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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第五章 ~召魔将軍「ソロモン」、統治将軍「ラ・ムー」、吸血将軍「カミューラ」登場~
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「嵐の予感」

 地球時間午後十一時。カミューラと別れた新城亮は自宅のマンションに戻り、そのリビングにある壁掛け式の液晶テレビと向き合っていた。


「久しぶりに君の話をしたよ」


 対して広くはなく、文明的な生活をする上で必要な最低限の家具や電化製品しか置かれていない殺風景な室内で、ソファに座った亮の楽しげな声がよく響いた。するとその直後、電源の入ったテレビの画面に映っていた一人の女性がくすぐるような笑い声をあげてそれに答えた。


「あら、そう? あなたが他人に私の話をするなんて珍しいわね」


 ハッキリとした顔立ちの女性だった。鋭く整えられた眉。切れ長の瞳。よく通った鼻筋。厚めの唇。それら全てが己の存在を誇示するかのような存在感を放っており、ともすれば対面する者を萎縮させてしまうようなキツめの美貌を備えていた。そこに先端のハネた腰まで届く血のように真っ赤な髪と右目にあてた眼帯が組み合わさって、その元々もっていた攻撃的な印象をさらに強めていた。

 だがそんな初見の人に優しくない刺々しい外見を持った女は、この時モニター越しに相対した亮を前にして人懐っこい笑みを浮かべていた。この星間通信を用いての二人のやり取りはちょうど一週間ぶりであったので、そんな久しぶりに会った想い人を自分の気配で不快な気分にさせたくなかったのだ。乙女心というやつである。

 そうして女は亮に会うまでまともに浮かべることの無かった笑みを精一杯作って自身の気配を和らげながら、愛しの男に向かって愛嬌たっぷりに言った。


「気になるわね。何かあったのかしら?」

「ああ、彼女になら君の事を打ち明けてもいいと思ってね。色々助けてくれた恩もあるし、宇宙の事もあんまり知らないみたいだったしね」

「……彼女?」


 だがその亮の言葉を聞いた瞬間、女はそれまで作っていた微笑みを一瞬で崩壊させた。そして元々持っていた刃物のように冷たく鋭い気配を蘇らせ、嫉妬の赴くままにそれを全身から放って亮にぶつけた。

 だが亮はそんな相手を八つ裂きにするほどの迫力をもった気配を正面から受け止め、それでいて冷や汗一つ流さずにモニター越しの女に答えた。


「違う違う。その人は俺の同僚だよ。保健室の先生やってる人だ」

「保健?」

「ああ。前に話しただろ? 俺が教師やるって」


 その亮の言葉を聞いた直後、女の放つ殺気が目に見えて消えていく。そして落ち着きを取り戻しながら、女が昔の事を思い返しつつ亮に言った。


「……そういえば、今のあなたは先生だったわね。じゃああなたはその保健室の先生に話したってこと?」

「そういうことだよ。いい人そうだったからつい喋ったんだ」

「その人、なんて言ってた?」

「面白いって言われた。君のことも俺のことも、変にけなしたりはしなかったよ」

「そう……」


 亮の言葉を聞いた女が顔を逸らして表情を曇らせる。そんな亮にしか見せない弱々しい姿を前にして、亮が静かな声で言った。


「まだ気にしてるのか?」

「当たり前でしょ」


 亮の言葉を遮るようにその女が言い切る。


「そもそもあなたがこうなったのだって、元はといえば私が」

「俺がそうしたいって決めた事だ。君が気に病む事じゃない」


 亮の言葉を受けて女が口を閉ざして黙り込む。しかしまだ納得しきれていないのか、その顔は苦虫を噛み潰したように歪んでいた。


「あのとき、結局あなただけが泥をかぶった。あれさえなければ、あなたはまだ刑事でいられたのに、あなただけが罰を受けた。私はそれが納得できないのよ」

「相変わらず強情だな。あれは俺がついた嘘なんだ。君は悪くない」

「嫌なものは嫌なのよ」


 赤毛の女がきっぱりと言い切る。その必死の形相を見て、亮は「彼女は昔から曲がった事が嫌いな性分だったな」と自分と彼女が初めて出会った時の事を思い出し、本人の前で思わず苦笑した。

