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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第六章 ~魔獣「フンババ」、魔神「蚩尤」、魔皇女「ジャヒー」登場~
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「蚩尤」

 眼前に浮遊する二本の巨大な足は、ロボ演習のための大型グラウンドでそれと相対していたアラタにとってはただの木偶の坊でしかなかった。スピードもパワーも壊滅的。動きもバラバラ。チームワークや連携プレーなど欠片も見せない。

 要するに雑魚であった。


「フン!」


 もう何度繰り返したかもわからない考えなしの突撃を敢行してきた二本の足を見てアラタが鼻を鳴らし、両腕を広げてその両方とも片手で受け止める。


「オラァ!」


 そしてそのまま二本とも地面に叩きつける。グラウンドに叩きつけられたそれらは無抵抗のまま派手な音と震動を周囲にまき散らす。

 さらにアラタは攻めの手を緩めることなく右足をあげ、大地に激突したそれを踏みつぶした。その衝撃によって周囲から土埃が巻き上があり、アラタの足下をそれによって覆い隠していく。


「決まったーッ! 戦闘狂獣アラタ、渾身の一撃ーッ!」

「これは痛いですね。あのウサギ、なかなか重いですからね」


 そんな一幕を専用の円盤に乗って上空から観戦しながら、アロハシャツを着た一匹の豚がマイク片手に声を大にして叫ぶ。その横では和風の着流しを着た一匹の鶴が冷静にマイクを前にして解説を行っていた。

 彼らは地球を含む全銀河規模で行われている巨大異種格闘戦「ビッグマンデュエル」の地球方面における実況と解説を務めている二人であり、同時にこことは違う世界「ディアランド」から来た異世界人であった。しかしそのことを知る者はごく少数であり、真相を知らずにいる彼らの知人友人もまたその正体を知ろうとはしなかった。


「さて、今現在行われているのは本来スケジュールにないイレギュラーな戦闘ですが、我々はこの後もこの戦いを実況していきたいと思います!」

「かたや月から来た大怪獣、かたや謎多き足型モンスター、これは地球では滅多に見られない好カードですからね。続行させていただきますとも」


 実況役の豚「ラ・ムー」と解説役の鶴「ソロモン」が本題の合間にそれぞれ言葉を挟む。そんな彼らの眼下では、一度足を踏みつけたアラタがその後何度も同じ場所を踏み続けていた。


「ちっ」


 やがて何度も続けてきた踏みつけ行為を中断し、自身の足を地面につけたままアラタが小さく舌打ちをした。やがて土埃による煙幕が晴れ彼女の周りの光景が明らかになっていくとその踏みつけを行ったアラタの足の部分にはなにもなく、そして顔をしかめるアラタの眼前に何事もなかったかのように例の二本の足が浮遊していた。


「おおっと! 例の足が何事も無かったかのように中に浮いている! しかも今までアラタに踏まれていたはずなのに、傷一つついていない!」

「不思議ですねえ。いったいどうやって抜け出したんでしょうか」


 その光景を見たラ・ムーとソロモンが交互に言い合う。その口振りは今の状況を見て困惑しているというよりも、それを前にして次はなにが起きるのかと楽しんでいるような物であった。

 そう次を待ち望む二人の真下で、浮遊していた足が再びアラタの元へと飛びかかっていった。またしても同じタイミング、同じ場所を狙っての無計画な突進だった。


「バカの一つ覚えが!」


 それを見たアラタはそう吐き捨てると共に右腕を高々と掲げ、自分の胸元を狙って飛んでくるその足めがけて振り下ろす。その右手は飛んできた二本の足を揃って捉え、そしてアラタはそのまま右手を振り払って捉えた二本の足を地面に叩きつけた。


「クソが」


 地面に激突すると同時に浮き上がり即座に距離を離す足を見て、疲れたようにアラタが吐き捨てる。これなら蠅叩きをしていた方がずっとマシだった。だが目の前にある足は相変わらず無傷で、そしてどれだけ返り討ちに遭おうともなおも愚直にこちらに敵意を向けていた。

