「正直なお嬢様」
亮の受け持った教科は『操縦』。文字通りロボットの操縦技能を鍛える教科である。これとは別にロボットや怪獣に関する基本知識を教える筆記中心の教科もあるが、これは亮の専門外である。
今の時代ではロボット操縦を必修科目として取り入れている教育機関の存在は珍しくない。全ての学校で取り入れられている訳ではないが、この月光学園以外にもロボット操縦を教えている所はいくつもあった。
しかしそれら大勢の学校と月光学園との間には大きな違いがあった。それは月光学園は「ロボットを動かす」という点を飛び越えて「ロボットで戦う」という部分に注力していた事であった。この学園に入るためには、ロボットを手足のように動かせる事が大前提となっているのだ。
そして亮は、その自分が受け持った教科を無難にこなした。内容としてはロボットを使っての組み手や、素振りなどを通しての専用装備の習熟度の底上げなどだ。
元々素の能力が高い者達ばかりが集まっている場所なので、教える側としてもスラスラと進める事が出来た。そうして自分がこれまで培った技能を活かし、亮は午前中の自分の授業を全て平和に終わらせた。しかし自分が担任として受け持ったクラスの面倒を見ることは、今日明日の内には無さそうだった。
「あの、隣に座ってもよろしいでしょうか?」
就任当日の昼休み、何事もなく午前の授業を終えて学生食堂で一人蕎麦をすすっていた亮の近くで、そう声をかけてくる者がいた。いったい誰なのかと箸を止めて顔を上げてみると、そこには自校の制服を身につけ丼を載せたお盆を手に持つ一人の少女がいた。
腰まで伸びたストレートの黒髪。外向きに垂れがちな瞳に小振りな唇。制服越しからでもわかるやや痩せ気味な体。儚げな雰囲気を漂わせた大和撫子とも言うべき、清楚な少女だった。
「えーと、確か君は……」
亮にはその顔に見覚えがあった。赴任する前から予め自分の担当するクラスの顔と名前を覚えてきた亮は、さっそく頭の中でその外見と一致する名前を探し始めた。
「わたくし、あなた様のーー新城先生のクラスに籍を置いております、十轟院麻里弥と申します。よろしくお願いいたしますわ」
お盆を持ったまま、麻里弥が小さく会釈する。亮も頭を下げてそれに答え、すぐさま隣の椅子を自分で引いて座るよう促す。
「ありがとうございます。失礼させていただきますわね」
柔和な笑みを浮かべながら麻里弥がお盆をおいてから席に着く。そして彼女が腰を下ろした段階で、亮は彼女の身なりに関するある事に気がついた。
麻里弥は背中に一振りの日本刀を背負っていた。
「あっ、や、やっぱり気になりますか?」
その亮の視線に気がついたのか、麻里弥が少し慌てた調子で言った。それを聞いた亮もすぐさま視線をそらし、不快な目に遭わせてしまったと素直に謝った。
「その、ごめん。あんまりジロジロ見ていい物じゃなかったかな」
「ああその、違いますわ。初めてわたくしと会う人はいつも同じ反応をするものですから、つい尋ねてしまったんですの。機嫌を損ねていたりはしていませんわ」
「そうなのか。良かった」
心からほっとする亮に微笑みかけながら、麻里弥が言った。
「実はわたくし、退魔師なんですの」
「タイマシ?」
「この世に蔓延る魑魅魍魎の類を封じる者達の事ですわ。わが十轟院家は先祖代々、退魔の家系として世に名を残し続けてきましたの」
「じゃあ、その刀は」
「魔を封じるために使う、聖なる武器ですの。」
麻里弥がお盆の上にある割り箸を手にとって二つに割る。その動作さえもお淑やかで、どこか気品のある物に見えた。
「それでは、いただきます」
両手を合わせてそう言ってから、麻里弥が嬉しそうに顔を輝かせながら自分の持ってきた料理に箸をつける。そんな彼女がこの時美味しそうに食べていた料理はカツ丼の特盛。気品とは縁遠い代物だった。
「随分食べるんだな」
そんな麻里弥の昼食の風景を見た亮がぽつりと呟く。それを聞いた麻里弥は少し恥ずかしげに頬を赤く染めながら、それでも微笑みを浮かべつつ亮に返した。
「ご飯は活力の源ですわ。しっかり食べなければ一日を健やかに過ごすことは出来ませんの」
「それもそうか」
「その通りですわ」
そう言って再び麻里弥が笑みを浮かべる。よく笑う子だな、と思いながら、亮も箸を進めた。
「ごちそうさまでした」
二人同時にそう言ったのは、それから僅か二分後の事だった。亮は途中まで食べ進んでいたが、麻里弥は全くの手つかずの状態から完食に至っていた。亮は彼女の新たな一面を垣間見たような気がした。
「それにしても、どうして私と食べようと思ったんだい?」
そしてコップの水を飲んで一息つきながら亮が尋ねる。同じくコップの中の水を飲み干してから、麻里弥がそれに答えた。
「わたくし、少し先生に興味を持ちまして」
「興味?」
「そうですわ。先生になった直後にあんな事を言ってのけてしまうお方はそうはいませんもの。どのような方なのかとても気になりましたわ」
「そんな面白い奴じゃないよ。自分で言うのもあれだけど」
目を輝かせて言った麻里弥に、苦笑を浮かべつつ亮が返す。彼としては別に格好つけて言ったわけではないし、自分が特別な事をしたとも思っていなかった。校長の態度や言い分が気に入らなかったからそれに反目しただけである。
