「ジェネラル」
重々しく開いた門を越えた先に見えた地下の町並みは、地上にある都市と大差ない造りをしていた。天を突く高層ビルの群とそれらの合間を縫うように張り巡らされた、コンクリートで舗装されたような鼠色の道。町の中は暗く、至る所で白色の照明が灯され、立ち並ぶビルの窓からも光が漏れていた。それらの光は皆宝石のように輝いていた。
その道の上を人や車が行き交い、それに合わせるように足音や人の声や車のエンジン音がひっきりなしに飛び交う。
どこもかしこもそのような感じであったので、門を潜ったばかりである彼らD組関係者の周辺に静寂と呼べるような要素は欠片もなかった。だがその代わりに、彼らの周りにはまるで自分達は地上に戻ってきたのかと錯覚してしまうほどの、耳に聞き慣れた混沌とした喧噪が満ちていた。
「ここ、本当に地下ですの?」
そんな光景を見た麻里弥が眉を顰める。他の面々も同じ様子であった。異世界から来たカミューラ、宇宙から来たばかりのエコーと彼女の部下三人でさえ同じ有様だった。
「何これ面白い。こっちの世界の地下にこんな所があるなんて思わなかったわ」
カミューラは驚きつつも懐からスマートフォンを取り出し、それのカメラ機能を使って周囲の光景をひたすら撮影していた。
「もしかして我々、戻ってきたんですかね?」
エコーの部下の一人であるチャーリーが、その美形であるが童顔ともとれる幼さを備えた顔を見事に呆けさせて呟く。
「ふええ? そんなことは無いですよう。私、ちゃあんと潜って来たんですからあ」
部下の一人であり垂れ下がった目尻が特徴なおっとりした雰囲気を持つアルファがあからさまに気を動転させながら、口元に手を当てて涙目で訴える。
「キャプテン、これはいったいどういう事ですか?」
部下の一人にして見事なまでの筋肉の鎧を身に纏った巨漢のブラボーが、あからさまに動揺した声で赤髪の女に問いかける。問われたエコーは鷹の目のような鋭い瞳を更に細め、問いかけてきたブラボーを射殺すような目つきで睨みながら言った。
「知るか。私に聞くな」
「で、でもよう」
「この程度でビクつくんじゃないよ。それにどうせ、これにしたってちゃんと説明あるんだろ?」
そしてなおも食い下がるブラボーをエコーが一蹴した後、彼女は目つきを変えずに前に立つアスカを見つめた。
「もちろん。でもそれはここでは話せまセン」
後ろを振り返る事無くアスカが言った。亮が眉を吊り上げて尋ねる。
「どうしてだ?」
「色々と理由があるからデス」
「その理由ってのも、ここじゃ話せないような物なのか?」
「そうなりマスね。とにかく、ワタシについてきてクダサイ」
そう言って、アスカは振り返ることなく再び歩き始めた。D組の面々は釈然としなかったが、それでもここで迷子になるわけにはいかなかったのでそのまま彼女の後を追った。
それから数分後、アスカに連れられた彼らはビルとビルの間、路地裏の一つの中にいた。そこは一切の光が届かず、陰気でジメジメとしていた。水気を吸った服が肌にまとわりつく感覚がどうしようもなく不快だったが、そこの路地裏はゴミが散らかっておらず清潔であっただけマシであった。
「こんな所で何しようってんだよ?」
浩一がアスカに問いかける。アスカは何も言わずに右手側の壁面と向かい合い、その壁の一カ所に右手を押し当てた。
「認証をお願いします」
壁から声が聞こえてきた。軽くざわつく外野をよそに、アスカが落ち着いた声で言った。
「デューイ」
その直後、アスカの目の前にある壁の一部がねじ曲がる。手を当てた位置を中心にして渦を巻くように、彼らの眼前でゆっくりとねじれていく。
何が起きた、と思う間もなくねじ曲げられた壁はゆるやかに逆回転して元に戻っていき、そして元に戻った時にはそこには壁の代わりに観音開きのタイプの扉が出現していた。
「さ、中に入りまショウ」
そして扉が出現した後、アスカが初めてこちらを向いた。だがD組の質問に答える気配はなく、それだけ言った後で扉に手をかけ、さっさと中に入ってしまった。
アスカに遅れまいと扉を開けて中に入った瞬間、彼らはまたしても息をのむことになった。
「え」
「なんだここ」
そこは一言で言えば「工場」であった。その空間の中の上から下に至るまで何十もの箱型の装置と何百ものベルトコンベアが不規則に設置され、その上に何ともわからぬ部品が置かれ右へ左へ流れていっていた。そして時折頭上からロボットアームが降りてきて、その流れていく物体のいくつかを好き勝手にいじり倒していった。
ロボットアームの中には先端に丸ノコを装着したものや「はんだ」をつけた物もあり、それらが各々の用途に合わせた働きを寸分の狂いもなく淡々とこなしていた。
「なんか、むせる」
「空気が熱い……どうなってんだここ?」
そんな工場の中は薄暗く、換気も効いていないのか熱気がこもり、とても息苦しい場所であった。どこかで水を使っているのか、非常にジメジメしてもいた。おまけに至る所で火花が飛び散り、金属が切断される甲高い音も方々から容赦なく飛び交ってくるので、触覚だけでなく視覚と聴覚の面からも息の詰まるような感覚を味わう羽目になった。
「ジェネラル!」
