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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第四章 ~七面相アイドル「マジカル・フリード」、パワード熊スーツ「クマ・オブ・アポカリプス」登場~
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「終わりの始まり」

「さて、じゃあ始めようか」


 四千一号がイツキの提案を飲んでから数分後、二人は亮達と分かれてイツキ用の個室にいた。イツキ用といってもそこは一般の選手に用意された部屋と同じ作りをしており、そこで四千一号は部屋の中央にあるテーブルの前に、イツキは入って左側に置かれた化粧台の前にある椅子に座っていた。


「これから何をしようって言うんだ?」


 そんなこれといって備品も見あたらない殺風景な室内を見渡しながら、四千一号が不審そうに問いかける。それを聞いたイツキは椅子から立ち上がり、自分から見て左手側にある壁に向かいながらそれに答えた。


「今見せるよ」

「見せる? 何を?」

「変身セット」


 壁を背にして立っていたイツキがニヤリと笑い、そして四千一号を見据えたまま、その壁を降ろした右手で力強く叩いた。

 直後、イツキの背後にあった壁に緑色の光と共に縦横の切れ込みが走り、機械的な音を立てて波が退いていくかのように左右に展開する。突然の出来事に四千一号が息をのむが、彼女が一つ瞬きをした次の瞬間には既に壁は影も形もなく、それに代わってイツキの背後には壁の端から端まで伸びるハンガーラックと、そしてそこに隙間無くずらりとかけられた数十もの服があった。

 四千一号は唖然とした。


「なんだそれは……」

「僕の私服さ」


 背後に現れたハンガーラックの中から一着の服を取り出し、それを自分の前に当てながらイツキが答える。再び四千一号が言った。


「全部お前の服なのか?」

「もちろん」

「自分で集めたのか?」

「そりゃそうさ。僕、オシャレには結構うるさいんだ」


 それまで手にしていた服をラックにかけ直し、また別の服を手にとって自分の胸元に押し当てる。この時イツキが見せてきたのは白地に水玉模様をあしらった小振りのキャミソールだった。どう見ても女性が着る物だった。だがそしてイツキはそんな事など気にも留めずに屈託のない笑みを浮かべながら「どう? 似合ってる?」と四千一号に尋ねてきた。

 苦い顔で四千一号が言った。


「お前は男だろう」

「うん」

「恥ずかしいとか思わないのか」

「僕は可愛いと思うな」


 イツキが表情一つ変えずに即答する。

 四千一号は頭が痛くなってきたのを自覚した。


「理解不能だ」

「初めは皆そうだよ。でも君もそのうち、僕の気持ちがきっとわかるようになるよ。僕が保障する」

「わかってたまるか。第一私は女だぞ」

「男も女も関係ないよ。男装する女の人とかもいるからね。僕と同じ性癖を持つ人はいくらでもいるのさ」

「意味が分からない」


 愕然として四千一号が答える。そんな四千一号を見て苦笑を漏らしながら、イツキがラックから両手に服を持って言った。


「そのうちわかるよ。いや、今からわかるようになる」

「なに?」

「今から君に、ここにある服を一通り着てもらおうと思ってるからね」

「は」


 一瞬、四千一号の頭の中が真っ白になる。だが四千一号が何かを言おうとするよりも早く、イツキが彼女に向けて言った。


「大丈夫。全部洗ってあるから。クリーニングもしてあるし、新品同然だよ」

「そういう問題じゃない」


 イツキの言葉を遮って四千一号が立ち上がりながら言った。


「なんで私がそんな事をする必要があるんだ?」

「え? だって君、自分探しのために来たんでしょ?」

「それはそうだが……なら服を着替えれば自分が見つかるっていうのか?」

「そんな訳ないでしょ」


 イツキが即答する。そしてますます困惑する四千一号にイツキが諭すように言った。


「そもそもね。自分自身……自分の個性って言うのはね、見つけたり探したりするものじゃない。自分で作るものなんだよ。いろんな事を経験して、積み上げていって、そこから自分らしさを築いていくんだ」

「いろんな事を……」

「そう。そして別の服を着るって事は、つまり別の新しい自分の可能性を模索する事でもある。服はその人の個性そのものじゃない。その人の個性を際だたせるブースターに過ぎない。だから君も色々とオシャレをして、可能性を見つけて、そこから新しい自分を作っていくんだ。そうすれば、君もきっと自分の名前を見つけられて一人前になれるはずだ」


 そう言ったイツキが柔和に微笑む。四千一号はその顔を見つめたまま、ため息混じりに言った。


「一人前か」

「うん、一人前だ。子供から大人になるための通過儀礼。メネリアスの風習でしょ?」

「それはそうだが……まったく、お前はどこまで知っているんだ」

「全部だよ。ここに来るずいぶん前に、一度セラエノに寄った事があってね。そこで次の目的地を決めようって事で、色々な星の情報の載った本を読んで過ごしてたんだ。メネリアスを知ったのもそのときだよ」

