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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第一章 ~二足月兵器「ハンゲツ」、専用退魔ロボ「メガデス」登場~
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「麻里弥式喧嘩殺法」

 進藤冬美と十轟院麻里弥が最初に出会ったのは去年の七月の半ば、まだ空が明るい午後五時の事であった。梅雨が終わり夏の暑さが顔を出し始めた時でもあったので、人々はその服装を次々と薄手の物に変えていった。

 だがそんな人たちの中にあって、冬美は己のスタンスを貫き続けていた。


「目的地はここかクマ」


 外皮と内皮の間に冷却水の循環する細いホースを全身に張り巡らせた夏仕様の熊の着ぐるみを身につけた冬美は、そう言って切り妻式の屋根を頭に載せた朱塗りの門の前に立っていた。ちなみに門の両側からは塀が建てられ、そのまま広大な家の周囲をぐるりと囲っていた。閉め切られた門の横には墨で「十轟院」と書かれた表札とインターホンが据え付けられていた。その外見を見ただけでも、麻里弥がとてつもない金持ちの家の生まれであることを嫌と言うほど実感させた。


「凄い家だクマ。うちとは偉い違いだクマ」


 そう言いながら冬美が思わず嘆息する。彼女は今日初めて麻里弥の家を訪れたのだった。

 彼女がここに来たのは、この日風邪を引いて学校を休んでしまったクラスメイトの麻里弥に今日配られたプリントを渡すためであった。誰に言われたからでもなく、冬美が自分の意志で始めた事だった。

 だからといって、別にこの時の段階で二人は既に友人という訳では無かった。しかしこの時既に冬美と麻里弥は学園の意思に強く反発し、自分の信念を貫いて生活しており、それ故「異端者」の烙印を押され、周囲から強い反発を受けていたのだった。まだ他のクラスの問題児共々二年D組に押し込められる前の事である。

 そして冬美はそんなマリヤというもう一人の異端者、「自分の同類」にシンパシーを感じ、興味を抱いていたのだった。これまで二人はまともに会話をしたことが無かったが、それはただ単に機会が無かっただけで、冬美自身は特別人見知りの激しい性分ではなかった。

 自分の同類はいったい何を考えているんだろう。一度じっくり話がしてみたい。冬美が麻里弥の元を訪ねたのにはそんな動機も含まれていた。


「あら、麻里弥のために? わざわざありがとうございます。今門を開けるから、ちょっと待っててくださいね」


 インターホンのボタンを押して用件を伝えると、そこからおっとりとした声が返ってくる。おそらくは母親だろう、そう考える冬美の目の前で、朱塗りの門が重々しい音を立てながらゆっくりと左右に割り開かれていく。プレッシャーを感じながら冬美がそこに立っている内にやがて門は完全に開かれ、中の光景が視界に映る。

 そこは案の定というか予想通りというか、時代劇でしか見たことのない和風テイストの中庭と巨大な屋敷が堂々と建てられていた。門から屋敷の玄関までは石畳が並べられ、その両側には石灯籠が規則的に並んでいた。


「麻里弥、麻里弥待ちなさい。お前はまだ熱が引いてないんだから、家でじっとしてるんだ」

「わたくしのために来てくださったのですよ? わたくしが出向かなければ失礼ではありませんか」

「いいや、駄目だ。いくらなんでもこれだけは駄目だ。兄さんを困らせるんじゃない」


 そしてその石畳の向こう、玄関の前で一組の男女が言い合いをしていたのが見えた。兄さんと名乗った男の方は鼠色のスーツを身につけ、背が高く痩身で髪を七三に分けており、縁の細い眼鏡をかけていた。一方の女の方は腰まで届く綺麗な黒のショートヘアを持ち、無地の白いパジャマを身につけていた。

 あれは麻里弥だ。冬美が直感したそのとき、麻里弥と思しき女性がいきなり声を張り上げた。


「こんなに言っても通してくれないなんて、幻滅しましたわ! 兄様のわからずや!」


 その直後、兄様と呼ばれた男がロケットのようにこちらに吹っ飛んできた。慌てて横にステップして直撃を避ける冬美の背後で、男はちょうど門の反対側にあった電信柱に頭から直撃した。


