「終戦」
最初に動いたのはミチルだった。六本腕を大きく広げ、前傾姿勢で巨人二人に突撃する。
「おらおらおらおらァ!」
ためらいなく突撃してくるそれを見たソロモンとラ・ムーが身構える。そしてラ・ムーが動くよりも前に、ソロモンが一歩前に出て言った。
「ここはお任せを!」
そしてソロモンが両手を前に突き出す。次の瞬間、ソロモンの突き出した両手の間に魔法陣が出現し、その魔法陣は自ら前に進み出てからソロモンと同じサイズにまで巨大化した。
「いでよ、我がしもべ!」
ソロモンの声に応えるように、巨大化した魔法陣が石を投げ込まれた水面のように激しく波打つ。そして揺らぐ魔法陣の中からソロモンと同じサイズをした、真っ青な馬に乗った一人の甲冑騎士が現れた。
その全身に甲冑を身に纏った騎士は頭部を覆い隠す兜の奥から瞳を金色にぎらつかせて突撃するミチルを睨みつけ、手にした円錐形の馬上槍の切っ先をミチルに向けた。
「さあ我がしもべよ! 敵は奴だ! 奴を返り討ちにして」
「どけェ!」
だがソロモンが命令を飛ばすよりも前にミチルが騎士に肉迫し、そして右腕の一本を内から外へ振り払って目の前の騎士を馬ごと真横に吹き飛ばした。
「え」
「お前もだッ!」
そしてついでと言わんばかりに振り払ったばかりの右手を再び内側へ振り戻し、ソロモンを騎士とは反対方向に吹き飛ばす。両者が地面に激突したのはほぼ同じタイミングであり、騎士は激突と同時に全身が光の粒子と化して空に消え去り、ソロモンは激突の後も地面を滑って遠くへ消えていった。
「げぶっ!」
「よっと!」
最初の「着陸」の時にソロモンがあげた悲鳴と同じタイミングでミチルが残り五本の腕を一斉に地面に突き刺し、その場で急停止する。そして休む間もなく腕を引っこ抜き、姿勢を低めながらラ・ムーを真っ赤な瞳で睨みつける。
「お、おのれ! よくもソロモンを」
「こっちだ」
だがラ・ムーがミチルを睨み返して言葉を吐き出しかけたそのとき、そのラ・ムーに音もなく接近し顔の高さにまで跳び上がっていたサイクロンUが眼前のラ・ムーの横っ面に回し蹴りをぶちかました。
「ほげえっ!?」
「よっと」
ラ・ムーの巨体が地面と平行に吹き飛んでいく。その一方で一仕事終えたサイクロンUは何事もなく膝を深く曲げて地面に着地し、そしてこちらを見つめてくるミチルに向き直った。
「ナイス先生」
そのミチルが左手の一つを掲げて親指を立てる。そしてそれに対する相手の返事も待たずにミチルが尋ねた。
「レーザーブレードは使わないんですか?」
「これくらいの敵が相手じゃね」
その言葉に対してサイクロンUが肩をすくめて応える。
「使わなくても余裕だよ」
「さすが先生」
ミチルが六本の内の二本腕を胸の前で組んで感心したように頷く。そんな彼らの遠方でその一連の流れを見ていた浩一達は、それぞれがそれぞれ違う表情を浮かべていた。
「二人ともやるなあ」
「さすがダーリン! もう最高! 愛してる!」
「あのウサギ、ペットに出来ないかしら……」
「……」
浩一は真顔で感心した声を上げ、エコーは自分の体を自分の腕で抱きしめながら身をよじって喜びを爆発させ、カミューラはミチルを見つめながらうっとりとした声で呟き、ソレアリィはディアランドからの逃亡者二名を瞬殺した地球の二人を目の前にして何も言えないまま唖然としていた。
「……っ」
そして教頭は見るからに怯えきった表情を浮かべて口をわななかせていた。まるで自分の身を脅かす敵に出会った時のような反応であった。
「じゃあ、ついでにこいつらも警察に突き出すって事でいいんだな?」
「ええ。そのようにお願いします」
ソロモンとラ・ムーの二人が宇宙ウサギと元宇宙刑事によって瞬殺された後、エコーはサイクロンUとミチルが回収してきたソロモンとラ・ムーを人間大のサイズに戻させた上でそれらを自分の目の前で正座させながら、自身は腕を組んでわざと尊大な態度を取りつつそうカミューラに問いかけた。自分の母船を攻撃した不届き者二人に対し、どちらが「上の存在」であるかを知らしめるためだ。
