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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第六章 ~魔獣「フンババ」、魔神「蚩尤」、魔皇女「ジャヒー」登場~
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「連行」

 二人が目的地に着いたとき、彼女たちの追っていた「それ」は彼女達の眼前にある施設の自動ドアをぶち抜き、粉々になったガラス片を周囲にまき散らしながら外へと飛び出そうとしていた。


「バラバラになってる!?」


 そしてその今は四つのパーツに別れていた足を見て、赤いのっぺらぼうは両肩から生やした鳥の翼を人の腕へと変化させながら体の内側から驚きの声を発した。その翼から腕へのモーフィングを見た周囲の一般人たちは自動ドアが粉砕されたのを見た時以上に驚愕したが、当ののっぺらぼうはそんな奇異な物を見る周りの視線を一向に気にしなかった。


「取り扱いには細心の注意を払わないといけないのに、いったい誰があんなこと」

「考えるのは後よ」


 唖然とするのっぺらぼうの前に降り立った優が、地面に膝を曲げて着地しながらそう答える。この時彼女の背中には小振りのバックパックがあり、優はそこに手を回して中からロープを取り出した。


「まずは動きを止める。その後捕まえて、封印は家でするわよ」


 そう言った優の視線は、こちらの姿を認めて戸惑うようにその場に浮遊する四つのパーツに固定されていた。彼女もまた周囲から浴びせられる好奇の目を意識しようとはしなかった。


「シール! 急いで!」


 そしてそのまま振り返る事もせず、背後ののっぺらぼうに指示を飛ばす。それを聞いたのっぺらぼうもすぐさま行動に移り、両手を前に突き出して今なお浮遊を続ける足のパーツに狙いを定める。


「封印式、展開!」


 のっぺらぼうが声を腹から直接放つ。直後、のっぺらぼうの全身を紫色のオーラが包み込み、それと同時に外向きに棘の生え揃った鉄の輪が全部で五個、その足を内側に納めるように次々と出現した。


「拘束!」


 中指と人差し指だけを伸ばした両手を軽やかに回転させながらのっぺらぼうが叫ぶ。出現した鉄の輪はその声に応えるように縮小を始め、内側にあった足のパーツを四つ全て締め上げた。

 鉄の輪によって拘束された足はそれまで大人しかったのが嘘のように、まるでゴムのように全体をぐにゃりと曲げて自由になろうともがき出した。だがそれと同時に鉄の輪についた棘から、赤いオーラが煙のように噴き出し始める。


「放出!」


 再び両手を回しつつのっぺらぼうが叫ぶ。その煙は足が動けば動くほどその濃さと量を増していき、やがて時間が経って足の動きが緩慢になるにつれて煙の量と濃度も薄くなり、そして足が抵抗を止めた頃には煙もぱたりと止まった。


「よし、決まり」


 その様子を見たのっぺらぼうが全身にオーラを纏ったまま、大きく息を吐きながら言った。相変わらず野次馬の視線は彼女に突き刺さり、それどころか「足」が自動ドアをぶち破った施設の中からも人がやってきたために彼女へ向けられる視線は更に増加したが、のっぺらぼうは集中を切らすことなく腕を前に出したまま自ら拘束した足を睨みつけていた。


「急いで。あまり長くは保たないわ」


 そして前に腕を出しながら、のっぺらぼうが前にいる優に催促の声を放つ。優は無言で頷いて手にしたロープを解き、鉄の輪によって拘束されていた足の元へと駆け寄ってそのすぐ傍に腰を下ろす。


「これで……!」


 そして優は慣れた手つきで足を縛り上げていき、十秒も経たない内に足のパーツを完全に締め上げた。それから何度かロープをきつく締めて堅さを確認した後で優は親指を立ててのっぺらぼうに指示を出し、それを見たのっぺらぼうは全身を覆うオーラを打ち消してそれまで現出させていた鉄の輪を全て消滅させた。

