「マジカル・フリード登場」
鬼の乱入から始まった一連のイベントは、後からやってきた仮装二人組によってその鬼が倒された事で幕を閉じた。それから数分後、個室に留まっていた亮とアラタはそこにやってきたケンにつれられる形で予定されていた試合が再開された会場を後にし、控えの選手達が集まる例の大広間に向かっていた。
「ちょっとイツキ君が皆に聞きたい事があるって言っててさ、集まって欲しいんだ。集合場所までは俺が案内するから、二人とも来れるかい?」
これがその時のケンの誘い言葉だった。断る理由も無かったので、二人は彼の後に続いて件の広間の中へ足を踏み入れたのだった。
「あ、先生達も来たクマ」
そして亮達が部屋の中に入った時には、彼らの知っている面々は既に全員そこに集まっていた。ただし最初ここに来た時に見た特徴的すぎる選手達は全員出払っており、そのだだっ広い空間はどこか閑散としていた。
「他の選手達は皆試合に行ったクマ。今頃戦っている最中だと思うクマ」
「暫くすればここに戻ってくるだろうな」
不思議に思った亮の心中を察したのか、テーブルの前に座っていた冬美と四千一号もといマジカル・フリードが揃って話しかけてきた。この時のフリードはリング上で散々見せてきたコスプレ姿ではなく、最初に出会った時と同じ没個性な私服姿であった。言葉遣いも落ち着いていた。
「それより皆さん、立ったままではお辛いでしょう? こちらに来て腰を落ち着けてはいかがですか?」
その二人の反対側に座っていた真里弥が柔和な笑みを浮かべて話しかけてくる。その方向へ亮達が視線を向けると、まず紙コップを持って微笑みながらこちらを見てくる真里弥の姿が、次いで彼女の座っている椅子の脚もとに、全身黒焦げの状態で簀巻きにされた青鬼が無造作に転がされていたのが見えた。鬼の口元にはガムテープが貼り付けられ、表面にミミズがのたうち回ったような細く赤い文字の書き込まれた黒い布で目隠しをされていた。
亮達はあえてそれに触れなかった。
「マリヤちゃんの言うとおりだよ。三人もほら、座って座って」
その真里弥に続くように、彼女の隣に座っていたイツキが笑顔で言ってきた。その手には雑誌サイズの薄型端末があり、彼はそう言いながら慣れた手つきでその表面で指を滑らせ画面を操作していた。
「立ち話もなんだしさ。ほら、早く」
「そうだな。それじゃあ俺たちも座るとするか」
そのイツキの催促を受けたケンが三人の中で先んじてテーブルに近づき、冬美の隣に腰を下ろす。その後で亮とアラタも動きだし、それぞれ亮は真里弥の、アラタはイツキの隣に腰を下ろした。そして全員が座った所で、アラタがその場の全員を見渡しながら言った。
「で、イツキ。なんでここに俺達は集められたんだ? なんか理由とかあるのか?」
「うん。皆の感想を聞きたくってね」
「感想?」
不思議そうに聞き返すフリードに頷き返してからイツキが続ける。
「新城さんと真里弥ちゃんはともかく、アラタちゃんと冬美ちゃん、それにフリードちゃんはここに来るのは初めてでしょ? 僕は副支配人としてここをより良い場所にするために、そんな初めて来た人達の話を聞きたいんだよ。意見とか感想とか、もちろんクレームも」
「なるほどね。お前もちゃんとやってるんだな」
「そういう事なら協力するクマ」
イツキの言葉を聞いたアラタと冬美が同意の意思を見せる。それ以外の者達も揃ってそれに賛同し、そしてすぐさまイツキ主宰の意見交換が開始された。
「なんでこいつをこんな風にしたんだクマ?」
それから暫くの間イツキと初見の面々の間で感想や意見のやり取りが続いた後、初見組の一人である冬美がそうイツキに尋ねた。鬼との試合においてフリードが見せた変貌ぶりについての質問であった。
それは別に感想でも意見でもなかったが、イツキは困惑する素振りも見せずに自然な語り口でそれに答えた。
「それは全部フリードちゃんが決めた事だよ」
「どういうことだクマ?」
「ほら、鬼が乱入してくる前にさ、僕とフリードちゃんが二人きりになった時あるじゃない?」
そう切り出してから、イツキはその時起きた事を冬美やその他の面々に簡潔に話して聞かせた。個性は内面から、そして内面づくりのためにまずはおしゃれから。イツキはその部分を特に強調して話した。
「つまり、あれは全部この方が自分から着たいと仰った服という訳ですの?」
「そういうこと」
その話を聞いた後、真里弥が不思議そうにイツキに尋ねる。それを聞いた冬美がフリードに言った。
「それ、本当かクマ?」
「ああ。色々と興味深い物があったが、私的にはあの七つがとても気に入ったんだ」
「あの名前も?」
「ああ。私が名付けた」
赤い瞳を輝かせながらフリードが恥じらうことなくきっぱりと答える。そしてそれを聞いて僅かながら驚く周囲を後目に、フリードが続けて言った。
「私としてはあの中から更に一つに絞るつもりだったんだが、イツキが個性はいくつもあっていいと言ってきてな。それで全部着る事にしたんだ」
「あのフリフリの服は?」
「あれは自分で選んだ物じゃない。あんなチャラチャラしたのは私の趣味じゃない。イツキが私の選んだのとは別に用意してきたんだ」