しかし麻里弥はそんな亮の後ろ向きな言葉を打ち消した。
「理由はどうあれ、あなたはとても凄い事をなさったのです。わたくしにはあの時、あなた様の姿がとても新鮮に、そして頼れる方に映りました。こんな方は今まで見たことがないと、か、かるちゃん……?」
「カルチャーショック?」
「そ、そう、それです、カルチャーショックですわ。わたくしカルチャーショックを受けましたわ」
「それはそうだろう」
横文字に悪戦苦闘し正解を言われて慌てふためく姿を可愛いと思いつつ、麻里弥の言葉に亮が同意する。実際、自分自身とんでもない事をしたと、後で頭が冷えてからほんの少しだけ後悔したりもした。
しかしそれは本当にほんの僅か、豆粒程度のものでしかなかった。そしてそれはもとより、反省するつもりも無かった。あの皺だらけの婆に頭を下げるなんて死んでも御免だ。
「自分でやっててこんな事言うのはおかしいと思うんだが、あれはただ大人げないだけだぞ。嫌みを言われた子供が陰でやり返したみたいな感じだ」
「それでもですわ。大人げないとしても、あのように言葉にして自分の意見を正直に言える人はそうはおりませんもの……特にここでは」
「ここでは?」
不思議に思った亮が言った。麻里弥が僅かに顔を俯かせる。
「……ここに自由意志はありませんわ。自分の意見を通そうする気骨のある方もおりません。ただ上に立つ方々の言いなりになるだけ」
そこで初めて、麻里弥がそれまで朗らかだった顔を不愉快そうに歪めた。そして悲しいかな、亮もまたその言葉に大いに同意できた。
「君はこの学園が嫌いなのか?」
その俯いた顔を覗き込むように亮が尋ねる。それを聞いた麻里弥は顔を上げ、亮に向けて満面の笑みを浮かべた。
「クソ食らえですわ」
そして満面の笑みのまま、爽やかな調子で吐き捨てた。
「あ! 新城さん!」
午後の授業も終わり、翌日の授業の準備や書類整理も終えた頃には、外はすっかり夜も暮れていた。早く帰ろうと思って荷物をまとめ玄関を出たその時、校門前でこちらに手を振る人影が見えた。
「しんじょうさーん!」
自分を呼ぶ声がしたので亮がそちらに近づいていくと、そこには自分のよく知る人物が立っていた。
「君、富士さんか?」
「はい! 新城さん、もうお帰りですか?」
「ああ。これから帰るところだよ」
今日の早朝に出会った富士満が快活な笑みを浮かべながら亮に問いかける。亮はそれに手を挙げて答えつつ、お互いが十分近づいたところで目の前の少女に問いかけた。
「それより君、今日はどうしたんだい? ちょっと目を離した隙にいなくなったじゃないか」
「え、あ、ごめんなさい。ちょっとやることがあって、それで急いでたんですよ」
そう言って両手を顔の前で合わせる満を前に、亮も苦笑を浮かべてそれ以上何も言わなかった。それ以前に亮自身、その事に関してはあまり怒りを覚えている訳ではなかった。
「まあ、君が無事ならそれでいいんだけどさ。あんまり心配させないでくれよ」
「はい、ごめんなさい。でも新城さん、言い方が先生みたいですよ」
「今日先生になったからね」
亮がやや自慢げに言う。しかし満は最初に見たときと同じくらいボサボサな髪の毛を見て「全然様になってないですよ」と軽く毒を吐く。
「もっと身なりには気をつけないと」
「次から気をつけるよ。それで、なんでこんなところに?」
満からの追求を軽くかわしつつ、亮が満に尋ねる。満は亮の目を見つめながらそれに答えた。
「いえ、ちょっと先生に個人的に挨拶しに来まして」
「挨拶? なんの?」
「明後日の試合の事です。今日ここの学園に来たかったのも、それがしたかったからなんですよ。明後日の試合に出るパイロットのクラスを受け持ってる人に会いたくって。でもそれが新城さんとは思わなかったけどなあ」
「明後日の試合・・月の代表とこっちの代表が戦うあれか」
そこまで思い出して、亮が眉根を寄せる。
「どうやって私がそのクラスの担任だとわかったんだ」
「あの後人に聞いてまわったんです。すぐにわかりました」
「なんで君がそれで挨拶に来るんだ?」
「だって新城さんのクラスの子と私のところの戦士が戦うんですよ? お互い頑張りましょうって挨拶しとかないと」
「なんだって?」
ますます困惑の表情を深める亮に笑みを返しながら満が言った。
「私、月人なんです」
「えっ」
「月から挨拶に来ました」
そこまで言ってこちらを向いたまま後ろに下がり、満がもう一度手を振りながら言った。
「そう言うわけで、新城さん、明後日楽しみにしてますよー!」
そして亮の返答も聞かずに踵を返し、夜の闇の中へと消えていく。その後ろ姿を見つめながら、亮はため息混じりに呟いた。
「月人か……」
この時代、地球に宇宙人がいるのは別に不思議な事ではない。中にはちょっと遠出する気持ちで頻繁に地球に降りる者もいるほどだ。ちなみにその逆は殆ど冷え切っていた。地球人の大半が地球から離れようとしなかったのだ。
そして地球に降り立つ宇宙人の大半が、地球で行われるビッグマンデュエルの観戦を目的としていた。それをメインに据えたツアーまで組まれているほどだった。
「ファンか何かかな?」
なので彼女のことを熱狂的なファンの類であると思うのも当然であった。そして満の属性付けを終えた亮は一人、改めて帰路についた。