 その直後、その女の映るモニター越しに機密ドアの開く空気の抜ける音と複数の足音が、そして奥の方から男の濁声が聞こえてきた。


「船長! 目標を見つけました! ブリッジに上がってください!」


 いかにも必死な男の声が聞こえてくる。それを聞いた女は肩をすくめ、ため息混じりに亮に言った。


「仕事の時間みたい」

「そうか。ノルマまであとどれくらいなんだ?」

「あと八隻ってとこかしら」

「やったな。もうすぐじゃないか」

「ええ。これが終わったら、すぐにあなたの所に飛んでいくからね」

「船長、どうしました? 旦那様とお話中でしたか?」


 一向に姿を現さない女を前に、男が様子をうかがうように尋ねてくる。それに対して「すぐに行く。そこで待っていろ」と返した後、女は自身を映すカメラに顔を近づけて亮に行った。


「キスができないのがこんなに辛いだなんて思わなかった」

「俺もだ。でも、それももうすぐ終わる」

「そうね」


 それから顔を離し、髪をかきあげて居住まいを正す。髪の毛と同じ赤で染められた、胸元を大きく開いて肩のアーマーとミニのタイトスカートが特徴の戦闘服を身につけた女の姿が亮の視界に入る。


「マントはつけないのか?」

「これから着るわ」


 全身像をみた亮の問いかけに穏やかな表情でそう答えた後、すぐさま顔を引き締め全身に気迫を漲らせ、その立ち姿を「女」から「船長」に替えていく。


「武運を。エコール」


 亮が力強く言葉を放つ。エコールと呼ばれたその女は無言で大きく頷き、その直後通信が切れたテレビ画面は黒一色に染まった。


「……」


 その何も映さなくなった液晶画面を、亮は暫しの間無言で見つめ続けていた。

 遙か宇宙の彼方で戦う彼女に、祈りを送るように。





「そもそもさ、君の追ってる連中って具体的に何したのよ」

「あ、それあたしも聞きたーい」

「ねーねー、教えてほしいなー。おねがーい」

「……」


 亮とカミューラのデートを尾行した次の日、ソレアリィは月光学園二年D組の教室の中で生徒達の質問責めにあっていた。彼女は昨日のことをカミューラに問いただすためにここに来ていたのだが、そのために浩一と一緒に学園に来ていたのが運の尽きだった。


「途中で別れて保健室に行こうとしなかったお前の責任だ」


 おまけに当の浩一は我関せずとばかりにそう言うだけで、彼女に助け船を出そうとはしなかった。ソレアリィへの質問責めは浩一が自分の席に着いた時から始まったのだが、自分のすぐ近くでそれが行われているにも関わらず、浩一は己のスタンスを貫き続けた。


「妖精ちゃん妖精ちゃん、おしえてくーださーいなっ」


 そして浩一が何も言わないのをいいことに、周りの生徒達はソレアリィいじりを更に加速させていく。頭をなでたり体をつついたりするだけでなく、終いには人差し指を伸ばし、そのマシュマロのように柔らかく弾力のある頬をつっつきはじめた。ソレアリィの忍耐力は決して高い方ではなかったが、そんな愛玩動物と同じ扱いをされて黙っていられる方がおかしかった。


「いい加減にしろーっ!」


 ついに堪忍袋の緒が切れたソレアリィが絶叫する。それと同時に自分の周囲に冬場の静電気と同じ強さを持つ電流のバリアを展開し、自分をいじりまわそうとする周囲の指をはねのける。


