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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第七章 〜灼熱怪獣「バニグモン」、戦闘戦車「ピースフル」登場〜
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「科学者」

 ザイオンは地方の大学に籍を置く教授であり、敬虔な宗教家にして科学者、そしてダーウィニズムとアニミズムの両方を肯定している多学な人物であった。神への信仰はもちろん持っており、日曜日の礼拝にも欠かさず行っていた。その一方で彼は種の起源や自然選択説についての論文も書いており、物を単なるモノとして見なさないとするスタンスを取っていた。ちなみに彼の信仰する一神教とダーウィンの学説は水と油、まったく相容れない物であった。

 要するに鼻つまみ者であったのだ。おまけに性格も捻くれていた。家族と一緒に行った日曜日の教会で行われた座談会において、そこで「人間は神が生み出したのである」という一言ですむ話をイエスの受難やら人間の試練やらと言った無駄話で元の何十倍にも引き延ばし、人間は他の動物よりも上等な生き物であるとするありがたいお話をしている神父に対し、「でもあなたの祖先はサルだから、あなたもサルだ」と名指しで言ってしまえる男であったのだ。


「サルをサルと言って何が悪い? 全ての生き物には等しく命が宿っているのだ。命の価値は平等だ。それを理解できないような奴をサルと呼んで何か問題があるのか? ああいや、この言い方はサルに失礼だったな。じゃあこうしよう。あいつはサル以下だ」


 後日他の教授を通して教会側からクレームを受けた際も、ザイオンは全く反省する素振りを見せなかった。しかもこの時、彼の部屋にある仕事机の上にはなぜかタコの足の酢漬けがあり、彼はパソコンとにらめっこする一方でそれを空いた方の手で持ったフォークで突き刺し、平然と食べていた。クレームを伝えにきた教授には目も合わせなかった。

 もし科学分野での比類無い才能がなければ、彼は異端者とみなされ学会から追放されていたであろう。もっとも、現在進行形で彼の周りに彼を表立って擁護しようとする者は殆どいなかった。


「デビルフィッシュを食べたくらいで何を騒いでいるんだ? 世界には魚を生で食べる民族がいるんだぞ?」


 基本的に欧米の人間はタコを「悪魔の遣い」もしくは「悪魔そのもの」として忌み嫌っているが、その中でも沿岸に住む人達は普通にタコを食べる風習があると言う。ザイオンもその沿岸部で生まれ育った一人であり、彼にとってタコは悪魔の化身でなく魚介類の一種であった。だが他の人間にとってはそうではなく、そもそも人が会いに来ているのに物を食べているという事自体が非常識な事であった。

 この無遠慮さもまた彼の周りから人が遠ざかっていく一因であったし、彼もまた自分から他人と交流を持とうとはしなかった。中には彼を指してネクラと呼ぶ者もいた。


「失礼。学長はいますかな?」


 なのでそんな彼がある日、なんの前触れもなく一人で学長室に乗り込んできた時、ちょうどその中で椅子に座ってコーヒーを飲みながらくつろいでいた学長は「不思議なこともあるものだ」と内心驚きながら目の前に立つ自分よりも年上の偏屈な教授を見上げた。


