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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第六章 ~魔獣「フンババ」、魔神「蚩尤」、魔皇女「ジャヒー」登場~
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「不戦勝」

 月光学園が町一つを道連れにして消滅したとき、その学園の二年D組以外の生徒と教師達はその真下にある緊急避難用の地下シェルターに潜っていた。そしてそのために、彼らは地上で起きた無駄にスケールの大きい惨劇のことなど知る由も無かった。


「また揺れましたな」

「しかも今までのより一際大きいようで。恐ろしいですな」

「まったくです。いつになったら収まるのやら」


 何も知らない教師陣は地上での破壊の余波によって地下シェルターが揺れる度に、そうのんきに話し合っていた。ちなみに宇宙からやってきたばかりの新参教師陣四人組は、以前に新城亮をかばった保険の教師共々隅においやられていた。


「こうも露骨にのけ者にしてくるとはね。肝の小さい奴らだ」

「船長、このまま舐められっぱなしじゃ終われませんぜ。ここは俺たちがどういう奴らなのか一度思い知らせて」

「だ、だめですよう。こんなところで暴れたら他の人たちの迷惑になりますう」

「そうだ。今は落ち着け」


 右目に眼帯をはめた強気な顔立ちと赤い長髪を備えた女が露骨に顔を嫌悪に歪め、それを見た全身筋肉の鎧に身を包んだ大男が歯をむき出しにして問いかける。それを見たやたらと胸の大きいおっとりした雰囲気の女性がその大男の丸太のように太い腕にしがみつきながら必死に懇願し、細身の男が言葉少なにその女性の言い分に同意する。

 そしてそんな元宇宙海賊四人組のやりとりを見た保険医兼女吸血鬼は、小さく笑みをこぼしてから愉快そうに彼らに言った。


「あなた達は本当に元気なのね。その元気をわけてもらいたいくらいだわ」

「そんなに元気に見えるかしら? まあこれくらいでないと、海賊家業はやってられないからね」


 保険医の言葉を聞いた赤毛の女が肩をすくめて答える。保険医は好奇心に目を光らせて四人に近づき、視線を動かして彼らの顔を順々に見て回りながら言った。


「こんな時にこういう事聞くのもあれだとは思うんだけど、ちょっとその海賊時代の話とか聞かせてもらえないかしら?」

「あら、あなた海賊に興味あるの?」


 赤毛の女が一歩前に出て保険医と向き合う。その息が詰まるほどの鋭い視線を正面から受け止めつつ、保険医が頷いて答えた。


「ええ。私が前いたところにはそんな物無かったから。どういうものなのか興味あるのよ」

「なるほどね」

「駄目かしら?」

「まさか」


 保険医からの問いかけに赤毛の女は陽気に笑ってそう返し、そしてその場に座り込んで言った。


「こっちも暇してたところさ。昔の話ならなんでも聞かせてあげるよ」

「まあ、本当に?」

「海賊に二言はない」


 赤毛の女がニヤリと笑う。その笑みを合図にするかのようにして周りの三人も次々腰を下ろし、そして保険医もまた赤毛の女と向かい合うようにして地べたに座り、その後保険医が口を開いた。


「じゃあ暫くの間、聞かせてもらってもいいかしら?」

「もちろん」


 赤毛の女が快く頷く。それを見た保険医は初めて聞くことになる宇宙海賊の話を前にして、子供のようにその心を躍らせていた。





 一方の生徒達の方は生徒会が中心になってその場の混乱を静め、そして「事が収まるまで無駄に騒がずじっと耐えよう」と、怯える彼らに向かって力強く言葉を投げかけていた。生徒達はそんな生徒会の言いつけをよく守り、時折空間を襲う振動に軽く驚きつつも、無駄に騒がずじっと堪え忍んでいた。


「大丈夫。必ず外に出られるからね」


 そんな中にあって、橘潤平の存在は彼らにとってなくてはならない存在となっていた。端正に整った顔に細く引き締まった肢体、真面目で正義感が強く、誰にでも優しく接する事が出来て文武両道と、全学生の模範とも言える素養を持った彼はまさに他の生徒全員にとっての精神的支柱であり、彼が居なければこの場の平静は成り立っていなかったほどであった。


「安心して。必ず外に出られるから。僕が約束する」


 潤平は怯える生徒達の間を回ってはそう声をかけ、時には恐怖に竦む生徒のその震える肩に優しく手をかけ、柔和な笑みを浮かべて彼らの心を暖かく解していく。そんな彼の心からの励ましを受けた者達は皆一様に絶対の安心感の中に包まれ、そして自分に安らぎを与えてくれた彼への信頼と信仰をより一層強いものとしていった。


「会長、お疲れさまです」


 そうして一通り巡回を済ませて生徒会で固まっているグループに戻ってきた潤平の元に、そそくさと一人の男子生徒が近寄ってきた。その手にはタオルが握られており、その男子生徒は潤平に近づくなりそれを彼に差し出した。潤平もまたそれが当然の事であるかのように自然な動作でタオルを受け取り、そしてそれまでと同じ柔らかい口調のままで自分に近づいてきたその男子生徒に話しかけた。


