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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第三章 ~戦闘狂獣「アラタ(阿修羅態)」登場~
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「新しい風」

 ビッグマンデュエルは中継用円盤のカメラを通して全銀河に一斉生中継を行っている。当然ながらその中には地球も含まれており、専用のチャンネルで試合を観戦する事が出来た。ちなみにこの専用チャンネル「BDブロード」では現行の試合の生中継だけでなく過去に行われた試合の模様も定期的に放映されており、それらの刺激的な番組群は地球に元から存在していた各国テレビ局の視聴率を根こそぎ奪い取ることに成功していた。

 そして月光学園のある町から遠く離れた所に建てられたある一軒家でも、この時行われていた地球対月の試合が観戦されていた。





「うそ、ウサギ降参しちゃったよ」


 その家のリビングにて、テーブルの前に腰を下ろし、携帯ゲーム機片手にその試合のテレビ中継を見ていた少女が意外そうに呟いた。紫色のロングヘアーと紫色のワンピースを身につけた小柄な少女だった。


「まだ背中に乗られただけじゃない。あの状態からでもまだまだやれるってのに、なんでだろ?」

「飽きたんじゃねえの?」


 その少女の反対側に座りながら、彼女と同じくゲーム機を持ちつつテレビを見ていた青年が少女の言葉にそう答える。外側にハネた茶髪が特徴のチャラそうな青年だった。


「あいつ、昔からそういう所あったからな。あっさりしてるっていうか執着が薄いっていうか」

「そういえばそうねえ。ミチルちゃんもアラタちゃんもそういうところあったわねえ」


 青年から見て右側の所に座った女性が、昔を懐かしむようにそう答えた。亜麻色の髪をうなじの部分で束ねた妙齢の女性で、彼女も彼ら二人と同じ携帯ゲーム機を手にしていたが、その目はテレビの方へ向けられていた。


「あらやだ、あの子怪獣態止めちゃったみたい」

「え、マジで?」


 テレビを見ていたその女性が呟き、それを聞いた青年と少女が同時にそちらへ目を向ける。そこには黒いウサギの姿はなく、代わりにそれまで戦っていた地球側のロボットと相対する一人の少女の姿が映っていた。

 三人が一斉にその画面を覗き込む。


「うわ、マジだよ。本当に降参してる」

「今表にでてるのはミチルちゃんかな? さっきの怪獣態が黒かったから多分そうなんだろうけど」

「あらまあ、ミチルちゃんも大きくなって」


 どこか感慨深そうに三人が呟く。彼らの持っていたゲーム機からは人間の悲鳴らしき声が続けざまに響いてきていたが、当の三人はそれに気づくことはなかった。


「おい皆、まとめて吹っ飛ばされたぞ」


 その時、亜麻色の髪の女性の向かい側に腰を下ろしていた男が渋い顔で言った。禿頭で頬のエラが張り出した厳つい風貌の男で、彼はテレビ画面には目もくれずひたすらゲーム機に意識を集中させていた。


「さっきの攻撃で二人一気にやられた。三回死んだら終わりなんだぞ」

「わかってるわかってる。三乙しなきゃいいんだろ?」

「あとちょっとで勝てるんでしょ? 余裕だって」

「まったく……」


 しかし続けて注意をした男に対し、紫髪の少女と茶髪の青年が大して深刻でもなさそうな口調で返す。禿頭の男はまた渋い表情をしたが、亜麻色の髪の女性が柔らかい口調でフォローを入れる。


「まあまあ、イツキちゃんの言うとおり、あとちょっとで終わりなんですから」

「そうそう。たかがゲームなんだし、気楽にいこーぜ気楽に」


 その女性に合わせるように茶髪の青年が言った。それを聞いた禿頭の男は「やれやれ」と呟いた後、再びゲーム機の液晶に目をやった。


「お、もう捕獲できるぞ」


 そして画面に目をやるなり、男が反射的にそう言った。その直後、三人の目の色が変わった。


「おっ、マジで?」

「レア素材来い、レア素材来い」

「私は鱗が欲しいわあ」


 青年とイツキと呼ばれた少女と女性が続けざまに言った。そしてそう口々に言い合う三人の目の前で、彼らの追っていた「獲物」が画面の奥へと消える。そんな「獲物」の向かっていったエリアへ自分のキャラクターを操作して向かわせながら、紫髪の少女が平坦な調子で言った。


「捕獲しまーす」

「はーい」


 残りの三人がそれに返事を返す。この時テレビでは試合を終えた両者へのインタビューが行われており、四人の意識はテレビから完全に逸れていた。





「では新城さん、あの時ミチルさんの攻撃をどうやって避けたのか、説明していただけないでしょうか?」


 例の四人がゲームに意識を向けたのと同じ頃、人間の姿をした首なしのインタビュアーは選手二人の紹介を手短に済ませた後、まず亮に向けてそのような質問をぶつけた。ちなみにこの紹介の時に満は自分が二重人格であること、そして先程まで戦っていたのはアラタではなく自分である事を明かしていた。この時の様子は会場にも流されており、ギャラリーやD組の生徒たちは一挙にそれを知ることとなった。