 鉄の輪が無くなっても、ロープで物理的に縛られただけの足はぴくりとも動かなかった。


「力は完全に抜けたみたいね」

「当然じゃない。私のドレインは完璧よ?」


 動かなくなった足の束を再度締め上げながら肩越しに振り向いてそう言った優に対し、のっぺらぼうが腕を組んで自信満々に言い返す。この時優の目には心なしか、のっぺぼうそのものの密度というか、存在感が増していたように見えた。


「さ、そんな事より。はやく持ち帰って封印しましょ。腕は消えちゃったけど、それで最後なんだから」

「そうね。そうしましょ」


 しかしそんな事は優にとっては些細な事だった。そしてのっぺらぼうの提案に優は快く頷き、自分で縛った足を抱き上げようとそれに手を回した。

 作戦終了。これで全て丸く収まる。


「動くな!」


 だが事はそう簡単には行かなかった。縛られた足に手をかけようとした直後、不意に鋭い声が優の背中に突き刺さった。優が驚いて反射的にそちらに振り向くと、そこにはある意味で彼女のよく知る顔があった。


「なんで……?」


 それを見た優は体の動きを止め呆然と呟いた。なんでここにいるのかが理解できないというような口振りだった。

 その優に声を投げかけた存在は後方に野次馬の群れを、隣に別の人間を置きながら、険しい表情を浮かべつつ小振りのリボルバー拳銃を持ち、その銃口をまっすぐ優に向けて突きつけていた。

 それはスーツの上からコートを羽織った一人の男だった。男は表情を崩すことなく優を睨みつけ、そして優しさの欠片もない厳しい声で言った。


「いいな。変な真似はするんじゃないぞ。絶対にだ」


 それを聞いたのっぺらぼうは口もないのに思わず息をのんだ。両者の間に挟まれながらもその射線からはやや後ろにずれた位置にいた彼女はその優に銃口を向ける人間の放つ気配から「少しでも動けば撃つ」という明確な意思を感じ取り、動くに動けずにいたのだ。

 本当ならすぐにも射線上に割って入って盾になるつもりだったが、その行動を移してから実際に割って入る僅かな瞬間に発砲されたら本末転倒である。お互いの身を守るためには動いてはいけないというジレンマを抱えてしまっていた。


「……詳しい話は署で聞く」


 そんな三者がそれぞれの事情で体の動きを止めていたその時、銃を構えていた男が自分の感情を押さえつけるかのように無理矢理声を絞り出して言った。


「車はこっちで用意してある。それを持ってこっちに来るんだ・・おい」


 銃を構えたまま男が声で合図を出す。男の隣にいた若い男はそれを聞いてすぐさま動きだし、路上に止めてあった車に乗り込んで自ら運転しながらこちらに持ってきた。野次馬が集まっていたとは言え路上に人はいなかったので、車自体はスムーズにやってくることができた。


「気をつけて」


 その時、不意に優がのっぺらぼうに話しかけた。声を発したのではなく、思念を相手の脳に直接飛ばしたのだ。これは二人が主と僕だから出来る芸当であった。


「あの警察、信じたらダメだから」

「どういう意味?」


 優の言葉を頭で聞いたのっぺらぼうが思念を返す。それを受け取った優が再度言葉をよこした。


「あれが父さんを捕まえた」

「!」


 刹那、のっぺらぼうの空気が一変した。


「新山浩三……ッ!」


 それまで持っていなかった強烈なまでの殺意を全身から迸らせ、髪の毛を怒りで逆立たせ、今にも飛びかからんとするかの如く両手の指をせわしなく動かし始めた。


「だめ」


 それを敏感に感じ取った優が慌てて思念を飛ばす。


「だめ。止めて。落ち着いて」

「落ち着いて? 落ち着いていられると思う? あんな事言われて?」

「あなたの気持ちはわかる。でも今はだめ。あれの言うとおりにして、お願いだから」


 表向きは真顔のまま、優が思考内で必死に懇願する。だがのっぺらぼうは頑として譲らなかった。


「どうして? 前の私のマスターを殺した奴が、仇が目の前にいるのに、どうして止めるの?」

「お願いだから、我慢して」

「あの人は私が愛した人だった。あなたも知ってるでしょう? あいつはその人を殺したのよ! それを前にして耐えろって言うの!? それにあの人はあなたのお父さんでもあるのに!」

