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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第六章 ~魔獣「フンババ」、魔神「蚩尤」、魔皇女「ジャヒー」登場~
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「一時撤退」

 芹沢優が警察から解放されて家に戻って来た時には、既に外は陽が落ちて空は薄闇で覆われていた。そう言えば今日は平日だったと玄関ドアの鍵穴に鍵を挿した時に思い出したが、それ以上はあえて何も考えないようにして鍵を回し、鉄拵えのドアを力を込めて開けて中に入った。


「あら、おかえりなさい」


 玄関に入って背中越しにドアを閉めたとき、目の前からそんな声がかかってくる。誰かと思って顔を上げると、そこには赤く粘りけのあるゲル状の物質で構成された人型の「何か」が、片足に体重を乗せて腕を組みながら立っていた。それは人型をしていたが目や鼻といった顔を構成するパーツは一つもなく、さながらのっぺらぼうの如き姿をしていた。


「みんな首を長くして待ってたのよ。さ、早く上がって」


 赤いのっぺらぼうが本来なら口のある部分からそう言葉を発する。彼女はその気になれば顔のパーツを構成する事も出来るのだが、実際は面倒くさがって一度もやろうとはしなかった。おそらく一生のっぺらぼうで過ごすつもりなのだろう。


「うん。ただいま」


 そんな事を頭の片隅で考えながら、優が重い足取りで靴を脱いで上がり込む。その顔は酷く疲れきっており、目の色は今にも眠ってしまいそうなほどに虚ろであった。

 その様子を見たのっぺらぼうが何事かを察し、後ろに回って上着をそっと脱がしながら彼女を労るように言った。


「だいぶ疲れたみたいね。大丈夫?」

「うん。まだ平気。でも今日は早めに寝たい」

「じゃあ今の内にお風呂湧かしておくわね。ご飯食べて一息ついたら、すぐお風呂に入って寝付けるようにしておくから」

「ありがとう」


 歩きながら上着を脱がされ若干身軽になった優が、いくらか早歩きになってリビングへと向かう。だが優が廊下とリビングの境目となっているドアに手をかけた直後、彼女はその手から力を抜いて背後にいるのっぺらぼうを肩越しに見つめながら、それに声をかけた。


「ところで、あれはどうなったの?」

「あれ? あれってなんのこと?」

「とぼけないで」


 おちゃらけた調子で聞き返すのっぺらぼうに釘を刺すように、優が鋭く言葉を放つ。その言葉と優本人が発する冗談を許さない雰囲気を察したのっぺらぼうは、すぐに姿勢を正して真剣な声で言った。


「頭と胴体は回収した。足はまだどこにあるかわかってないわ。腕は見つける前に消された」

「消された?」

「誰かに倒されたのよ。まさかあれとやりあって勝てる人間がいるなんて思わなかったわ」


 その手に上着を持ったまま腕を持ち上げ、赤いのっぺらぼうが「やれやれ」と言いたげに首を横に振る。彼女の様子からは呆れと驚きの気配が見て取れたが、優はそれが出来る人間を何人も知っていたので特に驚いたりはしなかった。


「じゃあ、あとは足だけって事ね」

「まあそういう事ね」


 そして驚かないまま優が真顔で言い放った言葉にのっぺらぼうがそう答える。間髪入れずに優が言った。


「どこにあるかは見当つかないの?」

「ついてたらとっくに動いてるわよ。あいつってばそれまで好き勝手に動いてたっていうのに、ある日を境にぱったりと姿を消したのよ。それからはもう気配さえ掴ませてくれないわ」

「私たちに追われているのがばれた?」

「おそらくね。もしくは私たち以外に自分を倒せる存在がいることに気づいたか」


 腕を倒した者がいる。のっぺらぼうの言葉を聞いて、優は彼女が前にそう言ったのを思い出した。そんな優に赤いのっぺらぼうが続けた。


「あれはかなり頭が冴える方だから、誰かが自分の妨害をしてると気づいても不思議じゃないわ。多分、ほとぼりが冷めるまでどこかに隠れてるつもりなんじゃないかしら」

「前途多難ね」

「本当にね。向こうから動いてくれないんじゃ探しようがないわ」


 のっぺらぼうがうんざりした調子で言い返す。その言葉を聞いた優もつられて顔を暗くするが、それを見たのっぺらぼうは一転して声の調子を明るい物に変え、上着を腕にかけて両手を叩きながら優に近づき、その肩に手を置いて言った。


