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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第四章 ~七面相アイドル「マジカル・フリード」、パワード熊スーツ「クマ・オブ・アポカリプス」登場~
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「あきはばらばら」

 その週の土曜日、午前十時。亮は人でごった返す旧新宿駅の西口前に立ち、腕時計と周りの景色を交互に見ながら人を待っていた。この時の彼は教壇に立つ際に身につけているスーツ姿ではなく、シャツと薄手の上着とジーンズを身につけたラフな格好であった。


「まだ早かったか……」


 事前の話し合いで、今日の待ち合わせの時間は十時二十分ごろに設定してあった。亮本人は常日頃から三十分前行動を心がけるようにしていたが、だからといって学校の行事はともかく今のようなプライベートな集まりの場において、その自分の信条を他人に強制させるような事はしなかった。

 さすがに度を過ぎた遅刻は勘弁して欲しいが。


「あ、先生いたクマ」


 そんな時、それほど遠くない所から特徴的な語尾と共に亮の名を呼ぶ声が聞こえてきた。その声のする方に目を向けると、そこには自分のよく知る二人の人間と、昨日見知ったばかりの人間が一人いた。


「もう来たのか。みんな早いな」

「待たせるより待つ方がいいクマ」

「なんだかんだで先公の方が早かったんだけどな」


 そのよく知る二人の方は、自分のクラスの生徒である進藤冬美とアラタだった。亮から見て冬美の右に立つその少女が満でなくアラタであるとわかったのは、今の彼女が物々しいコートとグローブとブーツを身につけてやってきたのと、彼女の放つ荒く刺々しい気配を肌で感じたからだった。あと銀髪。

 一方の冬美もいつも通りのデフォルメされた熊の着ぐるみ姿であり、右肩からバッグを提げていた。そんな二人が横並びになっている様子は嫌でも周囲の人の注目を集めていた。


「さっきから周りの目線が痛いクマ」

「どいつもこいつもジロジロ見やがって。俺らがそんなに珍しいのかよ?」

「当たり前だ。二人とも目立ちすぎだ」


 そんな周りからの視線を集める二人が揃って毒づくと、冬美の左に立っていた三人目の少女が小さく呟いた。

 亮が昨日出会ったばかりの少女だった。その子は最初に見た時と同じ白いシャツと長ズボンを身につけ、帽子を目深に被った個性の薄い子であった。

 その少女に視線をやってからすぐに戻し、亮が冬美に言った。


「進藤、その子が?」

「そうクマ。今日の道案内に同行させてほしい子だクマ」


 冬美がそう答え、そしてその少女の背中を押しながら言った。


「ほら、自己紹介するクマ」

「わかっている」


 冬美の言葉につっけんどんに返し、そして帽子は上げずに亮の方を見ながらその少女が言った。


「観測員四千一号だ。よろしく頼む」


 次の瞬間、それを聞いた亮とアラタが揃って驚きの表情を作る。四千一号と名乗った少女は平然とその場に立ち尽くし、冬美は予想済みの事とはいえ着ぐるみの中でため息をついた。





 そもそも今日の集まりは、亮が満とアラタの方向音痴を直すために、彼女に学園の周りの道や建物を教えるための物だった。要するに、本来集まるのは亮と満とアラタだけだったのだ。亮がその事を考えついたのは、彼が満の連れてきた迷子の少女と邂逅したその日の夜であった。件の迷子の少女の事は完全に意識の外にあった。


