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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第七章 〜灼熱怪獣「バニグモン」、戦闘戦車「ピースフル」登場〜
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「黒と白」

 目の前に立つ自分と同じくらいの背丈を持った「敵」と相対した時、既にアラタは戦闘態勢に入っていた。だがいざ戦おうと一歩前に踏み出した直後、アラタはふと自分が二つの誤算をしていた事に気がついた。

 一つは自分がまだ腕の中に「一般人」を抱いていた事。そして二つ目はそれを知ったアラタが動揺し、それによって生じた僅かな隙を「敵」が見逃さなかった事だった。


「逃がすか」


 言葉少なにその敵、細い手足の生えた黒達磨が声を放つ。そして達磨は大きく飛び退き、着地すると同時に手が上を向くように両腕を直角に曲げる。

 直後、その滑らかな表面装甲の上に等間隔で何百もの小さな穴が開いていった。穴は正面から端に向かって次々と開いていき、そして全ての穴が開き終わると同時に、穴全てから腕と同じくらいの細さを持った小型ミサイルの尖った先端部分が、内側からにょきりと顔をのぞかせた。

 相手が何をしようとしていたのか、それを一瞬で察したアラタは本気で焦りながら叫んだ。


「お、おい、やめろ」

「発射」


 アラタの懇願を無視して達磨から無感動に声が響く。直後、ハリネズミのように外に突き出していたミサイルが一斉に撃ち出された。

 それらは空中で緩やかに軌道を変えながら一直線にアラタの元へと迫る。その視界を埋め尽くすほどのミサイルの雨を見たアラタが思わずたじろぐ。


「クソッ」


 だが一歩だけたじろいだところでアラタはすぐに立ち止まり、飛んでくるミサイルをじっと睨みつける。そして赤い瞳で睨んだまま、アラタは自分と、一番早く自分と激突するミサイルとの距離を冷静に分析した。

 やがてその一発が「間合い」に入る。爆風の届かないギリギリの距離、巨大なドーム状に展開された自分のテリトリーの境界線を突破してきたそれに向かって、アラタは大きく口を開けて叫んだ。


「喝ッ!」


 直後、アラタの狙っていたミサイルが空中で爆発した。さらにその周囲を飛んでいた他のミサイルもその爆風に巻き込まれ次々と誘爆し、その爆発の輪はあっという間に全てのミサイルを巻き込み破壊していった。


「……」


 それを見た面々は一瞬何が起きたのかわからなかった。未だアラタの腕の中にいた亮達はもとより、攻撃を潰された達磨の方も同じく唖然としていた。その一方で、アラタはそれに対してなんの説明もせずにその場に腰を下ろし、未だ呆けた顔をしていた亮と勉吉とアスカを静かにその場に降ろした。


「今の内に逃げろ」


 そしてその豆粒のような大きさの人間三人に向けてアラタが静かに声をかける。それを聞いた亮は意識を取り戻し、同時に我に返った二人と共に言われた通り逃げようとした。


「がぁっ!」


 だがいざ三人が逃げようとしたその時、アラタのすぐ背後で爆発が起きアラタが痛みをこらえるように声を押し殺した叫びをあげた。はっとした亮がアラタの後方へ目を向けると、そこには既にミサイルを展開し、三度目の攻撃態勢を整えた達磨の姿があった。


「発射」


 達磨が三度ミサイルを放つ。それらはなんの妨害も受けず、その全てが無防備なアラタの背中に突き刺さる。


「がっ、くそっ!」


 再びアラタの背中で爆発が発生し、アラタが苦痛に声を上げる。亮が何か言おうと口を開きかけたが、それに先んじてアラタが右手を振り払うように動かして「早く行け」と無言で促す。


「あ、ああ、わかった!」


 それを見た亮は何も言わずに、生徒二人の手を取ってそこから走り去っていく。そうして一目散に逃げていった三人を見て満足げに口元を緩めたアラタは、その後すぐに表情を引き締め達磨に向き直る。

 向き直ったアラタの正面にミサイルの雨が四度迫る。アラタは振り向くと同時に口を開け、大喝一声してそれら全てを爆破する。


「無駄だ」


 全てのミサイルが空中で爆散した後、目を細めてアラタが唸る。それを聞いた達磨は微動だにせず、次の攻撃の準備も進めなかった。


「なんだよ、もう撃ち止めか?」

「終わりだ」


 挑発するアラタに達磨が静かに返す。だがそれを聞いたアラタがどういう意味だ、と問いかけようとした直後、前触れも無くその巨体がぐらりと揺れた。


「あ?」


 アラタ本人も予期していなかった事だった。異変に気づいて呆気にとられた声を出した時には、彼女の体は既に地面に崩れ落ちていた。


「な、なんだよ、これ」


 全身から力が抜け落ちたようだった。意識はしっかり残っていたが、腕はおろか指一本動かせずにいた。その様は陸揚げされたマグロのようであった。

 そんなアラタの元に達磨がゆっくり近づいていく。あくまでもゆっくりと、まるで半死半生の獲物をじわじわと追いつめていくかのように、達磨は決して急がず間合いを詰めていった。


