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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第七章 〜灼熱怪獣「バニグモン」、戦闘戦車「ピースフル」登場〜
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「新しい火種」

 雁田勉吉と共に月光学園にやってきた留学生のアスカ・フリードリヒは、校門前まで来た所でそこに立っていた教頭に引き連れられ、細かな説明をするという名目で職員室まで連れられていった。その道中、教頭に連れられて校内に入ったアスカは始めてみる場所に興味津々と言った風であちこち顔を回しては瞳を輝かせていたが、彼女を先導する位置にあった教頭は彼女に見えない位置で顔を悔しさに歪ませていた。

 理由は簡単。彼女がなぜかD組の生徒と一緒に学園に来ていたからだ。通学途中でD組の生徒から何かしら吹き込まれたに違いない。教頭はそう考え、自分のプランにヒビが入り始めたのを自覚した。


「エー? そんなの違うヨ。ワタシの聞いたのと全然違うネ」


 案の定、職員室で学園の理念とD組の不良さ加減を説明した瞬間、教頭のプランは完全に崩壊した。アスカは教頭を始めとする教師陣からされた説明を鵜呑みすることなく、平然とした顔でそう一蹴したのだ。


「ワタシ、人を見る目には自信があるネ。あのベンキチって子は良い人ヨ。ワタシが言うから多分そうネ。それにそんな良い人が『良い』って言うんだから、そのD組ってクラスもきっと良いところヨ」

「し、しかし……」

「君は、先生よりも生徒の言うことを信じるのかね!?」


 アスカの言葉を聞いた教師の一人が声を張り上げる。そして他の教師は渋い顔をして黙り込む中で、その教師は真っ向からアスカに立ち向かっていった。


「ここでのルールを作るのは生徒じゃない! 教師だ! お前達生徒は我々の言うとおりにしていればいいんだ!」

「それ、本気で言ってるんデスか?」

「もちろんだ! ここはお前達が大きい顔をして良い所じゃないんだぞ!」

「ふーん、そう考えてるんデースか……」


 言い分を聞いたアスカが目を細める。それからアスカは両手を持ち上げて肩をすくめ、わざとらしく声を大きくして言った。


「あーあ、残念デース。生徒に全部任せろとは言いまセンが、それでも教師が生徒を過剰に束縛するのはさすがに問題ありデース。ニッポン屈指のエリート校は、実は個人の自由を無視し人権を軽視する酷い所だったとして、国に報告しておきマース」

「ちょ、ちょっと待て、違う。俺はそこまで言ってないぞ」

「アナタにはそのつもりでも、ワタシにはそう聞こえまシタ。言葉はもとより、その口振りからもそれがハッキリと読みとれまシタ。あなた酷い人デスね」


 そこまで言ってから、これ以上の問答は無用とばかりにアスカがその場で百八十度回って教師たちに背を向ける。そして背を向けたまま片手を持ち上げ肩のすぐ上の位置でヒラヒラと振り回しながら、アスカがあからさまに落胆のため息をこぼしながら言った。


「残念デース。ここは暫く前までガイコクジンを入れない、同じ国の調査機関すら入れないサコク同然の状態にあったとは聞いていましたが、まさかここまで歪んでいたとは。やっぱり外の空気を取り入れるのは大事みたいデース」

「そ、それが大事なのは、こちらも把握している。だからその学内の雰囲気を変える一環として、海外留学生として君を」

「海外留学生のワタシをダシにしてクラス一つを貶めようと謀ったのはどこの誰なんですかネー?」


 バレていた。教師陣の顔が一瞬で青白くなっていく。


「ど、どうしてそう言えるんだ」

「色々な要素を吟味した結果デース。まずここで聞いた話とここに来る前に聞いた話の両方を比較して、その上学園全体の空気とか教師達の雰囲気とかも考慮した結果、間違っているのは学園の方であると結論づけたのデース」


 息をするようにスラスラとアスカの口から吐かれていく言葉を前に、教師達は何も言い返せなかった。そんな気まずい空気を全身から放ち続ける教師陣を肩越しに見つめながら、アスカが目を細めて吐き捨てた。


