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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第六章 ~魔獣「フンババ」、魔神「蚩尤」、魔皇女「ジャヒー」登場~
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「逮捕」

 襲撃を受けた次の日の朝、進藤冬美はいつもと変わらぬ様子で学園にやってきた。スペアとして備えていたクマの着ぐるみは新品同然のようにピカピカしており、すれ違うクラスメイトといつも通りの挨拶を交わし、何気ない動作で教室に入って落ち着き払った様子で自分の席に着く。そんないつもと変わらない姿を見て、彼女が昨日どこかシュールでもある恐ろしい存在と命のやりとりをしたと想像できる者は皆無だった。

 だが冬美本人は、その事をしっかりと覚えていた。普段通りの物静かな所作をこなす一方で、その胸中には困惑と好奇心の入り交じった、嵐の前の海模様のように穏やかならぬ思いを抱えていた。


「……はあ」


 結局あのウェディングドレスの女は、早乙女幸子という名前を名乗っただけでそれ以上の事を話したりはしなかった。冬美が追求しようとした刹那、胸元に手を突っ込んでそこから取り出した煙玉を足下に叩きつけ、その煙に紛れてちゃっかり逃げ出してしまったのだ。


「無関係な人にこれ以上は話せません。そういう決まりですので」


 逃げ出す直前に幸子がそう言い放った言葉が、今も冬美の頭の中をぐるぐる駆けめぐっていた。短いながらも謎をそれなりに含んだその文言は、今や惑星観測員としての彼女の好奇心をがっしりと掴んで離さなかったのだ。


「……」


 そういう決まり、という言葉から、あの幸子とかいう女が何らかの組織に属している事は間違いと思われる。ひょっとしたらかつて亮と一緒に足を踏み入れた地下闘技場に関係しているのかもしれない。もしくはあの女は例の闘技場を隠れ蓑として使い、そことは別の組織に属しているのかもしれない。外部の刺激を全てシャットダウンし、自分の殻にこもるようにして冬美が熟考する。


「ん……」


 だがそれらは全て憶測でしかない。これと証明できるような明確な証拠はどこにもない。あの時力ずくでも引き止めることが出来ていれば、少しは正確な情報が手に入れられたのかもしれないが、どれだけ後悔しようが今となっては後の祭りだ。


「ちゃん……ちゃん……」


 あっという間に思考が行き詰まる。もっと正確な情報が欲しい。考えれば考えるほど、あそこであの女を取り逃がしたのが悔やまれる。こうなったらあの女が地下闘技場に出入りしているというのを利用して、同じ闘技場で戦っている同僚のコスプレ娘、もといマジカル・フリードと名乗っている魔法少女に応援を頼むのも一つの手か・・。


「進藤ちゃん!」

「はっ!」


 そこまで思考を進めた直後、側面の至近距離から大音量で放たれた自分を呼ぶ声によって、冬美は殻の中から強引に意識を外に引きずり出された。そして思い出したように襲ってくる痺れと痛みに耐えかねて冬美が耳の部分を押さえていると、ゼロ距離で彼女の名を呼んだ同級生の少女が心配そうな顔をしながら冬美に問いかけた。


「進藤ちゃん、大丈夫? さっきまでかなり深刻な顔してたけど。私の声も聞こえなかったみたいだし、何かあった?」

「えっ? あっ、いや、なんでもない。なんでもないクマ」


 心配そうに見つめる同級生を前に、冬美が「いつもの」キャラクターにもどって弁解する。その時の冬美の様子は見るからに慌てふためいておりあからさまに怪しかったが、幸か不幸かそれを追求するだけの余裕は、その冬美の名を呼んだ女生徒には無かった。


「そ、そうなんだ。なんでもないんだ。よかった・・」

「……え?」


 どこかほっとした、しかしそれでいてなお何かをいいたそうに悶々としている同級生を見た冬美が、着ぐるみの中で首を傾げる。そしてそのまま、先方が口を開く前に冬美が彼女に問いかけた。


「なにかあったクマ? なんでもいいから話してみるクマ」

「う、うん。まだはっきりそうだって決まった訳じゃないんだけど、でもその、落ち着いて聞いてほしいの。まだそうと決まった訳じゃないから。ね?」

「大丈夫クマ。そっちこそ落ち着くクマ」


 冬美がなだめるように言った。それを聞いた同級生は冬美のアドバイス通りに肩から力を抜いて大きく息を吐き、そうしていくらか落ち着いた様子で話し始めた。


「あ、あの、実はね。芹沢さんがね」

「芹沢さん? 芹沢さんがどうかしたクマ?」


 芹沢優。そばかすとおさげ髪が特徴のクラスメイトの顔を脳裏に浮かべながら、冬美が静かに問いかける。それを受けて、再度大きく深呼吸をしたクラスメイトが震えながら口を開いた。