「ああザイオン君。どうかしたのかね?」

「少し、暇をもらいたいと思いまして」

「何かあったのかね」


 学長がコーヒーカップをソーサーの上に置いて表情を引き締める。それを待ってからザイオンがきっぱりと言った。


「新しく実験をしなければならなくなったのです」

「実験? それはここでは出来ないような事なのかね」

「そうです」

「いったい何をするつもりなんだ」

「地下に町を造ろうかと」

「は?」


 学長の思考がフリーズした。この爺は何を言っているんだ。とうとうボケたのか? 脳味噌が再び回転を始めた時には、彼はそう思わずにはいられなかった。


「な、なんでそんなことをしようと思ったんだね」


 学長はザイオンを見上げながら言った。その声は驚きと呆れで震えていたが、当のザイオンはくそ真面目な顔でキッパリと言った。


「頼まれたからです」

「誰から?」

「神から」


 学長は椅子から転げ落ちた。椅子もつられて横倒しになるほどの盛大な物であった。


「学長、大丈夫ですか」

「き、きみ、君は、君ね」


 心配するようにわずかに眉をひそめるザイオンに対し、学長は断崖絶壁から復帰するように机の縁に身を乗り上げながら震えた声で言った。


「君はほ、本気で言ってるのかね?」

「本気です」

「ここには敬虔な学生や教授もいるんだ。私だってそうだ。なのに君は、そ、そんな罰当たりな事を」

「罰当たりではありません。全て本当の事です」


 ザイオンの目は笑っていなかった。真剣な眼差しを向けており、彼が本気であることを物語っていた。

 学長はそれが怖かった。


「なにぶん町を造る事になりますので、それなりに時間がかかります。それも一週間や一ヶ月ではないでしょう。もっと長い間ここを空ける事になります」

「は、はあ」

「ですので、ここは長期出張という形にして、私を暫く自由の身にしていただきたいのです」

「あ、ああ、うん」


 もう学長には何がなんだかわからなかった。荒唐無稽な事を言っているのに全く嘘偽りを感じない、ザイオンの向けてくる射抜くような鋭い眼差しが怖くてたまらなかった。目の前の人間の狂ったような行いを前にして己の常識や価値観にヒビが走るのを感じ、一刻も早く自由の身になりたかった。


「わかった。わかった。もうわかったから。君の言う通りにするから」


 そんなわけで、学長はあっさりと折れた。もうこれ以上自分のアイデンティティを失う訳にはいかない。それだけが彼の望みであった。


「もう準備は出来てるのかね?」

「はい。後は学長の許可さえいただければ、すぐにでも出発できます」

「よしわかった。すぐに許可を出そう。ハンコかね? 拇印かね? サインが必要かね? とにかく書類を作るから、少し待ってなさい」


 学長が相手の反論も許さないほどに早口でまくしたてる。そのテンポと語調の迫力にはザイオンもやや気圧されていたが、だからといって何か不都合がある訳でもないのでそのまま黙っている事にした。

 それから数分後、宣言通りに学長は書類一式を作ってそれをザイオンに渡してきた。かなり早い手つきでさっさと渡したために感慨も何も無かったのだが、そもそもザイオンはそんな物望んでなかったので逆に好都合だった。


「ほら、必要な書類だ。サインを」


 震える手で学長が差し出す書類をザイオンが受け取り、滑るように名前を書いていく。そして書き終えるなりザイオンは「どうも」と短く言ったきり回れ右をしてさっさと部屋から出ていったが、学長にはそれも好都合だった。

 それから数時間後、本当にザイオンは大学から離れていった。それから彼がどこに行ったのか、どうやって地下に降りたのかなどについては、学長だけでなく彼を知る全ての人間があれこれ憶測を立てたが、結局真実に到達する者は一人もいなかった。





「大学を去った後、私は車を使ってあらかじめ指定された場所に向かった。そこは町から離れた広大な牧草地で、到着したときには既に深夜だった。一人そこで待っていたら、不意に頭の上から光が射してきた。それで眩しくなったから目を瞑って、目を開けた時にはここにいた。ワープ装置以外は何もない、マグマに照らされただだっ広いドームの中にだ」


 自分の考えと大学でのやり取りを話し終えた後、ザイオンは自分がどうやってここまで来たかについてを簡潔に述べた。当然ながら、それを聞いていた面々は一人残らず目を点にしていた。


「あ、あの、質問が」


 そんな中で、雁田勉吉が恐る恐ると言ったように手を挙げる。ザイオンが彼の方に目を向け、そのまっすぐな視線を受けながら勉吉が言った。


「さっき、あなたはここの空間は自分が作ったって言いましたよね?」

「ああ。そう言った」

「どうやって作ったんですか? まさか自分で全部掘ったとか」

「まさか。そんな肉体労働が出来るほど若くはないよ」


 ザイオンが茶化すように笑っていった。それから再度勉吉を見て真面目くさった口調で言った。


「夢の中で作った」

「え?」

「夢の中で作ったんだよ。正確には睡眠の際に到達した無意識の中で、神から遣わされた天使達とだ。共同作業だな」

「何言ってんだよお前」


 浩一が頭を抱えながら言葉を漏らした。自分の理解の範疇を越えた出来事を前に頭が混乱していたようだったが、ザイオンはエンジンがかかったかのようにテンションを一段階高くして言葉を放ち始めた。


「夢を見るというのは、修行僧でない普通の人間が無意識の海の中に飛び込める唯一の機会なのだ。そして神や天使は現実から、物質の世界から離れた遙か遠い所にいる。精神の世界、魂の世界、普通の人間には辿り着くことの出来ない境地にだ。だから人間が彼らに会うためには、深い眠りについて意識を現実から遠ざけ、精神の奥底、己の魂の奥底に潜る必要がある。そして己の魂を通じて彼らと会話をするのだ。彼らとは心で会話をする。本音を語り合う。言葉は意味を持たないからな。そして彼らはいわゆる夢の世界、精神の世界で起きた事を、物質の世界に反映させる事が出来るのだ。これについてはまだ確証が持ててないのだが、おそらく彼らは単なる物質的存在ではなく物質と精神の両方に介入する事の出来る、意志を持った自然、もしくはただの幽霊を越えた超霊的存在なのではないかと」

