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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第七章 〜灼熱怪獣「バニグモン」、戦闘戦車「ピースフル」登場〜
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「クジラ」

 体育館の壁をぶち破って中に姿を現したのは、一頭の白いクジラだった。クジラは地面から体育館の天井まで届く程の縦の大きさと、館内に露出させた顔の部分だけで自分がぶち抜いた壁からその反対側の壁までを占領してしまう程の横の大きさを持っていた。


「なんだ!?」


 そこにいる誰もが驚いた。だがその中で一番驚いていたのは忍だった。それまで一部の隙も無く完璧に進行していた計画が、ここに来て予想外の方向へ向かい始めていたからだ。


「忍、これはどういうことだ!」

「こ、こんなの聞いてないわよ!」


 ドアから入ってきた後詰めの面々も一様に混乱してみせる。追い詰められていたD組生徒と教師陣も同じように驚きを見せていたが、彼らの場合それまでの戦闘が祟って満足にリアクションも見せることが出来なかった。

 そんな彼らの目の前で、力任せに侵入してきた白いクジラはそこで体をくねらせて後ろにずり退がった。


「何を……?」


 亮が呆気にとられて呟く。他の者達も引力に吸い寄せられるように目を動かしてクジラの顔を凝視する。次の瞬間、クジラは再度体をくねらせて体の向きを変え、大きく口を開け下唇と地面をこすりつけ、三度体をくねらせて勢いよく前進を始めた。

 その進行方向上にはD組の面々がいた。


「お、おい!」


 身の危険を察した亮が青ざめた顔で叫ぶ。クジラはお構いなしだった。


「うわ……っ!」


 一瞬だった。彼らの周りに倒れていたD組の生徒共々、そのクジラは生き残りのD組の面々を一息に呑み込んだ。下唇から口内に滑り込ませ、全員口内に運び込んだ所で顔を持ち上げ、一気に体の奥へと流し込んだ。

 生徒会と執行委員はあまりの出来事に呆然としていた。だが一仕事終えたクジラが体を再び地面につけ、前を向いたまま体をくねらせて体育館から撤退しようとした所で、飛び跳ねるように忍が叫んだ。


「に、逃がすな!」


 生徒会と執行委員全員の目が忍に向けられる。その間にもクジラは凄まじいスピードで前向きのまま後退していく。忍がそのクジラを指さして怒りの形相で叫ぶ。


「あれは奴らの仲間だ! 絶対に逃がすんじゃない!」


 嘘である。あれが本当にD組の仲間かどうかは彼にもわからなかった。だがここまで来て奴らを取り逃がすのは、そして手柄を挙げ損ねるのだけは絶対に阻止せねばならなかった。忍は必死だった。


「いいな! 絶対に逃がすなよ! これが最後のチャンスなんだぞ!」


 そこには自分よりも学年が上の先輩や、何より生徒会長である橘潤平の姿もあった。だがそれら本来敬意を払うべき存在である彼らを前にして、忍は敬意よりも自己の利益を優先した。

 潤平達は何も言わなかった。文句一つ言わずにクジラの追跡を開始した。この分だけ、彼らは忍よりも大人であった。





「みんな、無事かい?」


 朦朧とした意識の中に誰かの声が溶け込んでいく。鉛のように重い体を起こして頭を振り、ぼやけた視界をクリアにしていく。

 そして二本の足で立ち上がり、完全に視界が開けた亮の目の前には、宇宙戦艦のブリッジが広がっていた。


「……え?」


 身にまとう引き締められた雰囲気こそ戦艦のそれだったが、実際はこぢんまりとした空間だった。床や壁、天井に至るまで汚れ一つない銀色で塗装され、その銀の上から青いラインが所々に引かれていた。今亮が立っているのはそのブリッジの最前部であり、彼の視界にはただ綺麗に塗装された銀色の壁があるだけだった。

 それから後ろを振り返るとそのすぐ目の前には台座と、その上に浮遊する地球を模した球体の立体映像があった。台座の周りにはD組の生徒全員が倒れており、意識こそ無くしていたが全員息があった。もっとも彼らがいたこの空間は非常に狭く、それこそここで気絶しているD組の生徒三十名がいるだけで亮は閉塞感を感じるほどであった。教室より狭いのは明らかだった。