「せ、芹沢さん、通り魔事件の容疑者として、警察に捕まったの」


 次の瞬間、まだ穏やかであった冬美の心の海は荒れに荒れまくった。





 刑事・新山浩三が犯人を逮捕するのは、己の使命感や正義感のためではなかった。ただ上から命令されたから捕まえるだけだった。

 警官になりたての頃には正義や情熱といった感情もそれなりにあったのだろうが、今となってはその炎は完全に鎮火されてしまい、灰もどこかに吹き飛んでいってしまっていた。痕跡はかけらも無く、復活の気配も無い。

 そんな心情を表すかのように、今の彼の顔つきはおよそ覇気のない、無気力でだらけきった物となり果てていた。彼と同じ二十代後半の同僚刑事達はまだまだその身に活力を漲らせているが、その中にあって彼の無気力さは明らかに浮いていた。だからといって矯正しようとも思わなかった。別にどうでも良かったからだ。

 別に相手が連続殺人事件を起こした凶悪犯だろうが、出来心で万引きをした奴だろうが、浩三にとってはどっちも同じ存在だった。相手にあわせて感情が浮き沈みする事もなかった。


「はあ」


 今日彼が捕まえにきたのは、つい最近起きた通り魔事件の犯人と思しき人物だった。そして今、彼は部下を一人連れて、その犯人が住んでいるとされるマンションの敷地前に立っていた。近くに駐車場が無かったので、乗ってきた車は自分達のすぐそばに停めてあった。現在の時刻は午前六時三十分。自分たち以外に通りを歩く人は殆ど見えなかった。

 どうでも良かった。ただ上からやれと言ってきた事を素直にやるだけだった。


「先輩、どうやら相手はこのマンションにいるらしいです。早く行きましょう」


 そんなアンニュイな気分に浸る浩三の横で、後輩の刑事が彼にそう言ってきた。後輩の目は若さと希望に満ちあふれており、絶対に犯人を捕まえるという使命感を全身からオーラのようにギラギラ放っていた。殆ど死に体の自分とはなにもかもが正反対だった。


「そうだな。行くか」


 だがそんな感想はおくびにも出さず、今にも飛び出しそうな後輩刑事を後ろに連れて浩三は歩き出した。

 目的地までは簡単にたどり着けた。途中で第三者の妨害があったり、警察が来るのをを察知した犯人が逃亡したりする事もなかった。ネームプレートを確認する必要も無かった。ここに来るのは初めてではなかったからだ。

 そうして犯人が住んでいるとされる個室のドアの前に立ち、その横に据えられたドアホンのスイッチを押す。


「はい」


 連続した単調なチャイムの音がドア越しに聞こえた後、すぐさまドアホンのスピーカーから声が返ってきた。その声は若く、暗くどんよりとしていた。起きたばかりでまだ眠気が残っていたのだろう。浩三はそう判断した。


「どちら様ですか?」

「警察です」


 続けてスピーカーから聞こえてくる訝しむような声に、浩三が静かに答える。その後少し間をおいて、彼らの目の前にあったドアが重々しく開かれた。


「何か用ですか?」


 そうして半開きになったドアから姿を見せたのは、一人の少女だった。顔にはそばかすが残り、まだ整えられていない長髪はボサボサだった。瞳にも生気は宿っていなかったが、前に立つ浩三の姿を認めた途端、その目は驚きによって大きく見開かれていった。


「……何か用ですか?」


 そして大きく開かれた目で浩三を見つめながら、その少女が彼に向けて同じ言葉を放つ。その声からは最初と違って相手に対するハッキリとした敵意が滲み出ており、しかもそれはただ単に警察を毛嫌いしているという理由では説明のきかない、まるで親の仇を目の前にしたような憎悪と殺意がドロドロに混ざり合ったドス黒く強烈な代物だった。


「ああ。君に用があってきた」


 だがそんなむき出しの感情をぶつけられながらも顔色一つ変えず、後ろから羨望の眼差しを向ける後輩を無視して浩三が少女に向けて言った。顔色も目の色も変えずに少女が聞き返す。


「私に?」

「ああ」

「今日はどんな用件で?」

「通り魔事件について話が聞きたい。署までご同行願おう」

「……」


 そしてその少女・芹沢優もまた同様に、浩三からそう言われてもその顔色を変えたりはしなかった。

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