「もういい。もう十分だ」


 ザイオンの言葉を遮るようにエコーが疲れ切った悲鳴をあげる。それを受けて口をつぐんだザイオンはいたく不満そうだったが、意識を現実に引き戻した際に彼の視界に広がった惨状、テーブルを挟んで一人残らずグロッキー状態になっている客人達の姿を見て、彼はようやく「やりすぎた」と思うに至った。


「まだ半分も行ってないんだがな……」


 だがその直後、そんなザイオンの呟きが聞こえてきたような気がしたが、頭がパンクしたばかりのD組の面々は全て聞かなかった事にした。


「要するに、ここは神様とあなたが共同で作った。そういう事ですよね」


 その時、例に漏れず机に突っ伏していた芹沢優が上体を起こして前髪をかきあげながらザイオンに言った。自分の持論の展開を中断させられたザイオンは不満そうな顔を見せながらも小さく頷き、そしてそれを見た優は続けて口を開いた。


「じゃあここで働いてる人形達は? あの技術も合作なんですか?」

「いや、あれは自作だ。神から依頼を受けてね。作るのには骨が折れたよ」

「ワープポータルは?」

「あれは既存の物を持ってきただけだよ。私は作ってない」

「魂を呼び寄せる方法は?」

「それも自分で調べた。神は手助けしようとはしなかった。まあこれは全て私に対する試練なのだから、自分の力でやり遂げる必要があったんだがね」

「魂を呼び寄せる際に悪魔とかの手は借りましたか?」

「それはしていない。神の期待を裏切る訳にはいかないからな」


 優が矢継ぎ早にぶつけてくる質問に、ザイオンは全て澱みなく答えていった。この時の優は「獣使い」の目、退魔師の手に負えないような凶悪な怪物を封印し使役する闇の存在の目をしていた。鋭く凍てつく目だった。

 が、そんな優の連続質問もついに終わりを見せた。最後の質問を聞き終えた優は「ありがとうございました」と短く礼を述べ、それから横で五杯目の紅茶を飲んでいるアスカを横目で見て言った。


「あの人形の作り方、聞いてもいいですか?」

「ほう、気になるかね」

「少し」

「僕も気になります」


 と、そこで勉吉が割り込むように声を上げた。誰だと一斉に視線を向ける二人を前に勉吉が言った。


「僕も気になるんです。魂がどうのとかはまだ良くわからないんですけど、それでもその人形がどういう風に出来ているのかとかは凄い興味あります」

「君もそうなのかね?」

「はい」

「……機械とか好きなのかね?」

「機械と言うより、物の構造が好きです。見るのも作るのも好きです」

「そうなのかね!」


 同類を見つけたかのようにザイオンが目を輝かせる。そんな見るからに嬉しそうな表情を見た勉吉は一瞬息をのんだが、ザイオンは相手の事などお構いなしに彼に言った。


「そういえば、前は気にならなかったんだが改めて見てみると、君は私と同じ匂いがするね。科学者の匂いだ。それもとても濃い、ディープな物だ」

「そ、そうなんですか? ていうか、匂いでわかるんですか?」

「わかるとも。私のような世間で言うところのギークとかナードとかイカレた奴とか、オタクとか言われてる連中はね、仲間の匂いには敏感なんだ」

「はあ……」


 勉吉は困惑した声をあげた。生まれてこの方、そんな匂いを感じた事は一度も無かったからだ。自分の育った所に問題があったのかもしれなかったが。

 そんないまいち実感がわかずにいた勉吉に対し、ザイオンが前と変わらないテンションで言った。


「ところで、君は何か発明とかしたのかね? それとも研究がメインで、進んで物を作ったりはしない方なのかね?」

「ええっとですね……」


 問われた勉吉が視線をはずして言葉を濁らせる。言うべきか言わざるべきか迷っている風だった。

 その背中を隣にいたエコーが無言で軽く叩く。いいから喋って見ろという無言の催促であり、それに文字通り背中を押された勉吉は口を開いた。


「わ、ワープポータルの設計開発に少し関わりました」

「ほう?」


 今度はザイオンが驚く番だった。一瞬目を見開いて驚きの声を出し、それからやや前のめりになり興味深そうに勉吉を見つめる。

 勉吉が言った。


「今使われてるワープ装置、全部僕がアイデア出したんです」


 横にいたエコーが驚き、はっとして勉吉を見る。ザイオンは何も言わず、ただニヤニヤ笑みを浮かべながら勉吉を見ていた。

 その顔は実に楽しそうだった。欲しいおもちゃを前にした子供のような目をしていた。

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