「それに、結局は金デショ?」


 教頭の体が石のように硬直する。


「な、なにを……?」

「ワタシ、知ってるんですヨ? 月から来た子をこの学園が邪険に扱ってる事。その子だって、よく考えてみれば海外留学生じゃないですカ。でもその子の事はほったらかしにして、ワタシの事は新しい空気がどうの、留学生がどうのと言って歓迎した。それはなぜか?」


 アスカが向き直る。そして教師達を前にしてアスカが言った。


「ワタシの国が、ここに手付け金としてお金を寄付したカラ。だからチヤホヤした。月はお金を落とさなかったから邪魔者として見た。もしワタシの国がお金をチラつかせなかったら、ワタシの事も邪険にしていたんデショ?」

「そ、そんなことは……」


 教頭がそう言い掛けたときには、アスカは既にそこから離れて職員室の出入り口の戸に手をかけていた。そして静かに戸を開け、外に出ながらアスカが肩越しに言った。


「お前ら、クソだよ」


 それだけ言って、ドアも閉めずにアスカが去っていく。

 残された教師達は何も言えなかった。





 職員室から出た後、アスカは朝のホームルームが始まるのを見計らってそれが始まると同時に二年D組の教室の戸を開け、何食わぬ顔で教室の中に入り込んだ。


「な……?」


 今日留学生が来ることを知らなかった亮は、その始めて見る子を前にして動揺した。D組の生徒もその殆どがその突如乱入してきた金髪の女生徒を前に動揺し、途端に騒がしくなったが、その中にあって勉吉だけは軽く驚いただけで周りの面々と同じようにあからさまに動揺したりはしなかった。


「あれ、君確かあの時の」

「oh! ベンキチ! しばらくぶりデース!」

「あ、うん、どうも……」


 朝知ったばかりの顔を見て声をかけた勉吉だったが、相手方からの元気いっぱいな返事に気圧されすぐに体を縮こませる。そんな二人の親しげなやりとりを見た周りの生徒達は揃って呆然とし、次の瞬間には全員が事前に打ち合わせをしていたかのように同じタイミングで席を立って一斉に勉吉に詰め寄った。


「ねえなに? 雁田君あの子と知り合いなの?」

「あんなパツキン美人、どこで落としてきたのよ?」

「ちょっとちょっと、どういうこと? あんたこういうの一番興味無さそうだったのに!」

「おいお前、なに抜け駆けしてんだよ! 羨ましいじゃねーかコンチクショー!」


 全方位から勉吉を取り囲み、今もなお席に着いている勉吉に向かって一斉に総「口」撃を開始する。一方で騒ぎの輪の中心にいた勉吉はこんな大騒動にはてんで慣れておらず、どれから対応すればいいのかと左右に首を振っては慌てるばかりであった。


「これはとても珍事ですわ! あの人見知りの激しい雁田君がインターンラジオに目覚めるとは!」

「インターナショナルだクマね。まあとりあえず、明日はきっと槍が降ってくるクマね」

「お前、以外と肉食系だったんだな」

「すげーじゃねーかお前! どんな裏技使ったんだよ、うん? うん?」


 そして退魔師の家系を持つ十轟院麻里弥と異星観測官の進藤冬美、異世界の勇者という事になっている益田浩一と月からの転校生である富士満も、その輪の中にちゃっかり入っていた。ちなみに二重人格者の満はこの時、彼女のもう一つの人格である「アラタ」が表に現出していた。


「まったくあいつら……」


 その様子を教壇から見ていた亮はそうため息混じりに呆れ、どうしたものかと頭を掻いた。そんな中、D組の生徒の中でただ一人席に着いたままだった芹沢優は、その生徒の輪と教師の両方を冷めた目で見比べた後、亮の方を向いて淡々と言った。


「止めた方がいいんじゃないですか」

「うん? まあ、それもそうだよなあ」

「え、もう止めにするんデスか? あんなに面白そうなのに」


 だがその直後、新入生であるかのようにちゃっかり亮の真横に立っていたアスカはその亮の方を向いて口を尖らせた。アスカの方を向いて亮が答える。


「そうするしかないだろ。いつまでも騒がせておく訳には行かないし。俺は教師だし。それより、君はいったい何者なんだ?」

「本当にワタシの事、知らないデースか?」

「ああ。済まないが始めて見る。基本的にうちは外国の生徒は入れてないし、他の学年……だったとしても、名簿には一応目を通してあるし……」

「ジーザス。ワタシの読みは当たってたって事デスね」


 亮の言葉を聞いたアスカが、それまで明るく楽しげだった顔を一瞬でうんざりした表情に変えて言葉を吐き出す。どういう意味かと訝しむ亮だったが、彼が疑問を呈する前に優が言葉を吐いた。