「ジャヒー!」


 優が叫んだ。思念ではなく、言葉が口から飛び出した。ジャヒーと呼ばれたのっぺらぼうだけでなく、野次馬や刑事、その言葉を聞いた全員が一斉に優の方へ目を向けた。

 だが優の目はジャヒーだけを見ていた。


「お願い」


 その視線には相手の反論を許さない強い意志が込められていた。現マスターにここまでされては、僕として従わないわけにはいかない。


「……わかりました」


 相変わらず口を作らずにのっぺらぼうが言葉で答える。そして二人は抵抗もせず、粛々と警察の持ってきた覆面パトカーに乗り込み、その後パトカー何処かへと走っていった。





「ああクソッ! 行っちまった!」


 走り去っていくパトカーの後ろを見つめながら、リトルストーム正面入り口から外に出てきたケンは悔しさを露わにして吐き捨てた。


「警察の連中、あれがなんだかわかってるのか?」

「それより、あのバラバラになった足を縛っていた子達はいったい誰なんですか?」


 そんな悔しがるケンの横で、幸子が自分達の所に駆け寄ってきた亮達に向けて問いかけた。それを聞いた亮は彼らと合流してから気まずそうな表情を浮かべてしばらく逡巡し、それから一語一語を噛みしめるように口から答えを出した。


「……うちのクラスの生徒だ」

「えっ?」


 それを聞いた幸子とケン、そしてフリードが一斉に亮の方を向く。


「それマジかよ」

「まあ、そうなんですか?」

「どういうことでござる。彼女が通り魔の黒幕でござるか」

「俺もそこまで知らないよ」


 矢継ぎ早に浴びせられる質問に亮が突っぱねるように返す。それから質問をよこしてきた面々を見回しながら、困惑した調子で亮が言った。


「俺だって詳しいことは何も知らないんだ。本人から直接聞くとかしないと」

「でも芹沢さんは警察に連れて行かれたみたいだクマ。話を聞こうにも聞けないクマ。どうするクマ?」

「それなら警察で聞けばいいでござる」


 冬美の問いかけにフリードが答える。そんな簡単に会えないだろ、という苦々しいケンの言葉をよそに、亮は顎に手を置きながら静かに言った。


「それもありかもしれんな」

「マジで言ってんのか」

「やらないよりやった方がいいだろ」


 苦言を呈するケンに亮が断言する。こうなった亮はてこでも動かない事を宇宙刑事時代の経験から嫌と言うほど知っていたケンは、それ以上何も言わなかった。

 ただし、その件については何も言わない代わりに、ケンは亮に軽口を叩いた。


「お前って、昔からそんな奴だったよな」

「このまま放っておけないだろ」

「私も一緒に行きたいクマ」


 そんな軽口に生真面目に返した亮に、冬美が真剣な口調で言った。その冬美の顔を見ながら亮が言った。


「じゃあ行くか」

「今から?」

「今から」


 冬美からの問いかけに亮が即答する。それを聞いた冬美は放課後の時とは真逆の反応を返した。


「行くクマ」

「よし」


 そう頷いた亮と冬美がパトカーの向かっていった方へそろって走り出す。その後ろ姿を見ながらフリードが言った。。


「拙者も行きたいでござる」

「こっちはこっちでやることが山ほどあるからな。勘弁してくれ」

「ぐぬぬ」


 しかしガラスの割れた自動ドアを見つめながら答えたケンの言葉を聞いてフリードが悔しそうに声を漏らす。そうしてケンと幸子とフリードの三人は亮と冬美に背を向け、散乱するガラス片と自動ドアの残骸を踏み越えて一度リトルストームの中へと帰って行った。

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