「二対二」
それは突然のことだった。
「動くな!」
亮達を待っていた生徒達がたむろしていたD組の教室に、数人の執行委員が乱暴にドアを開け放って乗り込んできたのだ。この時D組の生徒達は一カ所に固まって王様ゲームに興じていたが、執行委員が派手な音を立てながら現れた時にはその手を止めて声のした方を見た。だがそれも一瞬のことで、それが誰なのかを知った次の瞬間には目線を正面にあるくじ引き箱に戻したが、それが執行委員の神経を逆撫でした。
「おい! 話を聞け! こっちを向け!」
「王様だーれだ」
「おい!」
しかし怒り猛る執行委員の声も、彼らにとっては柳に風だった。執行委員の睨みも意に介さず進行役が手元の箱の穴に手を突っ込み、そこから一枚の紙切れを取り出す。
「五番!」
「俺だ!」
進行役の声に乗じて「5」と書かれた紙の持ち主がその紙を掲げながら叫ぶ。その周囲にいた面々にそれを聞いて驚いたり興奮したりしたが、その中の誰一人として執行委員の事を気にかけたりはしていなかった。
「じゃあ王様の人、番号を二つ選んでから命令してください」
「ええと、じゃあ……」
「いい加減にしろ!」
だがそこで痺れを切らした執行委員がその輪の中に割り込み、王様役の人間の持つ紙切れをひったくりながら険しい目つきで言った。
「いいか! 他の教員達はお前らのした事を知って猛烈に怒っているんだぞ! もうすぐここに何人か先生が来る。それまで少しは大人しく反省したらどうなんだ!」
「それを知らせにここまで来たの?」
「それと監視だ! 先生方がここに来るまでのな! わかったら大人しくしていろ!」
「あれ保健の先生が焚きつけたんだけどなー」
激高する執行委員の一人を前に、生徒の一人がまったく悪びれない調子でそう言い返す。そんな無責任な調子の声が更に執行委員の神経を逆撫でし、ついにはまた別の一人が輪の中に入り、そう言った生徒の胸ぐらを強引に掴んだ。
「なんだよ」
掴まれた生徒が眉間に皺を寄せて静かに抗議する。執行委員もまた怯まず睨み返し、教室全体に緊迫した空気が漂い始める。そしてそんな一触即発のピリピリした雰囲気の中、その胸ぐらを掴んでいた方がドスの利いた声で言った。
「こっちが大人しくしていれば調子に乗りやがって。自分の置かれている立場ってものを知らないみたいだな」
「立場?」
「お前達は本当ならとっくにここを追い出されてるんだよ。ここの規律を平然と破ったんだからな。お前達がここにいられるのは、ひとえに先生方のお情けから来ているんだ。だから少しは感謝という物を」
「ちょっとトイレ行ってきまーす」
だが別の女生徒の放った声がそれを全て台無しにする。一気に緊張が萎んでいく中でその女生徒は何食わぬ顔で教室から出ていこうとするが、その閉め切られたもう一方のドアに手をかけた所で執行委員の一人がそれを引き止めた。
「待て! 勝手に出て行くことは許さん!」
「いや、でもちょっと、もう限界なんですよ。はやくなんとかしないと危ないんですよ色々と」
「ふん、そんな事いっておいて、本当は逃げようとしているんじゃないだろうな?」
「お願い、本当に限界なの」
渋る執行委員を後目に、その女生徒は「ああ無理、もう無理」と苦しげに呻きながら教室のドアを開けて外に出ようとする。執行委員もそれを咎めようとしたが、その女生徒は本当に苦しげにしていたので止めるに止められず、そうこうする内に女生徒はそそくさと教室から廊下に飛び出し何処かへと早歩きで去っていった。
「ちょろい」
教室から出ていく際に女生徒はそうほくそ笑んだのだが、それに気づいた者は一人もいなかった。そしてこの生徒はトイレに向かわずにまっすぐ応接室へと向かい、そこにいる亮達に今のD組の状況を教える事になるのだが、それに気づく者もいなかった。それに例え彼女の企みに気づいたとしても、それを止める余裕はそのときの彼らには無かっただろう。
「なんだ!?」
女生徒が廊下に出て行った直後、すぐ近くで爆弾が爆発したような爆音が轟き、彼らのいた教室が激しく揺さぶられたのだ。
「爆発!?」
「なんだよいきなり!」
「机の下! 隠れろ!」
動揺する声に混じって的確に指示を飛ばす声が響く。それを聞いた生徒達はすぐさま落ち着きを取り戻し、こぞって自分の机の下に潜り込む。執行委員の何人かも机の下に入ろうとしたが、入ろうとした矢先にその机の元々の持ち主によって強引に机の下から引き離され、結局揺れる教室の中で隠れることも出来ずにうろたえる羽目になった。