一方のカミューラはそれに対してそう即答し、亮や満、そして浩一やソレアリィもそれについて異議は唱えなかった。
「おい、あれ見ろよ。あの正座させられてる奴ら」
「あ、あれってビッグマンのあれじゃん。実況と解説」
「ほんとだ。なんでこんな所にいるんだ?」
そして教室で待機していたはずの二年D組の生徒達もまた、戦いが終わった頃くらいから再びぞろぞろとグラウンドへとやって来ていた。見張り役を勤めていた執行委員達も彼らに混じってグラウンドに来ていたが、もはや今の彼らにこの状況を静める力は無かった。
「先生、これどういうことですかー?」
「おいお前ら、教室で待ってろって言っといたはずだぞ」
「気になっちゃってこっちに来ちゃいましたー」
そして平然と質問をしてくる生徒達の方を見て亮が苦い表情を浮かべて言い返すが、当の生徒達の方は全く悪びれる素振りを見せなかった。
「説明お願いします。今どういう事になってるんですか?」
「ああ……」
そんなある意味堂々とした態度を取る生徒達に対し、亮は自分から折れることを選んだ。そして生徒達をエコーのすぐ近くにまで呼び寄せ、そこで自分が応接室で聞いたのと同じ内容の話を全て話して聞かせた。
「海賊?」
「賞金稼ぎ?」
「異世界から来た、ねえ」
その話を聞き終えた生徒達は、皆一様に頭の上に「?」マークを浮かべていた。話のスケールが突飛かつ壮大すぎて、頭の処理能力を簡単に上回ってしまったからだ。
「なんか話が大きすぎて実感わかないなあ」
「宇宙海賊って本当にいたんだ……」
「それにしても、あの実況の人が異世界から来た人だったとは。知らなかったクマ」
そんなクラスメイトに混じって進藤冬美が感慨深く呟く。生徒の何人かがそれに同調し、彼らの関心は次第にエコーの前で正座させられている二人へと移っていった。
「先生、その二人はこれからどうなるクマ?」
「エコールが捕まえた面々と一緒に、宇宙警察に引き渡されるだろうな。悪いことをすれば捕まる。当然の事だ」
「当たり前よ。しかもこいつら、よりにもよって私の船にちょっかいかけたんだから。無傷で捕まっただけでも感謝してほしいくらいよ」
冬美の質問に亮が答え、さらにエコーがそれに言葉を付け加える。そのエコーの言葉を聞いた別の生徒が彼女に尋ねた。
「船長さん、質問です」
「エコールでいいわよ。それで、なにかしら?」
「はい。ええっと、船長さんの乗ってきた船って、あの頭が二つある奴なんですか?」
「えっ、頭?」
「双胴型の事だろ。艦首が二つある」
「あ、ああ、そういうこと。まあ確かに頭に見えなくも無いわね」
亮の指摘を受け、困惑していたエコーが納得したように声を漏らす。そして質問してきた生徒に改めて向き合い、やんわりとした声で答えた。
「ええ、あれは私の船よ。名付けて海賊船デルタ号。私の命の次に大切な物よ」
「海賊船、デルタ号……」
「なにそれ素敵! 中はどうなってるんですか?」
「見学してみてもいいですか?」
取り巻きの生徒が一斉に声を投げかけてくる。エコーは照れくさく苦笑を漏らしながら、よく通る声でそれらに答えた。
「もちろん。今すぐは無理だけど、時間が空いたらこっちに来るから、その時なら好きなだけ見ていって構わないわ」
「マジで? やった!」
「でもそんな面白い所じゃないわよ? 汚れてるとか油臭いとかいう訳じゃないけど、飾り気もないし殺風景だし。少なくとも観光スポットには向かないわね」
「そんなことないです。別の星のテクノロジーを直接見れるだけでも感動ものですよ」
そんな中、一人の男子生徒が一際大きい声を上げながら前に出てきた。小柄で髪の毛を綺麗に七三に分けた、縁の太い黒眼鏡をかけた少年だった。
エコーはその少年をひと目見た瞬間、彼に対して少なからず興味を抱いた。なぜならその少年の瞳の奥には他の生徒達にはない本気の探求心と情熱の炎が真っ赤に燃え上がっており、エコーはその本気の炎を敏感に感じ取ったからだ。