 まるでそれ以外の動きを知らないようであった。


「なんなんだよお前」


 それを見たアラタが億劫そうに肩を回しつつ問いかける。足はそれに答えず、わずかに前傾姿勢をとってやや後ろに下がり、それから再び空を切って突撃を敢行した。


「ああもう、しつけえ!」


 アラタは内心嫌になってきていた。





 同じ頃、留置場に戻されていた芹沢優は、自分の入っている房の中に姿を現した二人の人物を前にして目を丸くしていた。


「なんでここに……?」


 目の前の床にいきなり大穴が開いて、そこから彼らがせり上がるようにして出てきたことについては特に驚かなかった。彼女が驚いていたのは、彼らがここに来たことに対してであった。


「警察がうちに入ってきた」


 そんな優の呟きを無視して、鉄格子を開けずに直接房内に侵入した二人組の片割れであるジャヒーが、一歩前に進み出て優に言った。


「家宅捜索だかなんだか言って、何人もぞろぞろとね」

「それから、部屋の中にある物を物色し始めた。荒らし回ったりはしなかったが、徹底的に調べていった」


 ジャヒーの後を継ぐようにしてもう一人の人物である新城亮が言った。その亮の方へ視線を寄越しながら優が呆れたように言った。


「なんでここにいるんですか」

「家に来てくれとこの人に頼まれてな」


 そう答えた亮がジャヒーの方へ目を向ける。つられて優もジャヒーに視線を移し、二人の視線を同時に受けたジャヒーが簡潔に説明をした。


「私が家に呼んだのよ。シユウの残りのパーツの行方について相談したかったのよ。封印の方法とかもについても軽く説明しておきたかったし」

「あ、そうなの」

「だから本当はここに来る予定は無かったの。後で会いに行こうとは思ってたけど、こうやって強引に来たりはしなかった。でも予定が狂った」

「そうなんだ」


 納得したように優が返す。その言葉の後、ジャヒーはさらに一歩前に進んで優に言った。


「警察がうちに来ること、優は全部知ってたの?」

「ええ」


 優が正直に答える。ジャヒーが続ける。


「家宅捜索しに来ることも?」

「ええ」

「家に入った警察が何をするかも?」

「そうよ」

「根こそぎ調べられるのよ。箱も壷も、それから巻物も全部」

「それが向こうの仕事だからね」


 ジャヒーが畳みかけるように話すが、優はそれを全て受け流し一向に意に介さない。まさに柳に風であった。

 その反応を見たジャヒーは一つため息をついた。


「全部把握済みってことね」

「ええ」

「これから何が起きるかも」

「そういうこと」

「……この人嫌いめ」

「待ってくれ。つまりどういうことなんだ」


 納得するように吐き捨てたジャヒーを見て、何もわからずにいる亮が困惑しながら問いかける。そんな亮の方を向いてジャヒーが答える。


「優は全部把握済みだったってことよ。あのとき警察が乗り込んできたのも、そしてあいつらが結果的に蚩尤の封印を解いたことも」

「つまり、芹沢は」

「こうなることを知ってて止めなかった。そういうことよ」


 そう言ってから、ジャヒーが再び優の方を見る。そんな優を見つめる彼女の放つ気配は、だだっ子をあやすような優しいものであった。そしてその一方で、ジャヒーの言葉を聞いた亮の脳裏にはその「封印が解けた時」の光景がありありと浮かび上がっていた。

 ジャヒーに招かれて部屋の中で二人で相談をしていた時、いきなり玄関ドアの前に現れた警察の群れ。それが紙切れを見せながらドカドカと家の中に侵入し、こちらの抗議の声も無視して中にあるものを片っ端から暴いていく。その中でひときわ大きな木箱を見つけ、刑事の一人が片っ端からそれに手をかける。そして最後の木箱の蓋を開けた途端、その中から目が焼かれるほどの強烈な光があふれ出し、それを見た周囲の面々が驚きに口を開けている間に光が箱から飛び出し窓をぶち破って外へと飛び去っていった……。