「安心なさい。これは私たちの問題。私たちが絶対に解決する。あなたは私たちを信じて、いつも通りどっしり腰を据えていてちょうだい」

「それはもう信用してるわ。信用してるけど、でももうのんびりともしてられないわよ。あれが表で暴れ回ったおかげで、警察の方も動き始めたみたいだから」

「そっちも任せて。穏便に対処するから。それでも暫く時間はかかるし、あなたも何度か警察にお世話になるかもしれない。こればかりはもうどうしようもないんだけど、そっちの方は大丈夫かしら?」

「平気よ。私は身に覚えがないんだから自白しようが無いじゃない。適当に質問に答えてればそのうち解放されるわ」


 その言葉は感情がこもって無くかなり投げやりに放たれたものであり、無理をしているのが丸わかりであった。だがそれを聞いたのっぺらぼうが何か言おうとした瞬間、もうこの話はおしまいとばかりに優がドアを開け、肩に置かれた手をするりと抜けてリビングに入っていく。

 そんな肩から離れて宙ぶらりんになった手をゆっくりと引っ込めて、のっぺらぼうは半開きになったドアを見つめながら一人呟いた。


「全然平気そうには見えなかったんだけどなあ」


 彼女は過去に優と警察との間に何があったのかを知っていた。知っていたからこそ帰ってきた優が憔悴していた理由も察する事が出来た。

 しかしこの問題が今すぐ解決しそうにないのもまた事実。


「……出来るだけ早く解決したほうがいいわね」


 なのでのっぺらぼうはそう自分に言い聞かせるように言い放ち、明日から頑張ろうと決意を新たにしてドアノブに手をかけ自分もリビングへと入っていった。





「そういえば先輩、今日はおとなしかったですね」


 後輩の投げかけてきた言葉を受けて、浩三は紙コップに入ったコーヒーを飲む腕の動きを止めた。現在の時刻は午後七時。参考人として引っ張ってきた芹沢優を解放してから二時間が経過していた。

 後輩が話題にしていたのはその今日行われた優の事情聴取についてであった。


「いつもはもっと強引に行くのに、今日はずいぶんと慎重というか、話す言葉を選んでた感じがしたんですよね。何か理由があったりするんですか?」


 この後輩は十分な場数を踏んでおらず刑事としてはまだまだ未熟だったが、洞察力と観察眼に関しては光る物を持っていた。そのことは自分だけでなく他の同僚や上司達も知っている事であり、隠し通していたつもりだった自分の心の機微をあっさり見抜いてしまったのもなんら不思議はなかった。

 もっとも、隠しておきたかった物をあっさり暴かれるというのは、それはそれで不愉快な事でもあった。しかし今更しらばっくれても無意味だったので、浩三はおとなしくそれに答えることにした。


「そう見えたか?」

「ええ。そう見えました」

「そうか……」

「本当、変でしたよ。途中で言葉濁したり、時々目が泳いでたり、やたら時計気にしてたりしてましたから」

「お前俺の後ろにいただろ。言葉はともかく、なんで俺の目の動きがわかるんだ」

「顔が動いてたんですよ。時々、ほんのちょっとの動きでしたけど、顔が傾いていたのがわかったんです。いつもの先輩はこうピシッと、相手の方を見たまま動きませんから、それに比べて今日のはちょっと傾いてるかな、と思ってその傾きの先を見たら、そこに時計があったんです」

「よく見てるなあ」

「恐縮です」


 後輩の説明を聞いた浩三が呆れるように呟き、それを聞いた後輩が苦笑混じりに頷く。そして浩三は飲みかけのコーヒーを一気に飲み干し、それから後輩の方に向き直って言った。


「知りたいか」

「えっ?」

「俺があのときああなった理由だよ」

「それは……まあ……」


 浩三の提案を受けた後輩が言葉を濁す。あまり愉快な内容ではないと場の空気から察したのだろう、その声は弱々しくあまり乗り気ではなかった。

 だがここまで来たのなら言ってしまいたい。言って楽になってしまいたい。その気持ちが今の浩三の心中を支配していた。そしてその気持ちのままに、浩三は後輩の方を向いて口を開いた。


「俺なんだよ」

「な、なにがですか」


 聞き返しながら生唾を飲み込む後輩をじっと見つめながら浩三が言った。


「あいつの父親を捕まえたのは俺なんだよ」

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