「両者エントリー」
「それでは両選手の入場です!」
無人と化した戦闘領域上空にて円盤に乗った豚がマイク片手に高らかに宣言する。その声はマイクを通して領域全てに広がり、さらにそれは特設会場に設置されたスピーカーからも朗々と響いた。
「……」
そして今回の試合の出場選手の一人である「地球人月光学園代表」十轟院麻里弥は、その宣言を一人、学園の屋上で落下防止用のフェンスに背中を預けながら聞いていた。彼女はいつものように日本刀を背中に背負いながら、右手首にはめられていた銀色の腕輪を手持ち無沙汰気味に左手でなでさすっていた。その態度や表情はとても落ち着きリラックスしていたが、その瞳は勝利に燃えていた。
「まずは月光学園代表! 地球人、十轟院麻里弥!」
豚型宇宙人の声が高らかに轟く。その声を合図にして、麻里弥は背中をフェンスから離す。そして一度深呼吸をした後、何も言わずに向かい側の屋上の縁へと駆けだした。
進行方向上には当然フェンスが張られてあったが、麻里弥はそんな物など最初から無いかのように一歩目から全力疾走する。そしてフェンスまであと二メートルと迫った瞬間、麻里弥は前に出した足に全体重を乗せ、その足で地面を蹴り上げて空高く飛び上がった。フェンスを軽々と飛び越え、その体を宙へとなげうった。
一瞬、重力から解放された体が宙に舞う。その瞬間に麻里弥は再び右手首にはめた腕輪に左手をあてがい、そのまま両手を自らの前に突き出した。
「目我! 轟!」
そしてその体勢のまま麻里弥が叫んだ直後、腕輪の上半分が回転を初め、やがてそこと下半分との間に生まれた隙間から光が溢れだす。その光は瞬く間に麻里弥を包み込んでいき、宙に浮く一つの輝く球体を形成した。
そして球体となった光は更にそこから間髪を入れずに、人の形へ姿を変えながら急激に膨れ上がった。それまで人間一人を納められるだけの大きさでしかなかったそれは一瞬にして全長八十メートルの巨大な人間型のそれへと変じ、そして人型を取り終えると同時に、それを覆っていた光のベールが粒子となって取り払われていった。
爪先から頭の天辺まで光が拭われた時、そこには一体のロボットが立っていた。
「出た! あれこそが十轟院の誇る戦闘マシーン! 全長八十メートル、二足歩行! ……えー、め、め、メガデスの登場だァ!」
実況の言葉に会場が一気に沸き立つ。その熱気の押されて、実況が途中で噛んだ事は誰も気にかけなかった。
ちなみに彼が噛んだのは、事前に渡されて手元に持っていた、今回の出場者の名前を記した紙の中に、地球側ロボットの名前が「目我出巣」と漢字で書かれてあったからだった。ちなみにこの当て字が正式名称であり、名付け親は麻里弥本人である。
ただでさえ日本語に精通していないのに、初見で噛むなと言う方がおかしかった。
「あれは……」
その一方で、その様子をモニター越しに見ていた亮が呆然と呟く。それを間近で見ていた冬美はそのリアクションを愉快そうに眺め、満は亮と同様にモニターにかじりついてテンション高く叫んだ。
「すごーい! なんか巫女さんみたーい!」
満の言うとおり、それはどことなく巫女を思わせる出で立ちだった。
胸が僅かに膨らんで見える細身でしなやかなフォルム。頭部は髪の端が外向きに広がったおかっぱ頭のようであり、上半身は白く、下半身は赤かった。両の肘の先からは袖を思わせるパーツがつけられ、手の殆どを覆い隠していた。腰の両サイドからはそれぞれの足を前から後ろまでぐるりと隠しつつ足首まで届くほどの長さを持った赤いパーツがつけられており、それはまるでひだのついた袴を履いているかのようだった。
そして背中に斜めに背負った日本刀が、それが彼女のロボットであることを如実に示していた。
「そう言えば、十轟院は退魔師の家系の出身とか言ってたな」
「あ、先生もうその話まで聞いてたのかクマ?」
そんな麻里弥の呼び出したロボットを見た亮の呟きを聞いて、冬美が軽く驚いて言葉を返す。
「マリヤは基本的に知らない人には自分の家の事は話さないクマ。先生、そうとう気に入られたみたいだクマ」
「私はそんな大それた事はしてないんだが」
「マリヤはちょっと見るだけでその人の本質を見抜く才能があるクマ。先生が良い人だって見抜いたんだと思うクマ」
「そうなのか?」