「どれくらいで外に出られると思う?」

「さっぱりわかりませんね」


 男子生徒が渋い表情を浮かべながら首を左右に振る。それを聞いた潤平は目を閉じて小さく息を吐き、その横で男子生徒が続けた。


「上ではD組の奴らが戦ってるようですから、あれが騒ぎを大きくしてるみたいですね」

「相変わらず空気を読まない人達だ」


 やれやれと言ったように潤平が首を振る。まったくですと同意した後で男子生徒が潤平に言った。


「ですから暫くはこのままでしょうね。この揺れが完全に収まるまで、こっちは下手に動けませんよ」


 気がつくと、他の生徒会役員の面々もその潤平と男子生徒の元に近寄って来ていた。その誰もが焦りと不安と、それ以上の潤平に対しての信頼の眼差しを浮かべていた。それは敬虔な信者が信仰の対象に向けて見せる類の強烈な物だった。

 そんな周囲からの熱視線を感じた潤平は表情を和らげ、すがるようにこちらを見てくる彼らに向かって穏やかな声で言った。


「安心してくれ。もし何かあったら僕が上に出て解決する。だから君たちは何も心配することはないよ」


 それは聞く者の心を柔らかくほぐし無条件で安心させる魔法の呪文だった。生徒会の面々も同様で、その言葉を聞いて一様に安堵の表情を作る。だがそんな彼らとは裏腹に、潤平は彼らから自分の顔を隠すように背を向け、それから一人苦々しい表情を作って小声で言った。


「本当にあそこは面倒しか起こさない連中だな」


 その言葉からは明確な敵意が滲みででいた。そして潤平の脳裏には、彼自身この騒ぎの元凶と見ていた二年D組の面々の顔が次々と浮かび上がっては消えていっていた。


「一度、灸を据えてやる必要がありそうだな」


 その顔を思い浮かべれば浮かべるほど、潤平の綺麗な顔は怒りに醜く歪んでいった。





 町一つ消し飛んだ後も、彼らの戦いは終わらなかった。地面に激突し爆発を起こした後で蚩尤の胴体は何事も無かったかのように起きあがり、フンババもまたその爆発とそれに続いて蚩尤の起き上がる様を滞空した状態で黙って見つめていた。

 その直後、一度切り落とされた蚩尤の首はなおも滞空していたフンババの拘束をふりほどき、コンクリートさえ蒸発し不毛の地と化した大地の上に一人立つ胴体の元へ赴いて元の位置と合体、復活を誇示するかのように力強く雄叫びをあげた。その蚩尤と相対するように距離を離してフンババが降り立ち、その蚩尤を憎々しげに睨みつけながら構えを取った。


「この二人、まだまだやる気だ! 既に地上は凄まじい有様となっているにも関わらず! この二人はあくまで決着をつける気だーッ!」


 それを見たラ・ムーがマイクを持って叫ぶ。彼とその相棒のソロモンが乗る円盤は先に蚩尤の胴体が引き起こした大爆発のあおりを食らって底部から黒煙を吐き出していたが、二人はそんな事気にもとめずに実況解説を続行した。


「もちろん我々もこのまま実況と解説を続けていきます! このようなとんでもない対戦カード、途中で見るのを止めるなんてもったいありません!」

「試合が終わるか、それとも先に円盤が壊れて実況が終わるか、これもこれで見物かもしれませんね」


 二人して呑気な言葉を言い合っているその下では、頭と胴の連結を終えた蚩尤が準備運動とばかりに首を回してからフンババを睨みつけて言った。


「首ヲ落トシタクライデ終ワルト思ッテイタノカ」

「大人しくなるとは思ってたけどね」

「オメデタイ奴ダ」


 フンババの返答を聞いた蚩尤が鼻で笑う。そして両足を開いてじっとフンババを睨みつけ、前方のそれめがけて一直線に走り出した。


「死ネ!」

「ちいっ!」


 正面から突っ込んでくるそれをフンババが紙一重でかわす。避けられた蚩尤はすぐさま百八十度向きを変え、再びフンババへと突進していった。


「イツマデ避ケラレルカ!?」

「こいつ!」


 走りながら挑発してくる蚩尤に毒づきながらフンババが再度紙一重でそれを避ける。蚩尤は三度方向転換し、懲りる事無くフンババへ突撃する。


「バカの一つ覚えが!」


 フンババがそちらの方を向いて構え直す。だが蚩尤は少し駆けだした直後にその勢いを利用して高々と飛び上がり、フンババの頭上を取った。そしてそれに気づいたフンババが上を見るよりも速く、空に飛んだ蚩尤は眼下のフンババに向かって両足を伸ばした。

 膝までまっすぐ伸びきった足はその後もさらにゴムのように延び続け、そしてその両足の裏でもってフンババの胴体をピンポイントに蹴りつけた。


「足が伸びて腹を蹴った! 吹き飛ばされる!」


 その様子を見たラ・ムーが実況をする。フンババを蹴り飛ばした蚩尤はすぐさま両足を元の長さに引き戻し、足を戻してから頭頂部がフンババの方を向くよう空中で姿勢を変える。そして蚩尤はフンババに狙いを付けてから再度足を曲げ、空を蹴ってその反動で前へと飛び出し、自ら一発の銃弾と化したかのような強烈なスピードで頭からフンババと激突した。


