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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第六章 ~魔獣「フンババ」、魔神「蚩尤」、魔皇女「ジャヒー」登場~
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「裸の女」

 二度目の事情聴取の中で、警察からの質問に対して芹沢優は何も答えなかった。言ってもどうせ信じない、言っても理解しない、の一点張りで、彼女自身が縛り上げていた足について質問されても「言ったところでどうせ信用しないでしょ」と突っぱねて終わりだった。優は自分が死体遺棄さのバラバラ殺人だのと言った何らかの犯罪の現行犯として捕まったことを知っていたが、その自分にかけられ罪状についてはあまり詳しいことは聞いていなかったし、そもそも警察に協力する気はさらさら無かった。

 ちなみにジャヒーと呼ばれた赤いのっぺらぼうの方は彼女たちを乗せたパトカーが警察署に着いたときには後部座席から忽然と姿を消していたのだが、それに関しても優は「笑われるのがオチだから言わない」と欠伸混じりに返した。


「……」


 そんな非協力的な態度を取り続ける優を前にして、しかし新山浩三は怒鳴る事も怒る事もせず、ただ黙って彼女と相対していた。彼の後ろに位置していた後輩は普段こんな態度をとる相手には徹底的に詰め寄っていくはずの彼の今の姿を見て困惑した表情を浮かべていたが、浩三はそんな後ろからの疑惑の目線を知りつつあえて無関心を装い、ただじっと優の方を見つめていた。


「何か話せる事は無いのか」

「なにも」


 既に聴取を始めてから十分が経つ。しかし優の態度はまったく軟化しなかった。


「なんでもいい。どんな些細な事でもいいんだ。だから」

「ほっといて」


 詰問するというよりも相手を説得するように話しかける浩三だったが、優は歯牙にもかけない。そのうち後ろにいた後輩刑事が席を立って浩三のすぐ後ろにつき、その耳元で優には聞こえない程度の小声で何事かを話し始めたが、浩三はそれを聞いても黙って首を横に振るだけだった。


「なんでですか」


 そのうち後輩刑事が声量をあげて浩三に言った。それは優にも聞こえるほどの大きさだったが、優はそれを無視した。


「いつもはもっとがつんと行ってたでしょ。なんでそんなに及び腰なんですか」

「それは……」

「先輩らしくないですよ。弱腰になりすぎです。昔の事がそんなにトラウマになってるんですか?」


 後輩がそう言った直後、優の眉間に皺が刻まれた。その目つきは険しくなり、それまでとは打って変わって刺々しい空気をその身に纏い始めた。後輩はそれに気づかなかったが、浩三の方はその空気の変化を敏感に感じ取り、僅かに肩を震わせた。

 だが後輩はそれに気づかず、優の態度の変化もお構いなしに言葉を続けた。


「昔この子の父親を捕まえたからなんだっていうんです? その後どうなったかは知りませんけど、それとこれとは別問題でしょ。昔何があったか知りませんけど、いつまでも過去の事を引きずってるのは感心しないですよ」

「お、おい、お前」

「一回とっつかまえたくらい別にいいじゃないですか。捕まるだけの事件なり事故なりを起こしたんでしょ? 自業自得ですよ。こっちが遠慮する必要なんかちっとも無いのに」


 後輩がそう自信満々に言葉を吐き出していき、そして後輩がそう台詞を吐けば吐くほど、優の周囲にある空気がますます澱んで怒りに満ちた物になっていく。だが後輩の方はそんな優の雰囲気に一向に気づかず、その後もベラベラと台詞を吐き続けた。

 浩三は生きた心地がしなかった。表情はいつもの通り覇気のない物だったが、顔はしっかり青ざめていた。自分の前では芹沢優の発する地獄の業火もかくやと言わんばかりの怒りの炎が轟々と燃え上がり、後ろでは後輩がノリノリでその火に油を注いでいたのだ。気がつけば優はこちらを憤怒の形相で睨みつけていたのだが、後輩は当然それに気づくことは無かった。

