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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第六章 ~魔獣「フンババ」、魔神「蚩尤」、魔皇女「ジャヒー」登場~
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「新しい町」

 結論から言うと、蚩尤とフンババによって消滅した町とその周辺は数十分で元の姿を取り戻した。

 道路も建物もそこを通っていた車達も、一つ残らず消滅前の姿を取り戻した。町と一緒に消滅した人間たちも一人残らず生き返り、そして自分達の身に何が起きたのかも知らないまま日常生活を再開した。

 これらは全て「試合終了後」にラ・ムーとソロモンが使用した「物質変換修正ビーム」の力によるものであった。彼らがそのビームを照射するとビームを当てられた地点のいたるところに金色の光の粒子が出現し、それらは一カ所に集まると同時にモーフィングを行って建物や人の形を取っていき、そしてハッキリした物の形になると同時にそれを覆っていた光のベールがはがれ落ち、有機物無機物問わずその地点に元々あった物となって片っ端から復活していったのだ。抉れた大地さえも一瞬で元通りになった。

 そんな人命さえも蘇生してしまう超技術を直に目の当たりにした亮は驚かずにはいられなかった。だが町が完全復活したその翌日、その町の「中身」は彼の知る今までの物とは大きく様変わりしていた。





「ただいま、正午をお伝えします。朝の時間を平和に過ごせたことを蚩尤様に感謝し、午後も頑張っていきましょう」


 教室の中に掛けられた時計が正午を指すと同時に、その教室の外、学園の外からそんなスピーカー越しの声が響いてきた。爽やかな女性の声だった。二年D組の生徒達はそのお昼のスピーチを聞くのは初めてであったが、文言の内容は彼らが朝から何度も聞かされてきたのと同じであった。


「まーた来たよ、これ」

「蚩尤様に感謝、ね。これで何回目だっけ?」

「あたし初めてこれ聞いたの八時くらいだし、そっから一時間おきに聞いてるから、もう五回くらい?」

「俺の連れにすっげー朝早い奴いるんだけど、そいつ五時くらいにこれ聞いたって言ってたぜ」


 生徒達が口々に話し始める。だがそこに未知の物に対する恐怖といったような悪感情は無く、むしろ「やりすぎだよ」というような呆れと気疲れの入り交じった気怠げな空気が教室内に漂っていた。


「せんせーい、これいつまで続くんですかー?」


 そのうち、女生徒の一人が教壇の前に座っていた亮に尋ねてきた。ちなみに亮がここにいたのは、本来この時間はロボットに乗っての実技授業で亮の受け持ちであったのだが、なぜか教頭先生の方から「今日は実技は中止で」と言われたため、やむなく教室で自習する事となったからであった。亮本人は終わりのチャイムが鳴るまで職員室に引っ込んでいても良かったのだが、あそこはあそこで居心地が悪かったので帰ることなく教室に留まっていたのであった。

 閑話休題。


「まさかこれ、ずっと続いたりするんですかー? マジ勘弁なんですけどー」


 その生徒が続けて亮に問いかける。亮は書類をまとめたフォルダーを閉じてその生徒の方を向き、次いで窓の外に目をやりながら控えめな口調で答えた。


「たぶん任期が終わるまでじゃないかな?」

「ウソ、マジで?」

「てゆーか、あの蚩尤とかいう奴、自己主張激しすぎじゃないすか?」


 別の男子生徒が亮に質問をぶつける。亮はその男子生徒の方を向いて言った。


「これはこれで正しい戦略だと思うけどな。評判と知名度を上げるには、まずは自分の名前を覚えてもらわないと。ついでに今の平和は自分が作ったんですってアピールもしないとさ。こういう名前紹介とか自己アピールとかって、相手に自分を覚えてもらう上でかなり大事な事なんだぞ」

「自己アピール、ねえ。まあわかるっちゃわかりますけど」

「でもあんな怖い現れ方しといて、本気で好かれると思ってるのかね?」

「まあ、そこはあれじゃね? 長くやってく中で信頼を勝ち取るとかじゃね?」


 亮のアドバイス混じりの返答を受けて、再び生徒達の中で議論が始まる。その声を右から左に受け流しながら、亮は自分達がクレーターの中心部で蚩尤とフンババに出会った時の事を思い出していた。

 彼らがそこに集まったとき、試合と、そして「再契約」は既に終了していた。





 蚩尤とフンババ、もとい獣使いの芹沢優との間に交わされた契約内容とは、以下の通りであった。すなわち、優が獣使いとして再びやってくるまでの間、蚩尤はこの町とその辺り一帯で好き放題やってもいいというものである。最低三日の間は、優は蚩尤を封印してはならないというおまけ付きである。

 亮とジャヒーとD組の生徒達は、その契約内容をフンババから直接聞いた。そしてジャヒー以外の全員は唖然とした。


「それ、本当にいいのか?」


 全てを終えて元の人間の姿に戻った優に対し、亮は相手を労うと共にそう控えめに尋ねた。強気に詰め寄らなかったのは今更脅しても無意味であるのを知っていたのと、単純に話についていけなかったからであった。