「時間固定式三次元ポケットと早着替え支援プログラムを組み込んだ特注品さ。僕がセラエノにいた時に作ったんだ」
イツキが自慢げに言ってのける。それから半分驚き半分呆れる周囲に向かってイツキが続けた。
「これさえあれば、好きなときに好きな服に一瞬で着替える事が出来る。それこそ海でも山でも、人混みの中でも。画期的でしょ? あ、でも中身は企業秘密だからね。これの中身はかなりデリケートな作りしてるから、他の人が下手にシステムの模倣とかしたら火傷じゃ済まない事になるからね」
「誰も作らんと思うぞ」
「そもそもあんなの着て町中歩けるかよ。恥ずかしすぎて死にたくなるわ」
イツキの言葉に亮とアラタが反論する。それを聞いたイツキは「もちろん普通の服もフリードちゃんと一緒に後で探すよ」と答えてから、毅然とした態度で周囲に向けて言った。
「みんなわかってないな。これはあくまでフリードちゃんの個性を作り出すための小道具であって、決して日常生活で毎日着る服として用意したんじゃないんだよ。フリードちゃんもそこはちゃんと理解してるよ」
「そうなのか?」
それを聞いたアラタがフリードに尋ねる。フリードは「そうだ」と頷き、落ち着いた声で言った。
「あれはあくまで私の個性を作るためにあるものだ。実際、あれのおかげで私は新しい私に気づく事が出来た」
「なんだかんだで役に立ったのですわね」
「ああ」
「つうことは、あれか? あん時のお前がその、新しいお前だっていうのか?」
「そうだ。あの時ああして次々と衣装と性格を替えているとき、私は体が軽くなったというか、全てから解放されたような気分を味わったんだ。私はこうあるべきだという本当の自分に出会えた気がして、目の前が開けて見えたんだ」
恍惚とした表情でフリードが語る。それを見たケンが慎重に言葉を選ぶように言った。
「ああ、つまり、それ、コスプレに目覚めたって事?」
「多分そうだろうな」
「また厄介なキャラになったクマ」
亮が頷き、冬美が平坦な手の先でまん丸な頭を抱える。その一方で、フリードが落ち込んだ表情を浮かべて残念そうに言った。
「だが、だからこそ不満に思ってしまう」
「不満? 何が?」
「あれらの衣装は人前で堂々と晒せる物でないことは理解した。では私は、いったいどこであの格好をすればいいんだ? 本当の自分をどこで見せればいい?」
フリードの訴えを聞いた面々が一斉に押し黙る。いきなりシリアスな悩みが飛び出してきて、どう反応したらいいのか返答に窮していたのだ。
「ふふん」
その中で、不意にケンが不適な笑みを浮かべた。不振がる他の面々を前に、ケンが得意げな顔で言った。
「フリードちゃん、俺本当の自分を堂々と人前で出せる場所を知ってるんだけど、興味ない?」
「なに?」
身を乗り出してフリードが尋ね返す。
「それはどこなんだ? 教えてくれ」
「ああ。それはな」
その目をまっすぐ見返しながらケンが答える。この時フリードは真面目くさった顔をしていたが、その一方で亮や冬美はある種の嫌な予感をひしひしと感じ、渋い表情を浮かべて額から一筋の脂汗を流していた。
「それは……」
そんな状況の中でケンが口を開く。その内容は、彼らの予想していた通りのものであった。
「さあ、それでは今より、午後の部第五試合を始めます!」
それから一週間後、いつもと同じく満員御礼状態のリトルストームの会場内に、テンションの高い実況の声が響いた。その声と同時に天井のスポットライトが点灯し、一斉に最下段のリングを照らし出す。
そのリングの上に、フードつきのマントで全身を覆った一人の人間がいた。
「今日も彼女の時間がやってきた! キュートな見た目にハードなバトル! 新進気鋭の魔法少女!」
実況の声に合わせるように、その人間がマントを片手で掴んで盛大に脱ぎ捨てる。そしてそこに現れたのはピンクと白を基調にしたフリルだらけの衣装を身にまとった、一人の小柄な女の子だった。
「肉弾系魔法少女! 七面相アイドル! マジカル・フリード!」
実況がその少女の名前を呼ぶ。その声を聞いたフリードはその場で一回転し、ノリノリでステッキを天高く掲げ決めポーズを取る。
「キラッ♪」
その直後、ギャラリーは飢えた獣のように熱狂の叫びをあげる。観客全てがフリードを歓迎し、その活躍を求めていた。
「ノリノリだな」
その様を例の個室の中で見ながら、様子を見に来た亮がため息混じりに言った。その横に立ったケンが苦笑しながらそれに答える。
「でも、ずっと楽しげだろ?」
「それはまあ……」
そう言ってから弾けるような笑顔を周囲に振りまくフリードを見下ろし、その後で亮が言った。
「本人が楽しそうならそれでいい、のかな」
「だろ?」
フリードの言葉を聞いたケンが人懐こい笑みを浮かべる。この時リング上ではナースに変身したフリードが対戦相手を薙刀の柄の部分で滅多打ちにしていたが、その姿を見ながら亮がしみじみと言った。
「終わりよければそれでよし、か」
「うんうん」
ケンが言い返し、それから二人揃ってリングに目を向ける。そこでは地面に倒れ伏した相手を踏みつけながらフリードが満面の笑みを浮かべ、両手を振ってそれを観衆に振りまいていた。
その姿は見るからに楽しそうであった。