「先生、ちょっと相談があるクマ」


 だが亮がそのお出かけの計画を思いついた矢先、彼の携帯電話に冬美からの着信がかかってきた。それを取った亮に対し、冬美はいつもの口調で一つの頼みごとを話し始めた。


「お前の知り合いに?」

「そうクマ。ちょっとこの辺りの名物とか名所とか、教えてくれると助かるクマ」

「別に問題はないが……自分で教えたりとかはしないのか?」

「私の知ってる事なんてたかが知れてるクマ。その子には一般人の知らない、もっとディープな内容の事を教えてやって欲しいんだクマ」

「お前なあ……」


 買いかぶりすぎだ。亮は穏やかに諭したが、冬美は引き下がらなかった。


「先生が元宇宙刑事なのはもう周知の事実だクマ。その元刑事のコネとか何か使えば、凄い所を教えてくれそうな気がしたんだクマ」

「ううむ……」


 それこそ買いかぶりすぎだ。そう言外に思った亮は一瞬断ろうとも思ったが、わざわざ自分を頼りにしてきた生徒を無碍に切り捨てるのも悪いと考え直し、思いとどまった。

 それにそういった場所を完全に知らない訳でもなかった。ディープで刺激的で、かつ自分のクラスの学生が足を踏み入れても安全な場所。


「まあ、無いわけでも無いが……」

「本当かクマ」


 通話口の向こうから冬美の嬉しそうな声が返ってくる。その声を聞いて満足感を覚えながら、亮が話を続けた。


「実は土曜日にちょっと富士の方向音痴を直そうかと考えてたんだが、その時にまとめてお前の知り合いの件も進めていいか?」

「それでもいいクマ。こっちはなんでもいいクマ」

「じゃあちょっと富士の方に連絡とってみるから、後でかけ直していいか?」

「大丈夫だクマ。後で連絡よろしくだクマ」

「わかった」


 そう言った後、亮は一旦通話を切り、今度は満の方に電話をかけた。


「あ、はい。全然大丈夫ですよ。アラタもそれでいいって言ってます」


 そして電話に出た満に自分の考えていた事と冬美の頼みの件の両方を話して聞かせると、当の満は二つ返事でそれを両方とも承諾した。


「そういう事になったから、よろしく頼むよ」

「わかったクマ。今週の土曜日に新宿駅前に集合クマね。知り合いにも教えておくクマ」

「そうしてくれ」

「それから、ミチルの送り迎えもこっちでやるクマ。先生は駅前で待っていてほしいクマ」


 そして改めて亮が冬美と通話をする中で、冬美はそう亮に提案をした。亮としても助かる内容であったので、彼はそれを冬美に頼んだ。


「じゃあ、今週の土曜日に」

「わかったクマ」

「冬美ちゃんが迎えに来てくれるんですね? わかりました。後で住所教えておきます」


 準備完了。そして今日に至る。





 こうして四人による道案内が始まった。主なルートは月光学園周辺と、その学園の最寄り駅である新宿駅一帯である。最寄りといっても、駅から学園に向かうにはバスで十五分ほどかかる距離にあるのだが。


「私とこっちの四千一号は、本当は地球人じゃないクマ。惑星ガリウスを統治するメネ帝国から、観測員としてこの星に送り込まれたんだクマ」


 その案内の途中、冬美は残りの三人に自分と連れの少女の正体をあっさりとバラした。それを聞いた三人は特に驚くことなくそれを受け入れた。全員外宇宙や異星人に馴染み深かったのが幸いした形となった。


「観測員の任務は、派遣された星のあらゆるデータを集めて母星に送ること。星の構成や自然の特徴、知的生命体の有無。そしてそこに知的生命体がいた場合はそれの育んできた文化や風俗、軍事力といったものが主な対象クマ」

「そんなもん調べてどうすんだよ?」

「一番の目的は自衛クマ。見つけた未知の星を片っ端から調べて、その星が自分達にとって脅威となるかどうかを判断するんだクマ。そしてもしその星が脅威と判断された場合は、こちらからその星に攻め込んで無力化するんだクマ」

「それは防衛じゃなくて侵略っていうんじゃないのか?」

「やられる前にやれ、だ。攻勢防御とでも言おうか」


 その冬美の説明を聞いて難色を示した亮に、冬美の隣を歩いていた少女がこともなげに返す。


「それに我々だって誰彼構わず襲っている訳じゃない。主に攻撃の対象にしているのは、それこそ手当たり次第に星を襲って回ってるような凶暴な連中だ。こちらから攻めるのはあくまでも最終手段だ」