「だってあいつ、あんな凶暴な奴なんだぞ。おまけに不死身だし。もし暴れ回ったりしたら」

「平気です」


 だがそんな亮の懸念を優は一蹴した。そして鼻白む彼を前にして、優は苦笑しながら続けて言った。


「蚩尤は人間より利口ですよ」

「どういう意味だ」

「悪法は作らないって事です」


 そう言って優は再びクスリと笑った。そしてそれを最初に聞いたとき、亮はその言葉を額面通りに受け取る事は出来なかった。もちろん今でもそれは同じだった。何せ元通りに復活した町のど真ん中に両腕のない状態で降り立ち、驚く住人を見下ろしながら「今日ヨリコノ町ハ我ガ治メル」と威圧感たっぷりに言ってのけたのだ。そこに信頼や友好といったものは欠片もなく、一方的な脅迫にすら見えた。そんな暴君じみたやり方をする奴の事など、とうてい信じられなかった。

 だがその考えは、三日後に覆る事になった。





 蚩尤はまず、信賞必罰を何よりも前に押し出した。そしてその罪に応じて与える罰の重さも明確に区分けした。

 痴漢、スリ、万引きは説教一時間。二回目以降は打擲十回。

 恐喝は打擲五十回。

 それ以外は死罪。

 なお本来死罪にならない犯罪についても、その程度によっては死罪となりうる。

 住民たちは恐怖した。だがこの法が施行された二日後、肩がぶつかったからという理由で中年のサラリーマンにイチャモンをつけていた金髪の男を、それを偶然見つけた蚩尤の部下がその場で銃殺したのをきっかけに、犯罪発生率は劇的に減少した。

 その公開処刑が起きてから、誰もが相手の事を気遣うように行動し始めた。しかしその根っこにあるのは思いやりの気持ちではなく「どこで誰に見られているかわからない」という、自分が監視されているという事への恐怖から来るものであった。実際蚩尤は自ら目を付け部下とした「公平で正義感にあふれる」人間数千人を監視兼懲罰役として町に放っており、しかも自分がそうした事を何も知らない民衆に公表している。


「死ニタクナケレバ、マズ思イヤリヲ持ッテ行動スルコトダナ」


 この時の蚩尤の顔は笑っていなかった。彼は本気でこの町の治安を安定させようとしていた。

 ちなみに前述の監視役が暴走して自分の気に入らない連中を片っ端から殺していったと場合はどうするんだ、という指摘は、それを施行する前に蚩尤に選ばれた部下の一人から既に出されていた。それに対し蚩尤は満足そうに頷きながら、諭すようにその部下に答えた。


「監視役ガ監視役ヲ罰スルナトハ言ッテイナイ。オ前達モマタ、オ前達ヲ監視スルノダ」


 蚩尤は人力による監視社会を構築しようと目論んでいた。そしてその監視の対象は一般市民だけでなく、市民を監視し処罰する監視役本人、そして蚩尤自身も含まれていた。現に最初に銃殺されたあの金髪の男は、蚩尤によって見初められた監視役の一人であった。

 ちなみになぜこの社会システムを統治の手段として採用したのかと問われた時、蚩尤は恥じ入る事もせずに堂々とこう答えた。


「いんたーねっとナル物デ、コノしすてむノ事ヲ知ッタ。コレハ使エルト思ッタ」


 蚩尤は古代中国の時代からこのやり方を使っていたんだ、と色々勘ぐっていた面々は、この発言を聞いて大いに失望した。蚩尤は全く気にしなかった。なお監視役の目の届かない、人目に付かないところで犯罪行為に手を出そうとした者に対しては、蚩尤直々にその頭上から雷を落として直接制裁を加えていた。

 このような有様であるので、警察の出番はめっきり減った。もし犯罪が起きたとしてもその場で対処されてしまうし、そもそも目立った犯罪自体起きなくなってしまったので、殆どお払い箱の形となってしまったのだ。不正だの賄賂だの隠蔽だのでこの町を担当していた警察幹部数十人が一日で「処理」されてしまったのも、警察のイメージダウンを加速させた。


「もういいよ警察は」

「こっちでなんとかするからさ」


 そして警察が満足に機能しなくなった後も犯罪発生率自体は変わらなかった。銃声が轟く事もほとんどなく、町並みは穏やかで平和な姿を取り戻していた。住民達も最初は監視の目を恐れてどこかおっかなびっくり暮らしていたが、二、三日と過ごしていつも通りの暮らしをしていてもなんのお咎めも無いことを知ると、それからはもう必要以上に怯える事はしなくなった。蚩尤の定めた規律は受ける罰こそ非常に重かったがその罰を受ける基準はかなり甘く、実際には名指しで悪法と呼ばれるほど過激な代物ではなかったのだ。





「ね? 大丈夫だったでしょ?」


 そうこうするうちに四時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り、机の前に張り付いていた生徒達が一斉に席を立つ。その中で優は一人亮の元に近寄り、彼に対してそう確認するように話しかけた。それを聞いた亮は少し戸惑ってから、話題を変えるように優に言った。


「それよりお前、いつになったら蚩尤の所に行くんだ? お前の仕事だろ、封印しなくていいのか?」

「ううん、それはまあ」


 問われた優が考え込む。それから優は亮の顔を見ながらさりげなく言葉を濁すように答えた。


「まあ、気が向いたらですね」





 それから二週間が経ったが、人嫌いの優は一向に動こうとはしなかった。

 町は今日も平和だった。

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