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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第四章 ~七面相アイドル「マジカル・フリード」、パワード熊スーツ「クマ・オブ・アポカリプス」登場~
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「いざ入場」

 新宿から秋葉原へは、JR総武線を使って乗り換えなしで二十分ほどで到着することが出来た。その電車に乗って秋葉原に到着した五人は改札を出た後、亮の案内に従って様々な店が雑多に混み合う街の中を進んでいった。


「ここだ」


 やがて亮がそう言いながら、一つの建物の前で足を止める。後を行く四人もつられて足を止め、そして真里弥以外の全員は彼の指差す建物を見て一斉に唖然とした表情を浮かべた。


「……ここ?」

「これが? 闘技場?」

「マジかよ」


 一方の真里弥はその建物を見て、軽く驚いた表情で亮に言った。


「先生もここをご存じでしたのね」

「ああ。俺も十轟院がここ知っててびっくりだったよ」

「わたくしも仕事でここを何度か利用しますので」

「おいおい、お前らマジで言ってんのかよ」


 そんな二人のやりとりを聞いたアラタが、そう言いながら亮に近づいた。


「俺にはそんな特別な建物には見えねえんだけどよ。本当にここで合ってんのか?」

「ああ。ここで正解だ」

「まあ、外見だけで判断しろと言われても厳しい所はありますわね」


 そしてそうアラタに返した亮と真里弥が、揃ってその目の前の建物に視線を向ける。アラタと冬美と少女も同様にそれを視界に収め、そして冬美がそれを見ながら苦々しく言った。


「ただの雑居ビルにしか見えないクマ」


 彼女の言葉通り、それは打ちっ放しの白いコンクリートで作られた四階立ての雑居ビルだった。比較的大きなビルではあったが壁面や入り口前に看板の類は一つもなく、そのビルの外壁には至る所にシミやヒビ割れが刻み込まれており、それがかなり昔からそこにあった事を見る者全てに言外に告げていた。さらにビルのすぐ右隣にはアニメグッズのショップが、左隣には中古専門のCDショップがそれぞれ建っており、それら建てられたばかりの小綺麗な建物に挟まれた事によって、却ってその古臭さがより一層強調されていた。


「見るからに脆そうだ。崩れたりしないのか?」


 そんなビルを初めて見た四千一号が率直な感想を述べる。それに対して亮は「日本の建物は頑丈に出来てるから大丈夫だ」と返した後、入り口の自動ドアを越えて中に入っていった。

 その亮に続けて真里弥が、次いで残りの面々が躊躇いがちに中に足を踏み入れる。そして中に入った瞬間、まずアラタが疑問の声をあげた。


「あれ、階段がねえな」


 アラタの言うとおり、その入り口の先に広がる全面白塗りの空間の中には上り階段らしき物が見あたらず、向こう側に堅く閉ざされたエレベーターの扉が一つあるだけだった。ついでに言うとそこにはその扉以外に何も存在せず、窓さえもなかったために初めて中に入る者達は揃って妙な息苦しさを覚えた。


「エレベーターで上がっていけっていうことか?」

「多分そうだろうな。このビルを造った連中が、階段で上っていくのは骨が折れるとでも判断したんじゃないのか」


 そしてアラタが続けざまに放った言葉に対して、四千一号が冷静にそう答える。しかし彼女がそう言った直後、この時件のエレベーターの前まで既に近づいていた冬美が、それを間近で見ながら不思議そうな声を上げた。


「でもこれおかしいクマ」

「何がおかしいんだ」

「このエレベーター、上りボタンがないクマ」

「え?」


 冬美の言葉を聞いた二人が素っ頓狂な声を出す。だが二人が次の声を出すよりも前に、亮が冬美の横に立って下行きのボタンを押しながら答えた。


「そりゃそうだ。上の部分はダミーなんだから」

「ダミー?」

「事情を知らない人に怪しまれないようにするための対策ですわ。鴨フライというやつですの」


 カモフラージュな。亮が真里弥の台詞に訂正を加えた後、改めて説明を始めた。


「体裁を保つというか、周りと足並みを揃えるというか、そんな感じだ。いくら施設が地下にあるといっても、町中に地下行きの入り口だけがぽつんとあっても、なんかみっともない感じがするだろ?」

