞬間、アスカがさりげなく呟く。

 直後、アラタの動きが止まった。セイジの体も硬直した。アラタの顔から血の気が引いていき、やがてがっくりと肩を落とす。

 そのモーションだけで、残り全員はアスカの言葉が図星であるという事を確信した。


「告白したときにはまさか彼女が二重人格者だとは思わなかったんだよ。アラタに会ってからミチルに会うまで一週間くらい間があったし、二人とも印象も見た目も違うし、服の好みだって違うし。それに俺、ミチルの怪獣態とか見たことないし」


 セイジが弁解するように矢継ぎ早に言葉を述べていく。言い訳がましくもあったが、仕方ないとも取れる内容だった。


「これはショックでかいわ……」

「うん。かなりきついよね」

「やっちゃったクマね」


 だが生徒たちは容赦無かった。彼らは付き合いの長いアラタの側に立って、皆一様にセイジの方を攻撃した。セイジもまた自分に落ち度があることを自覚しているのか、反論はせずに黙ってそれを聞いていた。

 そんなセイジに向かって、カミューラがそっと問いかけた。


「ちなみに、あなたはミチルさんの事は好きなんですか?」

「はい。それはもう」

「具体的にどこらへんが?」

「明るくて優しい所です」


 セイジが即答する。迷いのないまっすぐな返答だった。続けてカミューラが問う。


「じゃあアラタさんの方は?」

「ちょっと苦手っす」

「どこらへんが?」

「怖いところが」


 こちらも即答である。オブラートに包み込むとかいう配慮は欠片も無かった。

 それを聞いたカミューラは「セイジは良い意味でも悪い意味でも正直者なのか」と心の中で相手の印象を結論づけた。


「怖いだってさ」

「最初から勝ち目は薄かったみたいクマね」


 アラタの横に座っていた浩一が素っ気なく言い、そのアラタを挟んで向かい側に座っていた冬美が着ぐるみの腕でアラタの肩を軽く叩く。

 アラタはアラタで「どうせ俺は怖い奴だよ」とふてくされながらそっぽを向き、アスカはアラタとセイジを交互に見比べながら「シュラバ! 修羅場デース!」と楽しそうに騒いでいた。他の面々は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 その時だった。


「いたぞ! あそこだ!」


 公園の中に入ってきた数人の人間がそんなブルーシートの上に腰を下ろしていたD組の集まりを指さし、そして勢いよく片手を振り回して彼らに向かって何かを投げ込んだ。


「ん?」


 大声に気づいた亮の眼下に、その投げ込まれた物体が転がり込む。それは濃い緑色で塗装された手のひらサイズの物体で、その表面には縦横に溝が彫り込まれていた。それはまるでパイナップルのような形状をしていた。

 パイナップルのような。


「うおおおおおお!」


 それが何かを察した亮が咄嗟にそれを拾い上げて立ち上がり、雄叫びと共に空高く投げ返す。再び投げられたそれは頂点付近に到達した瞬間、煙と爆発音を空中にまき散らしながら内部から破裂した。


「な!?」

「なんだ!?」


 その爆発音を聞いた面々が次々と空を見上げ、次いで立ち上がり肩で息をしている亮に気がつく。


「先生、どうしたの!?」

「大丈夫!?」


 生徒の何人かが立ち上がって様子を見る。エコーもそのうちの一人だった。そして他の者達に混じって立ち上がったエコーの視界に、偶然それが映り込んだ。


「おい、なんだあれは」


 エコーの顔が戦慄にひきつる。彼女の言葉につられてそちらに目を向けた面々も一様に顔をひきつらせる。中にはそれを見て短く悲鳴を上げる者さえいた。


「いたぞ!」

「逃がすな! 殺せ!」

「我が主のために!」


 そこにあったのは刃物や銃で武装し、血走った目をくわっと見開いてこちらに突撃してくる人間の集団だった。ざっと数えて二十人以上はおり、今から逃げ出そうとしても追いつかれるほどのハイペースでこちらに近づいてきていた。


「あれ、ここの町の人達デース!」


 そんなアスカの叫びはやけに明瞭にD組の者達の耳に響いた。だがそれを追求する暇もなく、ついにはその暴徒同然と化した者達は彼らに向かって殺到した。

 もう逃げるという手段は取れない。腹をくくるしかなかった。

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