「下がって」


 ジャヒーが再び警告を発し、それと同時に全面に不可視の障壁を張る。その直後、怪物二匹の激突によって生じた衝撃がその障壁を激しく揺さぶる。

 爆音と共に、砂利混じりの突風が容赦なく襲い掛かってくる。だがそれらはジャヒーのすぐ前を避けて通って行くかのように左右に割れてD組の生徒たちのすぐ傍を通って彼らの後ろへと進んでいき、その身を害する物は一つも無かった。彼女の後ろにいた亮達はその光景を固唾をのんで見守っていた。


「なにあれ!」


 やがて突風と衝撃が収まり目の前の視界がクリアになった所で、前方の光景を目の当たりにした生徒の一人が悲鳴混じりの声を上げた。そしてその声に続いて眼前に意識をやった者もまた、そろって驚きの声を上げた。


「すげえ……」

「なんだよ、あれ……」


 彼らの眼前にはクレーターが生まれていた。そのクレーターの中心部にはフンババと蚩尤がおり、その二匹が豆粒のような大きさに見えてしまうほどそのクレーターは巨大な代物であった。かつてその周囲にあった文明の産物は全て消滅していた。

 よく見れば亮達のいる所にまでクレーターは広がっており、彼らは今ジャヒーの展開した障壁の上に立ち、クレーターの上に浮遊する形になっていた。


「大丈夫か?」

「私は平気」


 気遣うように問いかけた亮にジャヒーが平然と答える。それからフンババのいる方を指さし、亮に向けて言った。


「それより、あれ」

「あれ?」

「もう決着がついてる」

「本当か!?」


 それを聞いた亮があわててジャヒーの横に立ち、クレーターの中心部に目をやる。だが遠すぎるがために目を細めている亮を見て、ジャヒーがその顔をじっと見つめながら言った。


「近づこうか?」

「いいのか? ていうか出来るのか?」

「当然。私を誰だと思ってるの?」

「……あそこは安全なんだろうな」

「おそらくね」


 ジャヒーの返事を聞いた亮が暫く黙り込む。その後亮はジャヒーの方を向き、頷きながら言った。


「頼む」





 同じ頃、蚩尤は自ら足蹴にしているフンババをじっと見下ろしていた。その瞳には落胆の色が濃く現れていた。


「ナンノツモリダ」


 蚩尤が吐き捨てる。それを聞いたフンババがその方へ目を向けて問い返す。


「どういう意味?」

「貴様、アレハワザト食ラッタナ」

「あれって何よ」

「蹴リノコトダ。避ケヨウト思エバ避ケラレタハズダ」

「ああ」


 フンババが納得したように声を漏らす。まだ納得できないかのように蚩尤が声を荒げる。


「ナゼ手ヲ抜イタ?」

「もうスタミナが無かったの。体力の限界だった」

「フザケルナ」


 フンババの言葉を蚩尤が一蹴する。それから蚩尤は目を細めてフンババに問いかけた。


「何ガ狙イダ?」

「何も」

「何ノ目的モ無シニヤラレタトイウノカ?」

「そうよ」

「ナゼダ」

「面倒くさかったから」


 フンババが視線を蚩尤から外し、頭を地面につけて満天の空を視界に収める。


「やってる途中でなんか不毛に思えちゃってさ。私なに真面目にやってんのかなーって考えたら

、一気に冷めちゃったの」

「ソレデモ獣使イカ貴様」

「別に最終的にお前を封印できればそれでいいだからさ、今必死になってやらなくてもいいって事に気づいたのよ」

「デハ当分ノ間、貴様ハ我ヲ封ジヨウトハセヌノカ?」


 フンババが無言で頷く。それまで相手の適当さ加減を前に呆れ果てていた蚩尤だったが、それを見るなり態度を改めて再度問いかけた。


「我ガ何ヲシヨウトモ、貴様ハ関知セヌトイウノダナ?」


 フンババが再度無言で頷く。その後、フンババは空を見ながら静かに言った。


「気が向いたらもう一回そっちに行くからさ。それまでは好きにやってていいよ」

「……ソノ言葉、本当ダナ?」

「うん。ただし私が来たときは、大人しく封印されること。それでいい?」

「ソレハ契約カ?」

「そうね」


 フンババが顔を上げて再び蚩尤を見る。


「契約しましょ」


 蚩尤は即答せずにじっとフンババを見つめていた。が、そのうち蚩尤はゆっくりとフンババを踏みつけていた足を離し、目を見開いてフンババに問いかけた。


「イイダロウ。契約ダ」

「交渉成立ね」


 フンババがゆっくりと立ち上がり蚩尤と向き合う。亮達が彼らの元にたどり着いたのはまさにその時であり、ジャヒーの障壁から降りてクレーターに立った亮は一目散に彼らの近くに駆け寄ってからまず二匹に尋ねた。


「もう、これで終わったのか?」


 フンババは何も言わず、つまらなそうに首を小刻みに縦に振った。

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