「……終わったかな?」
振動自体はほんの数秒で収まった。机の下にこもっていた生徒達はゆっくりと、しかしそれでも警戒を解かずに表に出て行く。そして揺れが収まると同時に完全に腰を抜かした執行委員を無視して恐る恐る窓に近づき、外で何が起きたのかを確認する。
「なにあれ?」
それを見た生徒の一人がぽつりと言葉を漏らす。他の面々も言葉にこそしなかったが、同じ思いを抱いていた。
「なんだあれ?」
「ウルトラマン?」
「怪獣?」
やがて生徒達がそれの第一印象を口々に言い合う。どれが正解なのかは誰にもわからなかった。
「あ、あう、う」
執行委員はまだ腰を抜かしていた。
同じ頃、亮達は応接室を飛び出して再びグラウンドに出ていた。正確には「嫌な予感」を感じ取ったエコーが説明なしに応接室を飛び出し、それを追いかける形で全員が外に出て行ったのだ。
そして間近でそれを見たエコーとカミューラが同時に叫ぶ。
「私の船ぇ!」
「ソロモン! ラ・ムー!」
そこにあったのはそれまで空中に浮遊していた船団の一隻を押し潰しながら地面に落下した朱塗りの宇宙船と、その宇宙船の両側に立つ二人の巨人だった。宇宙船は浮かんでいた木造船より二回りも大きく、二つの船体を横並びにくっつけたいわゆる双胴型の形をしていた。そしてその双胴型船の両側に立つ二人の巨人は、一人は大柄で豚面とでっぷりと前に突き出した腹と大斧が特徴で、もう一人は小柄で両腕が羽毛で覆われた翼になった鶴頭の持ち主だった。
「あれはなんだ?」
「あいつらよコーイチ! あいつらがディアランドから逃げ出した連中の片割れよ!」
「ソロモン! ラ・ムー! これはいったいどういう事ですか!」
首を捻る浩一にソレアリィが言い返し、その声に負けない声量でカミューラが巨人二人に問いただす。するとその声に気づいたのか巨人二人がカミューラの方へ頭ごと目線を下げ、まず鶴頭の巨人が口を開いた。
「自由を行使しているだけです」
「自由? 同胞を助けようとしているのですか?」
「ええ、その通りです。こちらでは何をしようと自由ですからね」
「待ちな!」
カミューラの言葉にソロモンが頷く一方、エコーがカミューラより前に出て叫ぶ。
「それは私の船だ、勝手に壊すのは許さんぞ。 それにそいつらは今まで自由に動き回って、散々好き勝手やってきたんだ。罰を受けるだけの理由がある」
「罰? 彼らが罰を受けるのは、彼らが自由に動いたからなのですか?」
「そうだ。どんなものであれ、自由には責任が伴う。他人の船を襲うのも略奪をするのも自由だが、そういう自由には常に責任と言う物がついて回る。だから奴らには、これからその責任というものを払ってもらうんだ。罰金か刑務所行きかはわからないが、それは奴らが犯罪を行うという自由を行使した代償なんだ」
「なるほど。では彼らが捕まっているのは、彼らが自由を行使した結果という事なんですね?」
ラ・ムーが横から口を挟む。エコーは黙って頷き、背中に亮と浩一とソレアリィの視線を受けながら毅然と言葉を放った。
「そいつらを外に出すことは私が許さない。お前達の頼みでもな」
「ラ・ムー、ソロモン、聞きましたね?」
巨人二人を見上げながらエコーの横に立ってカミューラが言った。
「馬鹿な真似はやめなさい。彼らが捕まったのは、全て自由のままに犯罪を重ねた代償なのです。私達は確かに外の世界に自由を求めてやって来ました。ですが外の世界で生きていくためには、ある程度その世界のしきたりに従う必要があるのです。自由に生きるために他人を傷つけるような事はあってはならない。それはただの野蛮人のする事です」
「郷に入っては郷に従え、だ」
誰にも聞こえない程度の声量でぽつりと亮が漏らす。カミューラが続ける。
「二人とも、わかりましたか? ここは退くのです」
ソロモンとラ・ムーはすぐには答えなかった。二人ともカミューラの顔をじっと見つめ、その場に突っ立っていた。浩一とソレアリィは何も言えず、その三人の姿をただ固唾をのんで見守っていた。亮も浩一達と同じく、外の世界からやって来た三人に注目を向けていた。
やがて彼らの目の前で、豚顔の巨人であるラ・ムーが口を開いた。