「君、嬉しいこと言ってくれるね。そんなに私の船の中が気になるのかしら?」
「もちろんです。今すぐにでも中に入ってみたいくらいです」
「あら、そう? そんなに気になる? 面白い坊やね」
「僕は本気です。本気で言ってるんです」
「わかってるわ。君が本気であの中を見てみたいって思ってるのはね。目を見ればわかる」
眼鏡少年の熱のこもった言葉を受け、エコーがまるで自分が褒められたかのように嬉しそうな笑い声をあげる。だがその笑い声は決して相手を軽んじている笑いではなく、相手から向けられる好意の気持ちを嬉しく思う笑いであった。
そしてひとしきり笑った後、エコーが少年の方へ向き直って言った。
「君、名前は?」
「か、雁田勉吉です」
突然名前を尋ねられ、緊張しながらもその少年、勉吉が自分の名前をエコーに告げる。それを聞いたエコーは「カリタベンキチ、ね」と小声でその名前を反芻し、それから勉吉の方へと近づいてその眼前で立ち止まり、おもむろに勉吉に向けて手を差し出した。
「え?」
「よろしく、勉吉くん」
突然の事に勉吉はあからさまに狼狽し、その手とエコーの顔を交互に何度も見やる。が、やがて腹をくくったのか態度を落ち着かせ、ぎこちない動きでその差し出された手を握り返した。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
「ええ。こちらこそ」
エコーが柔和にほほえむ。そのただひたすらに美しいエコーの笑顔と、自分自身を包み込んでいくような彼女の手の柔らかさを前に、勉吉の顔は一瞬で茹で蛸のように真っ赤になってしまった。勉吉は初心だった。
「先生、まずいクマ。なんとかしないと奥さんが雁田に取られるクマ」
「お前は何を言っているんだ」
エコーと勉吉の握手を見て周囲のクラスメイトが羨ましげに騒ぎ出した一方で、音もなく亮に近づいた冬美がその脇腹を手の先で小突きながら亮に言ってのける。亮がそれを一蹴する傍らで、エコーの所にはカミューラがゆっくりと近づいていっていた。
「エコーさん、二人の方はもう終わりました」
「ソロモンとラ・ムーか。本当にいいのね?」
「はい。ですので次は、船の中にいる同胞の方をよろしくお願いします」
カミューラの言葉を受けたエコーが未だ正座をしているソロモンとラ・ムーに目をやる。そこには最初の頃よりもしょげかえった状態の豚と鶴がおり、抵抗の意志がバッキリとへし折れていたのは誰の目にも明らかだった。
「カミューラ、何を言ったんだ?」
「骨は拾ってあげますと」
「さすがにそれはひどい……まあいい」
カミューラの返答を聞いたエコーが顔をひきつらせる。しかしすぐに顔色を元に戻し、カミューラに全身を向き直らせて言った。
「それじゃ、行こうか」
「はい」
互いに頷き合い、そして豚と鶴を立たせて四人でゆっくりと母船に向かっていく。そして亮や他の生徒達は、その光景をただ黙って見ていた。目の前で起きていることは自分たちが口を挟めるような物では無いと自覚していたからだ。
「あれ?」
そんな中、生徒の一人が不意に素っ頓狂な声を上げる。それに気づいた別の生徒が尋ねる。
「おい、どうした」
「あそこ。船の腹のところ」
そう言って生徒がデルタ号の中央部分、艦首が二つに分かれる分岐点の所を指さす。その指さされた方へ視線を向けながら最初に尋ねた生徒が再度尋ねる。
「あそこがどうかしたのかよ」
「なんか一瞬、光ったように見えた」
「光った?」
「うん。ピカって」
「ライトか何かじゃないのか」
「ううん……」
最初に疑問を口にした生徒がその言葉を聞いて黙り込む。そして二人同時に、その光ったとされる部分に目線を向けて意識を集中させる。
「あっ、また光った」
疑問を口にした生徒が再度言葉を発する。しかも今度の光は十回連続だ。律儀に全部数えた生徒が興奮気味に叫ぶ。
「ほら見て! 光ってる!」
次の瞬間、その腹の部分から炎が噴き出し、デルタ号が引き裂かれるように爆散した。