表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第五章 ~召魔将軍「ソロモン」、統治将軍「ラ・ムー」、吸血将軍「カミューラ」登場~
39/175

「激突」

 「巨兵化」したカミューラを見た後、浩一とソレアリィもまたタムリンに乗り込んだ。しかしその時の彼らの搭乗の様子は、正確に言えば「乗り込む」というより「吸い込まれる」と言った方がしっくりきた。


「とうっ!」


 その場でタムリンの胸部と同じ高さにまで飛び上がった浩一とソレアリィは、次の瞬間に背後のタムリンから放たれた緑色の光線によって全身をその場に固定される。それから引っ張られるようにしてタムリンに背中から接近し、その表面装甲をすり抜けてタムリンの胸の奥へと消えていったのだ。


「ハッチいらずかよ」

「なにあれ凄い」


 それを見た生徒達の何人かが驚きの声を上げる。


「ハアッ!」


 鉤爪を備えた腕を振り上げ、巨大化したカミューラがタムリンに迫る。そして鉤爪が振り下ろされるのと同時にタムリンが両手を頭上で交差させ、相手の腕の手首の部分を挟むように受け止める。

 重い激突音が響き、鉤爪のしなった先端がタムリンのすぐ頭上で停止する。しかし受け止められた後もカミューラはその手に力を込め、強引にタムリンの顔に爪痕を残さんとする。タムリンもただやられるつもりは無く、両足と両腕に力を込めて必死に抵抗する。


「コーイチ!」

「わかってる!」


 ソレアリィの声に浩一が答える。この時浩一はタムリンの内部、自分の周囲の足下だけが明るく照らされた暗黒の空間の中でタムリンと同じ格好で踏ん張っており、ソレアリィはその浩一の横で浮遊しながら浩一の顔を心配そうにのぞき込んでいた。


「その程度!?」


 そして前方からはカミューラの声が響く。浩一達のいた空間にはモニターやスピーカーの類は存在しなかったが、この時の二人は完全にタムリンと同調し「タムリンそのもの」となっていたので、今の彼らの視界には眼前に迫るカミューラが、彼らの耳には挑発してくるかのようなカミューラの声が機械を通さず直接響いてきていた。


「このまま負けるつもりかしら?」


 余裕を持ったカミューラの声が二人の耳に届く。その言葉通り、僅かずつではあるがカミューラの腕がそれを受け止めるタムリンの両腕を押し返していた。

 三本の腕がぶつかり合い金属のきしむ鈍い音が二人の耳に入る。暗黒の空間の中で浩一が頭上に掲げた両腕もまた上からの圧力によって段々と押し下げられてきており、完全に力負けするのも時間の問題だった。

 だが浩一は最後まで力比べをするつもりはなかった。


「ふっ」


 浩一が小さく息を吐き、同時に後ろに下がりながら両手から力を抜いた。浩一の動きに合わせるようにタムリンも同様のアクションを起こし、それに腕一本で寄りかかるような格好になっていたカミューラはその支えを失った事によって大きく前のめりに体勢を崩した。


「きゃっ!」


 突然の事に驚き、カミューラが女性らしい高い声を出す。そしてタムリンは無情にも足を動かし、その前に突き出された顔面に膝蹴りを食らわせた。


「オラァ!」


 クリーンヒット。タムリンの角張った膝頭がその端正に整った顔にめり込む。更にタムリンはヒットと同時にその足を持ち上げ、カミューラを上空へ打ち上げた。

 悲鳴も出せないままカミューラの巨体は緩やかな放物線を描き、そして頭から地面に激突する。対するタムリンは持ち上げた足をすぐに引っ込め、構えを作ってカミューラの墜落した地点を睨みつける。


「まだだ」


 そこを睨みつけながら浩一が低く唸る。


「早く出てこい」


 その落下地点の周囲には砂埃が舞い上がり、カミューラの姿は視認できなかった。だがやがて砂埃が完全に消えた後も、落ちたはずの場所にカミューラの姿は無かった。


「なに?」

「うそ、どこ?」


 いるはずの者がいないことに対して二人が驚きの声を出す。それを見ていた他のD組生徒達も同様のリアクションを見せていたが、その生徒の一人がタムリンの背後を指さしながら不思議そうに言った。


「あれなに?」


 それを聞いた周りの生徒が指さされた所へ目をやる。そこには何か小さな一つの物体があり、そしてそれは左右から伸びた翼を小刻みに上下に羽ばたかせていた。


「コウモリ?」


 それを見た一人がぼそりと呟く。そう声を発した瞬間、その一匹がいた地点を中心にして何百何千ものコウモリ達が音もなく溢れだした。そのコウモリ達は出現と同時に統制の取れた動きで一カ所に集まり、そこに自分たちの身でもって雲のような「黒い塊」を作り出した。

 そうして一瞬で「黒い塊」と化した大量のコウモリの群はそこから更に人型へと変化を遂げ、その「人の形をしたコウモリの群」はその一匹一匹が互いに溶け合うように全てが融合して「黒い影」となり、そこから大きく膨れ上り「カミューラそのもの」へと変わっていった。この変化の流れはコンマ一秒もかからない内に行われ、タムリンは後ろの様子に何も気づいていなかった。