だがそのような過酷な環境の中にあって、アスカは苦しげな顔を微塵も見せずに工場の中を跳ねるように進んでいった。そして時にコンベアを飛び越え時にその下をスライディングで潜り抜け、全くスピードを落とさずにその工場内の一角、床を赤色に塗られ黄色い枠線で四角く区切られた区画の中にたどり着き、その中に入るなり大声で言葉を放った。
「ジェネラル! お客様デース!」
反応が無かったのか、アスカが再度呼びかける。するとその直後、天井から件の赤い区画の中に向かって一本のロープが垂れ下がり、一人の人間がそれに片手で掴まり上から降りてきた。
「おうおう、誰かと思えばデューイじゃないか。お前は仕事中だろ、里帰りにはまだ早いんじゃないか?」
それは作業用の白いツナギを来た、痩せ細った小柄で禿頭の老人だった。小さな顔には至る所に皺が刻まれ、手足は小枝のように細く、背丈は相対したアスカよりも一回り小さかった。だがその顔は活力に満ちており、特にその水色の瞳はまるで野望に燃える若者のようにギラギラ輝いていた。
ツナギにはこびりついた油や焦げ跡があらゆる所にあり非常に汚れきっていた。しかしそれは決して不潔ではない、持ち主と共に生きてきた物が放つことの出来る年季の入った汚れぶりであった。
「ジェネラル、ちょっと紹介したい、というか匿ってほしい人達がいるのデス」
そんな老人に対し、アスカは彼を「ジェネラル」と呼んで早速本題に入った。この時にはD組もあまりの湿気と熱気に顔をしかめながらアスカの元に近づきつつあり、そしてアスカと「ジェネラル」の二人に合流し終えた所でアスカがD組の面々を手で指し示して言った。
「この人達デス」
この時、D組の面々は全員額に玉の汗を浮かべていた。喉も渇き、一刻も早くここから出たかった。だが彼らと相対していたアスカと「ジェネラル」はこんな赤道直下のジャングル並に高温多湿な場所にあって汗一つ流しておらず、そして「ジェネラル」はそんな疲労困憊となっていた地上からの客人をまじまじと見つめながら言った。
「ほう、結構いるな。いったいどういう風の吹き回しだデューイ?」
「それは後で追々話すデース。それよりも今は、彼らがここに滞在する許可をもらいたいデース」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
そんな二人のやりとりを聞いていた亮が、額の汗を拭いながら割り込むように言った。
「いったい何を話してるんだ? アスカ、これはどういうことなんだ。そもそもここはどこで、その人は誰なんだ?」
「センセイ、落ち着いてくだサイ。それについてはちゃんと、順を追って話しマース」
「なんだお前、きちんとした説明もせずにここに連れてきたのか。それじゃあ混乱するのも当然だ」
亮をなだめるアスカに「ジェネラル」が口を尖らせる。それから「ジェネラル」は一人D組の方へ向き直り、老人とは思えないハキハキとした声で言った。
「まずは安心したまえ。君達を追い出そうとは考えておらん。デューイの連れてきた客人だ、悪人ではないだろう。何はともあれ手厚くもてなさなければな」
「ど、どうもありがとうございます。それはそうと、あなたはいったい何者なんですか?」
制服の裾で必死にメガネを拭きながら勉吉が尋ねる。それを聞いた「ジェネラル」は「それも言っとらんのかあいつは」と苦々しく呟いてから再び彼らに向き直って言った。
「そうだな。詳しい説明は後にして、まずはそれだけ答えておこうか。私は君達を知っているが、君達は私を知らんものな」
老人が背筋を伸ばし居住まいを正す。緊張感のある空気が辺りに漂い始め、思わずD組の面々も背中をまっすぐにする。
そして彼らの目をまっすぐ見つめながら老人が口を開いた。
「私はジェネラル、もとい、ザイオン・ウッドマンだここの」
「ここの王様デース! キングをやっているのデース!」
だがザイオンの話している途中からアスカが割り込んでくる。しかしザイオンはそんな途中乱入してきた少女に怒るようなことはせず、代わりにアスカの頭頂部を鷲掴みにしてそのまま彼女の頭を捻った。
次の瞬間、D組の眼前でアスカの頭が百八十度回転した。
「ひいっ!」
それを見たD組の面々は一人残らず恐怖を覚えた。アスカが嫌がる素振りを見せず無言のままだったのが更に怖かった。
そしてザイオンはそこから更に、頭を掴んだ手を持ち上げてアスカの首を引っこ抜いた。
生徒の中から悲鳴があがった。
「そして、彼女はデューイ・シックス」
だがザイオンはそんな事お構いなしに今自分が引っこ抜いた少女の生首を間近でまじまじと見つめながら言った。そしてなおも恐怖と驚愕の中にいた彼らに向けて、自分が引っこ抜いたアスカの首の方を見せた。
切断面から見える「中身」は空っぽだった。
「私の作ったアンドロイドだよ」
肉も骨も神経も無い。脳味噌も無い。切り口から頭の奥まで空っぽだった。
恐怖に慣れてきたD組の視線がその「空っぽ」な頭の中に引き寄せられていく。そんな様子を見て、ザイオンは満足げに笑みを浮かべた。
「いやあ、ネタばらしの瞬間は何度やっても病みつきになる」
いい根性をしていたのは確かであった。