 そんな、まるで過去に自分が犯した罪に対する罰だと言わんばかりの仕打ちに、浩三は大いに恐怖を覚えた。だがそのとき、そんな彼を不憫に思ったのか、不意に彼に対して救いの手が差し伸べられた。


「すみません、少しいいですか?」


 取調室の出入り口のドアが開き、そこから別の警官が顔を出してきた。それま喋り続けていた後輩が即座に体裁を立て直し、その警官の所に行って話を始めた。


「先輩、ちょっと」


 そして警官から話を聞き終えた後輩刑事が浩三の近くに寄り、再度耳元で何か話し始める。しかしこの時の後輩刑事の顔は真剣そのものであり、またその話を聞き終えた浩三は肩の荷が降りたと言わんばかりにため息を一つついた。


「今日の取り調べは終了だ」


 そして優の方を向いて早口でそう告げる。何が起きたかわからずにいた優に、浩三が続けて行った。


「今日明日はここに泊まってもらう。もろもろの正式な手続きについては追って連絡する」





 優が自分に面会人が来ていると知ったのは、それからすぐの事だった。そして自分のこれからの処遇を知らされたのも、そのすぐ後の事だった。


「私、バラバラ殺人事件の容疑者になったみたいなんです」


 そして面会人として自分に会いに来た亮と冬美に対し、優は面会室のしきり越しに自身の置かれた立場を手短に説明した。


「あのとき、私が道のど真ん中でバラバラの足を縛ってたのが決定打だったみたいです。でもまだ凶器や証拠も見つかってないから、しばらくは起訴せずに留置所に送られるそうです」

「凶器や証拠って、別にお前がやった訳じゃないんだろ?」


 その話を聞いた亮が渋い表情を見せる。亮の言葉を受けて優が頷き、それに続けて冬美が言った。


「その通りだクマ。芹沢さんはやってないクマ。警察は揃いも揃って無能の集まりクマ」

「そういうのはここではあんまり言わない方がいい」


 そんな冬美に即座に亮が釘を刺す。それから亮は視線を優の後ろに立つ監視役の刑事と自分たちの後方に立つ刑事にそれぞれ移してから、最後にそれを優に向けて言った。


「今日来たのは、その足について聞きたい事があるからなんだ」

「あれについてですか?」


 亮が頷く。それから亮はじっと優を見つめて言った。


「今日、実は俺達もあれに遭遇したんだ。まだバラバラになる前のあれとな。俺の友人と、その友人の知り合いも一緒だった」

「私の同胞もそうだクマ。先生の友人の知り合いは実際に襲われたクマ」

「でも、今日は別にそのことについてお前を責めに来たんじゃない。ただ知りたいんだ」


 そう言って亮が顔を寄せる。冬美と優もつられて顔を寄せ、その状況で亮が言った。


「あれは一体なんなんだ? お前と、いや、お前達と何か関係があるのか? どんな些細な事でもいい、俺達に教えてくれないか」


 それを聞いた優はしばらく無言で亮を見つめていたが、やがて一つ息を吐いてからその問いに答えた。


「実際に見せた方がいいかもしれませんね」

「なに?」

「時間だ」


 優の言葉を聞いた亮が何事かと聞き返した直後、優の後ろにいた警官が空気を読まずに大声で言い放つ。だが優は椅子に座ったまま微動だにせず、じっと亮と冬美の方を見つめていた。


「おい、時間だぞ」


 痺れを切らした警官が優に近づいていく。しかし優のすぐ背後まで来た瞬間、優はいきなりすっくと立ち上がり、それからゆっくりと警官の方へ振り向いた。


「な、なんだ」


 突然の事に驚く警官に向けて優が右手を伸ばし、その頭を鷲掴みにする。


「があっ!?」


 頭を掴まれた警官が苦悶の声を漏らす。優の握力はその年齢の少女相応の物だったので痛みはさして無く、その苦しげなうめき声は自分の置かれた状況に対する困惑から来ていた。


