「付属物」
ジャヒーの転送術によって地面に空いた穴からエレベーターのようにせり上がって学園前にやってきた亮は、転送完了と同時に目の前に映った光景を見て絶句した。
「な……」
そこにあったのは全壊した学園の校舎と、それと同じように根こそぎ倒壊し廃墟と化した周囲の町、そして校舎跡地に寄りかかるようにして力なく倒れる何十体もの巨大ロボット達だった。
そのロボット達は全て自分の担当する二年D組の生徒の持つ物であった。それらは十轟院麻里弥の乗機である上半身白で下半身赤の巫女のようなデザインをした巨大ロボット「メガデス」と、それを囲むように倒れる頭から指先つま先まで全身を四角い箱型パーツで構成した量産特化型の人型機動ロボット「キューブ」であった。
「なにが起こったんだ……?」
「あれよ」
あまりに日常と変わりすぎた光景を前に呆然とする亮に、目の前のある一点を指さしながらジャヒーが言った。その指さす方へ亮が視線を移すと、そこにはキューブの二倍ほどの体躯を持ち二本足で立つ、両腕の無い牛頭の怪物が立っていた。
「あれが……」
「蚩尤ですね」
優が欠伸混じりに答える。心底どうでも良さそうな調子であった。
「久しぶりに復活できたと思ったら腕が無いから、機嫌が悪くなって暴れ回ってたんですね」
「そんな他人事みたいに言うなよ」
「大丈夫ですよ。あらかた暴れたら落ち着いて話しも出来ると思いますから」
「せんせーい!」
優の返答を聞いて頭を抱える亮の耳に、どこからともなく子供の声が届いてきた。その声のする方に亮が顔を向けると、そこにはこちらに駆け寄ってくるD組の生徒達の姿があった。
「無事だったか!」
「先生!」
こちらに駆け寄ってきた生徒と亮が合流する。こちらにやってきた生徒達の姿は全員至る所にススや油がくっついて真っ黒になっており、つい先ほどまで彼らが機械の中でもまれていたことを明示していた。
彼らの中には周囲の面々と同じくらい全身ススだらけになった麻里弥と自ら着込んでいた着ぐるみの所々が破れて綿がはみ出した進藤冬美、そして体こそススで汚れていなかったが、その代わりフルマラソンを走り終えた直後であるかのように地毛の金髪を汗でびっしょりと濡らし疲労困憊となっていた益田浩一の姿があった。
ちなみに校舎跡に倒れていたロボットとススだらけになっていた生徒の数は同じであった。
「まさか、さっきまで全員戦っていたのか」
「だってあいつ、アラタちゃんやっつけちゃったんですよ?」
「あれでじっとしてろって言う方がおかしいっすよ!」
亮の言葉に生徒の数人が答え、残り全員も次々とそれに同調する。その中で亮は最初に自分に言い返した生徒の方を見て、その女生徒の言葉を脳内で反芻させつつ彼女に尋ねた。
「待て、待て。まさかアラタがやられたのか?」
「は、はい。一撃でした」
問われた女生徒はそのまま決着の一部始終を話して聞かせた。
「飛びかかったアラタちゃんの顔を蹴っ飛ばして終わりでした」
一言で終わってしまったが、事実だったのでそれ以上言いようが無かった。
そしてそれを聞いた亮は背骨が氷柱と化したかのような総毛立つ感覚と共に戦慄を覚えた。
「蹴られてそのまま終わりって……」
「本当なんです。蹴られたアラタちゃんはそのまま人間の姿に戻っちゃって、今はカミューラ先生と一緒に病院に行ってます」
「カミューラ先生はアラタは軽い脳震盪だって言ってます」
もう一人の男子生徒が補足して説明を付け足す。それを聞いた亮は一つ頷いた後、彼らを見渡しながら再度尋ねた。
「ところで、他の生徒や先生はどうしたんだ? ここにはいないみたいだが」
「俺達が戦ってるときに全員避難しました」
「はあ?」
それを聞いたジャヒーが納得できないというように声を出した。このときの彼女は相変わらず全身真っ赤でのっぺらぼうな姿をしていたためにそれを初めて見た生徒達は一様に息をのんだが、彼らの反応を気にすることなくジャヒーが続けた。
「何よそれ。子供が戦ってるときに他の教員は全員逃げたっていうの?」
「い、いやほら、避難誘導とかもあるし」
「それも二、三人で出来ることでしょうよ。そいつら根性なしなんじゃないの?」
「多分そうなんだろうけど、あまり言ってやらないでくれ」
生徒の指摘を物ともせずに畳みかけるジャヒーの横から亮が口を挟む。その時、次の獲物を探すように立ち尽くす怪物の方へ目をやった一人の生徒が不意に声をあげた。
「芹沢さん!」
その生徒の目には、怪物に向かって迷い無く歩いていく優の姿があった。そして背後から声をかけられた優はそこで立ち止まり、肩越しに後ろを振り向いた。
「なに?」
そちらに向けた目は見た者が思わずゾッとするほど冷たかった。優に声をかけた生徒はそれを前にして、飢えた虎を前にした子鹿のように萎縮した。
「い、いや、なにって、その」
「私は平気だから」