「いたっ!」

「ちょ、ちょっと、いきなり何すんのよ!」

「うるせー! そもそもお前等がベタベタするのがいけねーんだぞ! 人の気持ち考えたことあんのか! ええ!?」


 完全にキレたソレアリィが眉間に皺を寄せて周りの生徒達を一睨みする。彼女と浩一を囲んでいた生徒達はその迫力に一瞬息をのむが、すぐさま負けじと表情を険しくしてソレアリィを睨み返す。それに関わっていなかった生徒達もそこから発せられる剣呑な雰囲気を敏感に察知して一斉にその異様な気配のする所へ視線を投げかけ、そのやり取りを以前から遠巻きに見物していた者達はもっと面白い事になりそうだと考えて更に好奇心を強めていった。

 浩一はその修羅場の中心近くに身を置きながら、それでも我関せずとばかりに欠伸を一つ噛み殺した。


「はいはい。喧嘩はそこまでにしてくださいね」


 不意に教室のドアが開きそこから女の声が聞こえてきたのは、そんな一触即発の空気が場を支配しかけたまさにその時だった。その声と共に教室の雰囲気は風船から空気が抜けていくように急速にしぼんでいき、それと同時にこの時教室にいたほぼ全員が声のする方へ目線を向けた。


「あ、カミューラ先生」


 そこにいた人影を認めた生徒の一人がその者の名前を呼ぶ。自分の名を呼ばれたカミューラはその声のした方へ顔ごと視線を向けて「おはようございます」と返した後、その視線をソレアリィとそれを囲む生徒達に向け、そこをじっと見つめたまま教室の中に足を踏み入れた。


「久しぶりですね、ソレアリィ」


 そして集団のすぐ近くまで近づいた後、狙いを机の中央で仁王立ちするソレアリィに合わせて親しげに話しかける。その突然の事に困惑する取り巻きの生徒達を尻目に、ソレアリィはそれまで浮かべていた険しい表情のまま羽を動かして宙に浮き上がり、カミューラの顔と同じ高さにまで上がってから腕を組んで彼女と向かい合う。


「まさか自分から来るとはね」


 そして眼前にあるカミューラの顔を凝視しながら、ソレアリィが冷ややかながら驚きの混じった声で彼女に言った。その視線をまっすぐ受け止めつつカミューラが言い返す。


「本当はあまりあなた方と関わりたくなかったのですが、状況が変わりましたので」

「状況?」

「ええ」


 訝しむソレアリィにカミューラが頷く。二人の関係を知らない生徒達は何が何だかわからず怪訝な目を二人に向け、浩一はぼうっとした表情で窓の外の景色を見つめていた。


「いったい何人がディアランドからこちらの世界にやってきたのか、あなたはご存じですか?」

「十五人。それくらい知ってるわよ」


 そんな浩一の横でカミューラとソレアリィが話を進める。取り巻きの生徒達はその話を興味深げに聞き入るが、それらには意識を向けずにカミューラがソレアリィに言った。


「そのうちの十二人が地球にやってきます」

「は?」


 ソレアリィが素っ頓狂な声をあげる。周りの生徒達も同じ声を出し、それまで無関心を貫いていた浩一もまたカミューラの方へ顔を向ける。


「どこから?」

「宇宙から」


 浩一の問いかけにカミューラがさらりと答える。ソレアリィと取り巻きが更に驚き、浩一が瞳を細めてカミューラを睨みつける。


「どういう意味だ」

「私達はあくまでも『こちらの世界にやってきた』のであり、『この星にやってきた』訳ではないということです」


 浩一の目線に怯むことなくカミューラが答える。そしてなおも要領を得ない様子の面々を見渡して、カミューラが暫く考え込む素振りを見せてから口を開いた。


「まだいまいち理解できていないご様子で」

「当たり前だ。もっと詳しく教えろ」

「……わかりました。それでは私達について、もう少し詳しく説明しましょう」

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