「危ない!」


 生徒が危険を叫ぶ時には手遅れだった。異変に気づいたタムリンが背後を振り返った瞬間、その横っ面にカミューラの回し蹴りが炸裂した。


「がはっ……!」

「きゃあっ!」


 浩一とソレアリィが同時に苦しげな声をあげる。その間タムリンは錐揉み回転をしながら宙を舞うが、カミューラは相手を蹴り飛ばすと同時に足を引っ込めてその場で両足で地面を蹴って跳躍し、回転しつつ滞空するタムリンのすぐ上に躍り出た。


「まだまだァ!」


 カミューラが興奮気味に叫び、タムリンの顔を鷲掴む。そして空中にいながらタムリンを持ち上げ、その腕を振り下ろしてタムリンを地面に叩きつけた。

 顔面からタムリンが地面に激突する。派手な音と砂埃を再び巻き上げるが、それを確認する間もなくカミューラは両手を広げ、再びその体を何千ものコウモリの群へと変化させた。

 コウモリの群はその一匹一匹にカミューラの意思が宿っていた。それらはうつ伏せの姿勢で地面に倒れるタムリンの背中に向かって一斉に急降下を始め、そして目的地につくや否や群は一カ所に集まって再びカミューラとなり、タムリンの背中の上で姿を現した彼女は思惑通りタムリンに対して馬乗りの形となった。


「これで……!」

「させるかァッ!」


 だが無防備な後頭部めがけてカミューラが組み合わせた両手を高々と持ち上げた直後、浩一がそう叫ぶと同時にタムリンが体を持ち上げた。カミューラを背中に乗せたままの状態であるにも関わらずタムリンはすぐさま四つん這いの姿勢を取り、更にそこから勢いをつけて上体を起こしカミューラを強引にはねのけた。


「おおおっ!」

「まだそんなパワーがあるなんて!」


 生徒が興奮に満ちた声を上げ、離れた位置に片膝立ちで着地したカミューラが焦りの声を放つ。その一方タムリンはすぐさま二本の足で立ち上がり、そして立つと同時に片足を軸にして百八十度回転、カミューラのいる方へ猛然と走り出した。


「この程度で終われるかよ!」


 一歩一歩大地を踏みしめながらタムリンが迫る。そしてカミューラまで残り三歩と言うところで右手を肩越しに背中に回し、そこにある大剣の柄を握りしめた。それを見たカミューラも同時に手甲の内側に納めておいた鉤爪を展開し、立ち上がりながら相手をまっすぐ見据えた。


「ダアアッ!」

「シイイイィッ!」


 タムリンが一歩踏み出すと同時に右手で大剣を振り下ろし、それに合わせるようにカミューラが鉤爪の展開された右手を振り上げる。両者の間で剣の刃と白銀の爪が互いにかち合い、甲高い音と火花の閃光を周囲にまき散らす。

 激突はほんの一瞬だった。拮抗した力がぶつかり合った結果、互いの腕が反対方向へ弾かれる。それは腕だけでなく体さえも後ろに引っ張っていくほどの強烈な反動だったが、二人はそれを一歩引き下がった所で踏みとどまった。更にその反動を利用して弾かれた方の腕を大きく後ろへ引き絞り、渾身の力を込めて再度眼前の敵めがけてぶちかました。


「アアアアアアアッ!」


 誰の物ともわからない叫びが轟き、大剣と鉤爪が再び上下から激突する。前にも増して激しい火花と金属音が鳴り響き、再び互いの腕が弾かれる。だが腕が弾かれると同時に互いの武器も根本からへし折れ、タムリンの大剣の刃は回転しながら宙を舞い、カミューラの鉤爪は一本残らず手甲から離れて地面を滑った。


「クソッ!」


 カミューラと浩一が同時に悪態を漏らす。そしてタムリンもカミューラもその壊れた武器を躊躇無く手放し、今度は互いに反動を利用して大きく飛び退いてから再度相手に向かって突撃した。

 離れてから再接近までかかった時間はほんの一瞬。その一瞬の間に両者は拳を振り上げ、疾駆の勢いを利用してそれをまっすぐ相手の顔面に叩きつける。

 両者の拳が交差し、互いの顔に互いのそれが突き刺さる。そこで向かい合った二人は足を止め、その場で相手にぶつけた腕を引き抜くと同時に反対側の腕を相手に叩きつける。

 再び腕が交差するが、今度は互いに首を動かして迫り来るそれを紙一重で避ける。かすると同時に腕を引き、互いに一歩下がってから同じタイミングで上段蹴りを放つ。

 互いの足が交差し激突する。それから臑を狙っての下段蹴り、腹を狙った中段蹴りへと、休む間もなく連続して足技を繰り出していく。


「真似すんじゃねえよ!」

「そっちこそ!」


 中段が終われば再び上段へ、それからはランダムに上中下を切り替え、姿勢を保ったまま何度も何度も空を裂く蹴り合いを続けていく。しかしその全てがかち合い、衝撃と快音を周囲にまき散らしながら互いの技が相殺されていく。

