「迫る巨兵」
亮がその知らせを受け取ったのは午前六時。全ての支度を整えていざ学園に行こうと玄関口に立った時の事である。
「おい亮、今いいか?」
電話をかけてきたのは元同僚のケン・ウッズだった。今仕事に行く所なんだが、と渋る亮の声を抑えてケンが言った。
「あいつらがこっちに来てるらしいんだよ」
「あいつら?」
「レッドドラゴン」
その名前を聞いた亮の顔が一気に強張る。受話器越しにケンが続ける。
「お前も知ってるだろ?」
「ああ、名前だけなら。家内から何度か話は聞いてる。詳しいことは聞いてないが、確かあいつはレッドドラゴンの事を『ならず者の集まり』とか呼んでたな」
「そうなのか」
「ああ。神出鬼没で、戦闘や小競り合いで疲弊した船団を見つけてはそれらに襲いかかり、手当たり次第に物資や金品を強奪していく。文字通りハイエナの集まりだ」
「そうだったのか。あの連中の話をするときのあいつは決まって機嫌が悪かったんだが、それが理由か」
昔を思い出した亮が納得したように相槌を打つ。そしてそう言ってから、意識を再び受話器に向けてケンに言った。
「それでそいつらがどうしたっていうんだ?」
「だから、その連中が地球に来てるって話だよ。まっすぐこっちに向かってきてるらしいんだ」
「地球に? お前はどっからその情報を?」
「知り合いの宇宙刑事にだよ。向こうの方から連絡よこして来たんだ」
「なんでお前に連絡してきたんだ。俺達もう刑事じゃないだろ。宇宙刑事は他にもいる。自分たちだけで止める事くらい出来るはずだ」
「それなんだがな。今動ける宇宙刑事は一人もいないらしい。別件の事件で忙しくて一人も動けないから、地球にいる元刑事の俺達に助けを求めて来たんだ」
ケンの言葉を聞いた亮が苦々しくため息をつく。そしてため息をついた後、呆れた声で亮が言った。
「嘘だな」
「嘘か」
「ああ」
「理由は?」
「レッドドラゴンは恐ろしい連中だが、言ってしまえばチンピラの類だ。賞金がかけられている訳でもない。捕まえても対して得にはならないだろ」
「リスクとリターンが割に合わないと」
「同じ危険を冒すなら、もっと巨大な犯罪組織を相手取った方がずっといいだろ。そっちの方が実入りがいいだろうからな。特に出世を狙ってる奴からすれば」
亮の言葉を受け、今度はケンが嫌そうにため息をつく。
「出世か」
「あとは特別手当だな。レッドドラゴンと同じ戦力を持った組織を潰せればそれ相応の報酬をもらえるが、レッドドラゴンを潰しても二束三文しかもらえない」
「チンピラ、だからな」
「立ち回りが上手いのさ」
レッドドラゴンは非常に冷静で慎重な集団だった。決して出しゃばらず、欲張らず、危険を感じたらさっさと逃げ帰る。襲撃をかけるのは二、三ヶ月に一度あるか無いか。保有する艦艇もロボット積載不可能な小型宇宙艦三隻のみ。とにかく彼らは目立たないように、波風を立てないように立ち回ってきていたのだ。
そんな控えめな活動を一貫して継続していたために、彼らの事を脅威と感じる者は殆どいなかった。いるにはいたが、その声に耳を傾ける者はいなかった。
「とにかく相手にする旨味が無いから、誰も取り扱おうとしないんだろうな」
「でも無視する訳にもいかないから、手が足りないと言っておいて俺達に協力を求めてきた」
「多分な」
受話器の向こうからケンの悪態の声が聞こえてくる。そしてその次の瞬間、ケンが真剣な声で亮に尋ねてきた。
「お前、どうするんだよ? あいつらの言う通りにする気か?」
亮はすぐに答えなかった。彼はそれから一つ大きく息を吐き、ゆっくりと言葉を吐き出した。
「……準備はしておく」
「お前なあ」
「放っておくわけにもいかないだろ」
「お前にいちゃもんつけてクビにした連中を助けるっていうのか?」
「あいつらのためにするんじゃない」
渋るケンに亮がそう言い切る。そして言いかけた言葉を飲み込むケンに亮が続けた。
「とにかく、連絡感謝する」
「……勝手にしろ」
「お前はどうするんだ」
「なんもしねえよ。あんな奴らの肩を持つのはごめんだね」
「そうか」
ケンの言い分に亮が淡々と答える。それから二人は少しばかり話をした後、どちらからともなく電話を切った。そして受話器を置いた後、亮は鞄を持ってドアを開けながら、小さく悪態をついた。
「クソッ」
亮にしたって、本当はあの連中を助けるような
事はしたくなかった。妻と離ればなれになったのだって、元はといえばあの宇宙警察の連中が原因なのだ。宇宙刑事になったばかりの頃の亮は宇宙警察に対して盲目的なまでの信頼を置いていたが、今の亮にその時と同じ気持ちは欠片も宿っていなかった。