「……いいや、こればかりは譲れない」
「ラ・ムー!」
カミューラが声を荒げる。その顔にはありありと怒りの色がこもっていたが、それを遮るようにラ・ムーが声を放つ。
「ここまで来て諦めきれると思うか? いいや、無理だ。私も最後まで自由にやらせてもらうぞ」
「右に同じです。まあ私の場合は同胞を助けるたいと言うよりも、ここで引き下がるのが気に入らないからですね」
「はあ……」
ラ・ムーと、途中から割り込んできたソロモンの声を聞いて、カミューラが呆れたようにため息をつく。こうなった二人はもう梃子でも動かないと察したからだ。
そのカミューラにエコーが尋ねる。
「ああなったらもう、話し合いじゃどうしようもならないのか?」
カミューラが黙って首を縦に振り、それからエコーに言った。
「あの二人は特別頑固でしたから」
「じゃあ止めるには……」
「強引に引きはがすしか無いでしょうね」
「だってさ、ダーリン」
正面を向いたままエコーが亮に話を振る。彼女の後ろにいた亮が露骨に嫌な顔を見せる。
「俺にやれって言うのか?」
「ええ」
「どうして?」
「この場でまともに戦えるのがダーリンだけだから」
平然とエコーが返す。それを聞いた亮が今の自分たちの置かれた状況を頭の中で整理していった。
カミューラとタムリンは戦ったばかり。おまけに武器も破壊されていた。続けざまに戦わせるのは酷だろう。そしてエコーの機体は船の中。船の周りには巨人二人。取りにいける雰囲気ではない。
ついでに言うと、亮本人もこれより前にサイクロンUに乗って宇宙空間に飛び出していたのだが、彼がレッドドラゴンの船団に向かった時には既に戦闘が終わっていたので、彼が今日直接戦った事は一度も無かった。
「……」
道理だった。それに気づいた亮が面倒くさそうに頭をかく。同様にそれに気づいていたエコーがさらりと言ってのける。
「じゃ、ダーリン。そういう訳だからよろしくね」
「やれやれ……」
エコーの言葉を聞き、亮が億劫そうに袖をまくって手首にはめた時計型の物体を露出させる。
「サイクロン!」
だが亮がそう叫んだ直後、ソロモンの細身の巨体が横から飛んできた大きな何かとぶつかって派手に吹き飛ばされた。
「ほげえっ!?」
ソロモンの悲鳴と他の面々の驚きの声が被る。その中でサイクロンUの呼び出しを中断した亮が、そのソロモンを吹き飛ばした物体に真っ先に目線を向ける。
そしてそれの姿を見た瞬間、亮は反射的にその者の名前を叫んでいた。
「ミチル!」
「ハロー、先生」
戦闘狂獣「ミチル」阿修羅態。
亮から名前を呼ばれた六本腕の漆黒ウサギが、彼の方を向いて赤い目を細め嬉しそうにそれに応える。そして再度自分で吹き飛ばした相手ともう一方の相手のいる方へ顔を戻し、それら二人を交互に見やりながら亮に言った。
「最近活躍してなかったからさ、ここは私にやらせてよ」
「いや、お前な」
「最近マリヤばっかり出張っててずるい! 私がやるからね!」
こちらも梃子でも動かない様子だった。亮は一つため息をつき、そして静かに己の機体を呼び出した。
「えっ?」
自分の後方に突如現れた光の柱を見てミチルが驚き、そして消えゆく柱の中から現れたサイクロンUを見て不敵に口の端を緩める。
「なんだ、先生も目立ちたかったの?」
「うるさい。生徒だけに任せておけるか」
ミチルの言葉に亮がそう言い返しながら、彼を乗せたサイクロンUがミチルの隣に立つ。この時吹っ飛ばされたソロモンもまた復帰してラ・ムーの横に立ち、宇宙船を挟んで四人が向かい合う。
「結局こうなるのか」
「そんな事言って、先生も予想はしてたんでしょ?」
「今まで実況はしてきましたが、この星で実際に戦うのは初めてですね」
「そちらも抜かりの無いよう、お願いしますよ」
四人がそれぞれ言葉を放ち、間合いを計るようににじり寄る。その一方で、浩一達四人は全力で走って向かい合う巨人達から必死に距離を離していた。
「あの二人は大丈夫なんですか?」
その最中、カミューラが走りながらエコーに尋ねる。その方を向きながらエコーが答える。
「ウサギの方は知らないけど、ダーリンの方なら大丈夫よ」
「なんでそう言い切れるの?」
同じ速さで飛ぶソレアリィがエコーに尋ねる。浩一もエコーの方を向き、そして三人の視線を受けながらエコーが答えた。
「だってダーリンだもん」