 そして最後の蹴りが交差した所で互いに足を引っ込め、その後カミューラが一旦大きく飛び退いてからタムリンめがけて突進する。


「こうなったら一気に攻める!」

「コーイチ気をつけて! あいつ何かしてくる!」

「わかってる!」


 タムリンがカウンターを狙って右ストレートを放つ。だがカミューラはそれが顔面に届く前に高くジャンプをし、空中で体を捻って前を向いた状態でタムリンのすぐ背後に降り立つ。


「へし折る!」


 カミューラが低く吼え、両手を素早く動かしてタムリンの首にヘッドロックを仕掛ける。だがカミューラが仕掛け終えるよりも前に、タムリンがその無防備な腹に肘鉄をたたき込む。


「ガハ……ッ!」


 奇襲を受けてカミューラがよろめく。タムリンは間髪入れずに相手の腕を両手で掴み、上半身を一気に前に倒すと同時にカミューラの体を持ち上げるようにして腕を引っ張り上げる。


「オオリャアァ!」


 浩一が気合いの雄叫びを放ち、綺麗な一本背負いを決める。カミューラの体がまっすぐ伸びたまま宙を舞い、そのまま背中から地面に叩きつけられる。

 カミューラの巨体が地面に叩きつけられた瞬間、ギャラリーの方から一斉に歓声が上がった。単に派手な技が決まったからであるが、浩一とソレアリィは投げ終えた後も油断せずにカミューラの腕を持ち続けていた。

 まだ戦いは終わっていないのだ。


「おい、お前ら何をやってるんだ!」


 その時、そう叫びつつ校舎の方からこちらへやって来る人影があった。声のする方へ生徒達が目を向けると、そこには頭の禿げ上がった、小太りの中年男の姿があった。


「あ、教頭」


 それを見た生徒達の顔が一気に暗くなる。彼らの間では教頭は「無能な校長の腰巾着」として有名だった。常に自己の保身を第一に考え、何かあればすぐに校長に頼る。自分で考えるということをしない人間だったのだ。


「なんですか? 何か用ですか?」


 生徒の一人が露骨に嫌な表情を浮かべて尋ねる。彼らの元に来た教頭はその生徒の迫力に気圧されて一瞬息をのみ、それから懐からハンカチを出して汗塗れの額を拭いながら言った。


「な、何か用かじゃない! お前ら、今何をする時間かわかっているのか!」

「えっ? 何をするって?」

「授業中でしょ」

「ああ」


 横にいた別の生徒の言葉を聞いて、最初に教頭に尋ね返した生徒が納得したように頷く。それを聞いた教頭は相手がそれを知っていながらここに入ることを知って愕然としたが、すぐさま格好を正して声を荒げた。


「わ、わかってるなら、なんでここにいる!」

「あれが面白そうだったんで」


 生徒の一人がそう即答してタムリンとカミューラのいる方を指さす。その方を横目で見た教頭はすぐに体をそちらに向け、再度ハンカチで額を拭きながら抗議の声を上げた。


「お、おいお前達! なんでこんな所で戦ってるんだ! 校長の許可無くグラウンドで戦うなどご、言語道断だぞ! 校長先生がこのことを知ったらどうなるか」

「あれなんだ!」


 だがその教頭の抗議の声は、彼の背後からいきなり上がった生徒の声にかき消されてしまった。その生徒は驚きの表情を浮かべたまま頭上を見上げており、そして教頭の声に全く反応しなかったタムリンとカミューラ、そして声を上げた者以外の生徒達が一斉に、最初に声を発した生徒の見つめる所へ目を向ける。


「い、いったいなにごと」


 つられるように教頭も目線をあげ、そして硬直する。他の面々も同じように、顔を真上に向けたまま阿呆みたく口を半開きにして石のように固まっていた。


「なにあれ……」

「船?」

「なんか、古くさい感じだな」


 そこにあったのは空に浮く船だった。その船は側面に大砲用の窓をいくつも据えた木造の大型帆船とも言うべき姿であったが、マストは破けて船体のあちこちに穴が空き、至る所から煙を吐き出しているという痛ましい姿だった。

 それだけでも驚きだったのだが、彼らを更に驚かせたのはそれと同じ姿をした船が全部で五隻、いわゆる鶴翼の陣形を組んだ状態で並んでいた事だった。その船団から放つ威圧感はとにかく異常で、まるでこの世の物とは思えない雰囲気を身に纏っていた。


「あれ、ディアランドの浮遊船団だ」

「なんだと?」

「なんでこんな所に?」


 浩一の質問を無視してソレアリィが呆然としたまま呟く。そしてその一方で、空飛ぶ木造船団を見たカミューラが寝そべったままうわごとのように呟いた。


「レッドドラゴン……もう来たの……?」


 その顔には驚きと焦りの気配が色濃く浮かんでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