「……あっ、あなたは」


 そしてうつ伏せのままその場に落ちた男を見て唖然とする冬美に、玄関の方からそう声がかけられる。驚いて冬美が全身で後ろに振り返ると、そこには握りしめた右拳から白煙を立ち上らせつつ笑顔で立つ、件の女の姿があった。


「進藤冬美様でございますね? お見苦しい所を見せてしまって申し訳ありません。わたくし、十轟院麻里弥と申します」


 それが麻里弥と冬美のファーストコンタクトであり、同時に冬美が麻里弥の本性の片鱗を垣間見た瞬間であった。この時、冬美は曖昧な返事しか返せなかった。





「な、殴った! メガデス、刀を使わないで殴ったーッ!」


 いきなり見せたメガデスの行動に豚が驚きの声を上げる。ギャラリーも沸き立ち、亮と満も唖然とした表情を浮かべる。その中でただ一人、冬美だけが平然とその様子を見つめていた。

 そんな周囲の反応などお構いなしに、戦闘の様相は更に変化を見せていた。不意打ちの拳を食らったハンゲツはそのまま市街地までかっ飛び、やがて派手な音を立てつつ背中から地面に叩きつけられる。激突の衝撃で周囲のビルが次々粉々になり崩壊していくが、それを気にする者は一人もいない。

 そしてハンゲツが地面に倒れた時、メガデスは地面を蹴り上げて高々とジャンプしていた。そしてジャンプの頂点で両足を揃え、今まさに立ち上がろうとしていたハンゲツの腹を全力で踏みつけた。


「無慈悲な一撃ッ! 腹に突き刺さるッ!」


 地面が揺さぶられ、至る所にひび割れが起こる。豚が実況する横で鶴が羽で顔を覆う。

 しかしメガデスはそれだけでは飽きたらず、腹に着地した後もその場で再び小ジャンプを繰り返し、腹を続けざまに両足で踏み続けた。


「終わらない! このメガデス、終わらせる気がない!」

「この退魔師、情けというものを知りませんね。とんだ肉体言語の使い手ですね」


 五回、六回、何度も何度も踏みつける。相手が逃げ出さず、反撃の余裕も与えないように速いペースで、続けざまに休み無く踏みつけを行う。踏みつけられる度に大地が震え、腹の底に溜まるような重低音が響き渡る。

 いくら悪役レスラーもここまではしない。それは豚が叫び鶴が苦言を呈する程の、容赦のないラフプレイであった。

 そうする内に足の激突する部分の装甲がひしゃげて火花が飛び散り始めるが、その段階になってメガデスはようやく腹の上で跳ぶのを止めた。しかし機体はハンゲツの上に乗っかったままで、更にペースを相手に渡すまいとその場で小さくジャンプをしてから馬乗りの姿勢に入る。


「何をする気だ?」


 手に汗握りながら亮が呟く。この時の彼は教師としてではなく、ギャラリーの一人としてこの試合を観戦しており、前もって校長から言われていた事などすっかり頭の中から吹き飛んでいた。隣で見ていた満も同様に両目を大きく見開き、何をするのかと固唾を飲んで見守っていた。

 そんな亮の見ている中で、馬乗りの姿勢になったメガデスは今度は手に持っていた刀をためらう事無く投げ捨てた。


「捨てた! メガデス、それまで使っていた得物をあっさり捨てたーッ!」


 叫ぶ豚を尻目にメガデスはフリーになった両の拳を握りしめ、手の甲に収まっていた件のメリケンサック状のパーツを再び装備する。そしてモノアイが赤い光を放つ頭部に狙いを定め、その顔面を左右の拳で交互に殴り始めた。