「私ら除け者にされたって事ですよ」

「どういう意味だ?」

「その子、多分転校生ですよ。で、上の方は今日転校生が来ることは、私たちには知らせなかった」

「やれやれ」


 優の言葉を聞き、亮が息を吐きながら大きく肩を落とす。その時の亮の様子は自分達が除け者にされた事に対して怒り憤っているものではなく、むしろ「やれやれ、またか」と呆れと気疲れがない交ぜになった物であった。そんな亮の心情を察したアスカは探りを入れるように目を細め、神妙な顔で亮と優の二人に尋ねた。


「もしかしてこれ、いつもの事なんデスか?」

「まあ、いつもと言えばいつもかな」

「こっちに原因がないとは言い切れないんだけどね」


 亮が苦笑し、優が冷え切った目線を寄越す。その様子を見たアスカは何かを感じ取ったように軽く頷き、それから小声でぽつりと呟いた。


「これはまた、よくない報告材料が増えましたネ……」

「どうかしたのか?」


 そんなぼそぼそ声を聞き取った亮がアスカに向き直って問いかける。それを聞いたアスカは亮の方を向いて「なんでもないデス」と返し、それから相手の返事も待たずにドアの方へと歩いていった。


「お、おい、どこに行くんだ?」

「教室に戻りマース。ワタシのクラスはここじゃないのデース」

「じゃあなんでここに来たの?」

「面白そうだったからデース」


 本気で訝しむ優に向かってアスカが平然と答える。自分の予想していた以上にあっさりハッキリ答えられた優は一瞬毒気に当てられた表情を浮かべたが、それからすぐ真顔に戻って視線を逸らしながら「勝手にすれば」とバツの悪そうな声で返す。


「それじゃあお昼休みの時にこっち来マスので、それまではしばしのお別れデース!」


 だがアスカのその言葉を聞いた直後、優は目に見えて驚愕の顔を浮かべ、「どういうことよ?」と言いながら彼女の方を睨みつける。だがそのときアスカは既に引き戸式のドアを開けて廊下に飛び出しており、優が視線をそちらに向けたときにはそこには開け放されたドアと、そこから見える廊下の姿しか無かった。


「どういうつもり……?」


 自分のテンポを乱されたままで終わった優が苛立たしげに呟く。勉吉は今もなお生徒達に取り囲まれており、亮はその勉吉を中心とする人の輪を視界に収め、同時に今さっき出て行った留学生の姿を脳裏に思い起こしながら、困ったように頭を掻きつつ呟いた。


「また変なのが出てきたな」

「面倒の種が一つ増えましたね」


 優が他人事のように合わせてくる。その顔はいつもと同じ無表情だったが、その体からはどこか落ち着かないそわそわした空気を漂わせていた。

 何かあったのか、とそれを見た亮は問いかけようとしたが、それよりも前にまずは勉吉の包囲網を解く方が先かと考え、そちらの方から行動に移した。


「ほらお前ら! 早く席に着きなさい! さっさと終わらせるぞ!」


 亮が手を叩きながら呼びかけると、それまで質問責めをしていた面々がまるで蜘蛛の子を散らすように一斉に席へと戻っていく。中には「まだ聞きたい事あったのにクマ」と不平を漏らす者もいたが、大半は目立って反抗することもなく亮の指示に従った。


「調子狂うなあ」


 そして全員が席に座り直してまだざわめきが収まらない頃、その喧噪に混じって優が窓の外に目をやりながらぽつりと呟いた。

 その声は誰の耳にも届くことなく周囲の騒がしい音の中に溶けて消え去り、それによってこの時優が苦虫を噛み潰したような怒りと戸惑いの入り交じった顔をしていた事に気づく者は一人もいなかった。

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