だが、だからといって、目の前に迫る危機を放置しておく事も出来なかった。彼は見て見ぬ振りが出来ない男だったのだ。
「仕方ない」
マンションを出て通りに出ながら、亮がそう呟いてスーツの右袖を軽くまくりあげる。そして通りを駆け出しながらそこにはめられた腕時計のような物を露出させ、それを腕ごと高々と掲げて叫ぶ。
「サイクロン!」
その直後、亮を中心として光の柱が天高く伸び上がる。そしてその柱を内側から突き破って一体の巨人が姿を現し、まっすぐ空のかなたへ飛び去っていった。
「タムリン!」
カミューラとソレアリィが決闘をすることを決めた数分後、月光学園の敷地内にある広大なグラウンドの中に立った浩一は勇者「アーサバイン」へと姿を変え、それから自分の前に距離を取って立つカミューラを見据えながら腕を振り上げ、自らの乗る巨人の名を呼んだ。
次の瞬間、吸い込まれそうなほどに青い空の彼方から手を掲げたアーサバインの背後に向かって、一体の巨人が足から垂直に落下してきた。全身を黒く染めた巨体。背中のマント、腰の拳銃、マントの上から両刃の大剣。その全てが気配を放ち、なみなみならぬプレッシャーを相手に与えていた。
「へえ、それが……」
そんなタムリンが着地した時の衝撃で砂埃が舞い上がり、遠巻きに見物していたD組の生徒たちがそのあおりを受けて一斉にせき込む。だが爆心地に一番近い所にいたカミューラはせきこむどころか、アーサバインの背後にそびえ立つその漆黒の巨人を興味深げに見つめながらしみじみ言葉を発した。
「ディアランドのイレギュラー……こんな所でお目にかかれるなんて」
イレギュラー。ディアランドではタムリンは異質な存在なのか。カミューラの言葉を聞いてそう無言で思案する浩一の隣で、ソレアリィがカミューラを指さしながら強い語調で言った。
「さあ! 次はあんたの番よ! さっさと「巨兵化」しなさい!」
「巨兵化?」
聞き慣れない言葉を聞いて浩一がソレアリィの方を向く。だがソレアリィはその浩一に対して何も答えず、カミューラは二人を見て苦笑しながら言った。
「わかってるからそんなに急かさないでくださいよ。ちゃんとやりますから」
「お、おい。先生は今から何するつもりなんだ」
「見てればわかるわよ」
一人蚊帳の外に置かれたような状況にあった浩一がソレアリィに説明を求めるが、当のソレアリィはそれだけ言って後は何も言わなかった。
「その通り。直接見た方が早いですよ。というかソレアリィ、あなた何も説明していなかったんですか?」
そして遠くにいたカミューラもそれに同意する。ソレアリィはつまらなそうに顔を背けて鼻を鳴らしたが、浩一は何が起きるのかとマスクの奥から期待に満ちた視線をカミューラに向けた。砂埃をやり過ごした生徒達もまた、そのカミューラに期待と興奮の混ざり合った視線を向ける。
「ハァァァ……」
そんな彼らの眼前で、カミューラが呼吸を整え目を閉じて胸の前で両手を合わせ、腹の底から重々しい声を吐き出していく。その動きは一つ一つがゆっくりとしたものであり、まるで己の精神を集中していくような動作であった。
「アアアアア……ッ!」
体勢はそのままに、声が次第に飢えた獣のうなり声のような空恐ろしい物へと変わっていく。すると次第にカミューラの体が金色のオーラに包まれていき、そして数秒も経たないうちにその全身が金色に光り輝いていく。
刹那、カミューラが勢いよく両目を開いた。
「バン!」
不意にカミューラが叫び、両手を天高く掲げる。
「バン!」
二度目の叫び。カミューラの全身を包む金色の光が更に強まり、顔や服の細かい輪郭を金の光が飲み込んでいく。その様は人が光のオーラを纏っているのではなく、光が人の形を取っていたようであった。
「バーン!」
そして三度目。それまでよりも一層強い勢いでカミューラが叫ぶ。
刹那、カミューラの形をした光が巨大化した。
「えっ!?」
それを見ていた生徒たちが一斉に驚きの声を上げる。浩一は驚きのあまり何も言えずに、人の形をしたまま膨れ上がっていくその光を見上げていた。
そんな彼らを尻目に、その人型の光は一気にタムリンと同じ大きさにまで相似拡大をし、そこで巨大化の動きをぴたりと止めた。そして巨大化が止まると同時に光がはがれ落ち、その中に潜む本来の姿を露わにした。
「ふう」
そこにいたのは、背中に複雑な模様を刻まれたマントを羽織り、水着かと疑ってしまうほど露出の激しい青い鎧を身に纏い、右手に鉤爪を装着した、肌の青いカミューラだった。
「お待たせ」
一瞬でタムリンと同じサイズにまでなったカミューラが自然な素振りで微笑む。暫くの間、誰も何も言い返せなかった。
「世界って広いね」
「そうだね」
満がどこか感心したように呟き、それを受けた優が他人事のように返した。