「セラエノ・・あの大図書館か」

「うん。銀河最大規模の図書館だよ」


 セラエノとは銀河の一角にある惑星の名前であり、そして惑星そのものが巨大な一個の図書館となっている星でもあった。一般的にセラエノと言えば星ではなくその図書館の事を指す。

 星の大きさを持つ図書館という事もあり、そこに納められている書物の量は他のそれと比べて桁違いのものだった。そして同様にワープ装置がなければ移動すらままならないほどの広さも持っていた。おかげで迷子が発生するのはいつもの事で、そのまま帰ってこれなくなる事もある。

 もっとも、セラエノ内の各所には遭難した人達のために湯治場や集合住宅や自給自足用農耕地帯といった、いわゆる「遭難者が生き延びるための生活空間」も用意されており、そこの居心地の良さやすぐ近くに本があるという利点から、帰る目処がついたにも関わらずそこに住み続ける者も僅かに存在する。


「あそこにはお世話になったよ。おかげで貴重な体験が出来た」

「お前も遭難したのか」


 誰が、いつ、なんのために作ったのか、それは誰にもわからなかった。セラエノに納められていた蔵書の中にも、それを記す物は一つも無かった。ただ一つわかっているのは、セラエノに行けば知りたい情報を全て入手できるという事である。


「地球の事もセラエノで調べたのか」

「うん。本を読んでたらたまたま見つけてね。面白そうだったから来てみたんだ」


 四千一号の言葉にイツキが頷く。そして四千一号が「物知りな訳だ」と呟いてから、改めてイツキの方を向いて言った。


「それで? つまり今からお前の言うとおりに服を着替えれば、私は自分らしさを作れると、そう言いたいんだな?」

「もちろん。でも着替えるだけじゃ駄目だよ。自分が可愛いと思った、自分に合ったスタイルの服を見つけて、そこから自分らしさを作っていくんだ。個性を作る上で大切なのは中身だ。外見だけ繕ったって、中身が空っぽじゃ意味がない。嫌いな物着てもなんにもならないしね」


 そう言ってからイツキがそれまで手に持っていた服を元に戻し、そして回れ右をしながら両手を背中に持って行って四千一号に言った。


「さて、四千一号」


 この時、名前を呼ばれて彼女の方を見た四千一号は一つの違和感を覚えた。彼女の方へ目を向けた時、そのイツキの首筋から顔面に向かって黄緑色の鱗が這い上がっていく様が一瞬だけ見えたのだ。

 だが四千一号がそれを意識したときには、その鱗らしき物はイツキの顔や首には欠片も無かった。そしてそんな四千一号の戸惑いには気づく素振りを見せないまま、イツキが不敵な笑みを浮かべて言った。


「新しい自分、作ってみない?」

「……ッ」


 四千一号が息をのむ。自分らしさを手に入れようとは思っていたが、いざそうなろうとすると足がすくむ。無意識のうちに変化を拒んでいるのだ。

 だがこれが最後のチャンスかも知れない。そんな葛藤を二回ほど心の中で繰り返した。


「……まずは何から始めればいい?」


 そして結局、彼女はイツキの提案に乗った。





 同じ頃、リトルストーム秋葉原入り口前から遠く離れた街角の路地裏で、一人の影が怒りに身を震わせていた。それは全身真っ青な肌を持ち、額から角を生やしていた。

 今から数分ほど前に十轟院真里弥に吹っ飛ばされたあの鬼である。


「クソッ、クソッ、あの退魔師め」


 恨み節を漏らす度に、あの地下闘技場で受けた屈辱が鮮明に蘇る。それは小枝ほどの太さしか持っていない貧弱な人間の、それもまだ年端も行かない小娘のパンチを顔面に食らい、それ一発だけで自分がリングに沈んだ記憶である。


「ふざけやがって。ふざけやがって。あんなもので俺が負けただと?」


 思い出せば思い出すほど屈辱の炎が高々と燃え上がる。そしてその炎は鬼の中にあるなけなしの理性を灰も残らないほど燃やし尽くし、彼の心を憎悪と憤怒で塗りつぶした。


「クソッ! 人間風情が気取りやがって! このままで済むと思うなよ! クソがッ!」


 そう吼え猛る鬼が怒りのままに横の壁に握り拳を叩きつけ、そこから一気に屋上に届くほど盛大にヒビを走らせる。そして鬼は肩を激しく上下させて口から煙を吐き出しがら、血走った目を件のリトルストーム入り口に向けた。

 鬼は人間ほど気の長い生き物ではなかった。

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