「てめえ……何しやがった……」

「お前に当たったミサイルの効果だ」


 達磨から淡々とした声が返ってくる。圧倒的優位に立っているにも関わらず、その声は機械のように冷たく無感動なものであった。


「睡眠薬入りの煙幕を中に仕込んだ特注品だ。お前のために用意しておいた」

「なんだと?」

「二年D組の中でお前は特殊な存在だ。既存の先方では勝てないと判断し、この戦術を開発した」


 あくまで淡々と、事務的に説明を行いながら、やがて達磨がアラタのすぐ傍にまで到達する。そして体をやや前に傾け、アラタを見下ろすような格好と取りながら達磨が言った。


「まず一人。他数人を逃がしたのは残念だが、お前だけでも始末しておこう」

「そんなにオレらがでかい顔するのが嫌なのかよ?」

「そうだ。お前達はこの学園の平穏を乱す癌だ。今まで野放しにしてきたが、それも今日で終わりだ」


 そう言い切った達磨の胴体が上下に割れた。分割された上と下の部分は左右二本の柱で繋がれ、そしてその柱に挟まれる格好で、全体が黒ずんだアーモンドの形をした物体が姿を表していた。

 それはアラタが片手で持てる程度の大きさだった。だがそれを見たアラタは、わき目もふらずに思わず息をのむ。だがアラタが口を開く前に、達磨がその物体の正体を口にした。


「爆弾だ」


 アラタの想像通りの答えだった。嫌な汗を流すアラタの眼前で、達磨が静かに声を放つ。


「これでお前を完全に消す」

「そんな事したらお前もタダじゃ済まないぞ」

「平和を守れるのならそれでいい」


 渋るアラタに達磨が断言する。「アラタ」はもうぐうの音も出せなかった。


「さらばだ」


 そんなアラタを冷ややかに見下ろしながら、達磨が腹の中に納めていた爆弾のロックを外す。ガシャリと鍵の外れる音が響き、接地面を滑るようにして爆弾がアラタに迫る。


「……」


 「アラタ」はただそれを見ているだけだった。このとき「アラタ」の意識は殆ど薄れ、安らかな眠りの淵へと転げ落ちていっていた。

 抵抗むなしく、白ウサギの瞳がゆっくりと閉じる。そのウサギめがけて、爆弾が達磨の体内から外へと滑り落ちる。





 次の瞬間、ウサギの伸ばした腕が爆弾を掴み、あさっての方向に投げ捨てた。





「な」


 遠く彼方で轟く爆発音を耳にしながら、達磨は思わず後ろにたじろいだ。完全に意識を失ったはずのウサギがいきなり覚醒したからだ。

 そんな達磨の目の前で、ウサギの体に新しい変化が起きていた。それまで雪のように真っ白だった表皮の上にぽつぽつと黒いシミが生まれ、それは一カ所で生じた次の瞬間にはあっという間に全身に広がってウサギの体を埋め尽くし、一瞬にしてその白い体躯をペンキで塗りつぶしたかのように真っ黒に染め上げたのだった。


「あ……あふぁあ……」


 そして完全に黒く染まったウサギがゆっくりと起き上がり、今起きたとばかりに体を伸ばし口を大きく開いて欠伸をこぼす。突然の事に呆然としながらもその様子を見守る達磨の前で、その黒ウサギは腕で目元をこすった後その瞳をゆっくり開いた。

 その瞳は赤だった。白ウサギと同じく真っ赤だった。

 達磨のコクピットでその爛々と輝く赤を見た大和は身の危険を感じた。全身の細胞が悲鳴をあげるのを感じ、本能のままに後ろに引き下がろうとした。

 だが下がろうとした次の瞬間、達磨は黒ウサギに押し倒されていた。一瞬だった。反応する事すら出来なかった。


「お前ぇ、結構やるじゃん」


 まだ完全に眠気がとれてないのか、達磨に対しマウントポジションを取った黒ウサギが間延びした声で言った。白ウサギのそれと違ってこちらの声は幾分か穏やかな調子であったが、そう声をあげた黒ウサギは間髪入れずに背中にインクのような黒い物質を集め、それをスライムのように変形させて四本の腕を形成していった。


「眠らせてからボコるだなんてぇ、鬼畜ですかぁ?」


 相変わらず眠気混じりのおっとりした声で黒ウサギが話しかける。だが見るからに眠そうな声を放つ一方で、ウサギは最初から備えていた腕をグルグル回し、次いで固く握りしめた両手を何度もぶつけあった。


「まあ、今日はずっとアラタが出張ってたんだし、最後くらい私が活躍してもいいですよね」


 その言葉を聞いた大和は、ここに来て目の前のウサギが二重人格者であることを思い出した。そして一方の人格を眠らせたとしても、もう一方の人格の意識まで落とすことは出来ないのだと、事ここに至って理解した。

 そんな達磨の上に乗りながら、黒ウサギ、もとい主人格である富士満は完全に覚醒を終え、目の前の獲物を前に舌なめずりをしながらぞっとするほど冷たい声で言い放った。


「じゃ、まずはやられた分だけやりかえさないとね」

「ま、待て」


 懇願する達磨の上部に満の拳が突き刺さった。





 黒ウサギによる馬乗り姿勢からのデンプシーロールは、この後五分ほど続けられた。

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