 そしてその更に奥には周囲に比べて一段高くなった部分があり、その部分の上に船についているような操舵輪が据えられていた。


「ダーリン! 起きたのね!」


 その操舵輪の前に立ってそれを操っていた女が、起きあがった亮の姿を認めて喜びの声を上げる。亮はその声だけで女の正体を知った。

 エコー・ル・ゴルト・フォックストロット。宇宙海賊兼教師兼亮の妻である。


「お前が助けてくれたのか」

「もちろん。ダーリンとその教え子のピンチに駆けつけないなんて、あり得ないでしょ?」

「それもそうだな。ていうか、準備ってこのことを言ってたのか」

「そういうこと。びっくりした?」


 亮の言葉を聞いたエコーが開いた口から前歯を僅かに露出させ、にかっと笑って上機嫌に答える。それは結婚よりも冒険に恋い焦がれる腕白少女の浮かべる笑顔だった。

 一度睨んだだけで山ほどの背丈を持つ猛獣を窒息死させてしまえる程の強烈な眼光を持つとされるエコーだったが、その一方で彼女は今のように邪気のない、愛嬌のある笑みを浮かべることも出来た。彼女がその笑みを見せるのは非常に稀であり、亮はそんなエコーの笑顔が大好きだった。

 そんな大好きな妻の笑みを見ながら亮が言った。


「ところで、ここはいったいどこなんだ?」

「聞きたい?」

「聞かせてくれないのか」

「ちゃんと答えるわよ。まったくせっかちなんだから」


 へそを曲げる亮を前にエコーが小さく笑い、それからその顔を「少女」から「海賊」の物へと変える。それからウェーブのかかった自慢の赤い長髪をかきあげ、強気な声で言った。


「アルファの腹の中よ」

「は?」

「だから、アルファよ。私の部下の一人の」


 この時、それまで気を失っていたD組の生徒達も次々と目を覚まし始めていた。そんな彼らを見下ろし、エコーは形のいい顎に白魚のように細い指を当てながら言った。


「そうね。全員起きてから話しましょうか」





 それから数分後、全員が起きたのを見計らってエコーが手を叩き、彼らの視線を自分に集めた後で今の状況の説明を始めた。

 自分の部下の一人のアルファの正体は宇宙の中を気ままに泳ぐ「惑星クジラ」であり、宇宙空間を泳ぐだけでなく星の内部を自由に掘り進む事が出来る生物であるということ。そんな惑星クジラの一頭であるアルファは、宇宙遊泳中に立ち寄った惑星の一つでエコーと出会い仲間となったこと。別の星で教わった擬態術を利用し普段は人間の姿に変身して過ごしていること。今彼らは正体を現したアルファに丸ごと呑み込まれ、「体内」を「船」に擬態させたアルファの中にいること。そして彼らを中に入れた状態で、アルファは体をくねらせながら地中を掘り進んでいるということ。


「隠しててごめんなさあい。私本当はクジラなんですう。改めてよろしくお願いしまあす」


 不意に頭上から声が聞こえてきた。そのエコーのかかったおっとりとした声は、確かに新人教師アルファのものであった。彼女の授業を何度か受けたことのあるD組の面々は、声を聞いた直後、瞬時にそれがアルファ先生のものであると察知した。

  アルファは新人教師として月光学園にやって来て日は浅かったが、その間延びした独特の声は非常に個性的で、一度聞けば誰もが忘れられないほどの強烈なものであった。

 もっとも、それを聞いて皆が皆完全にそれを信じた訳では無かったが。


「あとは私の部下に二人いるんだけど、そっちの説明は後でするわね。話しっぱなしで疲れちゃった」


 なお、エコーは残り二人の部下の説明についてはそれだけで片づけた。聞いていた亮は不憫だとは思ったが、特別思い入れも無かったので反論したりはしなかった。


「めちゃくちゃだ……」


 そして全ての説明を聞き終えた後、生徒の一人がそう呟いた。他の者達は特に何も漏らさなかったが、おおむね彼と同じ気持ちであった。突然の展開に驚愕し、頭の中が真っ白になって言葉が出せずにいたのだ。


「世界って広いんですねえ」


 そんな中でカミューラは一人意識を保ったまま、目を輝かせてうっとりした顔で言った。彼女は呆然と立ち尽くす生徒達を後目に首を回して周囲の光景を視界に納め、ことあるごとに陶然として熱っぽい吐息を漏らした。頬は紅をさしたようにうっすら赤く染まり、異界の事物を映す瞳は興奮と喜悦でとろけていた。