「それはまあ、言えなくもないな」

「確かにそれはそれで余計怪しまれそうな気がするクマ」


 冬美がそう言った直後、軽い音と合わせてエレベーターの扉が左右に開かれる。その清潔な白塗りの箱の中に率先して入り込みながら、亮が他の面々に向けて言った。


「さ、行くぞ。目指すは地下四百メートルだ」





 エレベーターを用いての地下への旅は、思ったよりも静かで、そしてあっという間だった。全員がエレベーターに入ってから亮がドア脇に一個だけついていたボタンを押し、ドアが閉じて僅かな揺れと共に動き始めてから再びドアが開くまで、僅か五秒の事だった。


「病院かよ」


 そしてドアの開かれた先に広がる光景を見て、アラタが思わず呟いた。初めてこの地に足を踏み入れる者達も、彼女と同じ感想を抱いていた。


「きれいな場所クマ」

「アンダーグラウンドとはほど遠いな」


 冬美と四千一号が言葉を漏らす。彼女達の言うとおり、そこは広く、開放感があり、何より清潔な場所だった。室内の壁や床や天井はまぶしいほどに磨かれた白で統一されており、その中に受付や来客用のソファや自動販売機といった物がそれぞれ余裕をもって備えられていた。室内にはクラシック音楽が流れ、穏やかな空気が流れていた。

 室内の隅や壁際には観葉植物や水槽が置かれ、空間内の清浄さや美観を上げるのに一役買っていた。受付の上部や天井からは大型モニターのテレビがアームで固定された形で吊り下げられており、そこには受付の順番待ちをしている面々に配布された整理券の番号や、リング上で今まさに行われている試合の様子が映されていた。


「見ろよ、子供がいるぜ」

「老婆に老人もいる。奴らも参加者なのか?」


 そんな空間の中にいたのは主に見た目から亮と同じくらいの年頃と思われる人間が中心であったが、そこにいたのは決して大人だけではなかった。皺だらけで背骨が曲がった老人や、真里弥達の腰ほどの背丈しかない子供までもが、成熟した大人たちに混じって飲み物を飲んだり、モニターに映る映像を見たりしていた。人間以外の生き物はここにはいなかった。


「びっくりしただろ?」


 そんなこ綺麗な場所へと足を踏み入れながら、亮が後ろの面々に向けて得意げに言った。そして彼が出た次に自然な足取りでエレベーターから出た真里弥が、苦笑をこぼしながら亮に言った。


「この場所を初めて見る方々は誰だって驚きますわ。街の地下にこんな場所があるなんて、誰も思いませんもの」

「それもそうか」


 亮がそう得心したように呟いた横で、真里弥がまだエレベーターの中に残っていた面々に向けてにこやかに言った。


「さ、皆様もお早く。そこにいるだけでは話は進みませんわよ?」


 そう真里弥に促される形で、始めにアラタが、続いて冬美と四千一号がエレベーターの中から未知の領域へ飛び出していく。そして最後の一人がエレベーターから出た瞬間、彼らの背後でエレベーターのドアが静かに閉まり、僅かに音を立てながら再び上へと上っていった。

 そうして病院ロビーとも取れるほど清潔な空間の中に身をおいた一行は、次に亮を先頭にして奥にある受付窓口へと向かった。窓口はエレベーターのちょうど向こう側に備えられた観音開き式のドアを挟むようにして左右に置かれており、この時彼らが向かったのはその左側の受付であった。


「いらっしゃいませ。ここに来るのは初めてでございますか?」


 そして亮が窓口前に立ったとき、カウンターを挟んでそこに立っていた一人の女性がハキハキとした言葉遣いで亮に話しかけてきた。だが亮はそれに答えず、代わりに懐から財布を取りだし、そこから一枚のカードを抜いてカウンターに置いた。


「いや、もう何度も来てます。案内とかは大丈夫です」

「あら、そうでございますか。これは失礼しました」


 その亮の言葉と彼の提示したカードの両方に反応した女性が申し訳なさそうに軽く頭を下げる。そして亮の差し出したカードを受け取りつつ、それを手元のカードリーダーに差し込みながら最初の調子に戻って亮に言った。


「では本日は、試合にご参加なされる予定ですか? それともご観戦だけ?」

「観戦だけです。試合には出ません」

「わかりました」

「あ、あの、わたくしは出ますわっ」


 すると真里弥がそう言いながら、いそいそと懐からカードを取り出してカウンターに置いた。


「昨日予約しておいた十轟院真里弥と申しますわ。よろしくお願いいたしますわ」

「十轟院様でございますね。しばしお待ちを」


 受付の女性が真里弥のカードをカードリーダーに差し込みつつ、その横に置かれたコンピューターを操作して画面とにらめっこを始める。それからすぐに視線を真里弥に向け直し、にこやかな笑顔で彼女に言った。