「最終、ねえ」


 その少女の言葉にアラタが含みを持たせた言い方で返す。その後、思い出したようにアラタが言った。


「そういえばお前、さっき自分のこと四千一号とか言ってたよな」

「そうだが。それがどうかしたのか?」

「いや、最初聞いたときはびっくりしたんだけどよ、さっきの説明聞いて納得したんだよ。あれって本名じゃなくてコードネームみたいな物なんだろ?」

「……ああ」


 そのアラタの質問を受けた直後、少女の言葉が途端に歯切れ悪いものになる。その変化にアラタも亮も気づいたが、彼らがそれを言葉にする前に前方から聞き慣れた声がかかってきた。


「あら? 先生とアラタさんと冬美ちゃん」


 四人が同時に前に目を向けると、そこには浅黄色のワンピースに身を包み、背中に身の丈ほどもある円柱型のバッグを背負った十轟院真里弥の姿があった。


「あ、マリヤ」

「ようマリヤ、こんなところで会うなんてな」


 真っ先に冬美とアラタがその姿を認め、手を挙げながら真里弥の元に歩み寄る。一方で真里弥と初めて顔を合わせた少女は亮に近づき、声を潜めて彼に尋ねた。


「奴は何者だ?」

「十轟院真里弥。俺の担当してるクラスの生徒だ」

「冬美の友達か」

「そういうことだ」


 それを聞いた少女が顔を曇らせる。しかし亮はその少女を引き連れ、自分も真里弥の元へと近づいていった。


「十轟院、そんなに荷物持って、朝からどこに行こうとしてたんだ?」

「いえ、ちょっと野暮用がありまして」

「野暮用? 何する気だったんだよ」

「はい。今から秋葉原に行こうかとしておりましたの」


 ほお、と冬美が驚く風もなく相槌を打つ。その一方で、地球のことにあまり詳しくなかったアラタと少女は亮に近づいて彼に尋ねた。


「先公、秋葉原ってどんな所なんだ?」

「オタク街兼電気街って所だな」

「昔はオタクの街として有名でしたけれど、今では電気街の面も復活しつつありますわ。ロボットが普及し始めて、そのパーツが表立って出回るようになったのが主な理由ですわね」

「じゃあマリヤは、そこにロボットのパーツを買いに行く予定だったのかクマ?」


 冬美からの質問に「残念ながら違いますわ」と真里弥が微笑みながら首を横に振る。それを聞いた冬美が再度尋ねる。


「じゃあ、オタク的な用事で?」

「そちらの方が近いですわね」

「そうなのかクマ? 意外だクマ」


 冬美が驚いた声をあげる。ただ単純に軽く驚いただけであり、そこに軽蔑の色は混じっていなかった。


「そうか。十轟院も秋葉原に行く予定だったのか。奇遇だな」

「えっ」

「実は俺もこれからそこに行く予定だったんだよ」


 しかしその後で亮の放った言葉を聞き、真里弥と冬美が同時に驚いた声を出した。真っ先に冬美が亮に尋ねた。


「ちなみに、どんな目的で?」

「進藤の言ってたディープな所に連れて行こうかと思って」

「えっ」


 それを聞いた冬美がまたしても驚いた声を出す。こちらは本当に衝撃を受けたかのような、腹の底から絞り出されたような声であった。真里弥もまた声こそ出さなかったが、両手で口元を隠して驚いた表情を浮かべていた。アラタと少女は訳が分からずその場に突っ立っていた。


「違う違う、多分皆が思ってるような所じゃない」


 そんな周囲の反応を見た亮がすぐさま否定の声を出す。それを見たアラタが興味本位で彼に聞いた。


「じゃあ先公は今からどこに行こうとしてたんだよ」

「ああ、決闘場だよ」

「決闘場?」

「地下決闘場」

「なにそれ」


 アラタと冬美と例の少女が揃って疑問の声を上げる。一方でそれを聞いた真里弥は嬉しそうに目を輝かせていたが、亮はそれを横目で見て「あ、目的地は同じか?」と思いながら、驚く三人に向けてしたり顔で言った。


「ディープだろ?」

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