「ああ、もう最高です。たまりません……」


 目だけでなく口までとろけていた。頬を赤くし涎を垂れ流しながら熱っぽい視線を周囲に振りまくそれは、子供に見せてはいけない顔だった。

 そして一通り見終わった後、カミューラは顔をだらしなく惚けていた顔を引き締めてから改めてエコーの方を向き、はきはきとした声で彼女に言った。


「ところで、これは今どこに進んでいるのですか?」

「えっ? ああ、うん」


 エコーは即答出来なかった。カミューラがそれまで見せていた酷くヒワイな姿と今見せている背筋をシャキッと伸ばした姿のギャップに戸惑いを隠せずにいたのだ。だが気が動転したのもほんの一瞬で、すぐに心の平衡と取り戻すと共に落ち着いた声でカミューラに答えた。


「今のところ、どこに行こうかまでは決めてないわ。今地下に潜ってるのだって、とりあえずあそこから逃げるつもりで潜っただけだしね」

「目的地は特に決めてないと?」

「特にはね。ほとぼりが冷めるまで適当な深さでじっとしてるのも手じゃないかしら」

「なら、ワタシ行きたいところあるデース!」


 不意にアスカの声が聞こえてきた。その声は一カ所に固まっていたD組の生徒達の中から忽然と響いてきた。


「ヘーイ! お久しぶりデース!」


 その場にいた全員が突然の出来事に驚き、声のした部分へ一斉に目を向ける。そこには当たり前のように、海外留学生のアスカ・フリードリヒの姿があった。


「な、なんで?」

「アスカちゃん、D組じゃないよね?」

「なんでここにいるんだよ?」


 その姿を認めた面々が矢継ぎ早に質問を投げかける。だがアスカはそんなそれらの声には答えずに、するするとD組の生徒達の間を縫って操舵輪を握るエコーの隣に立ち、彼女の方を向いて良く通る声で言った。


「あなたがここのキャプテンデースか?」

「そうよ。まあ今は格好だけなんだけどね。私は行き先を決めるだけで、後はアルファが勝手に動いてくれるから」

「そうなのデスか。ではどこに行きたいかをリクエストする場合は、アナタに言った方がよろしいのデスかね?」

「そういうことになるわね。どこか行きたい所でもあるの?」


 目を細め、予期せぬ闖入者であるアスカの姿をその頭のてっぺんからつま先まで値踏みをするように見つめながらエコーが問いかける。だがアスカはそんな自分をまじまじと見つめる視線を前にして怯む気配を見せず、いつも通りのハイテンションな口調でそれに答えた。


「イエース! ちょうどいい機会デスし、ちょっと皆さんをご招待したい所があるのデース!」

「招待? 俺達を?」

「その通りデース!」

「で、そこはどこなの?」


 亮のオウム返しに景気よく答えた後、エコーからの問いかけにアスカが答えた。


「アルフヘイムデース!」

「なんだって?」

「あ、ある?」


 聞き慣れない単語を耳にしたエコーが片眉を吊り上げ、カミューラが小首を傾げる。生徒達も彼女らと同様、聞いたことのない名詞を前に渋い顔をしていた。


「すまん、もう一回言ってくれ」

「アルフヘイム、デース! 道案内はワタシがしマスので、キャプテン達には是非ともそこに向かってもらいたいデース!」

「あ、アルフヘイム、か。アルフヘイムだな。わかった」


 何度か口の中で反芻させた後、エコーが納得したように頷く。それからエコーはD組の方へ目を向けて「今からアルフヘイムへ向かう。異議はないかしら?」と確認をする。

 反論は無かった。それを見たエコーは顔を上げて天井を睨み、「進路をアルフヘイムへ」と告げる。直後、天井から「了解しましたあ」と間延びした声が返ってきて、それを聞いたエコーが小さく頷く。


「ところで、アルフヘイムってどこですか?」


 その直後、雁田勉吉がアスカに向かって話しかけた。尋ねられ自分の方を向いたアスカに、勉吉は続けて声を放った。


「そんな場所の地名、僕は一度も聞いたことないです。いったいどこにあるんですか?」

「Hmm……確かにアルフヘイムは、地上の人たちにとっては馴染みの薄い場所かもしれませんね。わかりました。今ここでハッキリ言っておきましょう」


 開き直ったようにアスカがそう答える。そして固唾を飲んで見守る中、アスカは自慢げに声を放った。


「アルフヘイムとはずばり、地底帝国の名前デース!」

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