「まったく、困ったマスターだわ」

「なんてことを」


 ジャヒーに続くようにして、事情を把握した亮が呆れた声で呟く。だが事態の深刻さをいまいち理解できていなかったので、その声には怒りの念はさほどこもっていなかった。

 それからしばらくの間三人の中で沈黙が流れたが、不意に亮が二人に尋ねた。


「ところで、その蚩尤って言うのは、そんなに強いのか?」

「え?」


 亮の質問に優が声を返す。彼女の方を見て続けて亮が言った。


「前にどれだけ強いのかは聞いたんだが、いまいちピンと来なくてな。封印が解けたと言われてもあまり怖いと思えないんだ」

「まあ、言葉で説明されてもよくわからないですよね」


 優がその亮の言葉に同意する。それから優は少し考え込んだ後、改めて亮の方を見て優が言った。


「見た方が早いかもしれないですね」

「見るって、直接か」

「ええ。ジャヒー」


 亮の言葉に応えてから優がジャヒーの方を見る。その視線だけで相手の意図を察したジャヒーは肩を竦ませ、やれやれと言いたいように言葉を吐いた。


「わかったわよ。やればいいんでしょ」

「待て、何をする気だ」

「今からシユウの居るところにまで転送させるの」

「三人全員でね」


 ジャヒーの言葉に優が合わせる。それを聞いた亮が困惑した表情で優に尋ねる。


「お前ここ出ていいのか」

「出ないとダメですよ。あれを封印できるのは私だけなんで」

「あら、あなたやる気なんだ。てっきり蚩尤を野放しにしておくのかと思ってたんだけど」

「私も一応獣使いだからね。別にこのままでもいいんだけど、やることはやらないとね」


 感心するように言ったジャヒーに向けて、優が嫌々答える。そんな優を見てジャヒーは「真面目ちゃんなんだから」と苦笑した後で優と亮の間に立って両手の指を絡み合わせ、それからこの世の言葉とは思えない不思議な呪文を小声で呟き始める。


「大丈夫ですよ。転移は一瞬で終わるから」


 亮を安心させるように優が言った。その直後、絡み合ったジャヒーの指の間から光があふれ出し、その光は瞬く間に三人を飲み込んでいった。

 そして光が内側へしぼむように消えた時、そこにいた三人もまた音もなく姿を消していた。





 それより数分前。

 目の前に現れたそれを見て、アラタは心の高揚を抑えきれずにいた。


「すげえ」


 それは今まで相手にしていた両足と、どこからともなく飛んできた牛の頭と獣のように毛むくじゃらの胴体が合体して誕生した異形の存在だった。腕がついておらず、背丈もアラタとほぼ同じだったが、それでもその怪物はまるで天を衝く高さを誇る山を前にしたかのような強大な存在感を放っていた。

 そんな二本足で立つ毛むくじゃらの牛を前に、アラタは全身総毛立つほどにどうしようもなく興奮していた。


「すげえ。こんな隠し要素があったのか」


 それは強敵を前にした戦闘本能の高まりであった。涎をふき取るように腕で口元を拭いながらアラタが叫ぶ。


「なんだよ。お前そんなこと出来るなら最初からやっとけよ。なあ」


 姿勢を低めたアラタが声を低くして牛の怪物に声をかける。怪物はそれに答えず、じっとアラタを見つめている。


「おい、どうしたよ? そこに突っ立ってないでこっち来いよ」


 今まで退屈な戦闘を続けていた影響もあった。アラタはもう我慢できなかった。


「なあ!」


 地面を蹴り上げアラタが飛びかかる。それはまさにライフル銃から撃ち出された弾丸のように速く鋭い跳躍であり、そうして一発の弾丸と化したアラタは一直線に牛の怪物に向かって突撃していった。

 対する牛は微動だにせず、おもむろに右足を動かした。間合いに飛び込んだアラタが右手を振り上げる。


「死ね」


 アラタが叫んだ次の瞬間だった。

 牛の振り上げた右足が眼前のウサギの横っ面にピンポイントで突き刺さり、牛はそのままウサギの巨体を真横に吹き飛ばした。

 その上半身はぴくりとも動かなかった。

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