「こ、これは酷い! 霊力とはいったいなんだったのか! 肉体言語はまだまだ続くーッ!」


 腕の力だけではなく、腰を捻って上半身全体を大きく左右に振り、その遠心力を思う存分利用して渾身の一撃を叩き込む。その拳は空気を引き裂き、猛烈なペースで顔面に打ち込まれていく。その無慈悲な拳を一発もらうごとにハンゲツの頭部は激しくへこんでいったが、メガデスは気にする事無く攻撃を続けていく。


「これは酷い! しかし熱い! この情け容赦のないラッシュは、見る者をひきつけてやまない!」

「確かに素晴らしい動きではありますね。でもこれ女性型のロボットがしていい動きではありませんよね」


 そのロボットは、最初見たときは巫女をイメージした物かと誰もが思った。しかし今のスタイルには巫女もクソも無かった。美しさをドブに捨てる野蛮きわまりない行為であった。


「ハイ! ハイ! ハイ! ハイ!」


 しかしその過激すぎる戦い方は、それまで見ていた観衆をあっという間に虜にしてしまっていた。今ではメガデスが拳を振るうタイミングに合わせてギャラリーが合いの手を入れている程の有様であった。

 その中には当然、亮と満の姿もあった。


「先生って立場を完全に忘れているクマ」

「今良いところなんだから水を差すんじゃない!」


 友人関係を築いて以来目の前の光景をさんざん見てきたがために特別興奮することもなく冷静に苦言を呈する冬美に向かって、亮がテンションの上がったままそう言ってのける。そしてそう答えてから満と共にまた合いの手を入れ始めた亮を見て、冬美はどこか嬉しげに苦笑を漏らした。

 ちなみに合いの手を入れている者の中には冬美と同じ二年D組の生徒達もいて、彼らもまた麻里弥のこの戦法を何度も垣間見ていたしかしそれでも、この戦い方には興奮せざるを得なかった。冬美がクールすぎたのだ。


「おおっと、メガデスついに打ち止めか!?」


 そうこうする内に、ついにメガデスがラッシュの動きを止めた。この時にはハンゲツもまた動きを完全に止めており、そのひょろひょろした四肢も力をなくしたかのように地面に倒れ伏していた。

 ハンゲツが戦闘不能に陥っていたのは明らか。だがメガデスはまだ満足していなかった。


「い、いや違う! メガデス、まだ何かやる気だ!」


 豚が叫ぶとおり、立ち上がったメガデスはそのまま倒れているハンゲツの上半身側へ向かい、そのボロボロにひしゃげた頭を片手で鷲掴みにする。そしてそのままハンゲツを持ち上げて力任せに一回転し、その勢いを利用してハンゲツを力の限り遠方へ投げ飛ばした。

 放物線を描きながらハンゲツの巨体が宙を舞う。その進行方向には学園の校舎があった。ギャラリーの中から悲鳴が響いたが、それも大多数の熱狂する声によってかき消されてしまう。

 やがてそれは校舎と衝突し、そして校舎は積み木のお城のように呆気なく、派手な音を立てて崩れていった。


「く、崩れた! 十轟院麻里弥、自分が通っている学校をぶっ壊したー!」


 巨体の激突をまともに食らいガラガラと崩壊する校舎を見て豚が興奮の極みにある声を出す。それを見ていたギャラリーもそんな事などお構いなしに熱狂していたが、その声に混じって「なにをしてるんだあいつは!」と本気で憤る声も少数ながら存在していた。


「やった! やった! やったぞ!」

「先生、学校が無くなったクマ」

「どうでもいい! いやーやったなあ!」


 そんな中で亮も彼らと同様にはしゃぎまわっていた。満も同じく喜びを爆発させており、冬美はそれを静かに見つめていた。


「本当、面白い人だクマ」


 そしてかつて校舎を形作っていた瓦礫の山に埋もれるハンゲツとそれを見据えるメガデスとを交互に映すモニターを見て、冬美もまた小さく喜びの声を漏らした。





 こうして、三戦目は麻里弥、地球人側の勝利に終わった。

 校長との約束を亮はこれが終わった後で思い出したのだが、これといって気にしてたりはしなかった。

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