そしてそれ以上の発言を許さないように言葉を鋭く投げかけてから、優がその生徒に背を向けて再び歩いていく。すると今度はその生徒と逆の側から、今度はやや低い男の声がかけられてきた。
「おい!」
「……」
再度呼び止められた優が心底嫌そうにため息を吐き、声のした方へ肩越しに振り向く。
「誰?」
「芹沢」
そこに立っていたのは刑事の新山浩三だった。かつて優の父親である芹沢誠一を捕まえ、死に至らしめた男だった。
しかしそんな浩三の必死の形相を見た優は眉一つ動かさず、全くの無反応のまま顔を正面に戻して再び歩き始めた。
「ま、まて、待ってくれ」
そんな自分を無視して歩き出した優に追いすがろうと浩三が前に足を踏み出す。だが彼が一歩前に踏み出した所で、いきなり横から飛び出してきたジャヒーがその顔に拳を叩き込んだ。
「ええっ!?」
「お、おい!」
浩三の体が宙を舞い、頭から地面に激突する。
それを見た生徒が驚きの声を上げ、亮が焦った顔でジャヒーの元へ駆け寄る。そしてジャヒーの肩を掴んで再度殴りかかろうとした彼女を力ずくで止め、不本意に止められキッと睨みつけてきた彼女に声をかけた。
「やめろ。やりすぎだ」
「余所者は黙ってて」
「話なら後で聞く。今は芹沢だ」
そう言ってから亮が優の方を向く。つられてジャヒーも彼女の背中に目を向けるが、しかし心配するような眼差しを浮かべる亮の横で、ジャヒーはそんな心配を一蹴するかのように鼻で笑ってから言った。
「優なら平気よ」
「なんの根拠があって」
「彼女言ってたでしょ。封印することは出来るって」
ジャヒーのその冷静な声を聞いた亮は、留置所で自分が聞いた優の言葉を思い出した。確かに優はそう言っていた。
そう昔の記憶を思い返していた亮にジャヒーが言った。
「だから黙ってて見てなさい。獣使いのやり方ってものをね」
「獣使いのやり方? 何か変わってるのか?」
「見てればわかるわよ」
問いかける亮にジャヒーが投げやりに言い放つ。それを聞いた亮は掴んでいた肩を離して全身で優の方を向き、ジャヒーもまた体から力を抜いて優を見た。浩三は頭から血を流しながら上体を起こしたが、その後ジャヒーに何かやり返そうとはせずに、ただ黙って優の方を見た。
生徒達も黙って優を見つめていた。全員の視線を背後に受けながら、優は淡々とした足取りで怪物と距離を詰めていった。
「蚩尤」
やがてある程度シユウに近づいた所で立ち止まり、優が顔を上げて蚩尤の牛の頭を見つめながら言った。
直後、蚩尤の動きが止まった。
「聞こえる?」
蚩尤と呼ばれた怪物ゆっくりと足を動かし、全身で優に向き直る。そして顔を下げて豆粒のような大きさしかない優を見下ろしながら、蚩尤がゆっくり口を開いた。
「オオ、マスター……」
その声はゆっくりと、だが聞く者を竦み上がらせるほどに重く威圧感に満ちた物であったが、それを聞いた優は表情を崩さずに黙って頷いた。それを見た蚩尤が続けて言葉を話つ。
「何用ダ……」
「あなたを止めにきたの」
「ハッ」
優の返答を聞いた蚩尤が鼻で笑って返す。優は無表情のままそれを聞いた。シユウが続けて言った。
「却下ダ。貴様ノ意見ハ聞ケン」
「もう十分暴れたでしょ。これくらいで勘弁して」
「マダダ。セッカク外に出ラレタノダ。モウ暫ク好キニヤラセテモラウ」
蚩尤が鼻息荒く答える。今度は優がため息をつく番だった。それを見た蚩尤が目を細め、相手を咎めるように言い放つ。
「何ガ不満ナノダ」
「あなたが早く戻ってくれないと困るのよ」
「ソレハ人間ノ都合ダロウ。私ニハ関係ノナイコトダ」
「困るの。だから力ずくでも戻ってもらうわよ」
「ホウ」
優の言葉を受けて蚩尤が興味深そうに彼女を見つめる。その鋭い視線を頭上に受けながら、優はおもむろに懐に手を突っ込んで何かを探すように中をまさぐり始めた。
「あった」
やがて目当ての物を見つけた優が手を引っこ抜く。その手の中には星の形をした金色のペンダントが握られており、優はそれをまじまじと見つめた後でそれを天高く掲げた。
「ヤル気カ」
「あなたがこっちの言うことを聞かないからね」
そのペンダントに視線を移してわずかに驚く蚩尤に、優がつまらなそうに言った。
「実力行使よ」
そして次の瞬間、優はそれまで掲げていた腕を振り下ろし、そのペンダントの尖った部分を勢いよく胸に突き刺した。
「アペンディックス」
優が静かに告げる。それと同時にペンダントと胸の刺さった部分から光が漏れ、その球形に膨れ上がった光はあっという間に優を飲み込んだ。
「フンババ!」
その光の球は優を飲み込んだまま相似拡大を続け、一瞬のうちに蚩尤と同じ大きさにまでなった。
そして光の球が内側から弾けた時、そこには頭から生やした牛の角とゴリラのように太く筋肉質な腕と鷲のそれように鋭い足の爪を持った、二本足で立つ灰褐色の怪物が立っていた。
「gyaaaaaaaaaaah!」
その灰色の怪物は軽く頭を振った後、自身の生誕を喜ぶかのように天に向かって盛大に叫び声をあげた。