「はい、確かに確認いたしました。では試合に出られるのは十轟院様のみと言うことでよろしいでしょうか」

「ええ、そうですわ」

「わかりました。では十轟院様はあちらのドアを開けて左側の通路へ、それ以外の方は右側の通路へお進みください」


 そう言いながら、受付の女性が中央にあるドアを手で指し示す。亮は女性に礼を言った後、全員を伴って中央のドアへと向かった。

 ドアは彼らが目前に近づいた途端に自動で内向きに開かれた。完全に開ききってから、彼らは扉の向こうに見える清潔な白で包まれた通路を歩き始めた。


「闘技場の割に結構綺麗なんだな」


 その窓のない長い通路を歩きながら、アラタが誰に言うでもなく呟いた。それを聞いた亮が肩越しにアラタを見ながら答える。


「それはまあ、見た目は大事だからな」

「それもそうか。でもまあ闘技場っていうから、俺はもっとこう血生臭い感じのを想像してたんだけどな」

「辺り一面に血がついているとか?」

「そうそう、そんな感じ。あと鉄臭かったり、床が全部フェンスで出来てたり」

「不衛生だ。訴えられたら終わりだな」


 アラタのイメージ図を知った四千一号が無感動に言い返す。それに対して真里弥が「清潔にしているのはそういう面も兼ねているんです」と説明し、冬美が「色々大変クマ」と他人事のように言った。

 そうこうしているうちに、一行は道が二手に分かれた所にやってきた。分かれ道といっても分岐点のすぐ先に扉があり、通路というほどの長さは無かった。

 それを見た真里弥はひょいとその集団から抜け出し、左の扉へと向かっていった。


「では皆様、わたくしはこれで」

「ああ。頑張ってこいよ」


 亮がそう言うと、真里弥は嬉しそうに表情を綻ばせてから軽く一礼し、そしてバッグを背負い直し、彼らに背を向けてその右の扉を開け中に入っていった。その後ろ姿を見つめながら、不意に冬美が亮に尋ねた。


「ところで先生、ここは闘技場という話らしいけど、具体的にどんな事するクマ?」

「白兵戦だ」

「白兵戦? 生身で戦うってことクマ?」

「そういうことだ」

「ロボット使わねえのか」


 意外そうなアラタの声に亮が頷く。


「さすがに地下でロボット動かしたら色々とまずいだろう」

「そ、それもそうか」

「名前とかはあるのか? その闘技場の名称のようなものは?」


 アラタに代わって、今度は四千一号が亮に尋ねる。亮は右の道へ足を向けながら、前を見たままそれに答えた。


「リトルストーム」

「りとるすとーむ?」

「なんか捻りのない名前クマ」


 オウム返しをするアラタの横で、冬美が容赦ないダメ出しを見せる。しかしそれを聞いた亮は突如吹き出すのをこらえるように口に手を当てながら笑みを浮かべ、その愉快そうにこらえる様子を見た四千一号がそれを不審に思って彼に尋ねた。


「どうした。なぜそんなに笑う?」


 その問いかけに対して「いきなりすまない」と謝ってから、ややあって平静を取り戻した亮が三人に向けて言った。


「いや、やっぱりその名前はセンスないんだなと思ってな。あいつ昔からネーミングセンスは無いんだよ」

「あいつ? あいつって誰だよ?」

「あ? ああ、ここを作った奴さ。それまでやってた仕事を「つまらない」って理由でいきなり辞めて、それから地球に降りてここを作ったんだ。今もここを仕切ってる。調子の良い奴で無鉄砲な奴だったが、腕は確かだった」


 亮が感慨深そうな語り口で三人に説明をする。すると、それを聞いていた冬美が亮に言った。


「先生、その人って何者クマ? なんかさっきから親しそうに話してるけど、友人か何かかクマ?」

「ああ。俺と同じ元宇宙記事だ」


 あっさりと亮が答える。そしてそれを聞いて驚く三人の前で顎に手をあてがい、昔を懐かしむように亮が言った。


「俺の相棒だった奴だよ」

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