特別自分が良い人だとは思ったことがないので、出会って間もない相手からそのような評価を受けた事を知って亮は大いに困惑した。そんな亮の近くで「私も新城さんは良い人だと思うけどな」と言ってから、満が地球人二人に向けて尋ねた。
「それより、退魔師なんて本当にいたんですね。私初めて知りました。どんな人たちなんですか?」
「私だって初めて知ったよ」
「私も最初にそれを聞いたときは自分の耳を疑ったクマ。それに私もマリヤが実際に退魔師の仕事してるところは今まで見たことないクマ」
「えっ、そうなんだ」
しかし亮も冬美も、満の納得する回答を用意してはいなかった。それを受けて満が残念そうにモニターに目を向けると、そこでは既にもう一方のロボットが紹介されようとしていた。
「さあ、続いては月側のロボットの紹介だ! 二足月兵器、ハンゲツ!」
豚宇宙人の宣言と共に、それは突如として上空に音もなく現れた。そしてそれはゆっくりと降下していき、やがて二本の細い足で大地の上に降り立った。
「なんだあれ」
「ひょろ長いクマ」
冬美の言うとおり、それは全体的に細長いフォルムをしていた。だが全体的に白で統一されたそれは決して「スマート」とか「モデル体型」とか言う物ではなく、それを飛び越した行きすぎた形――「もやし」と言ってもいいほどの虚弱体型であった。
縦長の頭部の天辺にあるモヒカンヘアーのようなパーツと、顔の中央で光る赤いモノアイが異様な存在感を放ち、そんな頭と胴体は辛うじて横幅が目に見えて存在していた。しかしその両腕は関節部があるのかと疑ってしまうほどに細く、足に至っては一見してクラゲの触手かと疑ってしまうかのような有様であった。
「どうやって立ってるんだあれ?」
「超能力?」
怪しむように放たれた亮の言葉に冬美が返す。冬美は至って真面目だった。というよりも、あの足で立つことは物理的に無理であるというのが見ただけでわかってしまうのだ。
「それ以外にあり得ないクマ。もしくは背中に三本目の足があるとか」
「三脚歩行か。それならまだ可能性はあるな」
「でもそれはそれで無理があると思うクマ。どうやって歩くクマ? 足にキャタピラでもついているクマ?」
「月のロボットを地球の物理法則で判断しちゃいけませんよ」
しかしそんな議論を満が一刀両断する。月のテクノロジーは地球のそれよりも高度な代物で、地球人が完全に再現する事は不可能だった。どのようなシステムが存在してそれがどのように動くのか、地球人はそれら全てを未だに理解してはいなかったのだ。
要するに彼らの議論は全くの無駄というわけである。
「あれでちゃんと立ってるんです。二足歩行してるんです。それでいいじゃないですか」
「それはそれで別にいいけど、じゃあ君はあれがどういう理屈で立ってるのか説明できる?」
「私もそれ知りたいクマ。なんであれで立ってられるクマ?」
「えっ?」
しかしそこで自分に攻撃の矛先が向けられるとは予想だにしていなかったのか、話を振られた満が目に見えて狼狽する。
「そ、それはその、あれですよあれ。月では結構メジャーなあれで、つまり……」
「……わからないならわからないでいいんだぞ」
目を泳がせて本気でうろたえる姿がなんだか痛々しかったので、思案を止めさせようと亮が言葉を放つ。彼らの前方にある巨大モニター横のスピーカーから豚の言葉が聞こえてきたのはまさにその時だった。
「さあ、それでは両者そろいました所で、さっそく始めたいと思います!」
そしてその言葉を皮切りに、それまでざわついていた周囲が一気に静まりかえる。その視線は全てモニターに集中しており、亮達もまた同様に黙ってモニターの向こうの光景を見つめていた。
「今回のルールは『ゴー・ダイナミック』方式! ロボット同士による一騎打ちです!」
「怪獣の時とは全く違う戦いが期待できると思って良いでしょう。面白い事になりますよ」
豚の実況にあわせて解説役の鶴が意見を述べる。そんな彼らの足下では既に両者が視線を交わし、互いに構えを取っていた。
メガデスは背中の日本刀をゆっくりと引き抜き、柄を両手で握って真正面に構える。対するハンゲツはそのひょろひょろした両腕をまっすぐまえに突き出し、両足を肩幅にまで広げて仁王立ちの姿勢をとる。
「ビッグマンデュエル、地球対月! 第三戦目! レディィィィ……」
そうしてさんざん溜めに溜めた後、豚が高らかに宣言した。
「ゴォォォッ!」
戦闘開始である。