「おい、何やってる!」


 亮達の側にいた警官がしきいのすぐ近くまで寄って叫ぶ。警官の頭を掴みながら、そのもう一人の警官の方へ優が顔を動かす。

 その目は真っ赤に染まっていた。瞳孔も虹彩も角膜も含め、目玉そのものが赤一色に染められていた。


「ひ……っ!」


 その両目を見た警官は小さく叫び声をあげ、そのまま意識を失ってその場に崩れ落ちていった。この時亮と冬美も同様に赤く染まった優の両目を凝視していたが、警官が崩れ落ちた後も彼らは意識を保っていた。


「な……な……っ」


 そして警官が倒れた直後、もう一人の頭を使まれていた警官も僅かにうめき声を上げた後、白目をむいて意識を失った。それまで自分の頭から引きはがそうと優の腕を掴んでいた両手は吊り糸が切れたようにその腕から離れて力なく垂れ下がり、警官の体は今では優の腕によって直立状態を保っている有様であった。


「……」


 最後の警官が意識を無くしたのを見た優が頭を掴んでいた手を開いて警官を解放する。支えを失った警官の体はその場にどさりと倒れ込み、そして亮と冬美は驚愕の表情を浮かべながらその一部始終を見つめていた。


「な、何をしたんだ?」


 やがて亮がおそるおそると言った体で口を開く。それを聞いた優はそれまで警官を鷲掴みにしていた手に視線を降ろしてそれを何度か開閉させた後、二人の方に全身で向き直っておもむろに両手で服の裾を掴んだ。


「え」


 そして何をするのかと不思議に思う二人の目の前で、優は一気に自分の着ていた服を脱ぎ捨てた。


「あっ!」

「えっ!?」


 それを目の当たりにした亮は反射的に目を瞑って顔を逸らし、冬美は着ぐるみの目の部分に丸太のような手を当てて自身の視界を遮る。そんな二人の反応を見た優は服を足下に放り捨てた後、続けて下半身にも手をかけながら愉快そうな口振りで言った。


「別に気にしなくてもいいわよ。下着はちゃんと着てるから」

「そういう問題じゃないだろ」


 どこか楽しげな様子の優に対して亮が苦々しく言い返す。しかしそんな亮の肩を、彼よりも先に両手を目元から離して優の姿を見ていた冬美が軽く叩いた。


「先生、先生。あれ見るクマ」

「お前までなんだいったい。俺はそんなセクハラまがいのことは」

「そういうんじゃ無いクマ。とにかく見てみるクマ」


 そう催促する冬美の口調は真面目で深刻な物だった。そんな不健全な要素を一切排した冬美の言葉を聞いた亮は、彼女の言う通りに恐る恐る目を開けて顔を優の方へ向けていく。

 そして優の姿を完全に視界に納めた瞬間、亮は絶句した。


「え……?」


 満足に言葉も出せないまま、亮が下着姿になった優の体を凝視する。その目に不純な下心といった物は無く、彼の両目はただ驚きによって見開かれていた。


「なんだそれは……」


 亮の視線の先にあったのは、下着で隠された部分以外の全てが真っ黒に染まった優の肢体だった。正確には優の首筋からつま先までに至るまで、おおよそ肌と目されるありとあらゆる箇所に複雑なレイアウトの円形の模様が隙間無く、入れ墨のように何十何百と刻まれていた。しかもその一つ一つは全て細部が異なっており、同じ物は一つとして無かった。


「お前、それはいったい」

「魔法陣」


 その体に刻まれた模様の一つを見つめながら問いかけた亮に、優が素っ気ない口調で答える。


「召喚する時に使うんです」

「召喚?」

「何を呼ぶ気なんだクマ」


 亮よりも速く冬美が質問する。それを聞いた優がさらりと答える。


「獣を呼ぶの」

「動物でも呼ぶのかクマ?」

「違うわ。人間よりももっと大きくて、もっと怖い物よ」


 冬美の問いかけにそう答えてから、優が足下の衣服を拾い直してそれを静かに身につけていく。そうして元の様子に戻ってから、優は椅子に座り直して面会に来ていた二人を改めて見つめながら言った。


「私は獣使い。ソロモンの名前を継ぐもの」

「なんだそれは」


 いまいち要領を得ない亮の問いかけに優が答える。


「この世界に太古から存在する悪しき者達を封印し、使役する者です」

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