 なお、お楽しみの途中で肉体の主導権を奪われたアラタは心の底でふてくされていた。


「簡単です。下を滑ったんです」


 だがインタビュアーの質問に対して亮が返した言葉を聞いて、アラタは塞ぎ込んだ状態から僅かながら元気を取り戻した。満も同様に、そんな発言をした亮に興味津々な眼差しを向けた。


「新城さん、滑ったとは?」


 どこから声を出しているのかわからないインタビュアーの質問に亮が答える。


「だから、滑ったんですよ。光線と地面の間を」

「ほう」

「スライディングですね」

「なるほど」


 インタビュアーが納得した声をあげる。満も声こそ出さなかったが、やはり得心したように頷いていた。


「それで一気に相手との距離を詰めたと」

「そうです。生きた心地はしませんでしたけど」

「まさに一か八かということですね」


 亮がそれに頷く。それを聞いた後、インタビュアーは「ありがとうございました」と言った後、今度は満にマイクを向けて話を切りだした。


「ではミチルさん、次はあなたにお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」

「はい。構いませんよ」

「あなたはサイクロンUに背中を取られたとき、なぜあそこで降参してしまったのでしょうか? 私にはまだあの時、あなたには余力があったように見えたのですが」

「それは簡単ですよ」


 インタビュアーに向けてそう答えた後、亮の方に目線を向けて満が言った。


「お楽しみは最後まで取っておかないと」


 意地の悪い笑みを浮かべて舌なめずりをする。亮は一瞬背筋が寒くなったような錯覚を覚えた。


「ここで終わらせるのはもったいないと?」

「そんな感じです。一瞬で終わらせたらもったいないじゃないですか」

「少しずつ味わっていきたいと」

「そういう事です」


 そして不意に投げかけられたインタビュアーの言葉に満がそう返し、亮から視線を外す。それから正面を向いてカメラに目を向け、何度か咳払いをして満が言った。


「それから、私富士満とアラタは、今日ここで大切なお知らせをしたいと思います」

「お知らせ?」

「はい。さっきの質問の答えにも関係することなんですけど・・」


 インタビュアーと亮が同時に満の方を向く。そんな二人の視線を横から浴びながら、満が迷いのない口調でカメラに向けて言った。


「私、明日から……」





「というわけで、今日から転入してきた富士満だ。みんなよろしく頼む」

「富士満です。ここには先生と決着をつけるのと、ついでに地球の事をもっと知るために来ました。皆さん、よろしくお願いしますね」


 その翌日、朝のホームルームを迎えたD組の教室には、月光学園の制服に身を包んだ満の姿があった。彼女の転入の話は学園にとっても月にとっても寝耳に水な話であったのだが、月の女王であるヨミが二つ返事でそれを許したので、そのまま決定事項となったのだった。

 なお、彼女が転入生としてここにやってくることは昨日の時点で知っていたが、それでも自分達の担任と戦った相手がクラスメイトになるという事実を前に、驚きを完全に隠せる者はいなかった。だがそれはあくまで有名人を前にしたのと同じような類の驚きであり、彼らの目に恐れや警戒といった物は備わっていなかった。


「満がどういう子なのかはあらかた知っているとは思うが、そういった物に縛られる事なく、彼女と気兼ねなく接していってくれ」


 そんな状況を見た亮がフォローを入れるが、当の満は既に彼の隣から離れて自分からクラスメイトの方へ向かい、そしてまた生徒達も満と積極的にコミュニケーションを取ろうとしていた。


「ねえねえ、ミチルさんは趣味とかあるの?」

「好きな食べ物は?」

「先生と戦ってみてどうだった?」


 矢継ぎ早に寄せられる質問に、満は嫌な顔一つせずに順番に答えていく。やがて彼女を中心に人の輪ができあがっていき、その和気藹々とした光景を見た亮は、一安心といったようにその表情を緩めた。


「あ、そうだ先生」


 と、不意に満が亮に向けて言ってきた。亮が満の方へ目をやると、不適な笑みを浮かべながら満が言った。


「私、まだ諦めた訳じゃないから」

「え」

「首を洗って待っててね」


 その直後、亮は昨日と同じ背筋の凍り付くような感覚を味わった。彼女の周囲にいたクラスメイト達もそのプレッシャーに気圧され一斉に生唾を飲み込む。

 自分達の目の前にいるのがどういう存在なのかを彼らは無理矢理再認識させられたが、当の満はそれを気にする素振りは全く見せなかった。


「また面白いのが来たクマ」


 そんな中、冬美がいつも通り熊の着ぐるみを着込んだ上から、そう不敵に呟いた。

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